ちょっとしたコラム      
               
03.8.30付


近鉄、痛恨の引き分けで逆転優勝ならず

 1988年のパシフィック・リーグは、6月末時点では首位西武が貯金19で2位近鉄に7.5ゲーム差をつけて独走態勢に入りつつあった。しかし7月1日からの直接対決で近鉄が西武に3連勝。これを境に近鉄はじわじわと追い上げを始めた。7月は結局7勝6敗1分けと1つの勝ち越しだったが、8月は14勝8敗と貯金を大きく伸ばし、9月も10勝7敗と勝ち越した。一方の西武は7月が6勝10敗3分けと負け越し、8月は11勝7敗2分けと持ち直したものの、9月にも7勝9敗と負け越してついに9月末でゲーム差は1.5に縮まった。

 後半戦、近鉄の起爆剤となっていたのは途中入団のラルフ・ブライアント。6月に不動の4番打者・デービスが麻薬所持で逮捕され、国外退去になるという不祥事が勃発。球団は中日のファームでくすぶっていたブライアントに目を付け、金銭トレードでの獲得に成功。すぐに一軍で起用されたブライアントは本塁打を量産してチーム躍進の原動力となっていた。

6月末   勝率   7月末   勝率
1位 西武 40 21 1 .656   1位 西武 46 31 4 .597
2位 近鉄 30 26 2 .536 7.5   2位 近鉄 37 32 3 .536 5.0
                             
8月末   勝率   9月末   勝率
1位 西武 57 38 6 .600   1位 西武 64 47 6 .577
2位 近鉄 51 40 3 .560 4.0   2位 近鉄 61 47 3 .565 1.5

 終盤に来て完全に西武と近鉄のマッチレースとなった。10月に入ってからの両チームの戦いぶりは以下の通りである。近鉄は雨で試合を多く流しており、10月に入っても19試合を残していた。特に7日からこの19日の10月2度目のダブルヘッダーまで13日間で15連戦の過酷なスケジュールとなっていた。それでも逆転優勝に向けて意気上がる近鉄ナインは18日までの17試合を12勝5敗で乗り切っていた。
 10月5日に近鉄はわずか勝率1厘差ながら1度は首位に立ち、翌6日まで守ったものの7日の直接対決を落として2位に落ちた。近鉄はその後に7連勝があったものの、どうしても西武を抜く事が出来なかった。
 15日の南海戦は4−4の同点で迎えた8回裏に岸川に決勝2ランを喫し、17日の阪急戦でもエース・阿波野が石嶺の決勝2ランに泣き、首位進出のチャンスを逃していた。

  西武 勝率 近鉄 勝率     西武 勝率 近鉄 勝率
10/1 近○6-0 .580 西●0-6 .560 2.5   10/10 南○6-4 .585 ロ○3-0、○7-2 .573 1.5
10/2 近●5-10 .575 西○10-5 .564 1.5   10/11 南○17-5 .588 ロ○4-2 .576 1.5
10/3         1.5   10/12 南●8-9 .583 ロ○3-0 .580 0.5
10/4 急●6-9 .570 日○1-0 .568 0.5   10/13 日○3-2 .587 ロ○4-3 .583 0.5
10/5     日○2-0 .571   10/14 ロ○5-2 .590 急○8-3 .587 0.5
10/6             10/15 日●1-3 .585 南●4-6 .582 0.5
10/7 近○5-2 .574 西●2-5 .566 1.0   10/16 急○2-1 .589 南○6-4 .585 0.5
10/8 近○4-2 .578 西●2-4 .561 2.0   10/17 全日程終了 急●1-2 .581 1.0
10/9 南○8-0 .581 ロ○5-3 .565 2.0   10/18     ロ○12-2 .584 0.5

 10月19日に近鉄はチームの公式戦最終日程となるロッテとのダブルヘッダー(川崎)を迎えていた。この時点で首位の西武は全日程を終了し、その差はわずか0.5ゲーム差という大接戦となっていた。このダブルヘッダーで近鉄が逆転優勝する条件は2連勝のみ。1勝1引き分けでは2厘差で2位のままであり、西武を追い抜く事は出来ない。厳しい条件であったが、この日の対戦相手であるロッテは低迷のシーズンを送っており、すでに5年ぶりの最下位が決定していた。10月9日からの6連戦も近鉄の全勝、前日の同カードも12−2と近鉄が大勝していた。近鉄の連勝は難しい事ではないのではないか、そんな雰囲気の中で試合は始まった・・・。

<10月18日時点の勝敗表>
    勝率 残り
1位 西武 73 51 6 .589 0
2位 近鉄 73 52 3 .584 0.5 2

 第1試合、先発は近鉄が3年連続二桁勝利となる10勝を挙げていた左腕・小野和義、ロッテがこの年急成長して186奪三振をマークしていた小川博。ロッテが初回に3番愛甲猛の17号2ランで先行すると、近鉄も5回表に5番鈴木貴久が20号ソロで反撃。ロッテは7回裏に2番佐藤健一のタイムリーで再び2点差とするが、勢いで勝る近鉄は8回表に代打・村上隆行がレフトフェンス直撃の2点タイムリーツーベースを放ち同点に追い付く。
そして9回表ツーアウトの土壇場から、近鉄はついに代打・梨田昌孝のセンター前タイムリーで勝ち越した。

 この年限りの引退を決めていた梨田にとって、結果的にはこれが現役最後の打席だった。ダブルヘッダー第1試合は9回打ち切りという規定のため、この回に得点が入らなければ、その時点で優勝の可能性が消えるというギリギリの場面での勝ち越し打だった。
 その裏の近鉄は2日前の阪急戦で完投しているエース・阿波野秀幸が中1日でマウンドに上がり、走者2人を許したものの逃げ切って4−3で勝利した。この段階で首位西武とゲーム差なし、勝率にして2厘差に接近した。

<第1試合・ロッテ-近鉄25回戦>
近鉄 0 0 0 0 1 0 0 2 1   4
ロッテ 2 0 0 0 0 0 1 0 0   3

   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *

 第2試合、近鉄にしてみれば「マジック1」である。いよいよ8年ぶりの優勝が現実味を帯びてきた。先発は近鉄が6勝していたドラフト1位ルーキー・高柳出己、ロッテが3年目で初の二桁勝利を挙げた左腕・園川一美。試合はロッテが2回裏に5番ビル・マドロックの17号ソロで第1試合に続いて先制。園川に押さえられていた近鉄は6回表にようやく4番ベン・オグリビーのタイムリーで同点。これで呪縛が解けたように、続く7回表には7番吹石徳一が2号ソロ、9番真喜志康永が3号ソロと下位打線の意外な本塁打攻勢で2点を勝ち越す。試合の流れは近鉄に傾き、球場には優勝ムードすら漂い始めた。

 しかし、それまで好投していた先発・高柳が初めてリードを背負った7回裏に崩れる。先頭の6番岡部明一に11号ソロを浴び、続く7番古川慎一にもヒットを許し一死も取れずに降板。救援した吉井理人は二死を取ったものの、1番西村徳文に同点打を浴びた。3−3の同点で7回の攻防が終った。
 だが近鉄にはこの男がいた。同点に追いつかれた直後の8回表、主砲ブライアントのバットから勝ち越しの34号ソロが生まれる。6月29日の一軍デビューから74試合目で34本塁打と驚異的なペースで打ちまくった主砲の、それはフィナーレを飾るにふさわしい一撃に思われた。4−3・・・、再度のリードにスタンドの近鉄ファンもベンチも「今度こそ!」と思いを新たにする。

 そして8回裏のマウンドに第1試合から連投の阿波野が登る。3番愛甲を打ち取りワンナウト、そして打席には4番高沢秀昭。この年に打率.327で首位打者に輝く事となる高沢が阿波野の変化球をすくい上げると、打球は高々と舞い上がってレフトフェンスを越えた。同点ホームラン・・・。
 9回表の近鉄は仁科時成、関清和のリレーの前に無得点。その裏のロッテの攻撃を早く終らせて延長10回に望みを賭けたい近鉄だったが、阿波野の二塁牽制球を受けた大石大二郎のプレーを巡る9分間の中断。それでもどうにか試合は10回表に突入したが、一死一塁から5番羽田耕一のセカンドゴロ併殺打で万事休す。

<第2試合・ロッテ-近鉄26回戦>
近鉄 0 0 0 0 0 1 2 1 0 0   4
ロッテ 0 1 0 0 0 0 2 1 0 0   4

 むなしい延長10回裏の守りが過ぎて、試合は終った。近鉄ナインはうなだれ、茫然としていた。2度にわたる勝ち越し弾の時に見られた勢い、ムードは完全に消え去り何とも言えない空気が球場を包んでいた。
  優勝・西武ライオンズ  73勝51敗6引き分け 勝率.589
  2位・近鉄バファローズ 74勝52敗4引き分け 勝率.587 ゲーム差ゼロ
 勝ち数も負け数も1つずつ多い近鉄は2位に終わり、西武ライオンズがリーグ史上初となる4連覇を達成して1988年のペナントレースは幕を閉じた。首位との勝率2厘差は、1シーズン制ではパ・リーグ史上最少の差であった。

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