仲良くしたくて。

    事件は、雪の降る寒い季節に起こった….。
ランディが聖地に来てようやく慣れたかという頃、いつものように執務室で覚えたての執務を執っていると、
なにやら部屋の前の廊下が騒がしい。
…どうしたんだろう。
ランディは、ドアを開けて廊下に出てみた。
とたんに、怒鳴り声が廊下中に響き渡る。
 
「いったい、どういう事なんだよっ!!てめぇ、本気か?!」
 
怒声の主は鋼の守護聖ライだった。
短気だが神経質な鋼の守護聖が、こんなに興奮している姿を見たのは初めてだ。
掴みかかられている相手は地の守護聖ルヴァ。おっとりとした温和なこの守護聖は、掴みかかられていてもただおろおろとしている。
 
「えーっと、ですねライ。王立研究院の慎重な調査の結果、そうだというんです。
 …あなた自身が一番お分かりなのではないですかー?」
 
その様子を驚いて見ていたランディは、ふと自分の隣に隣室の闇の守護聖クラヴィスが立っているのに気が付いた。
 
「あの、クラヴィス様。一体どうしたんですか?」
 
ランディに話しかけられて、クラヴィスは視線をランディに移した。
 
「……ライのサクリアが消えたのだ。」
 
「え?!」
 
ランディは、つい最近聖地で一人立ちしたばかり。守護聖交代の時には、ゆっくりと先代のサクリアが減少して行く。
そして、反比例するように次代の守護聖のサクリアが顕れてきて、その間に先代による次代の教育と引継ぎが行われるのだ。
ランディの時も、引継ぎ期間は聖地時間で一ヶ月もあったのだ。
 
「…詳しく聞かせてくれませんか?」
 
ランディがクラヴィスにそう言った瞬間、背後から誰かに首根っこを掴まれた。
 
「はいはい、あんたはこっちにいらっしゃい。」
 

 
ランディは、そのまま階下の夢の守護聖の執務室へ連れて行かれた。
 
「…あんたねぇ、まーったくあんな近くでそんな事聞いて、ただでさえ頭に血が上っているライに殴られたかったの?
 しかも、クラヴィスに解説を頼むなんてねぇ。。。面白い坊やだねぇ。キャハハッ」
 
夢の守護聖オリヴィエは、頬杖をついてランディの目の前に座っている。
 
「…じゃあ、オリヴィエ様に聞きます。一体何があったんですか?」
 
「クラヴィスの説明はその通りだよ。ライの鋼のサクリアが、すっかり消えちまったのさ。
 あんたの時には風の守護聖のサクリアが徐々に減少してきて一ヶ月かけて交代したでしょ?
 それがまあ、普通の形なんだけどライの場合、恐らくこないだの無理な育成が祟ったんだろうねぇ。。。
 ほら、覚えてる?宇宙の均衡が崩れて大量の鋼のサクリアが必要とされた時の事。
 あの惑星に異常にサクリアを吸い取られて、ライが寝こんじゃった後急激にサクリアが消失しちゃったらしいんだよ。
 ……かわいそうにねぇ。
 今、次代の鋼の守護聖になる人物を王立研究院が、必死で探しているよ。」
 
……サクリアの消失。
ランディは、想像もしてなかった事柄に驚いた。
ライにサクリアが無くなったと言う事は、自分の時みたいに新しい鋼の守護聖が来る。
不謹慎かもしれないけど、歳の近い後輩が来る事がランディには嬉しく思えた。
……どんなヤツだろう。新しい鋼の守護聖…。
 
「でも、何だってライはルヴァに掴みかかったんだろうねェ…。」
 
そんなオリヴィエの言葉も、ランディは半分上の空で聞いていた。
 

 
謁見の間に女王陛下の召集があった。
ランディも、みなに習って服装を整えると謁見の間に向かう。
 
「今日はみなに報告があります。鋼の守護聖が交代する事になりました。」
 
女王の前には、うなだれて顔を伏せるライの姿があった。
 
「新しい鋼の守護聖をこれへ。」
 
陛下の声とともに、重厚な扉が開かれ歳若い少年が姿を現した。
…あれが、鋼の守護聖か。
ランディは、じっと彼を見つめた。きゃしゃで紅い瞳とツンツンの銀髪が印象的な少年。
自分と恐らく同年代だろう。不安げに辺りを見回していた。すぐにでも彼に声をかけたいのをこらえてランディがライの方を見た瞬間。
 
「…お前なんかが現れた所為で。」
 
ライが小さく、連れて来られた少年に向かって言う。
少年は驚いてライの方を見つめた。ライは少年ににじり寄った。
 
「お前なんかが現れなかったら、オレのサクリアが消える事はなかったんだ!
 ……お前なんか、消えてしまえ!!」
 
少年の横に居たディアが、強張った表情でライと少年の間に割って入り、少年を庇うように立った。
 
「ライ、お前は何と言う事を言うのですか。」
 
陛下が悲しそうにライを叱る。ライは、ディアを恨めしそうに睨みつけると床を蹴立てて謁見の間から立ち去った。
 
…………それが、鋼の守護聖ライを最後に見た姿だった。
 

 
「オレだって、好きでこんな所に来たんじゃねぇ!」
 
いきなり前任者に怒鳴りつけられた少年は、怒りに紅い瞳を見開いてそう言った。
彼に鋼の守護聖の任務を引継ぎする者は居ない。補佐官のディアは、ルヴァに新しい鋼の守護聖ゼフェルの教育係を頼んだ。
あの日以来、守護聖としての自分の存在にすっかり心を閉じてしまったゼフェルの教育役は並大抵ではない。
司るサクリアが違う者は、本来守護聖の任務を教育する事も難儀なのだ。
しかし、ルヴァはこの役を快く引き受けた。
 
暫くは、荒れて手を付けられないゼフェルにルヴァ以外の守護聖が近づく事はなかった。
ルヴァは、懸命にゼフェルの心の傷を癒そうとあれこれ世話を焼いていた。
ある日、ルヴァがテラスで一人お茶を飲んでいる姿を見とめてランディは声をかけた。
 
「ルヴァ様、こんにちは!」
 
「おや、ランディではないですかー。相変わらず明るくて良い子ですね〜。」
 
ルヴァはにっこりと微笑むと、ランディに椅子にかけるよう促してお茶を淹れた。
 
「あちっ!」
 
茶碗を手に取り、熱さに慌てて茶碗を左右の手で掴んだり離したりしているランディの姿を目を細めて眺めながら、ルヴァはランディに話しかけた。
 
「ランディは、もうすっかり聖地には慣れましたかー?」
「はい。俺、オスカー様にとても可愛がってもらっていますから!」
 
オスカーは、元来が親分肌である。自分より年下のランディが前風の守護聖の手を離れて一人執務を始めるにあたって、
弟のように可愛がり、あれこれと世話を焼いていた。
ランディもまた、そんなオスカーになついて憧れを抱いていた。
 
「そうですかー。いえね、私はゼフェルが聖地に来てからあの子と一緒に過ごしてきたのですが、
 時々、あの子の気持ちが見えなくなる時があるんですよー。
 例え私がよかれと思ってしていた事でも、あの子にとって本当に良いのかどうか…。」
 
ルヴァは、そう言うと首をかしげてお茶を一口飲んだ。
 
「あなたなら、歳も近いしあの子の気持ちが判るんじゃないかと思うんですがね。どうでしょうかー。」
 
口調こそのんびりしているが、ルヴァの瞳は真剣だった。
 
「はい!俺もゼフェルとは仲良くしたいと思っていました。ルヴァ様、俺、あいつと仲良くしてもいいんですよね?」
 
ランディは、やっと歳の近い友人が出来たと思うと嬉しくて、ルヴァの手を握り締めた。
 

 
…ルヴァ様、あんなにゼフェルの事を本気で心配しているんだ。
 
ランディは、正直今日のルヴァの言葉を聞いていて、ゼフェルがちょっぴり羨ましかった。
もちろん、自分は前風の守護聖と申し分のない引継ぎをした。
先輩達にも可愛がってもらっている。
でも。
でもランディは、その分周囲に気を使っている。
先輩達に気に入られるように努力している。
…主星で周囲の大人達にそうしていたように。
自然と、それが自分に身についているのだ。
だけどゼフェルは違う。
悲しい出来事に傷ついているあいつの事、本当に気の毒だと思っている。
でも、ルヴァ様はあれほど本気でゼフェルの事を心配している。
もしも、俺が同じ境遇になったら。
ルヴァ様は同じように俺のことを心配してくれるかな…。
 
 
初めてゼフェルの執務室を訪ねた。
昨日、ルヴァと約束した事。ゼフェルと仲良くする事。
扉を開けると、執務机の上にゼフェルが座って居た。隣にルヴァ様の姿がある。
 
「よ、ランディだよな?ルヴァから話しは聞いてっぜ。」
 
「やあ、ゼフェル。君と話しが出来る日を楽しみにしてたんだ。よろしくな!」 
 
待ちに待った、歳の近い友達と遊べること。
 
俺も、こいつの悲しみを癒してあげたい。
 

…………ルヴァ様に、まわりの大人達に認めてもらう為に…。
 
 
   Fin
 


ごめんなさい。壊れ気味なランディ様かもしれないです。。。
複雑な家庭環境に育ったランディ様のあの素直さのひずみを書いてみました。
 
それと、これは余談ですがこの話しの別展開バージョンが後日、闇サイトの方にあがる予定です(^-^;)ヾ
 
Desk