松井 秀喜(まつい ひでき) 1974年6月12日生まれ 右投げ左打ち

 石川・星稜高から92年ドラフト1位で4球団競合の末、巨人に入団。高校3年夏の甲子園では、明徳戦で5打席連続敬遠の「伝説」を残した。ルーキーイヤーは2軍スタートとなったが、4月下旬に1軍昇格。出場2試合目の5月2日、ヤクルト・高津から初本塁打するもプロの厚い壁に第2号が出たのは実に8月31日であった。しかしこの日から閉幕まで33試合で10本塁打を放ち、翌年に大いなる希望を残した。

 翌94は開幕戦でいきなり2ホーマーも最終戦でようやく20号に乗せるにとどまった。しかし、全試合出場で148安打の打率.294は高卒2年目の選手としては十分に合格点の数字だった。
 95年も22本塁打、打率.283と伸び悩むが、打点は前年の66から80と増やし初のベストナインに選ばれる。
 そして96年はついにその素質が開花。38本塁打・99打点・打率.314と打撃3部門全てに自己最高の成績を残し、堂々MVPに選出される。22歳でのMVP受賞はセ・リーグ最年少記録だった。

 97年も37本塁打を放つが2年連続1本差でホームラン王のタイトルを逃す。しかし自己最多の103打点と初の100打点以上を記録。四死球もリーグ最多の106と大台を突破。続く98年は数字こそ34本塁打・100打点と前年よりダウンしたものの2冠を制し、さらに最高出塁率のタイトルも獲得。99年は自己最多の42本塁打を記録したが、2本差でタイトルを逃し3度目の2位に終わった。
この年は連続試合全イニング出場が歴代3位の574試合でストップしている。オールスター第1戦では史上初の4試合連続ホームランを放ち、2度目の球宴MVPを獲得した。

 00年は全試合に4番でフル出場し、打率・打点が自己ベスト、本塁打も自己最多タイで本塁打と打点の二冠に返り咲く。チームも優勝し、2年ぶりにリーグMVPを受賞。さらに日本シリーズでも21打数8安打の打率.381、3本塁打、8打点と活躍してMVPに選ばれた。
 01年は自己ベストの打率.333で初の首位打者獲得。打撃3部門の全タイトルを経験して、いよいよ三冠王の期待が高まった02年は6月までは15本塁打とスローペースだったが7月以降大爆発。7月に11本塁打、8月には13本塁打を放ち2ヶ月連続の月間MVP。打率も急上昇して打撃3部門トップをひた走った。しかし9月半ばから打率を落とし、最終的には3度目の二冠に留まった。それでも史上8人目(11度目)となる50本塁打を記録するなど、球界ナンバーワンスラッガーとしての実力は十分に発揮した。

 02年オフにFA宣言し、メジャーリーグのニューヨークヤンキースに移籍した。本拠地開幕戦で満塁本塁打を放つ派手な活躍もあったが、日本時代のように本塁打は量産出来ず序盤は苦戦した。中盤以降調子を上げて6月には打率.394をマークし、通算打率も7月下旬まで3割台を維持した。新人王は逃したが全試合に出場してリーグ10位の106打点は立派な成績だった。
 04年は日本での開幕シリーズで本塁打を放つ好スタート。帰国直後の7試合では1安打と低迷したが、5月は月間打率.351と巻き返した。7月7日には早くも前年に並ぶ16号本塁打。7月15日のタイガース戦では日米通算1500試合連続出場。最終的に.298と3割は逃したが本塁打は31本と倍増させ、2年連続100打点も達成。

 05年は開幕4試合で3本塁打と好調なスタートを切ったが、その後は本塁打ペースは大幅ダウン。しかし、192安打・116打点・打率.305は自己ベスト。日本からの連続試合出場は1737に伸びた。06年も前年に続き開幕戦本塁打すると、5試合目まで3本塁打の好スタート。しかし5月11日のレッドソックス戦で守備中に左手首骨折の重傷。日本時代からの連続試合出場も1768で途切れ、3ヶ月以上の実戦離脱を余儀なくされた。9月12日にメジャー復帰を果たすといきなり4安打、3試合目には本塁打を放ち復活を印象付けた。

 07年も開幕早々に左足肉離れで故障者リスト入り。これが影響したか、6月までは8本塁打と低調だったが7月に自己最多の13本塁打と爆発、月間MVPに輝いた。8月以降は右膝の調子も悪く打撃は下降線を辿り、メジャー自己最低の打率.285に終わった。それでも04年に次ぐ25本塁打と4度目の100打点をマークし、中軸の責任を果たした。08年は例年低迷する4月を3割台のアベレージで乗り切ると、そのまま6月下旬まで首位打者争いに絡むコンスタントな打撃を見せた。しかし古傷の左膝が悪化して6月23日に故障者リスト入りすると、8月18日まで戦列を離れる事となった。結局93試合で打率.294はマークしたものの、9本塁打・45打点と寂しい数字に終わった。閉幕を待たずして膝の手術に踏み切り、09年の復活に賭けた。

 09年は6月末までは打率.248、10本塁打、28打点とパッとしない数字だったが、7月以降は打率.296、18本塁打、62打点と復調。特に打点の量産ぶりはチームの優勝に大きく貢献する活躍となった。8月のレッドソックス3連戦で4ホーマー、9月13日からは9試合で5ホーマーとここぞという時に爆発力を見せた。6年ぶりとなったワールドシリーズでも最終第6戦でシリーズタイ記録の6打点を叩き出すなど、打率.615に3本塁打・8打点の大活躍で見事にワールドチャンピオンとシリーズMVPの栄冠を掴み取った。4年契約の切れたこの年オフにロサンゼルス・エンゼルスに移籍した。

 エンゼルスでの2010年は開幕戦から4番に起用され、勝越し打に1号ソロと最高のデビューを飾った。開幕15試合で打率.309、3本塁打、10打点と上々のスタートだったがその後低迷。4月末には打率.273まで下がり、月間打率.184と苦しんだ5月末には.229まで落ち込んだ。なかなか浮上のきっかけを掴めず、8月中旬まで打率.250前後を行き来した。8月14日のブルージェイズ戦で先制2ランを含む4安打と爆発、この試合以後閉幕までは115打数43安打の打率.374と打ちまくった。しかし期待が大きかった分、まずまずと思われる21本塁打の打率.274であってもエンゼルスから残留要請はなく、11年はアスレチックスへ移籍することとなった。
 アスレチックスでの11年シーズンも6月末で打率.215と低迷し、波に乗れなかった。7月以降は打率.282と持ち直したがトータルでは.251とメジャー移籍後最低打率。日米通算2500安打と500本塁打は達成したものの、12本塁打・72打点も規定打席以上ではメジャー最低の数字に終わった。

 所属先未定で迎えた12年は4月末にレイズとマイナー契約。5月下旬にメジャー昇格すると、最初の3試合で2本塁打と好スタートを切った。しかし、ヒットが続かず6月末での打率は.158で本塁打も2本目以降途絶えてしまった。7月最初の試合で2安打したが、翌日以後18打席ノーヒットのまま7月22日の試合を最後に戦力外通告を受け、この年限りで現役を退いた。

 93年8月22日の横浜戦から02年10月11日の広島戦まで歴代3位の1250試合連続出場。99年6月5日から10日まで5試合連続本塁打。01年5月5日の横浜戦から8月3日の横浜戦までセ・リーグ記録の65試合連続出塁。98年から02年まで5年連続100得点の日本記録。

[日本でのタイトル]
 MVP3回(96、00、02)、本塁打王3回(98、00、02)、打点王3回(98、00、02)、首位打者1回(01)、最高出塁率3回(98、00、02)。ベストナイン8度(95〜02)、ゴールデングラブ3度(00〜02)受賞。月間MVP7回(94年4月、96年7月・8月、98年5月、01年9月、02年7月・8月)。オールスター出場9度(94〜02)、95年第2戦・98年第2戦・99年第1戦でMVP受賞。日本シリーズで00年にMVP受賞。正力松太郎賞1回(00)。

[MLBでのタイトル]
 月間MVP1回(07年7月)。オールスター出場2度(03、04)。ワールドシリーズで09年にMVP受賞。

年度別打撃成績(赤字はその年のリーグ最多記録)
    試合 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四死球 三振 打率(順位)
93 巨人 57 184 27 41 9 0 11 83 27 1 0 0 19 50 .223
94 巨人 130 503 70 148 23 4 20 239 66 6 1 4 61 101 .294(11位)
95 巨人 131 501 76 142 31 1 22 241 80 9 2 2 64 93 .283(13位)
96 巨人 130 487 97 153 34 1 38 303 99 7 0 7 75 98 .314(7位)
97 巨人 135 484 93 144 18 0 37 273 103 9 0 6 106 84 .298(13位)
98 巨人 135 487 103 142 24 3 34 274 100 3 0 4 112 101 .292(11位)
99 巨人 135 471 100 143 24 2 42 297 95 0 0 6 95 99 .304(9位)
00 巨人 135 474 116 150 32 1 42 310 108 5 0 7 108 108 .316(3位)
01 巨人 140 481 107 160 23 3 36 297 104 3 0 7 123 96 .333(1位)
02 巨人 140 500 112 167 27 1 50 346 107 3 0 3 120 104 .334(2位)
                                 
日本10年 1268 4572 901 1390 245 16 332 2663 889 46 3 46 883 934 .304
                                 
03 ヤンキース 163 623 82 179 42 1 16 271 106 2 0 6 66 86 .287(34位)
04 ヤンキース 162 584 109 174 34 2 31 305 108 3 0 5 91 103 .298(19位)
05 ヤンキース 162 629 108 192 45 3 23 312 116 2 0 8 66 78 .305(8位)
06 ヤンキース 51 172 32 52 9 0 8 85 29 1 0 2 27 23 .302
07 ヤンキース 143 547 100 156 28 4 25 267 103 4 0 10 76 73 .285(40位)
08 ヤンキース 93 337 43 99 17 0 9 143 45 0 0 0 41 47 .294
09 ヤンキース 142 456 62 125 21 1 28 232 90 0 0 2 68 75 .274(51位)
10 エンゼルス 145 482 55 132 24 1 21 221 84 0 0 4 68 98 .274(29位)
11 アスレチックス 141 517 58 130 28 0 12 194 72 1 0 9 57 84 .251(58位)
12 レイズ 34 95 7 14 1 0 2 21 7 0 0 0 8 22 .147
MLB10年 1236 4442 656 1253 249 12 175 2051 760 13 0 46 568 689 .282
                                 
  日米計20年 2504 9014 1557 2643 494 28 507 4714 1649 59 3 92 1451 1623 .293
    試合 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四死球 三振 打率(順位)