蘇武岳周辺@      豊岡市               25000図=「栃本」

蘇武岳周辺、巨木の森へ

トチノキ(幹周り583cm)

1.ブナの森へ

 5人を乗せた軽トラは、激しく揺れながらスキー場の中の荒れた道を上っていった。

 ゲレンデの上部から工事中の林道に入ったが、その道は途中でパワーショベルによってふさがれていた。車をその手前に止め、ここから歩き出した。
 道からは、谷を隔てた向こうの山の斜面がよく見えた。谷や斜面のところどころに、スギのとがった頭が広葉樹にうずもれるよう立っている。植林したスギが放置され、それが広葉樹に取って代わられているのだ。

 今回、ここで巨木を調査するのは、植物の研究者、橋本光政さん。これまで、兵庫の植物に関する研究成果を数多く発表している。これに、私も同行させていただいた。

 林道を上り、傾斜が緩くなったところで小さく切り開かれた尾根上の地点に達した。
 尾根のわずか下、北に面した斜面に、ブナ林が広がっていた。どの木も根元が下に向かって大きく曲がっている。この辺りは、兵庫県でも有数の多雪地帯。曲がった幹は、雪の重さに耐えながら育つ但馬のブナの姿である。

 この中に、数本の巨木が立っていた。
 幹は人の胸あたりの高さで、幾本にも分かれて上へ複雑に曲がりながら伸びている。冬には根元の主幹が雪に隠れ、分枝した幹が雪の下で1本につながっていることがすぐには分からなかったという。
 株元の空洞を覗き込むと、不定根が地面に向かって伸びていた。

 木の太さ(幹周り)は、地面から1.3mの高さで測ることになっている。しかし、樹形が複雑なため、巻尺のあて方によってかなり大きな差ができる。それでも、3人、4人がかりで1本目、2本目と測ってみた。
 3本目は一部が風によって倒れていたが、その部分を復元すると胴回り840cmと推定された。
 しばらくして、ブナの木を中心とした10m四方の植生調査が始まった。尾根の切り開きによって、光がそれまでよりも差し込むようになり、植物の種類もずいぶん多いと橋本さん。

 私は、地元の方からからいろいろな話を聞かせてもらった。
 戦後、薪を取るためにこの辺りの山の木もずいぶん切られた。尾根に近いこの地点は、そのときの伐採からまのがれた。そして、大規模なスギ・ヒノキの植林が始まったが、スキー場にはさまれたこの区域には植林が及ばなかった。スキー場の開発が、皮肉にもこのブナを守った……。話は続いた。
 木漏れ日の揺れる林間に、アサギマダラが優雅に舞っていた。

ブナ(幹周り674cm) ブナ(主枝が1本倒れている)

2.カツラ、トチノキの森へ

 昼食後、別の谷に入った。

ミゾホウヅキ

 道の途中に車を止め、渓流に沿った小道を南に歩いた。
 谷の向こうにヤブデマリが真っ白な花を付けている。オオバアサガラは、白い小さな花を房状にぶら下げている。足元には、ヒトリシズカやカニコウモリが葉を広げ、流れの岩間では何というカエルなのか「カッ、カッ、カッ」と鳴いていた。
 谷の左手に切り立った崖が現れ、沢にかかる小さな滝を過ぎると、杉林に入り込んだ。その杉林を抜けたところが谷の出会いで、ここに大きな古いカツラが2本立っていた。

 カツラの下で、しばらく休んだ。
 流れの傍には、ミゾホウヅキが鮮やかな黄色の花をつけ、ミズタビラコが紫色の小さな花を咲かせている。ウワバミソウは、カタハとかミズブキと呼んで食べるのだと教えてもらった。
 見上げれば、カツラの葉が陽を透かして美しかった。

2本のカツラ カツラの巨樹

 出会いから、左手の小沢を上った。自然林の中を沢のつるつるすべる岩を渡りながら上っていった。
 少し進んだところで、沢のすぐ左に踏みあとがあった。この踏み跡は、かつてこの上にあった金山への道の跡だそうである。今でもそこには、40以上もの掘り跡が残っているという。
 カニコウモリが、薄緑の実を2つ3つ付けていた。谷の中はしっとりと湿り、サカゲイノデやジュウモンジなどのシダが葉を大きく茂らせている。樹上だけが、陽を透かせて明るかった。

 やがて、カツラとトチノキの巨木の森が現れた。
 沢の大きな岩を根元に抱え、Uの字のようになってそこから枝分かれしたトチノキ。辺りには、コケに覆われた岩が累々と重なる岩塊流。その左斜面に、特に大きなカツラとトチノキが立っていた。
 一番大きなカツラは、7本のひこばえになっていた。ひこばえの中の空間にも入り込んで、巻尺をまわすと幹回りは10mを上回った。

 そして、そのカツラの上の斜面には、トチノキの巨木。樹幹はごつごつと盛り上がり、樹肌はコケにおおわれて幾多の年月を刻んでいる。四方に曲がりくねりながら張り出した枝振りは、雄雄しくて生命力に満ち溢れている。
 風格あるその姿に「立派だあ。」「やぱっり、これは大きいわぁ。」「格好がいい木だぁ。」と、みんなでため息をついた。真下から見上げると、樹冠が空をおおい木漏れ日が薄く葉を透かしていた。

 帰りに、カツラの下の流れでワサビを採った。このワサビは、しばらく我が家の食卓にあって、この森を思い起こさせてくれた。

トチノキを見上げる カツラ

山行日:2006年6月10日
■山頂の岩石■ 新第三紀中新世 北但層群村岡累層 安山岩・頁岩・砂岩

 ブナの森、カツラとトチノキの森とも、北但層群村岡累層が分布している。
 
 ブナの
森への林道(工事中)には、初め安山岩が表れ、ついで砂岩が表れた。

 カツラとトチノキの森への渓流にそっては、2本のカツラの周辺には黒色の頁岩が表れた。カツラとトチノキの森には、安山岩の露頭があった。岩塊流の岩質も、この安山岩である。

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