午前四時。奈美の朝は早い。
夫と子供たちを起こさぬ様、そっと床を抜ける。
電気ストーブのスイッチを付け、ドレッサーの前に座った。
素顔のままの自分がいる。二十代のころに比べると
多少頬の肉がついたようだが、まだまだ二十代でも通用する。
疲れは溜まっているが、肌は荒れていない。
昨日、念願のパソコンのローンを組み、購入した。
支払いのためには、無理をしてでも朝の仕事を行わなければ
ならない。
辛いが主人に無理を言い、自分で選んだ方法なので
致し方ない。
今日は冷える。蛇口から出る水が、ぬるま湯になるまで待つ。
保湿成分が多量に入った洗顔料で、丹念に顔を洗う。
柔らかなタオルで、そっと叩くようにして水気を取る。
うんっ!奈美は頷き、鏡の前で満足する。
流石に五千円もする洗顔料である。肌の張りが蘇り
化粧のりも良さそうに思えてくる。
三十半ばが近づいて来ているが、誰もそんな年だとは
思わないだろう。
作り笑いをして見せる。この笑顔が大切なのである。
寒さが背中から首筋に伝わり、一瞬体がぶるっと震えた。
雪こそ降ってはいないが、一月の午前4時はかなり冷え込んでいる。
物音を立てぬように着替えを終えて、再びドレッサーの前に座る。
奈美は厚い化粧を好まない。
と言うより、年の離れた主人や家族たちにも
気を使っているのだと思う。
無意識のうちに、そんな気遣いをしているのだろう。
いつものように薄い化粧を施し、最後に紅を塗る。
ピンク系が好みだが、気分によってレッド系のものも使う。
今日は赤い紅を使う。何となくそんな気分である。
仕上げはピアス。若いころから集めたものが何十とあり
奈美のお洒落のポイントにもなる。
赤い紅に合うものは・・・・・
考えている内に時間が経つ。時計は四時半を回っている。
そろそろ出発しなくてはならない。
奈美は小さなブルーの丸いものを手に取り、耳たぶにつけた。
今日はこれでいこう!
カットしたばかりの髪を丹念に梳かし、右、左と鏡に映す。
よしっ!
アルバイト先は家からほんの三百メートルほどの距離であり
五分もあれば着く。
仕事内容は宅配会社の商品チェック、伝票整理である。
その職場で、奈美は紅一点。比較的目立つ存在であることは
確かである。
バイトの初日、そこの主任が二十六歳くらい?と尋ねた。
流石に初対面の主任に年を誤魔化す訳にもいかず
本当の年を言ってしまった。
主任は驚いたような顔で、年よりもずっと若く見えると言った。
内心、すごく嬉しかったけれど、奢ることなく
微笑んでみせる程度に留めた。
この職場には二十人以上の人が集まり、品物の仕分けをする。
当然、幾人かの人とは、話をする機会も増える。
辛い仕事ではあるが、楽しい一面もある。
女にとっては特異な職場でもあり、男たちの視線が集まりそれを肌で感じる
こともあるが、決して有頂天にはならない。
だが、綺麗だとか、若くて器量がいい、などと言われれば
それはそれで、やはり嬉しいものだ。
しかし、増長する心を押さえる理性は持っているつもりだ。
それが、自分の長所の一つだと思っている。
両親の躾のお陰だと、離れてから気付き、感謝している。
福島という社員が、奈美の年を知りだがっている。
奈美は二十代ということで通しているが、福島は少し疑っている
ようである。
奈美の本当の年を知っているのは、所長の水島と、主任の佐田
だけである。所長の水島は、普段検品所にいないので
安心だが、不安材料は主任の佐田である。
佐田には、福島から何を聞かれても、答えては駄目よ!と
念を押しておいた。
佐田は奈美よりも四つ年上だが、自分では二十代だと
言い張っている。
確かに見た目は若く、二十代は難しいにしても、三十歳くらいには見える。
彼が年齢に拘っているのは、独身であるせいなのかも知れない。
奈美は既婚者ではあるが、若さへの拘りはある。