2004年10月26日火曜日 朝日新聞 生活欄 待機児ゼロの舞台裏≠「ま保育園は

2004年10月26日火曜日 朝日新聞 生活欄 

待機児ゼロの舞台裏

―いま保育園は

広げた枠 安心に課題

定員弾力化「静かな時間」工夫 

民営化保育士定着がかぎ

 

 できるだけ多くの子どもが保育園に入れるように―。小泉首相が打ち出した待機児童ゼロ作戦は、今年度が最終年度になる。定員を超える児童の入園、公立園の民営化……。枠は広がり、待機児は少し減ったが、安心して産み育てられるようになったのか。現場を歩き、都市が抱える子育ての現状を見た。

■一部屋24人

大型のバギーで、子どもたちがはしゃぐ。

 「さあ、行きますよ」

 埼玉県和光市の市立みなみ保育園。0歳児クラスの昼食後の「園内散歩」だ。

 「気分転換です。24人一緒にいると、子どもたちも疲れるから」と保育士の中條知子さん(45)は言う。

 待機児童対策などて和光市が3年前に新設した同園は、定員180人、敷地3千平方bの大型園だ。従来、市の公立園で0歳児保育はなかった。都心への通勤圏の同市では、働きながら子育てをする若い世代が増加。需要が高まった0歳児クラスの定員を21人にした。「0歳児は多くて10人前後が一般的」(保育関係者)な中では異例の規模だ。

 この10月には3人増えて24人。園全体でも定員から25人増の205人に。10月に入園した生後7カ月の男児の母親(39)は「この年で子持ちだと再就職は難しい。園に入れたから再就職できた」と感謝する。

 市は、国の基準を上回る保育士を配置し、部屋面積も確保する。だが、一部屋に乳児24人と保育士が約10人。1人が泣き出すと、泣き声の大合唱。ウンチのにおいがすると、誰がしたか保育士みんなでオムツをのぞく。アレルギー対応の給食も出しており、間違えないよう気を使う。延長保育は夜8時まで、夕食も出す。「ケガがないように必死です」と中條さんは言う。

 昨冬、学者や医師、保育士らがつくる「赤ちゃん保育研究会」(代表、汐見稔幸・東大教授)が、0歳児クラスに音の調査に来た。

 静かになる時間がない、と指摘され、同園は環境を考えるチームをつくり、工夫を始めた。ほっとできる空間を確保するため、段ボールで仕切りを作った。小グループに分けて、時間差で動くようにもした。

 汐見教授は「この保育園は良心的。でも、言葉も話せない低年齢児の保育の研究は、まだ足りない。落ち着けるのはどんな空間か、甘える感情を満たすにはどんなかかわり方がいいのか。待機児解消も大事だが、その過程で子どもが育つ環境の視点が抜け落ちないように具体的に提案したい」と話している。

■17人が退職

 今年4月に民間委託した東京都大田区の西蒲田保育園(定員137人)では、常勤保育士27人のうち17人が入れ替わった。

 民営化は昨夏、区が決めた。保護者が選考委員会に加わり、昨年末に応募11社の中から企業内保育所などを手がける株式会社を選んだ。「保育理念は素晴らしかったが、園長は説明した人ではなかった。保育士の顔ぶれも確認すべきでした。」と親の一人、酒井ますみさん(42)。

 決定から2週間で引き継ぎに入ったが、保育士の募集が追いつかず、準備不足のまま4月を迎えた。辞める保育士が続出、園長も1カ月で園を去った。

 4歳児クラスでは計8人の担任が入っては辞めていった。きかない子をシャワー室に連れて行く指導を巡り、ストレスで通園できなくなる園児もいた。保育士が代わるたびに子どもが荒れ、また保育士が辞める。複数の子どもが、友達の靴を園庭に捨てたり、金魚を放り出したりする行動をとるようになった。

 延長保育は午後7時から8時にのび、休日保育も始まった。行事も増えた。だが、ある父親は「メニューは増えたけど味が落ちたレストランのようだ。安心して預けられない」と憤る。保護者から同社の撤退や人権救済を求める動きも出ている。

 会社は改善策を探り始めた。保育士の研修を増やし、カウンセリングを導入。区との委託契約は1年で運営費が毎年上がるわけではないが、6月に基本給を月14万円台から16万7千円に上げ、経験給を増額した。同社統括本部長は言う。「信頼される園になるには、保育士の定着が欠かせないとわかりました」

 

■協議重ねて

 「おいも食べてみようか」

 1歳1カ月のももかちゃんの口に、保育士が離乳食をスプーンで運ぶ。すぐには上に引き抜かない。舌でばっくんととらえる感触を確認して、そっと手前に引く。「こうすると上手に味わって飲み込めるんです」

 昨春、東京都中野区で区立園の民営化第1号となった野方さくら保育園(定員100人)。社会福祉法人巨玉会(東京都多摩市)が運営する。手のつなぎ方、声のかけ方、見守り方。多摩市で33年間保育園を運営してきたノウハウを生かす。

 「親身にやってくれる。今は満足てす」。父母会役員の瀬川ひろ美さん(34)は言う。

 当初は戸惑いの連続だった。02年春の民営化予定が反対運動で1年のび、法人と保護者で協議を重ねた。運動会は、布団は、部屋の仕切り方は…。「それが子どもにプラスになる理由を説明してくれ、納得できた」と瀬川さんは振り返る。3カ月前には、保育士が引き継ぎで入った。

 公立のときは「コストがかかる」とできなかった夜8時15分までの延長保育、産休明け保育も始めた。公立の7割程度の運営費で、公立以上のサービスを迫られる。それでも、保育士の待遇は経験10年で手取り月23万円、30年で36万円台を確保する。

 菅野小穂子園長は言う。「人材が根付いてこそ信頼される園になれる」。同園には新人から経験30年まで幅広い保育土がそろう。民営化から1年半、やめた職員はいない。「公立園が保育士の待遇や理念を引っ張ってきたが、民営化が進む今、私たちが『信頼される保育』を示さなければ」

 

入所待ち2万4千人

 「待機児童ゼロ作戦」は少子化対策の柱の一つで、小泉首相が01年の就任直後に「3年間で15万人の受け入れ増」を打ち出した。

 企業やNPOなどが参入しやすい条件を整備。保育士数や部屋面積が国の基準を下回らなければ、年度途中で保育園の定員を超えて入園を認める「定員の強力化」や、幼稚園での預かり保育などが実施された。厚労省が9月に発表した4月現在の保育利用児童数は約197万人に増えた=グラフ。

  だが、保育需要も高まっている。待機児童は今年4月現在で5年ぶりに減少に転じ2千人減ったが、まだ2万4千人が入所待ちしている。うち7割が0〜2歳児だ。国は98年に乳児保育を促進するよう助成制度を整えたが、追いついていないのが現状だ。

 また、コスト削減で受け入れ枠を広げようと、02年4月から今年4月までで約180カ所の公立園が民間委託、貸与・売却で「民営化」したが、保育環境の激変などで訴訟になる例もある。


2004年10月27日水曜―いま保育園はに続く
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