燃えつきたバラの肖像


○フランス衛兵隊の軍服を着たオスカルとアンドレが馬に跨り駈けて行く−

そのバックを以下の絵が現れては消える。
−焼きゴテの刑を受けるジャンヌ。
−人買いに子供を売り渡す農民。
−浮浪者のあふれる街。
−民衆の暗い目。目。目。

印象派絵画風のそれらの情景。

−貴族、僧侶に圧し、潰される平民を描いた当時の戯画。

N(ナレーション)
「首飾り事件以来、王室、僧侶、貴族など特権階級の人々に対する民衆の反感は
日増しに高まり、貴族と平民の対立は激しくなっていった」

駆けて行くオスカルとアンドレ。

N「オスカルは近衛士官のあり方に疑問を感じ、
隊長の任務を副官ジェローデルに任せ、自らは近衛連隊を去っていた。
そして、今は、アンドレとともに、格が数段下のフランス衛兵隊の所属となっていた」

○パリの大通り(夕方)

二人の囚人が、白い囚人服を着せられ
ワク組だけの荷車に乗せられ、護送されて行く。
通りの両側で見守る群衆。
馬に乗ったオスカル、アンドレを始め衛兵隊の、面々が群集の警備に当たっている。
「死刑囚だってさ」
「何だってまた」
「王様を攻撃したビラを配ってたらしいよ」
「そんな事でギロチンかい?」
「可哀想に」等々の声。

やがて囚人達は角を曲がって見えなくなる。
三々五々散り始める群衆。

オスカル「(独り言のように)何故だ?殺されに行くというのにあの顔は・・・。
胸を張り、笑顔を見せているようにも見えたが・・・」
同意を求めるようにアンドレを見る。
アンドレ、瞳をこらすようにしている。
オスカル「どうした?
アンドレ「な、何でもない」
オスカル「それならいいが・・・(なんとなく心配)」
アンドレ「何でもないと言っているだろう。さあ行こう」
オスカル「(自分なりに納得して)ああ」
と、馬の向きを変える。

アンドレも馬の向きを変えようとするが、
目がよく見えないので、上手く手綱が捌けない。
嘶く馬。
心配気にアンドレを見つめるオスカル。


○サブタイトル


ジャルジェ邸・納屋
カキ−ン、カキ−ン。
金属音を響かせてアンドレが蹄鉄を直している。
汗だくである。
ふと手を休め、ポケットからビラを取り出す。
明るい所へかざして目を近づけて読む。
アンドレ「同士アンドレ。7月14日、バスティーユへ集まれ・・・」
以下の文面を目で追ってゆき、最後に、
アンドレ「・・・自由・・・平等・・・博愛・・・」と
口に出して言ってみる。
何かの影がよぎる。
ハッとしてビラを隠すアンドレ。
見上げると明るい方に馬が立っている。
アンドレ「(立って馬を撫でながら)お前か、脅かすなよ」
その時、外で馬の嘶き。
アンドレ「客らしいな」
とポケットにビラをしまう。

○同・玄関ホール
台所の方からワインを盆に乗せたアンドレが来て、
応接室のドアをノックしようとする。
急に応接室のドアが開き、ジェローデルが出てくる。
相方、一瞬ドギマギする。

ジェローデル「(すぐにニタリと笑って近づきながら)
やあ、アンドレ、久し振りだね」
アンドレ「(表面はいんぎんに)お久し振りです。何かとお忙しい事でしょう」
ジェローデル「(尊大に頷いて、誇示するように階級章に手を触れ)
そうなんだよ。少佐ともなると何かと苦労が多くてね。
こう世の中が物騒になってくると(興味津々、揶揄するように、探るように)
オスカル隊長率いる衛兵隊の方も大変だろう」
アンドレ「・・・・・・・・」

ジェローデル、アンドレの視線をそらし、
ホールの隅に飾ってあろバラの花を一輪取り出す。
ジェローデル「(バラの香りを嗅ぎながら)ところで
オスカル嬢は−」
アンドレ「!(アッとなり反発を露にする)」
ジェローデル「おっと、そうだった、そうだった。
オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェは男でござる、と・・・。
失礼、失礼(花を弄び)美しいバラだ」

アンドレ、何か言いかけるが、ジェローデル首を振り、
バラを口の辺りで揺すってさえぎる。

ジェローデル「(反応を見て、断定的に)
バラは高貴な殿方の手入れを受けながら静かに暮らすのが
至上の幸福というものだ。
オスカル嬢はお前のような平民風情とは違う。彼女はバラさ!」
アンドレ「そういうあなたは何ですか?さしずめ虎の威を借るキツネという所でしょう」
ジェローデル「(委細構わず高圧的に)言う事があるのなら
オスカル嬢との結婚式が済んでからにしてもらおう」

ショックのあまり、アンドレの手にした盆がカタカタ鳴る。

○同・納屋
屈辱への怒りをぶつけるかのように蹄鉄を打つアンドレ。

○同・アンドレの部屋
誰もいない。
アンドレを捜すオスカルの声が聞こえる。
オスカルの声「アンドレ!アンドレ!」
オスカル、来る。
床に落ちているビラに目がとまり訝しげに拾って読む。
アッとなるオスカル。


○夜の町A
アンドレが見廻りをしている。
物陰に隠れ、その姿を見つめているオスカル。
アンドレの影が石だたみの上に長い尾を引き、
街灯の廻りを舞う大きな蛾の影が、オスカルの不安をかき立てる。

○同B
アンドレが見廻りをしながら来る。
キョロキョロし、単なる見廻りとも、何ともいわくあり気な不審な行動とも見えるその姿。
オスカルが馬に乗ってくる。
オスカル「(探るように)異常ないか?」
アンドレ「(オスカルを見ないで)ありません)
オスカル、気になるようにアンドレをしばらく見、去って行く。

○道(昼)
木の陰でイライラと待つジェローデル。
蹄の音が聞こえて来て、ハッと顔を上げる。
オスカルが馬に乗ってくる。
木陰から現れるジェローデル。
オスカル、気にもかけない様子で行き過ぎようとする。
ジェローデル「こんな所で、偶然ですな」
オスカル「・・・・・・・」
ジェロ−デル「例の話、御返事は?」
オスカル「例の話?」
ジェローデル「おとぼけになっては困ります。
私との結婚の話でございます」
オスカル「(大笑)」
毒気を抜かれるジェローデル。
オスカル「そんな話、初耳だ」
ジェローデル「いいえあなたはお聞きになっている筈です。
あなたにとってこの上ない幸せとなる筈の話。
それをそのように無視される訳を今日は是非ともうかがわねば・・・」
オスカル「少佐ともなるとご立派なものだな、ジェローデル。
私の幸せの心配までしてくれと言うのか」
ジェローデル「こんな危険な御時勢ともなると−」
オスカル「いらぬ心配をするな!自分の道は自分で選ぶ。
それよりお前自身の頭の上のハエを追う事の方が先だろう」
ジェローデル「・・・・・・」
オスカル「(気遣ってヤンワリと)お前の事は忘れないよ。
今まで本当によくやってくれたのだから・・・。
でも、今の私はお前とは住む世界が違うんだ・・・。
ジェローデル「・・・・・・」
オスカル「さようなら(いく分皮肉を篭めて)忠実な部下ジェローデル」

去って行くオスカル。

○会議場・入り口
雨の中、警備のオスカル達と群集がもみ合っている。
両者、ズブ濡れ。
群集「衛兵隊。帰れ!帰れ!」の大合唱。
惨めな表情のオスカル、アンドレ、さすがに憔悴の色が見える。

○夜営
たき火の前に、アンドレが坐りスープをすすっている。
ふと、スプーンを持つ手が止まり、じっと炎を見つめる。
炎の照り返しの中で、アンドレ、目を細め炎を見つめる。
二、三回瞬いて、袖でゴシゴシ目をこする。
オスカルがスープを持って来る。
慌てて居住まいを正しスープを飲み始めるアンドレ。
オスカル、並んで坐る。
沈黙−

オスカル「惨めだな」
アンドレ、意外な言葉にオスカルを見る。
オスカル「連中の燃える目を見たか?」
アンドレ「・・・・・・」
オスカル「(ボソボソと)あのキラキラした目・・・
悪いとはどうしても考えられない・・・それを・・・
誰が取り締まれる、え、アンドレ?」
アンドレ「(新鮮な驚きを感じ、落ち着いてもの静かに)
そうなんだ、オスカル。・・・そうなんだよ・・・」
オスカル「・・・・・・」
アンドレ「やめちまうか?こんな任務」と
半ば冗談で聞く。
オスカル「(本気で答える)それが出来る位なら・・・」
沈黙−
オスカル「・・・確かに貴族とは醜いものだ。
・・・衛兵隊の連中は私を裏切らなかった・・・」
長い沈黙−
オスカル「・・・しかし・・・私はふっ切る事が出来ない・・・私はまだ・・・貴族なのだ・・・」
沈黙

オスカル、ふとポケットから例のビラを取り出す。
アンドレに何か言おうとするが、言い出せない。
アンドレ、気づかない。
アンドレ「(遠くを見つめるように)俺は・・・今すぐにでも・・・
連中に加わりたい・・・」

オスカル、感じる所があって、再び、そのビラをポケットにしまい込む。

時間経過
黙々とスープをすするオスカルとアンドレ。
たき火が爆ぜている。

○ジャルジェ邸・階段
アンドレが歩数を数えながら上がってくる。
もう何度も繰り返している感じ。
アンドレ「十二、十三、一四・・・」
つまづく。
四つん這いになったまま、悔しそうに拳で床を叩く。
その時、
ジャルジェの声「(怒って)アンドレ!アンドレはどこだ!」
ただ事ではない事を感じて声の方を見るアンドレ。

○同・将軍の部屋
ジャルジェ「これは何だ?」
机の上に例のビラが放り出される。
離れて立っていたオスカル、あっと声を上げそうになり
ビラが目の前にある事が信じられないという顔で目を見を瞠る。
椅子に坐ったままのジャルジェ将軍の前に立つアンドレも驚く。
ジャルジェ「小間使いのミレーユがオスカルの部屋を掃除していて見つけたんだ」
しまったという顔のオスカル。
ジャルジェ「これは何だと聞いているんだ!」
アンドレ「・・・・・・」
ジャルジェ「(怒鳴る)どうした、返事ぐらいしろ!」
アンドレ「・・・・・・」
ジャルジェ「(静かに)ここの暮らしに不満でもあるのか?え?」

アンドレ、ジャルジェ家の親切は痛い程、身にしみている。
アンドレ、ただ黙って項垂れる他ない。
痛々しそうに見守るオスカル。
ジャルジェ「お前はそんなに世の中が変わって欲しいのか?
(たたみ込んで)そうなったら本当に国民が幸せになれると考えているのか?
賢いお前の事だ、よく頭を冷やして考えてみるがいい!」
アンドレ「・・・・・・」
ジャルジェ「蜂起なんかして見ろ、許さんぞ!」
言い捨て部屋を去る。

○同・庭
池の縁でたたずむアンドレ。
アンニュイに囚われ、あらぬ方を見ている。
オスカルの足が近づいて来て止まる。
見るアンドレ。
オスカル、剣を差し出す。
オスカル「憂さ晴らしだ。一汗かこう」


アンドレ「ハーッ」
斬りかかる。
オスカルとアンドレが剣の練習をしている。
かかるアンドレ。
オスカル「そうだ!その調子だ!」
斬り結ぶ二人。
時間経過−

芝生の上に寝ころぶ二人。空を見てる。
オスカル「どうした今日の動きは?お前、目は本当に大丈夫なのか?」
と、アンドレの方を向く。
アンドレ「ああ」と反対側を向く。
疑わしくアンドレの後姿を見つめるオスカル。
オスカル「(空を見て)・・・アンドレ、許してくれ。
私が余計な事をしたばかりに・・・」
アンドレ「(遮って)そんな事じゃないんだ。
とにかく、そっとしておいてくれ」
沈黙−

○同・居間
パァーッとベールが取られ、現れるオスカルの肖像画。
どよめきが起こる。
鎧をつけた軍神マルスの姿に擬したりりしいその姿。
ジャルジェ将軍、はじめ、ジャルジェ家の家族、使用人たちが
絵の前に集まっている。
画家「昔、私が名もない画学生の頃、
マリー・アントワネット様のお輿入れがございました。
その時の護衛の先頭にいた少年近衛兵の姿−」

○回想・アントワネットを護衛する近衛隊姿のオスカル
画家「そのりりしく美しかった事。
今でも私の頭に焼きついて離れません。
私はその時、決心したのです。
その姿をいつの日か、いつの日か描こうと・・・」

○元のジャルジェ邸・居間
オスカルの肖像画
画家「それが、今思えばこの家のお嬢様、
オスカル様だったのでございます」
ジャルジェ「素晴らしい」
ふと、オスカルの居ないのに気づいて、
ジャルジェ「(女中に)オスカルを呼んできなさい」
女中「かしこまりました」と去る。

時間経過−
女中が、オスカルとアンドレを連れて来る。
オスカル、入って来るなり何故か出来るだけ絵を見ないようにしている。
訝るジャルジェ将軍。
ジャルジェ「どうした、見ないのか?」
オスカル「理由はお聞きにならないで下さい。
そういう気持ちになれないのです。お許し下さい」
インギンに断る。
ジャルジェ「おかしな奴だ」
画家「私の絵に何か不都合な点でも?」
ジャルジェ「(気を取り直して)そんな事あるものですか。
こいつは元々ちと変わってましてな、お気になさらずに。
それより、本当に素晴らしい絵を有難うございます。
(女中たちに)さあさあ、先生にご馳走を差し上げて、さあさあ」
 
一同、促されて出て行く。
ポツンと取り残されるオスカルとアンドレ。
オスカル、絵を避けるようにして窓に寄り外を眺める。
まぶしい程の陽の光だ。
アンドレ、必死で絵を見ようとしている。
だが、アンドレの視界はボヤけてほとんど絵の輪郭しか分からない。

○同・廊下(深夜)
誰かの影がよぎる。

○同・居間
誰かが扉を開けたらしく薄明かりの中にオスカルの肖像画が浮かび上がる。
絵の上にろうそくによって投影されたアンドレの影が映る。
ろうそくを持ち、顔を絵に近づけて必死にオスカルの肖像を見ようとするアンドレ。
辛うじて顔の部分が見える。
アンドレ(心の中で)「さようなら、オスカル」
再び、じっと見つめている。
オスカルの声「何をしている?!」
ハッと振り向くアンドレ。オスカルが来ている。
予測もしていなかった事態に返事も出来ない。
アンドレ「(絵を見たまま、ポツリと)いい絵だ」
オスカル「・・・・・・」
アンドレ「(ふと気を変えて)お前、昼間、この絵を見ないようにしてたが、どうしてだ?」
オスカル「・・・本当は見たかったさ・・・でもこんな絵ばかり見ていると
何か分からないが、私の中に芽生え始めた思いが、
なえてしまいそうな気がしたんだ」
アンドレ「何故?」
オスカル「分からない。でも、近衛隊から私を衛兵隊に移らせた気持ちに似ている」
アンドレ「どういう事だ?」
オスカル「お前と同じ気持ちさ。このままではいけない。
このフランスを何とか変えなければいけない・・・そんな気持ちさ」
アンドレ「(納得)・・・(しんみりと)近衛隊の頃のお前は
一途にアントワネット様をお守りする事だけ考えていたっけな」
オスカル「遠い昔の事だ」
アンドレ「あの頃のお前は燃える目をしていた・・・」
オスカル「・・・(ふと淋しそうに笑ってから恐ろしく深刻そうに探りを入れる感じで)
どうだい、私のこの姿?」
アンドレ「(慌てて)あ、ああ、お前の軍服姿が、とてもよく描けてるよ」
オスカル「(やっぱり、という風に)・・・アンドレ・・・
絵の中の私はね・・・(ためらって)軍服姿なんかではないんだよ」
アンドレ「!」


−中CM−