Scene:1 旅立ち
とある静かな山間にあるガイナの村。その村の中にある神殿の前庭では、大勢の若者達が様々な武術の稽古に励んでいる。
と、神殿の中から出て来た女性が、その中の槍術の稽古をしているグループに声を掛けた。
「シンジ、お父様がお呼びですよ」
「はい、母さん」
シンジと呼ばれた少年は稽古の相手に一礼をすると、母ユイの後に着いて神殿の中へ入って行った。
シンジの父ゲンドウは、この神殿の神官長をしている。
そのゲンドウが待つ神官長室へ行くと、そこには三人の人物が待っていた。ひとりは無論、シンジの父ゲンドウ。
窓際にあるデスクに腰を掛け両手を顔の前で組んでいる姿が逆光でシルエットになり、
ちょっと神官長とは思え無いアヤしさを醸し出している。もうひとりは、シンジの幼馴染のレイ。
蒼銀の髪と紅の瞳が神秘的な印象の美少女で、現在はゲンドウの神殿で神官の見習いをしている。
最後のひとりはシンジの知らない少女だった。年の頃はシンジと同じ位で、艶やかな黒髪を肩のところで切り揃えた
元気そうな少女だ。やや童顔で大きな瞳、レイには劣るものの、やはりかなりの美少女である。
「何ですか、父さん」
「お前にセイルーンまで行ってもらいたい」
前置き無しで、いきなり用件だけを告げるゲンドウ。いつもの事なのでシンジも殊更驚かない。
「セイルーン?あの白魔術都市の?」
「そうだ」
「それで、目的は?」
「我が家に伝わる神器『リリス』の事はお前も知っているな?」
「ええ」
神器『リリス』はシンジの家に古より伝わるもので不思議な力を持つと言われていた。
彼の家系は代々この地でそれを守って来たのである。
「今度、セイルーンで50年に一度の特別な祭事がある。それに『リリス』が必要なのだ」
「でも、あれを持ち出す時は特別な結界が必要なんでしょう?あれは僕には‥‥」
「‥‥その為に、私が行くの」
それまで黙って話しを聞いていたレイが口を開いた。
「レイが?」
「そうだ。レイにならあの結界が張れる。シンジ、お前にはレイの護衛をしてもらう」
「えっ、でも‥‥」
「‥‥シンジ君、私と行くのは嫌?」
少し俯いて、上目遣いにシンジを見るレイ。その瞳には縋るような色を浮かべている。
「(うっ、かわいい(#^^#)‥‥じゃなくて)い、いや、そんな事ないよ。
喜んでお供させてもらうよ」
「そう‥‥ありがとう」
「じゃ、決まりね。シンちゃん、レイを頼んだわよ」
二人のやり取りをじっと見ていたユイが嬉しそうに言った。
「はい、母さん」
「よーし、これで万事オッケーですね!二人ともよろしくお願いしますね」
突然、それまで黙って話しを聞いていたもうひとりの少女が、見た目通りの元気な声でシンジに話し掛けた。
「え、あ、父さん、こちらの人は?」
「ああ、紹介が遅れたな。こちらはセイルーンの第一王位継承者フィリオネル=エル=ディ=セイルーン殿下の御息女、
アメリア=ウィル=テスラ=セイルーン殿だ」
「アメリアって呼んで下さい。よろしくっ!」
したっ!と手を挙げて元気に挨拶するアメリアに気圧されて、
「はあ、こちらこそ‥‥」
と間抜けな返事しか返せないシンジだった。
* * * * * * *
翌日、まだ夜の明け切らぬ朝靄の中、シンジ達は旅装束に身を包み村の外れに来ていた。見送りはゲンドウとユイ、
そしてシンジの習うネルフ流格闘術の師範代のミサトの三人だけである。
「シンちゃん、気を付けてね。レイの事、頼んだわよ」
「だ〜いじょうぶですって、ユイ師範。シンジ君は、私とだって対等に闘える程の腕前なんですから」
心配するユイに、ミサトがケラケラ笑いながら言った。
「ミーちゃんはそう言うけど、やっぱり心配だわ。私も行こうかしら‥‥」
「だ、大丈夫だって、母さん。じゃ、じゃあそろそ出発しようか」
このままではユイが本当に行くと言い出しかねないので、シンジはあわてて他の二人を促した。ところが、
「待て、シンジ」
出発しようとするシンジをゲンドウが制した。
「何?」
「これを持っていけ。役に立つはずだ」
そう言って、ゲンドウは手に持っていたものをシンジに手渡した。
「これは‥‥」
それは、布袋に入った2m程の槍だった。
「いいの、父さん?これはウチの家宝なんじゃあ‥‥」
「問題無い。武具は使ってこそ真価を発揮するのだ」
普段は、シンジのことはあまり気に掛けていない様に見えるゲンドウだが、
シンジが槍術を最も得意としている事はちゃんと師範であるユイから聞き出していた。意外と親バカなゲンドウである。
「ありがとう、父さん。それじゃ、母さんもミサトさんも、行って来ます」
「「行って来ます」」
シンジ達三人は手を振ると街道へ向かって歩き出した。ゲンドウ達はその姿が見えなくなるまでその場で見送っていた。
「大丈夫かしら、あの子達」
「だ〜いじょうぶですって」
「何も問題は無い。シンジは男だ、必ずやり遂げる」
「でも‥‥」
やっぱり、シンジ達が心配なユイ母さんであった。
このとき、シンジ達の後を密かに憑けている影がある事に、まだ誰も気付いていなかった。
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