清原 和博(きよはら かずひろ) 1967年8月18日生まれ・右投げ右打ち

 PL学園時代、春夏5季連続で甲子園に出場し通算13本塁打の不滅の記録を残す。85年のドラフト会議で6球団が一位競合の末、西武ライオンズに指名され入団。翌86年、プロ入り2打席目に初ヒットが初ホームランというデビューを飾る。この年打率.304、31本塁打(新人タイ記録)で文句なしの新人王に輝く。
 以後98年まで入団以来13年連続20本塁打以上とプロ野球記録を更新していたが、99年は13本塁打に終りストップ。入団以来の連続100安打以上も9年続いたが、95年に99安打で惜しくも途切れる。

 西武時代の11年間で8度のリーグ優勝と6度の日本一に輝く。その間89年には打率.283、35本塁打、92打点。90年には打率.307(ベストテン4位)、37本塁打(自己ベスト)、94打点。92年には打率.289、36本塁打、96打点(自己ベスト)と活躍。

 96年オフにFA宣言し巨人に移籍。高校卒業時に巨人から指名される夢がかなわず涙を流した男は11年たってようやく憧れのユニフォームに袖を通す事になった。
 移籍一年目の97年は打率.249ながら32本塁打、95打点をマーク。しかしセ・リーグ新記録(当時)の152三振を喫する。98年は度重なる故障に泣き、自己ワーストの116試合出場に終わり、99年の巻き返しに期待がかかったが、またも左手の骨折や右足じん帯損傷と故障続き。いずれもプレー中のケガで不運な面もあったが、86試合で62安打、打率.236、13本塁打、46打点と全ての部門でプロ入り最低の成績に終った。

 オフに徹底的に体を鍛えて臨んだ00年は開幕前のオープン戦で左足肉離れを起こし、初の開幕二軍スタート。4月中旬の一軍復帰後も代打中心の出場で、5月下旬には再度左足を痛めて登録抹消。しかし、7月7日の復帰戦を代打ホームランで飾ると以後スタメン定着。7月以降だけで15本塁打・50打点を叩き出し打率も.296と、ここ10年間で最高のアベレージを残す。
 迎えた01年は自己最多の121打点を叩き出したが、惜しくもタイトルは逃した。打率も.298と前年に続きアベレージも上々だった。

 02年は開幕3試合連続本塁打と最高のスタートを切りながら脇腹の挫傷でまたも長期欠場となり、試合・安打・本塁打・打点など各部門で自己ワースト記録を更新。それでも打率は.318と内容的にはいいところも見せた。
 03年も開幕一軍から洩れるスタートだったが、26本塁打を含む99安打で打率.290とまずまずの数字を残した。

 そして迎えた04年は内野復帰のペタジーニが一塁で優先起用され、開幕時にあと18本に迫っていた区切りの2000本安打達成は6月にずれ込んだ。さらに6月19日の阪神戦では死球で左手を骨折、後半戦を棒に振った。この結果、記念のシーズンとなるはずが試合数・安打数など各部門で自己ワーストの数字に終った。
 背水の覚悟で臨んだ05年も通算500号を達成するなど22本塁打を放つが、打率は.212と低迷。痛む左ひざを抱えながらのプレーだったが8月中旬に球団からストップがかかり戦列を離脱した。オフに自由契約となり、オリックスに移籍した。

 06年もひざの調子は思わしくなく、67試合で11本塁打を含む45安打と、04年に次ぐ低い数字。07年は左ひざの手術をし、またリハビリに明け暮れる1年で、一軍出場ゼロに終わった。08年は2年ぶりの一軍出場を果たすが、22試合で4安打、打率.182の成績で23年間の現役生活を終えた。

 打撃3部門のタイトル(最高出塁率が90年・92年の2度)がなく、「無冠の帝王」とも呼ばれている。通算300本塁打以上の打者35人中、打撃3部門のタイトル獲得がないのは松原誠(大洋−巨人、通算331本塁打)、池山隆寛(ヤクルト、通算304本塁打)と三人だけ。
 オールスターに強く、100打席以上では歴代1位の打率.365、歴代2位の13本塁打をマーク。MVP獲得も史上最多の7度を数えるお祭り男である。

 年間30本塁打以上7度は歴代10位タイ。20本塁打以上16度は歴代3位タイ。01年6月9日の阪神戦で史上7人目の3イニング連続本塁打。01年7月14日の広島戦と06年5月27日の横浜戦でサヨナラ満塁本塁打。通算サヨナラ本塁打12本は日本記録。通算満塁本塁打11本は歴代9位タイ記録。通算196死球、通算1955三振は日本記録。04年6月4日のヤクルト戦でベバリン投手から史上31人目の2000本安打達成。 

 新人王(86)、最高出塁率2回(90、92)、最多勝利打点1回(88)。ベストナイン3度(88、90、92)、ゴールデングラブ5度(88、90、92〜94)受賞。月間MVP5回(86年9月、90年8月、92年9月、94年5月、01年6月)。オールスター出場18度(86〜98、00〜02、05、06)、86年第2戦・87年第3戦・90年第2戦・93年第1戦・96年第2戦・97年第2戦・00年第3戦でMVP受賞。日本シリーズで86年・88年・02年に優秀選手賞、93年・94年に敢闘賞受賞。

年度別打撃成績(赤字はその年のリーグ最多記録)
    試合 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 四死球 三振 打率(順位)
86 西武 126 404 66 123 18 1 31 236 78 6 60 109 .304(8位)
87 西武 130 444 66 115 25 3 29 233 83 11 90 88 .259(23位)
88 西武 130 451 97 129 21 0 31 243 77 5 97 102 .286(11位)
89 西武 128 445 92 126 22 2 35 257 92 7 110 60 .283(15位)
90 西武 129 436 99 134 19 2 37 268 94 11 120 85 .307(4位)
91 西武 126 448 73 121 20 0 23 210 79 3 89 77 .270(16位)
92 西武 129 464 82 134 17 0 36 259 96 5 89 98 .289(12位)
93 西武 128 448 66 120 15 1 25 212 75 3 90 120 .268(14位)
94 西武 129 455 78 127 29 0 26 234 93 5 105 117 .279(16位)
95 西武 118 404 63 99 13 3 25 193 64 2 99 111 .245(25位)
96 西武 130 487 67 125 30 0 31 248 84 0 76 122 .257(20位)
97 巨人 130 462 65 115 24 0 32 235 95 0 81 152 .249(29位)
98 巨人 116 384 67 103 14 0 23 186 80 1 75 76 .268(24位)
99 巨人 86 263 39 62 12 0 13 113 46 0 56 68 .236
00 巨人 75 216 41 64 10 0 16 122 54 0 33 51 .296
01 巨人 134 467 67 139 29 0 29 255 121 0 79 140 .298(13位)
02 巨人 55 148 24 47 1 0 12 84 33 0 25 36 .318
03 巨人 114 341 47 99 9 0 26 186 68 0 58 97 .290
04 巨人 40 101 18 23 2 0 12 61 27 0 19 41 .228
05 巨人 96 321 42 68 6 0 22 140 52 0 51 111 .212
06 オリックス 67 203 21 45 7 0 11 85 36 0 37 83 .222
07 オリックス 一軍出場なし                    
08 オリックス 22 22 0 4 2 0 0 6 3 0 3 11 .182
                             
23年 2338 7814 1280 2122 345 12 525 4066 1530 59 1542 1955 .272
歴代順位 11位 16位 9位 23位 29位   5位 10位 6位   2位 1位  
    試合 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 四死球 三振 打率(順位)