鶴 ケ 嶺(410m) 豊岡市 25000図=「栃本」
イノシシとの遭遇、雪の鶴ヶ嶺
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| 鶴ヶ嶺 |
スノーシューでも膝まで沈み込む雪の急な斜面を上っていた。
すぐ目の前の雪の中に、こげ茶色の物体がうずまっていた。まさか……と思い目をこらした。濡れたスギの葉のかたまりかなと思った瞬間、動いた……。目と目が合った。
私は、「うわー」と声を出して斜面を滑り落ちた。上から雪球が転がり落ちてきて、私の横をかすめていった。イノシシとの遭遇。距離にして1mぐらい。超大接近だった。
起き上がり、体制を立て直して上を見上げた。何秒かたった。襲ってはこなかった。もう何秒かたった。静かだった。
しばらく、呆然としていた。これからどうしようか。もうあそこは通れない。立ち向かうにも今日はハンマーを置いてきた。いや、ハンマーを持っていたって、とても……。やつは、かなり大きかった。頭上の木からは、解けた雪がボタボタと落ちてくる。
戦意喪失。いったんはあきらめて引き返し始めたが、途中で思い直した。尾根から斜面に下り、もう一度上り返してイノシシのいた地点の上になんとか回りこむことができた。
あいつも、私を襲おうともせんとええやつやったなあ。そういえば、瞳がつぶらやったなあ。いや、あれは昼寝から覚めたばかりの眠気まなこやったんかも。人があんなに近づいても気がつかないんやったら、すぐ鉄砲で撃たれてしまうでぇ……。などと思い始めたのは、その日の風呂の中だった。しかし……、あの雪玉は……きっとあいつが落としたにちがいない。
今年の12月は例年にない大雪で、荒れた天気の日が続いた。しかし、今日だけは張り出した高気圧によって但馬も好天に恵まれた。
鶴ケ嶺(鶴ヶ嶺)は、豊岡市三方地区からは円錐状の山型で見え、三方富士の別名で親しまれている。この地方で鶴というとコウノトリをさすが、かつてはコウノトリがこの山を背景に大空を舞っていたのだろうか。
今朝の鶴ケ嶺は、朝もやの立つ雪田の上で光を浴びて白く輝いていた。
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| ヒノキの樹林 1 |
ヒノキの樹林 2 |
栗山の大溪寺の左脇から雪の山に入った。墓を縫って小さな支尾根に取りつく。雪は表面だけが殻のように固く、スノーシューがバリッとその雪の殻を踏み抜く。
あたりはヒノキの植林帯で、左手の斜面にはタケが交じっている。朝の日差しに木々の枝葉に積もった雪が解け、みぞれのようになった水滴が絶えずバラバラと落ちてくる。ときどき、雪のおもりから開放された竹がザーッと音を立ててしなりを解いた。
斜面をひと上りした小さなピーク(Ca.160m)には、ウサギの足跡があった。このピークを下って上り返し、次のピークへ(175m)。
ヒノキの幹の北側には雪が白く張り付いている。木肌の茶色と、張り付いた雪の白と、葉の緑が美しい色彩をつくっている。風が吹くと、ヒノキの上の雪が細かい霧のように斜めに舞い落ち、差し込んだ陽光にキラキラと光った。
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| 雑木の尾根 |
イノシシの穴
こんな穴がところどころにあいていた |
少し前から、複数のイノシシの足跡が続いていた。ところどころに、雪を掘って休んだあとがあり、そこだけが茶色く汚れていた。
175mピークから主尾根を進んだ。ときどき、尾根に交差するように道が現れた。道は、いくつかのピークを巻いて続いているように思えたが、どう続いているのは分からないので、そのまま尾根を進んだ。
この方が、先ほどから鳴き声の聞こえる猟犬に出会わないだろうという気持ちもあった。
歩いていると、ときどき木々の間から雪におおわれた栗山や篠垣の集落が見えた。右の前方には蘇武岳の大きな山体がどっしりと座っていた。
尾根の斜面を上って、前峰ともいえるCa.290mピークに達した。下の樹林をシカが横切った。
ここからは、雑木林に変わった。最後のコルに下りると、山頂への急な坂が始まった。雪は深くて、スノーシューの金具がきかずに滑った。倒木があったり、小さな雑木の枝やつるがからんだりして、なかなか前に進めない。イノシシと遭遇したのはこの時だった。
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| 鶴ヶ嶺山頂 |
観音寺の集落 |
いったんコル近くまで下って尾根の南斜面を回りこみ、上り返してイノシシがいた地点の上に出た。
そこにも、まだイノシシの足跡が続いていた。イノシシにも登高欲があるのだろうかと思ってしまう。
日中の気温に雪が表面から解け始め、足が重い。解けた雪にぬれて、帽子も服も手袋も重い。何度かもう山頂かと思ったが、まだ先があった。わずか410mの山ながら、雪の上りはハードだった。
山頂近くになると、さすがにイノシシの足跡は消えていった。
なんとか達した山頂は、疎林の中だった。大きなヤマザクラやコナラの木の下に、文字の消えた木の杭が一本頭を出していた。
下山も、もちろんイノシシのいた地点をはずして尾根から斜面へ下りた。そこから元の尾根に戻るのはつらいので、そのまま谷を下った。黒い岩盤の滝の左を滑り落ちると、そこが観音寺だった。
寺の軒下の石段に、ようやくほっとした気持ちになって座っていた。すると、雪が屋根から滑り落ちて、足元でドカッと大きな音を立てた。
山行日:2005年12月25日