Illusion 3
取り繕った微少と共に扉をゆっくりと閉める。
…私は少しおかしくなっているようだ。
女王候補…それも、あの女性とはまるで違う、不安げな少女。
その少女の寮の前に今、自分が突っ立っている。
思わず抱き締めてしまった後に、ふと我に返った。
ゆっくりと優しく…なんとかこうして寮まで送り届けた。
クラヴィスは、疲労感にこのまま失踪してしまいたくさえなっていた。
どうしてあんな事をしてしまったのか。
何故、一瞬あのような事を感じていたのか…。
教えてくれ。
あのこは、おまえの反対側の化身なのか?
快活で光のように輝くおまえの…表す事の出来なかった闇の…側面なのか?
光あふれる人生を選んだお前が、心を残した…闇に抱かれる人生を
実現させる為によこした少女なのか? 
     .。o○
 
苦しみが伝わってきた。
 
抱き締められたあの瞬間の事を思い出し、アンジェリークはまた、涙を流して泣いた。
クラヴィス様の切なそうな溜息。
私を抱く両の腕。
何故、抱き締めてくれたの?
何故、私に冷たくするの?
何故、微笑んでくれるの?
判りません…クラヴィス様。
私の事を、好きだと思ってくれているのでしょうか…?
守護聖と女王候補という立場が、あなたを苦しみに追いやっているのでしょうか?
それとも…片想いの私を憐れんでくれているだけなのでしょうか?
あなたに冷たくされるほどに…私の胸は熱くなっているのに。
クラヴィス様…。
 
アンジェリークは、とても叶わなそうな自分の想いを抱き締めて眠りについた。
だけど、自分をその腕に抱いた闇の守護聖の温もりは…彼女の脳裏に染み渡っていたのかもしれない。
 
 
キラキラ光る白い花の中央に私が居た。
いいえ。
私だけじゃなく、みなさまもいる。
ジュリアス様…。
リュミエール様…。
マルセル様…。
みなさま、幸せそうに笑っている。
あそこにはゼフェル様、ルヴァ様、オリヴィエ様。
こっちに手を振って下さっている…。
ランディー様…オスカー様
………クラヴィス様は?
私は、クラヴィス様の姿を求めて走る。
クラヴィス様!
クラヴィス様!
気が付いた時には、白い花は全て枯れていた。
他の守護聖のみなさまも消えていた。
怖いよ!!
白い靄の中に身体が吸い込まれていく…
何も見えない…
クラヴィス様、助けて下さい!
頭がくらくらしてくる…
…。
背中に暖かい、ふんわりとした感触がある。
私を、抱きとめてくれる存在。
…私、助かったんだ。
誰?
クラヴィス様?
恐る恐る振り返ろうとした。
優しく、大きな手で目を塞がれる。
「目を開けてはいけませんよ。」
…その声は、リュミエール様?
どうして?
どうしてリュミエール様なの?
クラヴィス様は?
「クラヴィス様なら大丈夫です。
 それより、クラヴィス様の事はお忘れなさい。
 あなたには、クラヴィス様よりももっとふさわしい方がいますよ。」
リュミエール様!
どうしてそんな事をおっしゃるの?
私はクラヴィス様が…
リュミエール様の手を振り払おうともがく。
「目を開けてはなりません!」
リュミエール様は私を身体ごと包む。
「見てはいけません。世の中には見てはならないものがあるのです。
 あなたには、お分かり頂けますよね?」
リュミエール様にしっかりと抱き締められて、息をするのがやっとだ。
苦しい…。
クラヴィス様、どうして?
どうして私を助けに来て下さらないの?
いつも、あんなに優しいリュミエール様なのに…
どうしてクラヴィス様から私を離そうとするの?
リュミエール様なんて…
リュミエール様なんて…
大嫌い!!
リュミエール様は、ハッとして私を捕らえる腕をほんの少し緩めた。
私はリュミエール様を力いっぱい跳ね除けた。
そして…魂の呼ぶ方向へと視線を向けた。
暗い闇の中にほの明るく灯る光。
金色の髪がクラヴィス様を…。
 
  
  
     .。o○
 
あの日から、アンジェリークは闇の守護聖の執務室に姿を見せなくなった。
 
それだけではない。
あんなに気安く訪れていた、水の守護聖の執務室にも訪ねて来なくなっていたのだ。
リュミエールは、もう1週間アンジェリークが育成のお願いに来ていない事を、さすがに心配していた。
リュミエールが廊下を歩いていると、向こうからオリヴィエがやって来た。
 
「はぁい、リュミちゃん元気?リュミちゃんのお気に入りのあのこは元気かなー?」
 
「…もしかして、アンジェリークはオリヴィエの所にも最近行っていないのでしょうか?」
 
「へ?にも、って…何よ。あんたのとこには毎日通ってるんじゃないの?ワタシてっきりあんたとあのこは出来てるのかと…・。」
 
「…出来ているというのは彼女に対して失礼ですよ、オリヴィエ。でも、あんなによく訪ねて来てくれたのが、ここ最近さっぱりなのですよ。」
 
「…嫌われたか、他の男に乗り換えたんじゃなぁい?ま、その相手はワタシじゃないけどね。ご愁傷様〜。」
 
そう言いながらも、オリヴィエは瞳を左右に廻らして、何かを考えている様子だった。
 
「…ねぇ、もしかしてさぁ。アンジェリークになにかあった?」
 
「…何故、でしょうか。」
 
「ん…アンジェリークってさ、お子様達の所にも行っていないようなんだよね。お子様達が寂しがってたんだよ。
 『おっさんにアンジェリークを取られた』ってさ。キャハッ、もちろん、おっさんって、あんたの事ね。」
 
「なんという…!!」←別に『おっさん』に驚いている訳ではないのであしからず
 
リュミエールは、オリヴィエの台詞をそこまで聞くと、廊下をきびすを返して走っていった。
 
「…ふぅん。これは何かあったね。」
 
オリヴィエは、腕組みをしてリュミエールの後姿を見送っていた。
 
 
     .。o○
 
 
「クラヴィス様!」
 
物凄い剣幕で水の守護聖が執務室に飛び込んで来た。
 
「…なんだ騒々し……」
 
「アンジェリークと、なにかございませんでしたかっ。」
 
勢い余って自分の鼻先にくっつきそうに顔を寄せるリュミエールをうっとしそうに押しのけて、クラヴィスは苦虫を噛み潰したような表情でリュミエールの顔を眺めた。
 
「何か、とは?」
 
「アンジェリークが、ここ最近育成のお願いに来ないのです。
 わたくしの所だけではありません。オリヴィエの所にも、ランディー、ゼフェル、マルセルの所にも…。」
 
「私の所にも…だな。」
 
「また、以前のように彼女にきつい事を言ったりされてはいませんか?」
 
「私のせいだと思っているのか?心外だな…。」
 
「…失礼致しました。」
 
疑ってしまった事に恐縮して、リュミエールは黙った。
 
「…おまえの同僚には聞いたのか?案外狼が子羊を襲っている最中かもしらんぞ。」
 
「!!!!!!!!!!!」
 
リュミエールは、大慌てでクラヴィスの執務室を飛び出していった。
普段はおっとりとして温和な彼が慌てている姿はある意味、可笑しくもあった。
クラヴィスは、目を細めてリュミエールの後姿を見送ると、しかし、あの日の事を思い出していた。
…アンジェリークを、妄想に支配されたように抱き締めてしまった時の事。
恐らくあの日からなのだろう…。
クラヴィスは静かに目を閉じた。 
 
 
 
 
 
       to be continue…
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