隠密ネズミ集団〜天誅てんちゅう 
任務 壱
ー悪を成敗せよー 
「んっふっふっふ。世の中、美しさがすべてよ・・・」
 
城下に住む、可愛い男の子をさらってはお化粧を施す「夢之屋織部江ゆめのやおりべえ」は、美貌に任せて少年を集め、悪の限りを尽くしていた。
取り締まろうとしてみても、アンニュイな織部江が自分の手を汚す事は無く、色気で集めた無法者を使って非道を繰り返していた。
その気の無い少年達が、次々おOまの道に走る事に危惧をした「光田拾里之信こうだじゅりのしん」は、影を刺客に出す事を決めた。
 
「留美丸るみまる、任せたぞ。」
「御意。」
  
光田拾里之信が呼んだ影の名は「留美丸るみまる」。光田家に仕え、鍛え上げた肉体を武器に如何なる任務をも着実にこなしてきた。
普段は仲間思いの沈着・温和な性格だが、怒らせると誰も手を付けられなくなる…らしい。
 
 
夢之屋の屋敷の前にひっそりと佇む影…
屋敷の周りをぐるり塀が取り囲んでいる。しかし、闇忍流頭目を務める留美丸にとっては他愛もない事。
正面門から入る事も可能だが、取り敢えず塀の上から屋敷内を偵察する事にする。
留美丸は忍具のひとつ、鉤縄を取り出すと器用に塀の上に引っ掛ける。軽く引っ張って掛かり具合を確認すると、ひらりと塀へ上がる。
 
「フフフ、今宵は夜桜見物が楽しめそうですね。」
 
夢之屋の屋敷には、美貌に物を言わせ、不正な手段を使って造らせた庭園が贅の限りを尽くしている。 流石美しさを・・・
庭園内に咲き誇るソメイヨシノは今が盛りと咲き乱れ、その中央には泉水が設置されている。
留美丸の肩に乗っている、彼の相棒のネズミのゼフが所在なげに留美丸の髪の間に頭を突っ込んでいる。
 
「ああ…ゼフ、犬が怖いのですね?」
 
庭園の中には犬が放し飼いになっている。忍びにとって1番厄介なのは鼻の利く番犬なのだ。
取り敢えず敵の位置を確認する為、留美丸は塀の上からぐるりと庭を見渡す。
 
門の前にひとり。武器は槍。
 
倉の辻にひとりずつ、計4人。武器は刀。
 
大広間の周りには、見張りがひとり、ふたり…。今留美丸から見えるだけでも5人。
恐らく1区画に5人づつ、全部で20人が配置されているのだろう。
 
「…夢之屋はあそこですか…」
 
一方、大広間の向かいにある客間には衛兵が2人立っているだけ。
さて、この様子ならルートはひとつ。
留美丸は、経験から即座に的確なルートを計算した。
 
塀沿いに、客間の方まで進む。客間の屋根は頑丈な瓦造りだ。
ジャンプ!
留美丸は軽い身のこなしで客間の屋根に飛び移る。
飛び移るには、鉤縄を使う方が楽ではあるが、実は留美丸は鉤縄が瓦に掛かる時の音が嫌いなのだ。
 
客間はそう広くないようで、すぐに大広間の建物の屋根が見えた。
大広間の屋根には、屋根裏部屋に忍び込める隙間がある。
しかし。
人の気配がする。
恐らく夢之屋もこういう世界を渡り歩く立場上、忍者の潜入を想定した見張りも立てているようだ。
屋根裏部屋に…ひとり。
留美丸は、ひとつ頷くとそっと大広間の屋根に移り屋根裏部屋の様子を覗う。
 
中の見張りは………昼寝をしている。
「クッ」
留美丸は苦笑して、愛用の刀“十六夜いざよい”を引き抜き、そして…
 
     ザシュッ
 
 
 
そして一瞬の後、留美丸は屋根裏部屋から、下の大広間で繰り広げられている惨劇を目の当たりにした…
 
 
あれは花屋のひとり息子だ。先日行方不明になっていた。
 
「お待ち!お待ちったら!!んもう、あんたってコはっ世話が焼けるね。」
 
「うわあん、やめてよぉ。」
 
夢之屋は、コンパクト片手に躍起になって少年を追いまわしている。
泣きながら逃げ惑う少年。
…これが、夢之屋の悪行三昧か。
 
留美丸は、大広間に飛び降りた。
 
「な、何者っ!」
 
「…あなたの悪行の数々、見逃す訳にはゆきません。」
 
「く、曲者よっ、誰か、いないのっ!」
 
少年は、相変わらず泣きじゃくりながら逃げ惑っている。
すると、控えの間から着流しの男が現れた。
…久土喜田雄兵衛くどきだおすべえ。酒と色に溺れ、故郷を追われた流浪人と聞いている…
 
「フ、忍者殿。この剣の切れ味、身を持って知るがいい。」
 
「お退きなさい。…邪魔立てすれば、斬りますよ?」
 
ゆらり
 
雄兵衛はけだるい動作で脇差しに手を掛ける。
次の瞬間、雄兵衛は抜刀と同時にその反動で留美丸に斬りかかる。
留美丸は、寸での所で身をかわす。再び雄兵衛は剣を振りかぶる。
しかし、流石は、いちどはその道に名を広めた剣客。一見して隙は見られない。
留美丸は、十六夜を斜めに構えて後退る。
 
雄兵衛の刀が一閃。
 
カキン
 
十六夜で受け止める。乾いた金属音が響く。
再び雄兵衛の刀が振りかざされる。今度の太刀筋は微妙に乱れてる。
 
     ザシュッ
 
 
留美丸は、雄兵衛が畳に倒れ込むのと時を同じくして辺りを見まわす。
 
「…夢之屋は、どこへ?!」
 
ゼフが天井裏から自分を呼んでいる。
…そうか。
 
瞬時、留美丸は鉤縄を自分が入って来た天井裏に掛けてよじ登った。
 
「ゼフ、お手柄ですよ。」
 
ゼフは逃げた夢之屋を追い掛けて来たようだ。
迷いもなく留美丸を先導して、客間の屋根から塀を伝って倉へと向かう。
 
倉の前には見張りがふたり。
留美丸は、倉の角に身を隠すと見張りの動きを覗う。
ひとりは、角から角へと規則正しく動いている。武器は槍。
ひとりはじっとその場に立っている。武器は弓。
 
まずは槍を倒す。
留美丸は見張りがこちらまでやって来て、踵を返したその瞬間見張りの背後に踊り出る。
 
     ザシュッ
 
次に弓。見張りは、夢之屋が居るだろうと思われる、いちばん立派な造りの倉の前に立っている。
留美丸は、いったん倉の屋根に登る。屋根伝いにその倉まで行く事は造作もない事だ。
屋根の上から見張りを見下ろす。そして、見張りの背後に飛び降りて…
 
     ザシュッ
 
 
倉の扉を開け、中に入るとそこには案の定、夢之屋の姿があった。
 
 
「ちょっとぉ、来ないで!誰かぁ、誰か!」
 
「あなたの用心棒はわたくしが倒しました。もう、誰も来ませんよ。覚悟して戴きます。」
 
「いやあ、来ないで、来ないで!!」
 
夢之屋は、やおら護身用に南蛮から取り寄せた鉄砲を取り出すと乱射を始める。
留美丸は、身を翻しながら夢之屋の懐に飛びこむ。
これで、鉄砲はその機能を失った。
 
「んっ。ちょっとあんた、忍び頭巾で顔隠してるけど実は結構綺麗な顔してんじゃないの?」
 
唐突に留美丸の顔を覆う忍び頭巾に手を掛ける織部江。
留美丸は即座に身をかわすと、織部絵の背後にまわった。
 
     ザシュッ
 
 
「いやぁぁぁ、ちょっと何すんのさっ!!わっ、わたしの美貌がぁぁぁ。」
 
「その悪行、地獄で悔いなさい。」
 
 
 
十六夜を背にしまい、留美丸は主あるじに報告をすべく夜の闇に消えた。
…夢之屋を誅す。任務完了。
 
 
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