隠密ネズミ集団〜天誅てんちゅう〜
任務 弐
ー格言書を運べー
「今宵の月、実に不吉だ…。」
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隣国の有名な僧侶の格言を記した格言書を携え、君主「光田拾里之信こうだじゅりのしん」の元へ急ぐ留美丸。
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帰路も残り僅かとなり、見慣れた城下へたどり着こうとしたその時、月明かりに照らされた自らの影と併走する無数の気配があった。
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何者かが懐の格言書を狙い、城下町に紛れ込んでいるのだ。城で待つ主の元まで、無事にたどり着かなければならない。
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城門では、老中「関野瑠場忠せきやるばただ」が待っている筈だ。
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「あ〜、殿。ご安心下さい〜。必ず、帰ってきますよ〜。」
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「何やら不穏な空気が致します。早く戻らなければ…。」
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深夜の城下町はしんと静まり返って、予定なら人っ子一人居るはずも無かった。
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しかし、闇忍流頭目である留美丸には、敵の忍者の気配がそこここに色濃く感じられる。
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見つからないように細心の注意を払って、細い路地を静かに進む。地の利をよく知っているこの城下町、分は留美丸にある筈だ。
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…そう思ってゆだんしていたせいだろうか。早速、大通りに敵のくのいちの姿を見止めた。
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慌てて、路地裏に一旦身を隠す。
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「フ、危ないところでしたね。」
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くのいちは、こちらに向かってゆっくりと歩いているようだ。自分のいる路地を曲がってくるのも時間の問題。
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留美丸は懐から「真似笛」を取り出すと、野犬の鳴き声をして敵から自分の気配を欺く。
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あと少しで敵が角を曲がる、という所で留美丸は敵の目の前に踊り出た。敵が驚いている一瞬の隙がチャンス。
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留美丸は素早く相手の背後に回り、敵の腕を取りねじ伏せる。
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バキッ ボキッ
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そして、そのまま敵を背負い投げ、地に組み伏せ首に腕を回す。
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ゴキッ
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鈍い音がして、敵の関節や骨が砕け散る。
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用心のため、留美丸は民家の屋根を移動する事にした。
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屋根のふちに掴まるとジャンプ!
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一気に屋根の上に、軽い身のこなしでよじ登る。
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が。
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今回の敵は、手ダレの忍者。
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案の定、民家の屋根の上を見張る敵の忍者の気配がする。
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しかし、大通りにはこんな時間だと言うのに町民が歩いている。
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自分は影の身。
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町民に姿を見られる訳にもいかない。ましてやこのような時。町民が騒げば敵にも自分の存在を知られてしまう。
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やはり、大通りは屋根伝いに移動するのが最善の策と思える。
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その為には。
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留美丸は、屋根の上の忍者の位置を確認した。
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民家の屋根を3つ経た所に、どうやら敵の忍者が居るようだ。
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留美丸は一旦屋根から降りると、路地裏を一気に敵の元に進んだ。
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運の良い事に、敵の忍者が背を向けている路地に他に敵は居なかった。
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慎重に、屋根に手をかけよじ登る。屋根に上がるとすぐに敵の姿を見止めた。
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“先手必勝!”
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留美丸は疾風のように敵の背後に切りつける。
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ザシュッ
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血飛沫が上がる。声も無く敵は屋根の上にくず折れる。
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留美丸はその勢いのまま、大通りを鉤縄を使って飛び越えた。
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そしてそのまま城に向けて屋根伝いに軽やかに進む。
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あと、もう少し…というところで留美丸は急いで屋根から降り、路地裏に身を隠した。
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城に入るには、川に掛かる橋を渡らなければならない。
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そして、その一つしかない橋の周りには敵の忍者が数人控えていた。
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川を渡る方法は2つ。
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敵を皆殺しにして橋を渡るか。
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橋から離れた川を泳いで渡るか。
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留美丸は、泳ぎが非常に得意ではあった。
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しかし、川へ入る水音が敵に悟られないという保証はない。
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この状況では敵の惨殺も致仕方ないと、留美丸は判断を下した。
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自らの気配を消して橋の欄干の袂まで進む。
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欄干の陰に気配を消して身を潜める。橋の上を往復している敵が一人。
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橋の向こうに小刀を構える敵が…左右に1人づつ。
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まづ、橋の上か。
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橋の上の敵はゆっくりとこちらに向かって歩いて来ている。ぎりぎりまで引きつければ…。
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橋の袂で息を潜めて敵を待つ。ここなら、橋向こうの敵の視界には入らない!!
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敵は、橋の袂までやって来たところできびすを返した。
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留美丸は敵の背後に素早く踊り出る。
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ザシュッ
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死体を素早く橋の脇に引きずり出し、留美丸はそのままその敵に姿をやつした。
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知らぬ顔をして橋を逆の方向へゆっくりと歩いて行く。
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城側の橋の袂にいる2人の忍者は、留美丸の変装に気が付く様子は無い。
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“…このまま城まで駆け抜けるか?”
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無益な殺生はさけられるかもしれない。
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しかし、果たして城の至近距離で敵を振り切る事が出来たとしても…。
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留美丸は、右側の忍者が余所見をした一瞬を見逃さなかった。
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一歩大きく右へ踏みこみ…
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ザシュッ
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不穏な動きに慌て、左に位置する敵が駆け寄ってくる。留美丸は素早く身を屈めながら振り向く。
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敵はすぐ近くまで来ている。留美丸は、低い姿勢から愛刀十六夜を構え、敵の接近と同時に空高く振り上げた。
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敵は気に弾かれて飛ばされる。留美丸は、地面に叩きつけられた敵に一気に十六夜を突き立てた。
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ザクッ
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橋の周囲の敵を一掃した…筈であった。
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しかし、敵の気配は消えてはいない。異様な圧迫感に、留美丸は注意深く周囲を見渡す。
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…….フッフッフッフッフッフ
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!!
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至近で、低い声が笑っている。
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“…どこかで聞いたような…?”
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一瞬そう考えた留美丸は、だが、鋭く一方を見据えた。
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声は、橋を越えた城の前の灯篭の辺りから聞こえてくる…。
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どこかで…
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どこかで聞き覚えがあるような?
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しかし、城の前で待っている老中の声ではない。
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用心深く構えていると、不意に声も、そして見えぬ敵の気配も掻き消えてしまった。
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留美丸が、動揺した刹那。
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シュッ
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留美丸の愛刀とまったく同じ刀が、留美丸めがけ空を切る。
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寸での所で切っ先をかわすと、一瞬の後、切りかかってきた敵が背を向けて夜の闇に消えていくのが見えた…
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「…気配が…しなかった。」
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闇忍流頭目である留美丸に気配を悟らせぬ敵の出現に、留美丸は自己喪失しかけた。
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しかし、一瞬の後気を取りなおす。今回の任務はまだ終わっていないのだ。
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慎重に懐に手を入れ、格言書の存在を確かに確認すると留美丸はゆっくり城へと足を向けた。
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城の前には、老中 関野瑠場忠が待ちうけていた。
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「後れまして。申し訳ございません。」
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「はやや〜、あ〜ご苦労様でした。殿がお待ちですよ〜。」
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老中の言葉に頷くと、心のざわつきを諌めながら、
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主に格言書を渡すため城の中を進む。任務完了。
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完
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好評だったのでシリーズ化しました(笑)