三 の 丸 @ (1464m)   波賀町・大屋町・若桜町   25000図=「戸倉峠」「氷ノ山」 

ブナ林調査隊、氷ノ山三の丸へ
写真上:チシマザサの海(三の丸山頂、赤い屋根は避難小屋)
写真右:ブナの木の下で(殿下コース)

 車は、「やまめ茶屋」から林道を上っていった。夏だというのにスタッドレスタイヤを履いた車は、でこぼこ道による振動を増幅させ、シートベルトもストッパーが作動して伸びてこない。たどり着いた殿下コース登山口には、もうすでにたくさんの車が止まっていた。ハイカーに混じって、補虫網を持った人や、白衣を着た人がいる。なぜか、パトカーまで止まっていた。
 我々8名は、ブナ林の定点観測を目的にやって来た。この観測は、氷ノ山に残された貴重なブナの調査と保護のために20年前に始められた。その中心は、長年にわたっていろいろな地域の植物を研究されその結果を著書などに著されている橋本光政さん。
 橋本さんの呼びかけで、樹木の専門家、キノコの専門家、営林署の職員、高等学校の生物の教師……と、多彩なメンバーが集まった。私も、なぜかやっぱり岩石ハンマーを腰に下げて参加した。

 殿下コースは、急な坂道から始まる。林は、ブナに多様な植物が混じっている。登山道に沿って、シラカバに似た樹肌のミズメが入り込んでいる。
 「この木は、ヨウジュでね……。」
 「へぇ、まだ幼樹?」
 「いや、その幼樹ではなくて日が当たるところに生えやすい陽樹で……。」
 今井さんが優しく教えてくれる。今日は、まわりの誰もが植物に詳しい。そのミズメの枝を折ってみると、サロメチールのにおいがした。
 シナノキの葉は、ハート型。枝に弾力があってよくしなるので、この名前がついたとか。見上げると、大きく樹上に広がった葉がほとんど空を隠している。この木にミツバチを離すと、良い蜜がとれると今井さん。
 オオイタヤメイゲツの11裂した葉。「きれいだ。」「名もいい。」「葉書なんかに貼るのもええなぁ。」などと口々にして、この木を見上げた。「天ぷらにしたらええぞ。」とも……。
 キハダの樹皮をむくと、黄色の内皮が出てきた。その内皮をはがしてかじってみると苦かった。胃腸薬になるそうで、今日は何を食べてもこれで大丈夫。
 オオキツネタケにツリガネタケ、その他初めて聞くキノコの名前。キノコの専門家は、バスケット片手に優雅である。
 あちこちにヤマアジサイの青紫色の花が、清楚に優しく咲いていた。

シナノキを仰ぐ 定点観測点のブナ林

 傾斜の緩くなった登山道を上っていくと、木の種類はしだいに少なくなって、やがてほとんどブナの純林といえるような林となった。そのブナも標高1300mあたりで途絶え、あたり一面がチシマザサでおおわれた。
 
合流した坂の谷コースを下って、もう一度ブナの樹林帯に入り定点観測点を探した。この定点は、人の影響をもっとも受けにくい所に設定されているというだけあって、登山道から大きく離れている。チシマザサをかき分け、かき分け、小さな流れを二つ越えて、ようやく現地にたどり着いた。
 ブナの幹の太さを測ったり、ブナ以外の植物の種類を調べたり、チシマザサの密度や更新を調べたりする。チシマザサをかき分けての調査はなかなかハードであった。初参加の私はほとんど戦力にならない。せめて、足手まといにならないようにしなくては……。

チシマザサの中を三の丸へ
 
 調査終了後、せっかくここまで来たのだからと、三の丸に向かうことになった。背丈を軽く越えるチシマザサの中の登山道を、一列になって緩く上っていく。営林署のヘルメットの下で鳴る、クマよけの鈴の音があたりに響く。道沿いのササの下には、イヌツゲとノリウツギの幼い木。
 赤い三角屋根の三の丸避難小屋は、新しく上塗りされたペンキがまだ匂っている。そのすぐ先が、三の丸山頂であった。氷ノ山山頂まで2.4kmのこのピークは、播磨の最高峰である。

 丸太で組まれた展望台に上った。
 あたり一面、チシマザサでおおわれている。その緑の海原の中に、点々とダイセンキャラボクの深緑が染みている。
 東の谷からすべり上がってくるガスが、氷ノ山山頂を隠していた。しばらくすると、そのガスにぽっかりと小さな丸い穴が開いて、稜線上に千本杉が見えた。そのガスの穴はゆっくりと氷ノ山山頂に向かって動いたが、山頂に達する前に再び閉じてしまった。

 誰もが、このあと予定されていた第2地点、第3地点の定点観測のことを忘れ、山頂を緩く吹き抜ける風に身をまかせていた。

写真左:三の丸から氷ノ山山頂を望む
写真右:三の丸山頂


山行日:2003年7月27日

山 歩 き の 記 録

行き:殿下コース登山口〜(殿下コース)〜坂の谷コース合流点〜ブナ林定点観測点〜坂の谷コース合流点〜(坂の谷コース)〜三の丸
帰り:三の丸〜(坂の谷コース)〜坂の谷コース合流点〜(殿下コース)〜殿下コース登山口

 国道29号線を北上。波賀町堀の交差点を右折し広域基幹林道に入ると、すぐに「やまめ茶屋」に着く。ここで、調査員8名が揃った。今井さんの車に乗せてもらい、林道をさらに進んでいく。「坂の谷コース登山口」を過ごし、さらに深く山中に入リ込むと播但国境(中央分水界)のすぐ手前にある「殿下コース」登山口に着いた。ここには、広い駐車スペースがあって、すでに多くの車が止まっていた。
 殿下コースを上り800mほど進んだところが、坂の谷コース合流点である。坂の谷コースを少し下ったところで登山道脇のチシマザサにもぐりこんで、ブナ林定点観測点まで分け入った。
 定点観測後は、坂の谷コースを上って三の丸に達した。

   ■山頂の岩石■ 新第三紀鮮新世  氷ノ山安山岩

 三の丸には、今からおよそ250万年前(新第三紀鮮新世後期)の火山活動による岩石が分布している。安山岩質の溶岩を主とし、それに火山灰や軽石、火砕流堆積物の層を挟んでいる。 この安山岩質溶岩を主とする岩石は、戸倉峠の北から始まり、三の丸、氷ノ山山頂、鉢伏山、瀞川山へと続く稜線付近に広く分布している。
 今回、岩石を調べる機会はあまりなかった。定点観測点付近の小沢の転石は、ほとんどが白く変質した長石の斑晶が目立つ安山岩であった。どの岩石も、風化による変質が進み、褐色や紫がかった灰色をしている。

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