槻折山(169m)      姫路市・太子町・たつの市   25000図=「龍野」


大磐石(われ岩)から槻折山を越えて内山へ

西脇より望む槻折山
(中央が山頂 左は180mピーク)

 県道5号線を姫路から西に向かい、槻坂(けやきざか)トンネルを抜けるとたつの市に入る。このトンネルの上にあるのが槻坂(けやきざか)峠。峠から尾根を南にたどったところに槻折(つきおれ)山がある。

 槻折山は、風土記の山である。
 『播磨国風土記』には、この山の名の由来が次のように記されている。

 「応神天皇がこの山で狩りをし、槻弓(つくゆみ)で走る猪を射たが、その弓が折れてしまった。だから槻折山という。」

 槻折山の東のふもとに、大磐石(われ岩)と呼ばれている大きな岩がある。
 今回は、このわれ岩を見て槻折山に登り、そこから尾根を南西へたどって内山に下った。

 「破磐神社起源のわれ岩」の標柱に従って道を曲がると墓地があった。墓地の手前に六地蔵が祭られていて、この脇から一本の道が山に入っていた。ここから、われ岩に向かった。
 はじめは日当たりの良い草地。トウバナやカタバミに混じって、ニワゼキショウ、マツバウンラン、アメリカフウロ・・・。後の三種は、どれも小さな愛らしい花であるが、最近ふえてきた北アメリカ原産の外来種。

 大磐石(われ岩)入り口 六地蔵からの登山口

 道はすぐに竹林に入った。このあたりは、有名なタケノコの産地。今年の収穫は終わっていて、残されたものはもう1mにも伸びている。
 道の右手に階段が現れ、その上にしめ縄で祭られた大きな岩が見えた。

 岩を見上げながら階段を上った。高さ6m、幅5.5〜6m、奥行7.5mの圧倒される大きさ・・・、これが「破磐神社起源のわれ岩」である。
 岩は縦にぱっくりと割れ、それが伝承を生んで破磐神社の起源となった。伝承にはいくつかあるが、その一つが岩の前の案内板に記されていた。

 「神功皇后が麻生山から放った第三の矢がこの岩にあたり、岩を三つに割った・・・。」
 この岩を祭ってここに神社が建てられたが、この地が狭かったので、中世にここより東北に1.7km離れたところに移された。これが、今の破磐神社である。

 大切なご神体。ハンマーでたたくことはできないが、表面を観察した。岩は「岩屑なだれ」によってできた角礫岩で、そのつくりがわかりやすいところがあった。
 白亜紀の終わりごろ、このあたりで大きな火砕流があった。その火砕流でできた堆積物がいったん固まったあと、岩屑となって斜面をなだれ落ち、再び固まってできた岩石である。

 階段の下で「パンパン」と柏手を打つ音が聞こえた。一人のご婦人が、この岩にお参りに来た。聞いてみると、この方は近くに住んでいるが、この岩を知ったのは最近のこと。今年の2月ごろから、ときどきこうしてお参りにくるという。
 キアゲハが岩の周りを舞っていた。

破磐神社起源の大磐石(われ岩)

 われ岩を離れ、もとの道を先へ進んだ。あたりはずっと竹林。広い谷に、タケノコ栽培の作業道がゆるく上っていた。
 谷の斜面が急になったところで、作業道は終点となった。そこから、右手に踏み跡が上っていた。ときどき、竹に巻かれた赤いテープがその道の位置を教えてくれる。タケノコの掘られた穴が、あちこちに空いていた。

竹林の中の道

 竹林から、アベマキやコナラの雑木林に変わった。ふみ跡は、もうほとんど消えてしまった。
急な斜面を、まっすぐに登っていった。落ち葉で滑りやすいが、下生えがほとんどないので歩きやすい。
 この坂を登り切ったところが、120mピークだった。
 
雑木の尾根

 そこから尾根を西へ進み、小さなコルを登り返すと、姫路市とたつの市の境界上の140mのピークに達した。
アラカシやソヨゴの若葉に囲まれた気持ちのよい高み。近くで、ヤマガラが鳴いていた。

140mピーク

 いったん下り、登り返した。尾根上に大きな岩がいくつも現れはじめた。登り切ったピークにも、岩が積み重なっていた。ここが槻折山(169m)の山頂であった。

槻折山(169m)の山頂

 槻折山から、尾根を南へ進んだ。上り下りを繰り返し、いくつかのピークを越えた。尾根の方向は、いつの間にか西向きに変わっていた。
 木々の中、あたりも見えず、地図上のどこを歩いているのか分からなくなった。小さな山体なので、そのうちふもとに下るのだが、思ったより長く尾根が続いた。小さなピークが次々に現れた。
 モチツツジが名残の花をつけていた。ときどきヒノキの林に入った。

 尾根を下っていると、ヒノキ林の中に、またコルが見えた。二頭のシカがそこを走り抜けていった。そこまで下ると、ようやく木々の間から北を望むことができた。
 下を高速道路が走っている。その下には、池が見える。あとでわかったことだが、ここは167mピークを西へ越えたところ。いつの間にか境界尾根をはずしてしまっていた。そういえば、ときどき現れていた境界杭が見えなくなっていた。

 もう一山超えると、南に送電線の鉄塔が見えた。鉄塔の向こうに見えるのは、松尾山から笹山に続く山並み。
今日は、そちらの稜線をたどる予定だった・・・。こんなにも道をはずしてしまった・・・。

 その鉄塔まで下り、そこからさらに尾根を下って内山の集落に出た。

ようやく開けた展望 笹山(右)と松尾山(左)
鉄塔下から南を眺める
 
山行日:2020年5月12日

われ岩入口〜六地蔵の登山口〜大磐石(われ岩)〜110mピーク〜槻折山山頂(169m)〜2つの180mピーク〜167mピーク〜誉田町内山
 県道5号線槻坂トンネルの東、丸山交差点から南西に入ったところに「破磐神社起源のわれ岩」の標柱が立っている。ここから入ったところに墓地があるが、ここが登山口。墓地の前に車を止めるスペースがある。
 登山口から「われ岩」までは、広い道。われ岩の先も、その道は竹林の中に続いているがやがて終点となる。そこから、踏み跡が右の斜面に上っているが途中で消える。
 斜面を登り切った120mピークから尾根をたどって槻折山へ。槻折山から南西へ続く尾根を167mピークを経て誉田町内山へ下った。

山頂の岩石 白亜紀後期 伊勢層  溶結火山礫凝灰岩
 「破磐神社起源のわれ岩」は、角礫岩。岩を観察して、どのようにしてできたのか考えるのもおもしろい。
 槻折山は溶結火山礫凝灰岩。白亜紀後期の火砕流でできた岩石である。風化していて、帯褐灰色。軽石が押しつぶされた溶結構造が観察できる。

「われ岩」については、『破磐神社起源の「われ岩」』をご覧ください。


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