自動車用内燃機関は生き残れるか

〜環境問題と内燃機関の未来〜


第1章 自動車用内燃機関の発達

(1) レシプロ(往復型)エンジン

 エンジンは、往復運動から動力を取り出すレシプロ型と、回転運動から動力を取り出すロータリー型に分けられる。
 一般的なレシプロの基本的な概念は、シリンダとピストンで構成された密閉空間の内部で燃料を勢いよく燃焼させ、 そのとき発生した膨張力がピストンを押す力を動力として取り出すというものである。
 このアイディア自体は古く、1680年にオランダの科学者ホイヘンスが最初に考案したと言われている。 現在主流のレシプロ・エンジンは、彼の考案した機構をベースとして改良を重ねたものなのだ。
 世界初の自動車は外燃機関を動力源としていた。外燃機関とは、ボイラーなどで高圧力の蒸気を発生させ、 それでピストンを動かすもので、原動機(シリンダ及びピストン)の外で燃焼を行うため、そう呼ばれる。 一般的に言えば、蒸気機関である。
 1769年にフランスのニコラス=キュニョーが制作した世界初の自動車となる蒸気三輪車は、 三輪荷馬車の先端に蒸気機関を設置した構造であったが、機関の出力が低く、とても実用的な代物ではなかった。
 その上、前輪に掛かる荷重が大きすぎること、ステアリングの操舵角が非常に小さかったたこと、 ブレーキ機構が不充分であったことなどの欠陥が重なり、試走時に壁に激突。世界初の自動車という栄誉とともに、世界初の自動車事故も引き起こしたと言われている。ちなみに、この車両は前輪駆動、現在言うところのFF車であった。
 一方、内燃機関は、それから実に100年を経てフランスのルノワールが2サイクル方式のものを開発、 これが世界初の内燃機関となった。
 実用的な2サイクル・エンジンとしては、1881年にイギリスのデュカルド=クラークが開発、 故に2サイクルはクラーク・サイクルと呼ばれることもある。
 その五年ほど前の1876年には、フランスのニコラス=アウグスト=オットーが4サイクル・エンジンを開発。 一般的ではないが、現在でも4サイクルをオットー・サイクルと呼ぶことがあるのはそのためだ。
 外燃機関に比べて、コンパクトさで一日の長があった内燃機関は、その後、様々な改良が重ねられ、 自動車への搭載が試みられる。
 それを具現化したのが、かの有名なドイツのゴッドリープ=ダイムラーと、カール=ベンツの二人である。 ダイムラーとベンツは、同じドイツのさほど離れていないところで、ほぼ同時期に内燃機関自動車を完成させる。
 ダイムラーは当初、石炭ガスによるエンジンを研究していたが、その後ガソリンエンジンを開発、 1885年に史上初の4サイクル・ガソリンエンジン自動車を完成させた。自動車とは言っても、左右に小さな補助輪の付いた二輪車で、 現在の自動二輪の原点となるものだった。彼が四輪自動車を作るのは、この翌年のことである。
 その後、ダイムラーと共同で開発をしていたマイバッハが、現在のものとほぼ同じ機構を持つキャブレターを発明、 ガソリンエンジンの小型高速化に成功した。
 ベンツは、ダイムラーに数カ月遅れてガソリンエンジン三輪車を完成させた。ベンツは、 早い時期からバッテリーを用いた火花による点火方式を採用し、 フレームやエンジンの搭載方法もダイムラーよりも一歩先を行っていた。
 ちなみに、彼ら自動車界の開祖二人が手を組み、 現在も世界的にトップレベルのクルマを作り続ける自動車メーカー「ダイムラーベンツ」が誕生するのは1926年のことである。
 ガソリンエンジンはこの後、様々な試行錯誤を繰り返しながら小型化、高出力、低燃費を始めとする性能を高めていき、現在に至る。(資料1)
 レシプロ型にはもう一つ、軽油を燃料とするディーゼルエンジンがある。1892年にドイツのルドルフ=ディーゼルによって開発され、 その後、1936年にベンツがディーゼル自動車を制作したことを皮切りに、自動車に用いられるようになった。
 その出力特性や燃料のコストから、日本では商用車や大型トラックなどに多く用いられている。
往復運動から動力を取り出すという基本的な作動方式に関しては、ガソリンエンジンと違いは無いが、 軽油は圧縮すると自己着火するので、エンジン本体にはスパークプラグなどの電気系統が無い。 また、一般的に燃料はシリンダーに直接噴射する直噴式である。


(2) ロータリー(回転型)エンジン

 ロータリーエンジンは、回転運動から回転力を取り出す内燃機関である。 この理論自体は、300年以上も前から研究されてきたにもかかわらず、燃焼室の形状や密閉性などの様々な問題から、永らく研究者たちからも敬遠されることとなる。
 ロータリーにも、エッセルベ式、ル・ローン式、ヴァンケル式などいくつか種類があるが、エッセルベ式には実用例が無い。
 ル・ローン式は星型気筒群回転方式エンジンと言われるもので、軸の周りをぐるりと回るように気筒を配した変り種である。 さらに変わっているのは、各気筒の燃焼で軸を回転するのではなく、軸を固定して気筒の方を回転させる点だ。
 気筒自体が回転するので、冷却性が高いと考えられ、また気筒群はフライホイールの役目も兼ねるので、一般的なレシプロエンジンよりも軽量化できた。 そのため、一時期、航空界で流行したことがある。
 自動車用としてはヴァンケル式が用いられている。初めて製作されたのは1959年。 ドイツのフェリックス=バンケルが考案し、NSU社と共同で開発した。 国内では東洋工業(現マツダ)が1967年にロータリーエンジン自動車の生産を開始した。
 レシプロよりもコンパクトながら高出力、稼働が滑らかで静かという長所を持つが、それでも普及しないのは、 @レシプロとは全く異なる構造のため、生産設備に大規模な投資が必要、A同じく生産設備の流用ができない、B特許の問題、Cレシプロと比較しても、 その特性や性能などに絶対的な優位性がない、などの問題があるためである。
 ロータリーエンジンは現在、マツダのたった1車種にしか搭載されていない。 次期ロータリーエンジンの開発はされているそうで、当面は絶滅することはないようだが、これは恐らくメーカーの象徴として開発されているもので、 環境保護対策に限界があるとされていることもあって、いずれは絶滅するという見方が強い。

資料−1 自動車用内燃機関の主な歴史
年月事柄
1680科学者ホイヘンス(オランダ)がレシプロエンジンの基本構造を考案。
1769ニコラス=キュニョー(フランス)が世界初の自動車とされる蒸気三輪車を製作。同時に世界初の自動車事故を引き起こす。
1860ルノアール(フランス)が電気点火式の石炭ガスエンジンを開発。
1862ボー=ド=ロシャ(フランス)が4サイクル・エンジンの理論を発表。
1876ニコラス=アウグスト=オットー(ドイツ)がコンプレッサー用4サイクル・エンジンを開発。
1878デュガルド=クラーク(イギリス)が2サイクル・エンジンを開発。
1883ゴッドリープ=ダイムラー(ドイツ)が自動車用4サイクル・ガソリンエンジンを開発。
1885ダイムラーがガソリンエンジン2輪自動車を製作。 同じ頃、カール=ベンツ(ドイツ)がガソリンエンジン3輪自動車を製作。
1892ルドルフ=ディーゼル(ドイツ)がディーゼルエンジンを開発。
1893ダイムラーの相棒マイバッハが、フロートチャンバーを備えた霧吹き型キャブレターを開発。
1900〜 1910ル・ローン(フランス)が星型気筒群回転方式エンジン(ル・ローン式ロータリーエンジン)を開発。
1950年代サイドバルブ方式からOHV方式へ移行。
1954ダイムラーベンツが、筒内燃料直接噴射エンジンを世界で初めて実用化。
1959フェリックス=ヴァンケル(ドイツ)がNSU社の協力を得てロータリー・エンジンを開発。
1960年代OHC(SOHC)エンジン登場。
1967東洋工業(現マツダ自動車)が、2ローターのロータリーエンジンの量産を開始。
1970年代初めアメリカで自動車の有害排出ガスが社会問題化、大気浄化法(マスキー法)成立。
第一次出力競争。DOHCエンジン登場。
1971国産自動車メーカー各社が、電子制御式燃料噴射装置を本格的に採用し始める。
1978国内でもガソリンエンジン乗用車について、排出ガス規制が実施される。 それに伴って、有害排出ガス発散防止装置を備えた自動車が生産され始める。
1970年代 終り 第二次出力競争。
DOHCエンジンが大衆車にまで急速に普及。 同時にターボチャージャーが乗用車に搭載されるようになる。
1983国産車にCO、HC、NOを低減するためのシステム(電子制御式燃料噴射装置と三元触媒)が採用される。
1984トヨタ自動車が世界で初めて希薄燃焼エンジンを実用化。
1991乗用車における10・15モード走行によるNO規制強化。
1993トラック、バスについて、車両区分に応じ、それぞれ各モード走行によるNO規制を強化。同時に粒子状物質の規制も実施。
1996三菱自動車工業が国内で始めて筒内燃料直接噴射エンジンを実用化。乗用車への採用は世界初。GDIと呼称し、それ以降、同社の全新型車に搭載することを決定。
出力競争時代から燃費競争時代へ。
1997.12国連機構変動枠組条約第三回締約国会議(COP3)、日本(京都)にて開催。
世界初のハイブリッド自動車、トヨタ・プリウス発売。
エンジンに捕らわれない次世代動力の開発が活発化。 地球規模で環境保護意識が高まる。
1998年代発表される新型車の多くに直噴エンジンが搭載されるようになる。 直噴エンジン標準化の兆し。
1998.11.2〜13国連機構変動枠組条約第四回締約国会議(COP4)、アルゼンチン(ブエノスアイレス)にて開催されるも、大きな進展はなし。

この表は、内燃機関とそれに関係する主な周辺事項をまとめたもので、 自動車そのものの歴史とは異なります。