但 馬 妙 見 山 (1139m)      八鹿町・関宮町・村岡町         25000図=「関宮」「栃本」 
青い空にブナ・スギ映えて

イタヤカエデの黄葉が始まっていた 名草神社本殿

 妙見山は、但馬を東西に分ける但馬中央山脈の南端に位置している。山腹に名草神社があって、古くから信仰の山として親しまれてきた。一帯はスギにブナやミズナラなどが混じる針広混交林を形成し、ふもとの新第三紀中新世の地層からは貝や植物の化石を産出する。
 好天に恵まれた秋の一日、歴史や文化あるいは自然の魅力に富んだこの山を歩いてみた。

 紅葉の始まったナナカマドの実がオレンジ色から赤色に変わろうとしていた。スギにミズナラやヤマザクラが混じり、樹林の中では小鳥がピチピチ鳴いている。大ナル登山口からの道は、湿った暖斜面をゆるく上り、やがて水がチョロチョロと流れる小さな谷に入っていった。転石を割ってみると、ひん岩に含まれた角閃石が黒く光った。
 木や石を見ているうちに、いつの間にか登山道をはずしてしまったことに気がついた。しばらくそのまま谷を上って、谷が浅くなったところで斜面を北へ渡って登山道へ戻った。

見晴台に立つブナ

 大きなブナの立つ見晴台で尾根に出た。
 このあたりから、スギの中にブナの大樹が連続した。
 トチノキ、シナノキ、イタヤカエデ、ハウチワカエデ、オオイタヤメイゲツなどがこれに混じる。
 紅葉の始まった木々は、青空と高く浮かぶ羊雲を背景にしてどれもが美しかった。
 尾根を歩けば、クロモジが黒い実を、オオカメノキが赤い実を付けていた。
 タムシバの集合果が割れて、その中から朱色の種子が現れていた。
 サワフタギの実の色は、トルコ石の宝石を思わせた。

ブナの黄葉 タムシバの種子 サワフタギの果実

 傾斜が小さくなった尾根道を、ササの葉がふさぎ出した。妙見山の山頂の緩い高まりには、新しい四等三角点が埋設されていた。

 山頂は、北から東にかけて木々の切れ間より展望があった。
 北の近くに蘇武岳、その東に遠く来日岳、来日岳の東を双眼鏡で追うと久美浜湾の海岸線が視野にうっすらと浮かんだ。さらに、床尾山塊、大江山……。
 
 新しく設置された方位盤の隅に座った。空には、いつの間にか巻積雲や高積雲が薄く広がっていた。秋の日差しは、それらの雲でさらに柔らかくなった。

名草神社三重塔

  山頂からは、北尾根を妙見峠まで進み、そこから妙見杉に囲まれた名草神社に下りた。
 多くの彫刻を配し、精緻を極めた技でつくられた本殿。出雲大社より移設された三重塔。その三重塔の下には、樹齢1500年、「夫婦スギ」の愛称で親しまれ平成3年の台風で倒れた妙見の大スギの根株が展示館に守られていた。

山行日:2003年10月1日
山 歩 き の 記 録

行き:妙見キャンプ場〜大ナル〜見晴台〜妙見山山頂(大ナル新道)
帰り:妙見山山頂〜妙見峠〜名草神社(妙見新道)〜みたらしの池〜妙見キャンプ場

 小佐川に沿って西へ進み、椿色の三叉路を左にとる。日光院を過ぎて山間を走ると、妙見キャンプ場と名草神社との分岐に着く。左の道を上り、達した妙見キャンプ場に車を置いて、そこから歩き出した。
 「大ナル新道」と呼ばれるこの登山道は明瞭であるが、小さな谷から右手の斜面に取り付くポイントを逃してしまった。その谷の上流から、樹林を縫って斜面を渡り、もとの登山道に戻った。そのまま登山道を上って、山頂に達する。

 山頂からは、北尾根を下る(「妙見新道」)。スギやブナの下の尾根道は、 Ca.1000mのコルで途絶え、そこから尾根のすぐ西下を伸びる林道を利用するようになっている。林道を北に進み、村岡町作山からの道と合流したところで林道を別れ、右に上ると妙見峠であった。ここから、名草神社へ下りた。

   ■山頂の岩石■ 新第三紀鮮新世  角閃石ひん岩   

 今回歩いたコースは露頭がほとんどなく、あっても風化が著しい。兵庫県(1996)によると、妙見山の山頂付近には「猿尾滝ひん岩」に対比されるひん岩が分布している。これは、北但層群村岡累層中に貫入したものである。
 妙見峠手前で採集したサンプルは、暗灰色・緻密な岩石で、黄鉄鉱が含まれていた。大ナル付近の転石には、角閃石の斑晶が目立つ新鮮な
角閃石ひん岩が見られた。

 また、林道の大ナル・名草神社分岐の手前には、北但層群村岡累層の砂泥互層が露出し、その地点には地質の解説板が立っていた。

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