<*)) >=<
「けっ、やってらんねーぜ。なーんだよ、あれ。」
ゼフェルが芝生に寝っ転がって、超不満げに呟いた。
「…会議の度に、あれじゃあちょっと困るよなぁ。」
「!ランディーまでそんな事言うの?!」
マルセルがひょこっと身を起こして、ゼフェルとランディーを見つめた。
「先輩達は、ああして論議してこれまでこの宇宙の発展に心を砕いて来たんじゃないの?」
・・・・・・
ゼフェルは、一瞬の沈黙の後大爆笑した。
「あんなあ、マルセル。大の大人があんな、子供の喧嘩してんだぜ。耳がついてるのついてないのって、そんなの、宇宙の発展とどう関係あんだよ!」
「俺も。クラヴィス様はどうかと思うな。ちっとも真剣に会議に参加してる様子がなくて、あれじゃあジュリアス様が怒るのも…」
「ばーか。ジュリアスもジュリアスなんだよ。いちいち、そんなてーした事でもねー事に腹立てやがって。」
「何だと!ジュリアス様はちゃんと会議に参加してないから注意しているんじゃないか!たいした事ないって、そんな言い方あるか?!」
「あにぃ。またイイ子ちゃんぶるのかよ。おめーもオスカーの野郎と同じだな。ジュリアスの犬なんだろ?」
「ゼフェル!!今なんて言った?!」
3,2,1、・・・
「やめてよぉぉぉぉ!2人ともっ!それじゃあさっきと全然変わんないじゃないっ!!!!」
<*)) >=<
「・・・ごめんよ、マルセル。もう機嫌直してくれよ。」
マルセルは、ほっぺをプッとふくらませてランディーの横で体育座りをしている。
ゼフェルはそんな2人の様子を、木の上から眺めている。
あぁ、なんてうららかな、いつも通りの聖地の風景。
…そんな訳で、さっきは会議が思いがけず長引いてしまい(いつもの事だったが)定例会議の議題10から、15の「その他」までは、明日に延期となっていた。
「…かったりーな。あいつらのお陰で、また明日も会議かよ。ちっ、ルヴァのおっさんも俺の教育なんかしてる暇あったら、ヤツ等の教育でもしてやりゃあ、ちったぁ自分も楽になるだろうによ。」
ゼフェルは木の上で、ぼんやりとそんな事を考えていた。
<*)) >=<
翌日。
正直オリヴィエも、定例会議が長時間に渡り、挙句の果てに2日間に続いた事にうんざりしていた。
「頼むわよぉ、クラヴィス。今日はジュリアスの神経逆撫でるようなコト、しないでねん。」
リュミエールも同じ思いだった。
朝からクラヴィスの執務室を訪れ、ハープを奏でている。
曲目は『使命』
クラヴィスはさっきから、そんなリュミエールの願いを知ってか知らずか、薄っすらと目を閉じて、ハープが奏でる音色に耳を澄ましている。
<*)) >=<
会議室に真っ先に到着したのはランディーだった。
さっきから、せっせとみんなのテーブルを拭いている。
「よう。感心だな。」
次いでオスカーが到着した。
会議に早く来る事。それはランディーが憧れのオスカーを真似て学んだ事である。
「あ、オスカー様。おはようございます!」
ランディーはぺこりとお辞儀をする。
オスカーは、ランディーを弟の様に可愛がっていた。誰でも、自分になついている年下は可愛いものだ。
「今日は、風の力が惑星Xに及ぼしている影響について聞かれるぞ。大丈夫か?」
「ええ?!本当ですか?ど、どうしてそれが判るんです?!」
オスカーは愉快そうに笑う。
「ま、ある程度会議に出てると、話しの流れってものが見えてくる様になるのさ。ジュリアス様は今、惑星Xが非常に不安定なのを気にされている。それで一昨日俺は王立研究員へ行ってきた。覇気が無いんだ。全ての生物に。きっとジュリアス様は、ランディーが力を贈った時の様子を、詳しく知りたがると思うぜ。」
「はい!俺、会議が始まるまでにその時の事を頭の中で上手くまとめておく様にします!」
ランディーは、改めてオスカーを尊敬の眼差しで見つめる。
なんて頭の良い方なんだろう。オスカー様は惑星の様子に、ジュリアス様と同じ位神経を尖らせている。
オスカー様がジュリアス様に厚い信頼を受けているのも、当たり前だよな。
…そんな事を感じながら。
そうこうしている内に、会議室の中にはひとり、又ひとりと守護聖達が集まって来ている。
おや?
オスカーはある事に気が付いた。
今日は遅刻の常習犯が揃いも揃って定刻前に席に着いている。
クラヴィスとゼフェル。
ははーん。
クラヴィスの横にはリュミエールが付き添っている。隣の席ではないのに。
あいつもあいつなりに、気を使って居るんだな。
よく、あの腰の重い闇の守護聖をここまで引っ張って来れたなと、ちょっとリュミエールを見直した。
ゼフェル。
あいつは、無駄にこれ以上会議が長引くのが嫌なんだろう。
良く見ると、ズボンのポケットからドライバーの先が出ている。内職でもしてようって魂胆だろう。
ま、揃っているなら取り敢えず会議の開始はスムーズだろう。
オスカーも、自席につく。リュミエールが隣に座った。開始時刻だ。
「では、会議を始める。」
定刻と同時にジュリアスがそう告げる。
いつもならここで、姿の見えない守護聖が必ず一人は居て、ジュリアスがひと騒ぎするのだが。
今日はジュリアスは大変気分良く会議を進行し始める。
会議は順調だ。
「さて、議題12に移る。惑星Xが近日、非常に不安定な様子にある事は皆も承知の事と思う。今日は惑星Xの育成状況について、皆の話しを統合し、女王陛下へ報告したいと思う。」
ほら来た、という顔でオスカーがランディーを見る。
「先ず、この惑星の様子についてだが、この惑星に存在するあらゆる物に精神的な活力が足りない様に思う。ランディー。」
そら来た。オスカーが‘しっかりやれよ’と口パクで喋る。
「はい!」
ランディーは緊張した面持ちで立ち上がる。
「…そなたがこの惑星に、最後に力を贈ったのはいつになる?」
「はい。4日前です。」
「その時の状況を、詳しく話してくれないか?」
「はい、先ず俺が…」
オスカーの事前のレクチャーが功を奏したのか、ランディーはスラスラとその時の様子を簡潔に報告した。
「…成る程。やはり、惑星Xが風の力を受けた瞬間、従来では考えられない反応を示したか…」
ランディーはホッとして着席し、オスカーの方をチラリと見た。
オスカーもランディーの方を見ていた。
視線が合った瞬間、2人は白い歯を見せてニッと笑った。
まさに、守護聖は歯が命。
もとい、
守護聖同士の結束は美しい。
「では、惑星が『風のサクリア』を受けてこんな反応を示す場合には、一体我々はどうすれば良いか…オリヴィエ。」
いきなり名前を呼ばれ、オリヴィエはジュリアスに顔を向けた。
「そなた、どの様に考える?」
オリヴィエは、右手で肩にかかる髪を振り払いながら立ち上がった。
「んー、そうね。ワタシは風の力が惑星Xに取り入れられやすくなるようなサクリアで援護すれば良いと思うけど。」
「…と、言うと?」
「例えば、勇気の前提として必要なのは『自信』じゃない?ジュリアス、あんたのサクリア、かな?」
「オリヴィエ。なかなか良い線だと思うが。繰り返し言うが、惑星Xには覇気がないのだ。そんな所に…」
「…誇りなんて、もっと受け入れられにくいよねえ☆」
ジュリアスの台詞を、途中からオリヴィエが受けた。
ジュリアスは満足そうに頷く。
「では…判る者は?」
場が静まり返る。
「なんだ。誰も何も思いつかぬか?」
「…そう言うお前はどうなのだ?」
「ジュリアス様!俺は…」
クラヴィスの言葉を遮る様に、馬鹿でかい声でオスカーが発言し、立ち上がる。
「この、炎のサクリアこそが、勇気を奮い立たせる原動力だと考えますが。」
「ほう。確かに力強さというものは、割合受け入れられ易いかもしれぬ。ただ…」
「?」
「覇気の無い惑星に、悪戯に感情を高ぶらせるサクリアを与えるのは、ある意味危険な行為と言えなくもないか?」
オスカーは絶句して、自席にペタンと座った。
また、場が静まり返る。
ルヴァが、そわそわしだした。
ルヴァには答えが判った。
しかし、この知恵者は、ジュリアスがしつこく皆に意見を振っている意図すらも判っていた。
…風の勇気を援護するサクリアを有する者、本人に、発言をさせたいのだ。
ルヴァの心の中に葛藤が起きる。
また…いやな予感がしますよ。
その本人は、まず、名乗り出ないでしょう。
それを半ば判っていながら、言わせようとしてるジュリアス。
会議がこじれるのを楽しんでいるのでしょうか?
いや…期待が捨てられないのでしょうか?
私には、判りませんよ。ジュリアス。
私が、答えを言ってしまいましょうか?
そんなルヴァの葛藤をよそに、マルセルがぎゅっと目をつむって挙手をした。
「マルセル、どう思う?」
ジュリアスは、意外な発言者に目を細めてマルセルを見た。
「ぼ、僕…オリヴィエ様の夢のサクリアなら、ランディーの援護が出来ると思います。」
マルセルは、ガチガチに緊張している。無理も無い。先輩の守護聖達皆がいま、彼に注目しているのだから。
「ほう。して、何故にそう考えた?」
ジュリアスは普段の会議からは考えられない位優しい声でマルセルに語り掛けている。
しかし、マルセルは相変わらず緊張しっぱなしだ。
「気力がでないのは、毎日が楽しいと感じられないからだと思うんです。オリヴィエ様のサクリアで、希望みたいなものを与えられれば、勇気だってわいてくると、思うんですけど…」
自信無さげに最後の方は声が小さくなっていた。
でも、ジュリアスはご機嫌でマルセルを見ている。
ルヴァは、最年少の守護聖の晴舞台にさっきまでの危惧は何処へやら、すっかり嬉しくなっている。
「マルセル。よくそこまで考えたと思う。確かにそなたの言う通りだ。しかし…」
ジュリアスは、またも逆説の接続詞を使う。
「気力が無い状態のものに夢の司るサクリアを贈り、プラスに働けばよし。間違い無くそなたの言う通りになろう。だがマイナスに働けば、娯楽や快楽に溺れ事態は悪化していく事も考えられるのだ。」
「…だから、お前はどう考えているのだ。」
皆の視線が一斉にクラヴィスに注がれた。
オスカーは、『しまった!』という表情をした。今度はブロックしそこなった。
「さっきから聞いていれば、お前は他人の意見に意義ばかり唱えている。先ず、自分の意見を述べたらどうなのだ?」
ルヴァが、口を『あ』の字に空けたまま固まっている。
…いやな予感、当たっちゃいましたよ〜
会議室に、またも緊張の空気が流れる。
「…そ-だよな。オレも首座の守護聖様の見解ってやつを聞かせてもらいたいぜ。」
「ゼフェル!!君まで何を言い出すんだ!」
「ゼフェル。いい加減にしないか。」
ランディーとオスカーが同時に立ち上がる。
クラヴィスは面白そうな表情でゼフェルをチラリと見た。
「ハン、2人して何なんだ。オレはジュリアスに言ってんだよ。ジュリアスに。」
「ゼ、ゼフェル〜。」
ルヴァが気を取り直し、ゼフェルを止めに入るがいかんせん迫力に欠ける。
「…では、そう言うゼフェルには、いい案があるのだな?」
ジュリアスが意外に冷静なのにはもはや、誰も気が付く者は居なかった。
「あん?んなもん、ねーよ。だから、お偉い守護聖の意見を聞きたいって言ってんだろ?」
「ゼフェル。ジュリアス様に対して、ちょっと口が過ぎるぞ。まったく、お前は何も判ってないな。」
オスカーは顔色を変えて自席を外し、ゼフェルの方へ歩きかける。
「判る訳ねーだろが。オメーみたいにジュリアスの犬、やってねーからよ。」
!!
皆に一瞬緊張が走った。
「オスカーは犬ではありません!!!」
今度は違う意味で、会議室に緊張が走った。
今の声の主はリュミエールだった。
皆が驚いた顔でリュミエールに顔を向ける。
とりわけ驚いたのはオスカーだった。
いつも、自分を疎ましそうにしているリュミエール。
てっきり、リュミエールにこそ、自分がジュリアスの犬だと思われているだろうと思っていたのだ。
「オスカーは、会議を進行されているジュリアス様を思いやって行動しています。相手を思いやって行動する事を、揶揄してはいけませんよ。」
そう、きっぱり言い切った後で、リュミエールはゼフェルに向かってにっこりと微笑んだ。
「でも、それを判った上で、つい勢いで心にも無く言ってしまった、ゼフェルの気持ちも判りますよ。そんな事、誰にでもある衝動ですからね。」
そこまで言うと、リュミエールは、今度は真顔でジュリアスの方を向いた。
「ジュリアス様。水を差してしまい申し訳ありませんでした。どうか会議をお続け下さい。」
ジュリアスが、何か言おうと口を開きかけた時、クラヴィスがジュリアスに向かって呟いた。
「…私のサクリアを、不安で満たされている彼の地に贈ろう。…それで良いのであろう?最もそんな事をして、あの惑星がますます私のようになっても責任は取らぬぞ。」
そして議題12は決議を得た。
その後は、いつもの定例会議からは、想像もつかない程、スムーズに進行した。
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柑橘系の香りが部屋いっぱいに広がる。
リュミエールの私邸。
彼のリビングには、ハイビスカスとカモミールとレモンがブレンドされたハーブティーが用意されていた。
夕飯を終え、彼の食後の楽しみの時間、という訳だ。
「ふふ、今日は会議が早く終わって良かったです。いつもああだといいのですが…」
(じゃあ、毎回叫んで下さい、リュミエール様。と、つっこむのは止めにしてっと…)
さて、とリュミエールがティーポットに手をかけた瞬間、執事が来客を告げた。
「オスカー様がお見えです。」
「…?お通しして下さい。」
リュミエールは、頭上にハテナマークをいっぱい飛ばしながら来客の登場を待った。
「よう。プライベートに押し掛けたりして、悪いな。」
オスカーがリュミエールの私邸に訪れるのは、この上なく久し振りだった。
彼が守護聖に就任したての頃、幾度か訪ねてくれた事はあったがその度に、からかわれて嫌な思いをした記憶がちょっぴり蘇える。
「いいえ。ようこそいらっしゃいました。今、丁度ハーブティーを淹れていたのです。良かったらいかがですか?」
以前と同じ様にそう、声を掛けてみた。
当時はいつも決まって『いや、結構だ。俺は美容を気にするタイプではないんでな。コーヒーは無いのか?』と言われたものだったが…
「そうか。じゃあ遠慮無くいただこう。」
リュミエールは、『飲むんですか?』と、あわや口走りそうになったが、何とかそれを飲み込んだ。
白いカップに注がれる黄金色の液体。
ひとつがオスカーの目の前に鎮座した。
「…今日は、ありがとう。ひとことお前に礼が言いたくて。」
オスカーはリュミエールに視線を合わせずに、一気にそう言った。
「…オスカー。わざわざそれを言いに?」
リュミエールはそう言うと、嬉しそうににっこり笑った。
オスカーは、照れくさそうに目の前のカップの中の液体を見つめている。
「あれは…。」
オスカーは、思い切って目の前のリュミエールを見つめてそう言いかけて、止まった。
「はい?何でしょう。」
リュミエールはにっこりしたまま、小首を傾げる。
あれはお前の本心か?
オスカーは本当はそれが訊きたかった。
本当に、俺の事をああ言う風に思っていたのか?
…しかし、どうしてそんな事がリュミエールに聞けよう。
そんな事、例えリュミエールの偽りの言葉であったとしても…
今、そんな事を尋ねてみたとしても、真実なんて言う訳がない。
ならば…
「いや。嬉しかったぜ。これからもあの調子で頼むぜ。」
「…?ええ。」
ちょっと不思議そうに…でもリュミエールは改めて微笑んで頷いた。
もしも、今のふたりの心の中を水晶球で覗いたら・・・
きっと、じゃれ合う2匹の子犬の姿が、見えるのかも知れません。
Fin
to desk