違う出逢いをしていたら・・・
いわゆる、もしもシリーズってやつですね
ジュリアス様の場合
「チェックメイト」
私の低い声に、ジュリアスは目を見開く。
「何…。またしてもお前に・・・この私もお前のチェスの腕前には敵わぬ様だな。」
幼馴染のジュリアスは、守護聖になった今でもこうして私とチェスをしに来る。
小さな頃から、遊び相手は上流階級の家の子供・・・と決められていたジュリアスと私は、
お互いにどちらからとも無く誘い合って遊んでいた。両親も二人が友達で居る事を喜んでいた。
二人の遊びも、遠乗りやバイオリンとピアノの協奏等上品な物が多く、中でもチェスには夢中になった。
午後のひととき、こうして二人で盤を挟んで向き合っていると、時間の流れすら忘れてあの頃に戻っていく。
結局、守護聖の座に任じられたジュリアスにとって、同様に女王陛下の視察団として
聖地に召された自分だけが、何の気兼ねもいらない生涯の友人と言えるのだろう。
そして、誇り高い彼が、唯一負けを認める事を恥じない存在でもあった。
「・・・もうひと勝負、どうだ?」
ジュリアスは、子供の頃からまったく変わらない苦笑いで私を見つめる。
クラヴィス様の場合
私は、ふと手を止めてまだ幼い我が子を見た。
「これは・・・なんてことでしょう。」
ここに来てからは、月夜の明るい晩には、いつもテントを出して占いをしている。
客足が途絶えたときには、暇つぶしに私はいろいろな事を占ってみる。
今日は、愛する我が子の未来を、何の気無しに覗いて見た。
傍らに居る我が子、クラヴィスはさっきから懸命に星を数えていた。
自分が知っている数字を超える星の数に、目をまん丸にしながら・・・
しかし、今自分の手の中にある水晶球に映し出される我が子は広くて暗い部屋に居る。
ちいさなちいさな手で顔を覆って・・・しゃくりあげていた。
そこが、聖地と呼ばれる所であることは、第6感ですぐに知れた。そしてそれを悲しんでいる事も・・・
「クラヴィス・・・」
私は優しく、愛しい子の名を呼ぶ。たったひとりの私の子・・・
クラヴィスは指折り数えていた右手をそのままに顔だけを上げて私を見る。
「もう少し大きくなってから・・・と思っていたけど。あなたに水晶球の見方を教えましょう。」
我が子は、その言葉に興味深げに、私の膝の上までよじ登ってきて座った。
ランディー様の場合
「さあ、みんなの中でさかあがりが出来る子は居るかな?」
半ばお約束の様に私は生徒達にそう聞いてみる。
「はい!はい!はーい!先生、俺、出来ます!」
案の定、ランディー君は勢い良く挙手する。
「よし、じゃ、ランディー君、やってみて」
指名をすると、嬉しそうにランディー君は鉄棒の方へ走り寄る。
くるくるくる・・・
頼んでもいないのに、毎度の事彼は見事な三回転を決めてくれた。
「はい、良く出来ました」
クラスのみんなの「すげー!すげー!」という声援の中、ランディー君は得意げに振り向く。
彼は、クラス一の人気者だった。体育の時間、彼はいつも私の助手の様に振舞う。
3月の終業式の日、帰り際にランディー君は職員室の自分の所にやって来た。
「先生、新しい学校に行っても俺の事、忘れないでよ!」
転任が決まっていた自分に、最後のご挨拶に来てくれた様だ。
「俺、ずっと先生に憧れていました。俺も大人になったら先生みたいになります。」
気を付けの姿勢でそう言うと、ランディー君はにっこりと笑った。
「ありがとう。ランディー君なら、きっと素敵な大人になれるよ。元気でね。」
「はい!じゃ、先生さようなら!」
元気に走っていく少年の背中を見守りながら、その時、いつも以上にその少年が頼もしく感じられていた。
リュミエール様の場合
「お兄ちゃん、私も丘の上に登りたい・・・」
大好きなお兄ちゃんは、私のその言葉を聞いてとっても困った顔をした。
この間のお休みの日、お父さんとお兄ちゃんは遠くのおっきな丘に登って来た。
その丘には、お母さんが飲む薬草が沢山沢山生えていて、いつもお父さんとお兄ちゃんはそれを摘みに行く。
そして、お兄ちゃんは毎日それを煎じていた。
私はいつも、思っていた。私も、お母さんの為に何かしたい。
お父さんは普段はお仕事で忙しい。お母さんはここの所寝たり起きたり・・・
お母さんがお家の事をする時は、学校から帰ってからお兄ちゃんが手伝っていた。
私は、あんまり役に立てなかった。
それでも、お兄ちゃんは私に色んな事を教えてくれた。
楽器の弾き方、絵の書き方、泳ぎ方・・・
ある時、丘に登って書いたお兄ちゃんの絵を見ていたら、私も、同じ景色が見たくなった。どうしても・・・
丘まではとってもとっても遠かった。お父さんは、私が行く事を反対した。
悲しくて泣いていると、お兄ちゃんがお父さんにお願いしてくれた。
どうしてお父さんが反対したかは、ほどなく判った。
帰り道で、私は疲れてとうとう歩けなくなってしまった。
一日中、歩き回っていたのだから・・・お父さんも、お兄ちゃんも、きつそうなお顔だった。
「・・・つかれたでしょう?しっかりつかまって。」
しゃがみこんでしまった私がその時見たのは、お兄ちゃんの大きな背中だった。
オスカー様の場合
確かに運命の恋だと思った。彼と出会って惹き合うまでの時の流れは瞬く間に過ぎた。
そして、一緒に暮らすようになって、1年が過ぎた。半ば駆け落ちの様にして暮らし始めた。
最近、夕飯の時間になってもなかなか彼は帰って来なかった。
何をしているのか・・・そんなの、悩むまでも無い。女の子と、他愛の無い遊びを楽しんでいるに決まっている。
彼の事は、全て手に取る様に判っている。自分でも、何故こんなに判ってしまうのか不思議なほどに・・・
この1年間、口先とは裏腹に驚くほど誠実だった彼が、ここ最近変わってしまった。
あの事件をキッカケに・・・
彼と軍人仲間の親友が、暴動の起こっているとある地域に赴いた時の事。
彼が前線の視察に行っている、ほんの数分の間に親友が焼き討ちにあった。
彼が戻った時、親友は火の海の中に居た。救出に向かった時にはもう遅く・・・
戦地から帰って暫らくの彼は気の毒なまでにしょげ返っていた。
「助けようと、自分の身を省みずに火の中に飛び込んだんでしょう?貴方に出来る事はしたじゃない。」
そう励ましても、彼は力無くうな垂れていたっけ。
あれ以来、彼は人が変わった。毎日私の手料理を楽しみに帰って来ていた彼は姿を消した。
代わりに、毎夜相手を変えて遊びまわっている彼の事が耳に入って来るようになった。
彼の辛さは痛いほど判った。でも、私だってそれじゃああまりに・・・
でも、お互いに顔を合わせても話し合いにはならなかった。
オスカーが守護聖に任じられたと聞いた日の夜、食卓の上に乗せた置手紙に、一粒の涙が零れ落ちた。
マルセル様の場合
「ちょっと、頼みたい事があるんだが、いいかな?」
俺は執務室の扉から顔だけ出してクラヴィスにそう尋ねる。
「何だ?」
相変わらず無愛想な奴だが、OKがもらえた様だ。つかつかと歩み寄ると本題に入る。この男にはそれが許される。
「実は、次の緑の守護聖を探したいんだ。」
言うや否や、クラヴィスは次から次に“緑のサクリアを有する者”を水晶球に映し出す。
「あっと・・・この子、この子だ!」
俺は、強烈な緑のサクリアを醸し出している小さな男の子に目を留めた。
「えー!?僕、この星が大好きなのにー嫌だよ―」
案の定、まだ幼すぎるこの子、マルセルを説得するのには大変な時間と労力を費やした。
「え、と・・・じゃあね、お兄ちゃんが居る所なら、僕行ってもいいよ。」
ようやく無邪気に笑う顔を見ながら、俺は困り果てた。確かに俺が居る所には違いないが、
じきに居なくなる。そこの所を説明するのに、また、骨が折れた。
“僕が聖地に慣れるまで傍に居る事”というのが最終的な妥協案だった。
マルセルは、絶対的に甘えん坊だった。ジュリアスを見ては固まって、クラヴィスを見ては泣いていた。
そんなマルセルの態度を見て怒り狂うジュリアスをなだめるのも楽じゃない。
しかし・・・何かある度に走ってきて自分に飛びつくマルセルの姿は、本当に可愛かった。
だから・・・自分が聖地を出る日を、俺はどうしてもマルセルにだけは言えずに居た。
そして、いよいよその日が来た。
マルセルがまだ眠っている早朝、花の種を枕元に置いてやると、俺はそっと聖地を後にした。
ゼフェル様の場合
「だーっ!ったく、おめー、甘いもんでオレを殺す気かーーー!!!」
今日も、執務室中にゼフェル様の叫び声が響く。
「きゃー、申し訳ありませ―ん!」
私はおお慌てでたった今出したチェリーパイの皿を持って奥に引っ込んだ。
「何だってゼフェル様にそれをおだしするのさ?」
先輩の侍女頭に聞かれて、私はもぞもぞと答える。
「だって・・・これ、一応ゼフェル様にって戴いたものだから・・・」
さっき、マルセル様がチェリーパイを持ってやって来た。
ゼフェル様は、ぶつくさ言いながらそれを受け取ると、マルセル様が帰った後、
「ほらよ、3時のおやつにでもみんなで食えよ。」
と言ってチェリーパイをホールごと私に渡した。
私は切り分けると、ゼフェル様が甘い物をお嫌いなのを知りながらも、
ついその中の一切れを持って行ってしまった。
「あんたも学習能力が無いねえ。こないだだって失敗したばかりだろ?」
こないだはお茶の時間に、紅茶を持っていった。砂糖を添えて・・・
「おい!これはいらねーぞ。見たくねえ。」
あの時は砂糖を指差してそう言われた。見るだけで吐き気がするらしい。
守護聖の侍女に召し上げられた時、有無を言わさずゼフェル様の担当になった。
適材適所で組んでいるらしいが、私は常に疑問に思っている。
何だか、いつもゼフェル様を甘い物で怒らせている気がするから・・・
オリヴィエ様の場合
今日も、またここに来てしまった。故郷の星を離れて主星に留学したばかりの私は毎日寂しくて仕方が無かった。
でも偶然、ふらりと立ち寄ったこの店で、あるバーテンと知り合って以来、
気が滅入ると私はここに来るようになっていた。
しょっちゅう話をしているうちに、彼も自分と似たような境遇だと言う事が判った。
彼は話し上手だった。私に愚痴がある日は、取り止めも無く話し続ける私を制する事無く、
彼はずっと耳を傾けてくれた。ふさぎ込む日は、彼は四方山話を聞かせて笑わせてくれた。
次第に・・・私は彼に惹かれていった。
彼の話術は見事で、当然、彼と話す事が目当てで来る客も少なくなかった。
彼の事を意識するようになってからは、今まで元気になれたここへの訪問が
逆効果になる事もしばしばだった。次第に、
彼と、他の女性客がはしゃいでいる姿を見るのが辛くなって来た。
「ねえ、聞いてるの?」
はっと気づくと、目の前に頬杖をついた彼の顔があった。
「え?え?え?」
私はしどろもどろになった。アップは一層、麗しかった。女の私が、溜息を吐くほどに。
「ん、もう・・・あんた、最近元気無いよ。ちゃんとやってるの?」
久し振りに、オリヴィエが私だけの相手をしてくれる・・・
「あたし、急で悪いんだけどさ、ここ、辞めるんだ。」
唐突の言葉に、一瞬耳を疑う。
「でもさ、新しいトコって楽しみなんだ。なんか、こうワクワクするじゃん。」
嬉しそうに笑うと、彼はちょん、と私のおでこをつつく。
「んふふ、スマイルスマイル。人生前向きで行こうよ☆あたしはいつでも応援してるよん」
その後、オリヴィエは一晩中ポジティブシンキングのコツについて、私に話してくれた。
ルヴァ様の場合
「はははっ!ルヴァ、こっちに来いよ!」
「あ〜、君はほんとに早いなあ〜」
オレがルヴァと知り合ったのは、ひと月前ここでの事。
オレ達砂漠の遊牧民は、最近キャラバンを組んでここに滞在している。
いつもの様に、岩山によじ登って遊んでいると、下から声がする。
「あ〜そんなトコに登って、危なくないんですか〜」
声のした方を覗くと、こちらを見上げていたのは、オレと同じ位の年の子供。
「お前、どこの子だよ!」
「わたしは大河の辺にある町から、父と一緒に来たんですよ〜あなたは?」
「オレは、砂漠の遊牧民だ」
「え?ほんとですか〜凄いですね〜」
この惑星では、砂漠の中で暮らす遊牧民が最も誇り高い民族とされていた。
「そんなとこにいねえで、お前も登ってこいよ!ガイドしてやるぜ!」
オレがそう言うや否や、奴の目はキラキラと輝き出す。
「わ、ほんとですか?色んな物が見えますか?ち、ちょっと待ってて下さいね〜」
明らかに都会っこ風の奴のぎこちない登り方はとても見ていられなかった。
「ほれ、掴まれよ。離すなよ!」
岩山の中腹まで降りて行って、手を掴んで引っ張りあげてやる。
「うわあ・・・」
てっぺんまで来ると、奴は絶句してきょろきょろと辺りを見まわす。
「あっちの岩山に、オレ達の祖先が書いた壁画があるんだぜ。」
「ああ、じゃああそこに父が居るんだなあ・・・へ〜」
ルヴァは、岩山のてっぺんで自己紹介をした後、親父の壁画解読の作業に付いて来た事を話してくれた。
解読作業は数ヶ月続いた。その間、ルヴァは毎日の様にオレと遊んだ。
奴はここにある物の名前は良く知っていたが、始めて実物を見た事に一々感動していた。
「なあ、おまえ『砂漠のバラ』って知ってるか?」
ある日、そう言った時も奴は目をぱちくりさせてオレを見た。
「・・・図鑑でしか、見た事無いんだろ?・・・こいよ」
遊牧民だけが知る秘密の場所。人工の建物が何も無い、吹きさらしの場所に、それがある。
「あのー・・・?どこにあるんでしょうか?」
赤い砂漠に埋もれた雪花石灰は、ぱっと目には判りづらい。オレはそっと指差した。
「ああ・・・なんと凄いのでしょう・・・」
「これはな、強い吹きっさらしの場所で長ーい時間かけて削れた模様なんだ。ほら」
オレは喋りながら、雪花石灰をこすって出来た顔料をルヴァのほっぺたに付けた。
何だか、守護聖様の過去の暴露本みたくなっちゃいましたね・・・ちゃんちゃん♪
END