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山上庭園の雪化粧 沢の水は、岩と岩の間を飛び跳ねるように流れ落ちていた。空気は冷たいが、もう冬の厳しさはない。ミソサザイのさえずりが谷間に響いていた。 コンクリート道を登り、1本の倒木を越えると、上にも広い駐車スペースがあった。そこから細い山道となった。ガレ石の上にスギやヒノキの落ち葉をのせた道は、沢に沿って上っていた。 沢を左から右へ飛び石で渡った。スギ林が続き、倒木にはうっすらと雪がのっていた。地面には、枝の雪が解けて固まった氷のかたまりが点々と落ちていた。 標高650mに、尾根コースと谷コースの分岐があった。尾根コースの道は、急斜面をつづらに上っていた。林床から、アオジの鳴き声。ときどきスギの梢から雪が落ちてきた。細かく舞い落ちる雪は、木漏れ日に照らされてキラキラ光った。 スギ林がヒノキ林に変わり、林床にはアセビやソヨゴの低い木が生えていた。 標高が800mを過ぎると、地面がうっすら雪化粧をしていた。傾斜がゆるくなったと思ったら、すぐまた急になった。ヤマガラがヒノキの木々を渡っていった。
道に積もる雪が1cmぐらいになってきた。数日前に降った春の新雪である。つづらだった道が真っ直ぐになって、ヒノキ林の下を上っていた。 924m標高点あたりまで登ると、ようやく傾斜がゆるんだ。あたりに雑木が混じるようになり、シジュウカラが大きな声でさえずっていた。 尾根道を進むと、左手に展望jが開けてきた。谷を隔てて、1052mピークが険しい山容を見せている。3つのピークを並べた日名倉山の下に千草の町並みが広がっていた。
ヒノキ林が続いた。間伐も枝打ちもされていないヒノキの木はどれも細く、光を求めて真っ直ぐ上に伸びていた。
尾根は、しだいに岩がちとなってきた。左右の沢から水の音が上がってくる。標高が増すと、近くの山の上に後山からダルガ峰、そして沖ノ山の白い山稜が現れた。 尾根は急なまま広くなった。ヒノキの下には下草がなく、どこでも登ることができた。落ち葉の上に雪が重なり、足がよく滑った。梢の雪が解けてポタポタ落ち、雪面に無数の小さな穴をつくった。 標高1140mあたりで、北西からの尾根と合流した。 ゆるい斜面に葉を落とした木々が立ち、その間に岩が散在している。植林が左右から迫っていたが、ここだけはコナラやミズナラ、ウリハダカエデやリョウブなどの自然林が広がっていた。 木々は幹にコケをまとい、傾いたり曲がったりしながら立っていた。長年の風雪に耐え抜いてきた姿である。 木や岩に張り付いたコケの中には、もう新しい緑をつけているものもあった。雪の白、コケの緑、コケや落ち葉の茶色のコントラストが、この「山上庭園」にこの季節ならではの彩をそえていた。
「山上庭園」の上端には、数個の大きな岩が積み重なっていた。この岩のオブジェを越えて進むと、植松山の山頂に達した。
山頂から北への道は、主尾根の下をゆるくトラバースしていた。道は雪にかくされていたので、ピンクのテープと標識を探しながら進んだ。
左岸から右岸へ、右岸から左岸へと何度か渡り、元の分岐を経て車に戻った。 山行日:2012年4月8日
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| 林道終点〜分岐〜(尾根コース)〜924m標高点〜山上庭園〜植松山山頂〜(谷コース)〜小河内の滝〜分岐〜林道終点 |
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| 国道429号線森脇に「植松山登山口」の標識がある。標識に従って林道を上ると、標高530m地点に駐車スペースがある。そこからコンクリート道が延びて、左岸から右岸へと渡った標高560m地点が林道終点で、ここにも広い駐車スペースがある。 ここから山道を進むと、尾根コースと谷コースに分かれる。今回は尾根コースから登り、谷コースを下った。どちらもガイドブックにのっている一般的な登山コースである。 |
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| 山頂の岩石 後期白亜紀 デイサイト質溶結凝灰岩 |
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| 植松山には、いわゆる生野層群にあたる後期白亜紀のデイサイト質溶結凝灰岩が分布している。 岩石は、強く溶結していてガラス質で硬い。軽石がレンズ状に伸ばされた構造は、風化面で観察された。また、転石の中にはレンズが流離構造のように薄く長く伸ばされたものも見られた(厚さ1mm、長さ20cm)。含まれている結晶片は白色やピンク色の長石が多く、石英は少ない。異質岩片として、少量の白や黒のチャート、黒色頁岩などが含まれている。 |
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