君が居ないと
「おーい、ゼフェル。どこに居るんだー?」
「ゼフェルー?どこに居るのー?」
 
宮殿の植え込みの中に、風の守護聖ランディと緑の守護聖マルセルの探している相手…鋼の守護聖ゼフェルはしゃがみこんでいた。
 
「ケッ、うるせーやつらだな。」
 
ぼそっとそう呟きながら、二人が向こうへ行ってしまったのを見計らってゼフェルは植え込みから這い出てきた。
大して用も無いくせに。
何故かランディとマルセルは、オレが冷たくしてるのにもかかわらずオレに付きまとってくる。
いや、冷たくしている訳ではない。
ただ、群れて遊んだりするのがバカバカしく感じられる年頃なだけなのだ。
周りに対する反感の、ひとつの表れでもあるのか。
 
植え込みから出て、ズボンについた土を払っていると、いきなり地の守護聖ルヴァの声が背後から聞こえる。
 
「あ〜、ゼフェル。こんな所にいましたか。探していましたよ〜。」
 
ニコニコと満面の笑みで近づいてくるルヴァだが、この温厚な守護聖はこうして人を油断させておいていきなり説教を始めたりする。
その事を嫌と言うほど知っているゼフェルは、慌ててダッシュで逃げ出した。
 
「ああっ、そんなぁ〜。私の顔を見て逃げるなんて、酷いですよ〜。」
 
ゼフェルに向かって叫んでいるルヴァを尻目に、今日は自分の執務室に逃げ込む事にした。
”仕事中だようっせーな。”
そういって、誰が来ても追い払えると算段をつけたのである。
 
鋼の執務室は静かでひんやりした空気が心地良い。
ゼフェルは、静かな空間が大好きだった。
一見、存在自体が騒がしいこの少年も、ひとりで何かに熱中している研ぎ澄まされた空間がなにより好きなのだ。
 
「さて、たまには仕事でもすっか。」
 
たまにはでは困るのだが、とにかくゼフェルは仕事をする気になった。もともと仕事は嫌いではない。
 
「なになに、鋼のサクリアの他のサクリアとの相関関係から……。」
 
夢中になって書類に目を通していると、やおらドアがノックされた。
集中し始めると邪魔が入る。こんなんじゃ仕事に身が入らないっての…。
ゼフェルは、毎度の事にうんざりしながら面倒くさそうに返事をした。
 
「私だ、入るぞ。」
 
入ってきたのは光の守護聖ジュリアスだった。ゼフェルの執務室に来るなど非常に珍しい事だといえる。
ゼフェルは、反射的に顔をしかめた。
珍しくこいつが来る時にはたいていろくな用事ではない。
説教か、面倒な出来事の後始末の指示か……
ゼフェルの表情を察したジュリアスは、普段余り見せないような微笑を微かに浮かべた。
しかし、当のゼフェルはジュリアスの緩い微笑に、却って不安感が増徴した。
ゼフェルの露な警戒の色にジュリアスは、用件を即座に持ちかけた方がいいと判断した。
 
「ゼフェル、ちょっとよいか……。」
 
ジュリアスが口火を切った途端!
ゼフェルは突然窓から飛び出した。ジュリアスは、一瞬の予想外の出来事に呆然とし、そのあとがっくりとうな垂れた。
 
「……なにも、逃げる事はなかろうに。」
 
息を切らして庭園の方に逃げてきた。
どうやらジュリアスの面倒な用件に巻き込まれずに済みそうだ。
手近な木に登ってあたりを警戒しながら見回すと、向こうのベンチにオリヴィエとオスカーが座っていた。
何やら談笑しているが、あいつらにも関わらないほうが良い事は明白だった。
どうせ、ろくな話などしてる訳がない。
 
二人に見つからないように、庭園の逆側を抜けてゼフェルは、静かで誰も居ない場所……森の湖へと向かった。
 
小鳥のさえずりだけがこの森の立てる音。
ゼフェルは、この場所も結構気に入っている。のんびりと湖面が見渡せる小高い丘にやってきた。
風の方向が微かに変わったその時。ゼフェルの耳に良く知った音が聞こえてきた。
 
「ああ、リュミエールのハープか。」
 
リュミエールの奏でるハープは嫌いではない。ゼフェルは警戒心を解いてその場にごろりと横になった。
うとうとと眠りにつこうとしたその時、ハープの音が止み、代わりに人の気配が間近にある事に気がついて薄く目を開けた。
 
「ゼフェル、こちらにおいででしたか。みなで探しておりましたよ。」
 
ゼフェルはびっくりして飛び起きた。そこには、いつもの微笑をたたえたリュミエールがハープを抱えて立っている。
何故リュミエールまでもがオレを探すのか。
オレ、一体なにかしたのか?
 
「一体何なんだよ!」
 
やや、声を荒げたゼフェルに対し、リュミエールは穏やかな微笑を絶やさずに答える。
 
「ふふ、わたくしと一緒に来て下さったらすぐに判りますよ。」
 
ニコニコとしているリュミエール。一体、こいつは何を企んでいるんだ?
ふと、ゼフェルは思い当たった。
こいつはルヴァのやつと仲が良い。ルヴァに頼まれて自分を探しに来たに違いない。
そうと判ればダッシュで逃げろ!
 
慌ててその場を走り去るゼフェルの後姿を眺めながら、やはり逃げられてしまいましたかと苦笑いするリュミエールの姿が取り残された。
 
 
息を切らしながらゼフェルが安らぎを求めて逃げ込んだのは、昼寝に最適な闇の守護聖の私邸の庭だった。
ここには動植物が静かに集う。心安らぐ、ゼフェルの最もお気に入りの場所なのだ。
 
「……今日は一体何なんだよ。オレの事、みなで追い回しやがって。
 ま、いっか。ちょっとここで昼寝でもしてりゃほとぼりも冷めんだろ。」
 
ゼフェルが大きな木の下に横になって目をつぶると……。
それを、私邸の二階にある大きな窓から見下ろしている人物が居た。
 
「……やはりこの者はここに来たか。まったく世話の焼ける……。」
 
庭の主であるクラヴィスは、ゼフェルの姿を見止めて苦笑すると、ジュリアスの執務室に使いを出した。
 
「フ、どうやら、今日の宴は私の庭で……と言う事か。」
 
 
ほどなくして、ゼフェルは自分を囲む8人の守護聖と、自分への贈り物に囲まれて目を覚ますのであった。
         END

非常に簡単ではございますが、久々にお話を書いてみました。
ゼフェル様のお誕生日によせて……
題名の続きは「君が居ないと お話にならない」です。
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