|
寺前城山(470m)・寺前412m峰(412m) 神河町 25000図=「寺前」 “ベレー帽山”と“いのしし山”
雪形というのがあるが、若葉のころに絵を描く山もある。神河町の寺前では、北と南にそのような山を望むことができる。
もとの山道に戻った。道は、尾根を離れて植林帯の中を斜めに上っていた。かすかな踏み跡程度だが、ピンクのビニールテープが城跡までの道を示してくれた。
口の城跡から、北に向かった。3mほどの深さの堀切を渡り、ゆるく登っていく。ナツハゼが、新しい葉を広げている。クロモジの葉は、陽を透かしてみずみずしい。ホオノキの葉は、もう十分に大きかった。カナヘビが足音にあわてて、落ち葉の間を逃げていった。
2.寺前412m峰
高度を増すほどに、眼下に寺前の町が大きく広がっていった。先ほど登った城山が、寺前の町を抱くようにして大きく立っていた。ネットの向こうの林から、ホオジロとセンダイムシクイのさえずりが聞こえてきた。 身をかがめて、雑木を縫うようにして先に進んだ。落ち葉が乾いた音を立てた。ホオジロはずっとさえずっていた。 尾根に現れた大きな岩をいくつか乗り越えると、傾斜が緩くなって412m峰の頂に達した。 小さな木の杭が打たれているだけの山頂……。コナラやリョウブのやわらかい葉が、風にさわさわとたなびいている。若葉を透かした木漏れ日がやわらかかった。 木々の間から、東に大嶽山が見えた。南西には、ここから尾根続きのもっと高いピークが見えるが、今日はここで引き返そう。いのしし山の頂上に立てたことで十分だと思った。 山行日:2010年5月9日
|
|||||||||||||||||||
| 寺前城山 : 最明寺〜城山群集墳〜石垣群〜寺前城 口の城跡〜奥の城跡(往復) 寺前412m峰 : 比延橋〜412m峰(往復) |
|||||||||||||||||||
| 寺前城山へは、最明寺左脇の登山口から登ることができる。道は踏み跡程度であるが、ピンクのビニールテープが山頂の城跡まで続いていた。 寺前412m峰へは、小田原川に架かる比延橋のたもとから東尾根を登った。伐採地の端を歩いたり、雑木の中の踏み跡をたどったが、一部でヤブこぎが必要であった。 |
|||||||||||||||||||
|
|
|||||||||||||||||||
| 山頂の岩石 城山 口の城跡 → 後期白亜紀 寺前岩体 細粒花こう閃緑岩 城山 奥の城跡 → 後期白亜紀 大河内層 流紋岩質溶結火山礫凝灰岩 寺前412m峰 → 後期白亜紀 大河内層 流紋岩質溶結火山礫凝灰岩 |
|||||||||||||||||||
| 寺前城山の南側は、花こう閃緑岩から成っている。これは、市川の東側で大規模な採石が行われている大嶽山とひと続きの岩体である。 石垣上の岩壁で観察したものは、石英・斜長石・カリ長石・黒雲母・角閃石から成る細粒の花こう閃緑岩である。斜長石とカリ長石の区別は、ルーペ下では難しい。黒雲母と角閃石は、変質しているものが多かった。岩壁のところどころで、最大30cmの細粒暗色含有物が観察された。 口の城跡付近の花こう閃緑岩はさらに細粒で、風化によって黄土色をしているものは一見すると砂岩のように見える。 城山奥の城跡には、珪化した溶結火山礫凝灰岩が表れていた(露頭かどうか不明)。灰色で硬く、溶結構造が観察できる。 寺前412m峰には、大河内層の溶結火山礫凝灰岩が分布している。石英や長石の結晶片、頁岩などの異質岩片を含んでいる。全体的に風化が進んでいるが、風化面で溶結構造が観察できた。 |
|||||||||||||||||||
|
「兵庫の山々 山頂の岩石」 TOP PAGEへ 登山記録へ |