扇ノ山(1309.9m) 鳥取県国府町・八頭町・若桜町 25000図=「扇ノ山」
名残の冬に咲く樹氷
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| 小ズッコのブナの樹氷 |
午前3時半起床。4時に外に出た。南の空に月齢18の月が明るく、その近くにスピカが青く光っていた。
生野峠を越えると道路が濡れ、凍結防止剤をまく作業車とすれ違った。9号線に入り関宮交差点を過ぎると、白く染まった山が薄明に浮かび上がってきた。但馬はこの日、冬に戻ったかのようだった。
海上の集落を抜けたところに車を止め、スキーにシールをはって歩き始めた。午前7時。道路には、昨日降った新雪が15cmほど積もっていた。
林道の傾斜は緩い。キツネの足跡が林道の先からこちらへ、真っ直ぐに下ってきていた。右下に沢音が大きくなった。「桂の滝・シワガラの滝」の標識が立っている。別のキツネの足跡が林道を横切って、滝の方へ下りていた。
道は、標高600mを過ぎたところでヘアピンに曲がって沢を離れた。雪は少しずつ深くなり、スキー板が雪にもぐり始めた。
あたりは一面の雪景色であるが、もう真冬の厳しさはなかった。西には谷を二つ隔てて県境尾根が伸び、その尾根を朝日がまぶしく照らし出した。
近くでウグイスがさえずった。ヤマガラの少し間延びしたさえずりが、谷を渡ってきた。
道路脇の斜面から小さな雪玉が次々と転がり落ちては、傾斜を失ったところで止まった。枝先に積もった雪がときどき風に吹き飛ばされて、舞い落ちてきた。
今度は、シジュウカラが枯れ枝を忙しく渡っていった。ガードレールの下の草に一羽の鳥が降りたので、双眼鏡でのぞいてみると、頭の上が小さく赤い。初めて見るベニヒワ(雌)だった。
長い長い林道歩き。あまり立ち止まっていると、山頂まで行き着けない。もうこのあたりから、ひたすら登っていこう。
上山高原の入口にさしかかると、地形が急に開けた。空は快晴。高原に広がる雪は、陽光を浴びてつややかに光っている。若いブナやミズナラは、雪面に細い影を平行に落としていた。
眺望の開けたところで、北を振り返った。昨年一緒に登ったTさんに教えてもらった展望ポイント。牛ヶ峰山とその北西の山塊(点名鐘尾)が並んでいる。牛ヶ峰山の左には、遠く東浜の海岸が見えた。
高原を進むと、丸く盛り上がった上山のドームが大きくなってきた。その白く光る上山に次々と雲がかかり、そして足早に流れていった。
「雲無心」の石碑を過ぎ、避難小屋の脇を抜けると、道は方向を東に大きく変えて、西ノ丸(1015m)の下の杉林へ入っていった。スギはまだ雪をかぶっていた。近くを通ると、その雪が解けて木の下へ流れ落ちる音がビチビチと聞こえた。
西ノ丸を回り込み、ショウブ池の上まで来ると前方が開けた。小ズッコから大ズッコへ稜線が伸びている。稜線上にはブナが並び、樹氷に白く縁取られた樹冠が空の青と接していた。大ズッコの先には、扇ノ山の山頂が小さく見えた。そこまでは、まだはるかに遠かった。
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| 上山 |
ショウブ池あたりから扇ノ山を望む
山頂は、写真中央のやや左 |
道は、凍って雪に覆われたショウブ池の北側を曲がりくねってついていた。傾斜はないのに雪がシールに着いて重い。何度か立ち止まって息を整えた。ふと見上げると、一本の古いミズナラが空に向かって大きく枝を広げていた。
林道と別れ、小ズッコから下っている尾根にとり付いた。ブナ、ミズナラ、スギの間を縫って登る。急斜面にシールはよくきいたが、相変わらず雪が重い。体力勝負。
斜面を登り切ったところに、三角屋根の小ズッコ小屋が建っていた。小屋の周りのブナは、樹氷に白くおおわれていた。細かく分かれた枝先に付いた樹氷は、青空を背景に繊細な模様を描いている。樹氷が解けたところからは、オレンジ色に膨らんだ冬芽が顔を出していた。
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| 雪に立つミズナラ |
ブナの芽ふくらむ |
小屋からブナの間を進むと、尾根の西に広がる大雪原に出た。ブナ林に沿って、雪原を南にまっすぐ進んだ。左には豪華に装飾された樹氷の林、右には白く広がる大雪原。雪原の向こうにもブナが列をなして並び、その前で数台のスノーモービルが遊んでいた。
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| ブナの樹氷 |
大雪原の向こう |
小ズッコを越えたところで、再びブナ林の中に入った。樹氷が解けて、絶えず氷がバラバラと落ちてくる。落ちた氷は、雪面に線状の模様を無数に彫り込んでいた。
ブナの尾根は、長く続いていた。ところどころに天然のアシュウスギが雪をかぶって立っていた。ゆるく上っていた尾根が傾斜を増した。ここを登ると、台地状の大ズッコに達した。大ズッコは、シールをつけたままボーゲンでズリズリと滑り降りた。
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| 小ズッコあたりのブナの樹氷 |
ブナ林の中 |
最後の登り……。雪が深く、ブナの木もまばらになってきた。傾斜が急になると、斜面に曲線を描くように登った。登り詰めたところに、見覚えのある扇ノ山山頂の避難小屋が建っていた。13時30分。歩き始めて6時間30分が経っていた。
山頂の積雪は3mほど。スキーをはずして、小屋に入った。小屋の周りに新しい足跡があったが、中にはもう誰もいなかった。小屋の2階は、四方に広いガラス窓が張られている。
東には、三川山から蘇武岳、さらに妙見山と但馬中央の山並みが稜線を長く引いている。
南には氷ノ山が大きく、山頂から右へ長く尾根を伸ばしている。その尾根をずっと追っていくと、遠くに東山が端正な三角形で乗っていた。
西には、山頂に立つブナの木の下に鳥取市街がかすみ、北に大きい大ズッコはブナの冬芽のオレンジに彩られていた。そのずっと先に日本海を探してみたが、低くかすむ山並みの上は青灰色に濁っていて、海と空の境目が分からなかった。
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| 扇ノ山山頂へ |
山頂から氷ノ山を望む |
小屋の中でゆっくりと休んでいる時間はなかった。
シールをつけたまま大ズッコまで登り、そこでシールをはずした。ブナにぶつかりそうになって何度か転び、傾斜がなくなったところはストックで押さなければならなかった。小ズッコ小屋からは、スキーをかついで尾根を下った。
林道に達してからも、上山高原を抜けるまでは傾斜があまりなくスキーはなかなか滑らない。やっと滑り出したと思ったら、雪が解けてアスファルトが現れていた。またスキーを担いで林道をよたよたと車まで下った。車着、16時58分。
山行日:2009年3月15日