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田野城山(221m) 姫路市 25000図=「姫路北」 ルーペとカメラとハンマーをもって城跡まで
自宅から一番近い山、田野城山へ夫婦で向かった。
登山口から、よく整備された道が雑木林の中に続いていた。モチツツジやヤマツツジが咲いている。アズキナシが、おしべの目立つ花をつけていた。
左下に、練金下池の濁った緑の水面が見える。上池を通り越したあたりから、道はほとんど平らになった。若葉をつけた雑木林の木漏れ日が瑞々しい。アラカシの若葉を触ってみると、まだ柔らかだった。 シジュウカラが姿を見せ、木々の間からクロツグミの声が聞こえてきた。落ち葉が乾いた音を立てたと思ったら、カナヘビが出てきた。
左の谷の上部を巻くように渡ると、ヒノキ林に入った。ヒノキの丸い堅果がたくさん落ちていて、いくつかをお土産にひろった。林床のベニシダは、紅色の若葉を伸ばしていた。 ヒノキが切れたところが、日当たりの良い草地になっていた。そこにはタチイヌノフグリ、カタバミ、ハコベ、タネツケバナなどが咲いていた。トウバナとハナイバナも花をつけている。木陰には、ヒメウズ。どれも、見落としてしまいそうなほど小さな花である。
道は再び上り始めた。ヒノキ林が雑木林に変わり、曲輪らしい地形の残る小さな尾根を越えた。
一登りすると西に開けたところがあって、谷を一つ隔てて間近に山頂が見えた。山肌は、樹木の種類ごとにいろいろな濃さの緑に彩られていた。 そこから、山の斜面をトラバースするように道がついていた。点々と落ちている紫は、フジの花。タツナミソウが咲いていた。
方向を変えて斜面をつづらに上ると、城山とその東の230mピークとの間のコルに達した。
急な坂が続いた。短いクサリが連続している。クサリ場を越え、さらに登っていくと見晴らしの良いピークに達した。 ここは、田野城の本丸跡の東の端。丸く切り開かれていて、地元の人が登ってくるのは普通ここまでである。 東に開け、田野や中仁野の集落や田んぼが見渡せる。平野の中に、甲山が低くこんもりと盛り上がっている。その手前を、市川がゆるくうねるように流れていた。
田野城は、十四世紀初めの頃、赤松円心の旗下であった堀氏が築いた。当時は今部城と呼ばれ、天正五年(1577)秀吉の中国征伐によって落城した(登山口近くの説明板より)。 『播磨鑑(1762)』には、「田野城山 東西廿間 南北五間 西ノ丸 東西廿三間 南北六間」とある。この本丸と、もう一つ西ノ丸があったわけである。 西ノ丸跡へは道がなく、ササを分けて尾根を進んだ。しばらくは平坦な本丸跡が続いた。 モチツツジの花に埋まったところから下って、小さなコルを越して一登りすると西の丸跡に達した。こちらの方が、本丸跡より少し高い。 地形図の221m地点、田野城山の山頂である。ソヨゴの木の幹に「田野城山」の山名プレートが一つ掛けられていた。 アラカシやアベマキやコナラに囲まれた静かな山頂。木々の間から、北に遠く笠形山が見えた。
1時間半ぐらいで行って帰った二人の小さな山歩き。 家に帰って、お好み焼きを食べ、ビールを飲んで、それからうとうと夢の中へ。
山行日:2020年4月29日
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| 練金(ねりがね)下池手前の登山口〜田野城本丸跡〜田野城西ノ丸跡(田野城山山頂 221m) |
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| 香寺台の団地から須加院に抜ける峠道にさしかかったところに、練金(ねりがね)下池がある。ここに「田野城跡」の案内板が立っているが、その手前20mぐらいのところが登山口。 そこから本丸跡まで、明瞭な道がつけられている。本丸跡の手前は急峻な尾根道で、何本もの鎖が固定されている。 本丸跡から山頂(西ノ丸跡)までは道がなく、ササや灌木を分けて進む。尾根をいったん下り、コルから登り返すと山頂に達する。 |
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| 山頂の岩石 白亜紀後期 広峰層上部 角礫岩 |
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登山道に入ったところでは細粒砂岩が見られ、それがやがて頁岩に変わる。標高100mあたりからは、角礫岩となり、これが山頂付近まで続く。 角礫岩の礫の種類は、砂岩に限られている。礫の砂岩は、暗灰色〜淡灰色で、珪化していることが多く硬い。礫の大きさは数cmのものが多いが、一部で30cmに及ぶものも見られた(写真左)。 今から8000万年前の頃、恐竜全盛期の白亜紀という時代、このあたりで大規模な火山活動があった。 地下から大量のマグマが噴出したので地面が陥没し、カルデラという地形がつくられた。 火山活動はその後も続き、カルデラの中は火砕流による堆積物で埋められたが(広峰層下部)、火山活動が収まるとその上に水がたまって湖をつくった。 ここで見られる角礫岩は、その湖の底に堆積してできた地層(広峰層上部)の一部である。 |
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