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猿尾滝はラコリスにかかる (香美町村岡区) 猿尾滝(さるおだき)は、妙見山の北西山麓にあたる香美町村岡区日影にかかっています。落差60m、「日本の滝百選」にも選ばれている美しい滝です。 地質学的も有名であり、この滝のかかっている岩石は「猿尾滝ひん岩」と呼ばれています。この岩体は、岩脈として貫入したと考えられていましたが、2017年になって岩脈ではなくラコリスであることがわかりました。 当サイトも、2002年にこの岩体を岩脈として紹介していましたが、これを修正し全体を書き直しました。 1.猿尾滝 国道9号線を北に進み、日影集落北の交差点で作山川に沿った県道に入ります。そこから約1km進むと、道に「歓迎 名勝 猿尾滝」の横断幕がかかり、その手前に駐車場がありました。 猿尾茶屋は閉まっていましたが、猿尾滝を案内するチラシが置かれています。このチラシの裏面が楽しい。 「猿尾滝の七不思議」とあって、マップとイラストで紙面が埋まっています。どれが七不思議なのかわかりませんが、「いろんなご利益があると・・・と ウワサがウワサを呼んでいるココ猿尾滝。その真相は滝の中に見え隠れする仏像たちにあったんです!」と、 滝の中に見える、①観音様 ②仏様 ③マリア像 ④岩ザル ⑤3人のマリア像 のイラストが描かれています。チラシを片手に、滝に向かいました。 駐車場から滝の入口まではすぐです。滝は作山川に注ぐウナガ滝川にかかっています。 入口には、「日本の滝百選 猿尾滝」の看板や案内板、石碑などが並んでいます。もうここから、紅葉の進んだ木々の中に猿尾滝が見えました。 猿尾滝は、「猿尾滝ひん岩体」で形成された落差60mの滝です。上下2段に分かれていて、落差は上段39m、下段21m。下段の流れが猿の尾に似ていることからこの名前がつきました。 ブナ、モミジ、サクラ、ケヤキ、マツなどの自然林との調和が美しく、春は新緑の滝、夏は納涼の滝、秋は紅葉の滝、冬は氷壁にその姿を変えます(現地案内板より)。 案内板の中で、以前は「猿尾滝ヒン岩脈」と書かれていたところが「猿尾滝ヒン岩体」と修正されていました。 遊歩道は、落ち葉が積もりオレンジ色に染まっていました。道の右側を滝から落ちた水が流れています。川底はなめらかな一枚岩で、ウォータースライダーのように水が滑り落ちています。
道は下段の滝に行く道と上段の滝に行く道とに分かれています。まずは、下段の滝へ向かいました。 下段の滝は、一筋の水がなめらかな岩肌の溝を一気に流れ下っています。水は、三角形の形をした滝つぼに勢いよく落ちて、白い水しぶきを上げていました。滝のこの姿・・・猿のしっぽに似てるかな?
ここから上段の滝もよく見ます。そうだ、チラシの中の仏像たちを探してみよう!双眼鏡を取り出して、上段の滝の岩の形とチラシの絵を比べてみました。 滝手前右の黒い岩が、④岩ザルにちがいありません。②仏様もよくわかります。③アリア像は、少し絵とはちがうように見えるけどあれかな?①観音様はこのときわかったつもりでしたが、写真の中ではなぜか見いだせません。⑤3人のマリア像はたぶんあの辺り・・・
分岐に戻って、今度は上段の滝をめざしました。急な斜面を登りますが、手すりの着いた遊歩道が整備されていて、安全に登れます。 上段の滝は、勢いがあって迫力があります。滝の岩がごつごつしていて、落口から飛びだした水が岩角に何度もぶつかりながら飛沫を上げて落ちていました。 ここからは近すぎて、チラシの中の仏像たちはわかりにくいようです。でも、①観音様はよくわかりました。 しばらく滝の姿に見とれていました。振り返ると、滝で生まれた小さな水滴が光を浴びてキラキラ光りながら横に流れていました。 このとき気づかなかったのですが、撮った写真を見ると滝つぼの上に虹がかかっていました。
2.猿尾滝ひん岩 猿尾滝に分布している岩石は、「猿尾滝ひん岩」と呼ばれています。ひん岩とは、安山岩質の半深成岩をさす岩石名です。斑晶と石基からなる斑状組織をしていて、岩脈などの貫入岩にこの名前が用いられることが多いようです。 最近では、半深成岩の名前はあまり使われなくなり、それにともなってひん岩の名前も使われなくなりました。したがって、猿尾滝の岩石は安山岩とした方がいいのかもしれませんが、「猿尾滝ひん岩」の名前が定着しているのでこれを用いることにします。 猿尾滝ひん岩は、滝の下のウォータースライダーのようになった岩盤で観察できました。緻密で硬い緑灰色の角閃石ひんです。 斑晶として、長柱状の普通角閃石(最大4×1mm)と板状の斜長石(最大2×1.5mm)が含まれています。 同じ岩石は、上段の滝の下でも観察できました。
滝の上段の岩石は、ひん岩とはちがって閃緑岩です。今回は、転落防止のため滝つぼの手前で立入禁止となっていたので観察や採集はできませんでした。 下は、2002年に採集した閃緑岩です。完晶質で一つひとつの鉱物の粒が大きく深成岩だとわかります。主に、斜長石・黒雲母・角閃石からなっています。
この閃緑岩の岩体には、縦と横の節理がやや不規則に細かく入っています。そのため、上段の滝は割れ目が多く岩肌がごつごつしてしています。 この節理による割れ目が、滝の飛沫を生み出し、滝に見られる仏様などの造形をつくり出しています。
上段の滝に向かう遊歩道では、やや細粒の閃緑岩が見られました。風化が進んでいるので、はっきりとはわかりませんが、ひん岩と閃緑岩の中間型の岩石のように見えます。 ひん岩と閃緑岩は同じ岩体の岩石だと考えられます。貫入したマグマが周縁部で速く冷え固まるとひん岩になり、中心部でゆっくりと冷え固まると閃緑岩になったと考えられるのです。ただ、このような説明も岩相のちがいを岩体の分布や形と合わせて考えないといけないので、さらなる検討が必要なのかもしれません。 3.猿尾滝の岩体はラコリス 猿尾滝の岩体は、かつては岩脈と考えられていました。それが、2017年に出た論文、羽地ほか(2017)によって岩脈ではなくてラコリスであることがわかりました。 マグマが地層や岩石中に入りこむことを貫入といい、貫入して固まったものを貫入岩体といいます。貫入岩体は、その貫入のしかたや形態によって分類されています。代表的な貫入岩体に岩脈(dyke)、岩床(sheet・sill)、ラコリス(lacolith)があります。 岩脈は、マグマがまわりの岩石や地層を切って貫入し板状になった岩体です。 岩床は、マグマが地層面にほぼ平行に貫入し板状になった岩体です。 ラコリスは、水平に近い地層の間にほぼ地層面に沿って貫入し、上の地層を押し上げて「そなえ餅」のような形になった岩体です。
貫入岩体の種類を決めるのは、野外での地質調査において岩体の形や母岩(周囲の地層や岩石)との関係を調べる必要があります。しかし、実際には観察できる露頭が限られていて、そんなに簡単ではありません。周囲と種類のちがう火成岩が1ヶ所や2ヶ所見られると、岩脈と判断してしまう場合がよくあります。 羽地ほか(2017)では、まず、この岩体がそれまで公表されていた地質図ごとに異なっている点に疑問をもちました。そこから、この岩体の分布と母岩の構造を約2年かけて調べました。 この論文で、作山川に沿って約2kmに渡って露出しているこの岩体は「作山ラコリス」と名づけられました。 岩体の上面がゆるく盛り上がって飛行機の翼に似た形をしていることや、母岩の北但層群村岡層の頁岩の層理面が岩体との境界面と調和的であることから、この岩体が岩脈ではなくラコリスであることがわかったのです。 同じ論文で、この岩体から分離したジルコンを用いて年代測定がされ、約1600万年前の年代が得られました(U-Pb年代で16.1±0.7Ma、フィッション・トラック年代で15.7±01.2Ma)。 1600万年前というと、日本海が開き日本列島が今の位置にほぼ定着したころです。この頃、日本列島にどのような力がはたらいてどのような火成活動が起こったを知る上でも、作山ラコリスを明らかにすることは大切なことなのです。 引用文献 羽地俊樹・山路 敦(2017) 兵庫県北部,山陰海岸ジオパーク猿尾滝付近の中期中新世ラコリス.地質学雑誌,123,1049-1054. ■岩石地質■ 猿尾滝ひん岩 新第三紀中新世 |