扇 ノ 山 (1309.9m)                鳥取県国府町・八東町・若桜町   25000図=「扇ノ山」

残雪にブナの芽燃え立つ

ショウブ池付近より望む扇ノ山
中央が大ズッコ、その左奥に扇ノ山山頂が見える
扇ノ山山頂


 兵庫県と鳥取県の県境に立つ扇ノ山(山頂は鳥取県)は、遠くはるかな山である。蘇武岳から、氷ノ山から、あるいは後山からこの山を眺めたことがある。すそ野にはいくつもの谷が刻まれた平原が広がり、その平原の森は深々と黒くて安易には人を寄せ付けない雰囲気が漂っていた。

 夜明け前に家を出た。天頂近くの夏の大三角形、西に大きく傾いたアルクトゥルス、南中を過ぎたアンタレスは、季節の移ろいを教えてくれ、そして今日の好天を約束してくれた。

雑木林の朝

 温泉町海上の集落を抜け林道を南に進む。「シワガラの滝」入口からは、残雪が林道を塞いでいた。ここに車を止めて、林道を先へと歩き始めた。
 すぐに林道から分かれ、雪の下には
小径がついていると思われる浅くて小さな谷を遡っていった。雪の上には、幾種類かの落ち葉、マツボックリ、何かの木の房状の雄花、小さくはがれ落ちた樹皮などが落ちている。水の音、鳥の声……軽やかな早春の音が響く雑木林に朝日が射し込み、木の影を長く伸ばした。方向を失いそうになったので、再び左手の林道に降りて、延々と伸びるこの林道を進んでいった。

上山高原とミズナラの林

 傾斜が緩くなり、青空に「雲無心」の石碑の立つ上山高原に達した。新雪をのせた雪の丘が緩やかに波打っている。ミズナラの若い木が群れ立ち、その枝先の冬芽は樹冠をほんのりとうすオレンジ色に染めている。
 この高原の上にのるドーム状の丘「上山(標高946m)」は、扇ノ山火山が活動したときにできた火山砕屑丘である。扇ノ山は、今から120万〜40万年前の間に、幾度となく噴火し、そのとき何枚もの溶岩が山をおおって形づくられた。稜線部のなだらかな斜面や小ズッコ・大ズッコなどの高まり、あるいは上山高原や畑ガ平などの高原は、流出した溶岩の形をそのまま反映している。

 上山高原を通り抜け、2つの小いさな丘の間を進むと、右下にショウブ池が現れた。雪の解けた部分には、乳白色の氷が三日月形に顔を出している。ショウブ池を半分回り込んだところで林道に別れ、小ズッコ小屋に続く尾根を上った。私を途中で追い越していった2人のスキーのトレイルがずっと雪面に続いている。
 ブナの林を急登して達した小ズッコ小屋の前には、スノーモービルのグループが休んでいた。小屋を過ぎたところで、そのスノーモービルが続けざまに4台、雪面を荒らし騒音と排気ガスを残して私の傍らを通り過ぎていった。

雪原に立つブナ

 小ズッコから大ズッコへ、ブナの林がずっと続いていた。枝先の樹氷は、みぞれのようになって融け落ち、たえずパラパラ、ビチビチと音を立てた。白や薄緑のパッチ状の模様の入ったブナの幹に、枝を透かした春の柔らかい日差しが射し込んでいた。雪は、ブナの木の間を深く埋めているが、幹の周囲は小さくへこんでいる。その穴に足を投げ入れて腰掛け、一本のブナの木と向かい合って弁当を食べた。

 大ズッコの左下には、畑ガ平(はたがなる)が大きく広がっている。針葉樹の黒、落葉樹のうす褐色、雪原の白が帯状に幾層にも重なり、その向こうに仏ノ尾の丸い山体が立っていた。
 大ズッコを越えると、ブナの梢の間から扇ノ山山頂に立つ避難小屋の三角屋根が光るのが見えた。

  大ズッコを下る。どこまでも続くかのようなブナの森。枝先には樹氷を残し、全体の色調はうす灰色に沈んでいる。しかし、振り返ってみてびっくりした。
 ブナの枝先には褐色の冬芽が現れ、それらが集まって赤褐色の暖色となりあたり一面を包んでいた。見る方向によって、こうまで違って見えるのは樹氷の付き方・融け方によるのだろうか。山頂とのコルから振り返り見上げた大ズッコは、赤く燃え立っていた。

樹氷咲くブナの森 ブナの芽燃え立つ

 山頂への最後の上りは、ザラメの斜面を踏み込んで進んだ。傾斜がようやく緩くなった雪面の先に、山頂避難小屋が建っていた。避難小屋の周囲は雪が掘られていた。上から覗き込んでみて、積雪が4、5mあることが分かった。冬の大陸からの北西季節風は、日本海の海上で湿った空気をたっぷりと吸い込み、それがこのあたりの山にぶつかってから但馬に流れていく。そのとき、ここに大量の雪を降らせるのである。
 靴を脱いで2階へ上がる。河合谷から登ってきたという山スキーの3人組が食事をしていた。

 避難小屋の四方の広い窓からは、東西南北の眺望が開けていた。東に、三川山・蘇武岳・妙見山が緩やかに稜線を引いて連なっている。南東には、偉大な尾根をおおらかに伸ばした氷ノ山。さらに、三室山・後山・東山(とうせん)……。水平方向は、白くかすんでいたが、小屋を出て見上げた空は一片の雲もなく、青く澄んでいた。

山行日:2003年4月6日

山 歩 き の 記 録

行き:林道海上線「桂の滝・シワガラの滝入口」(Ca.560m)〜上山高原「雲無心」の碑〜ショウブ池〜小ズッコ小屋(1089m)〜小ズッコ(1159m)〜大ズッコ(1273m)〜扇ノ山山頂(1309.9m)
帰り:行きと同じ

 温泉町千谷で国道9号線を南に折れ、海上を目ざす。海上の集落を抜けると、道はそのまま林道「海上線」となって上山高原に向かっている。「桂の滝・シワガラの滝入口」(Ca.560m、地形図「布滝」の少し南)から、残雪が林道を塞いでいた。ここに車を止め、林道を先へ歩き出した。
 670m標高点の東でスノーシューをはき、林道(実線路)から分岐した小さな谷沿いの破線路に入る。その谷はしだいに浅くなって方向を見失いそうになったので、再び左手の林道に降りて、その林道を南に進む。
 上山高原を通過し、ショウブ池を回りこんだところで林道を離れて、小ズッコ小屋に続く小さな尾根を歩いた。小ズッコ小屋を過ぎて県境尾根に出てからは、そのまま主稜線を南へ小ズッコ、大ズッコと越え、扇ノ山山頂に達した。

   ■山頂の岩石■ 雪で観察できず

玄武岩の柱状節理(林道海上線)
 扇ノ山の稜線部やすそ野に広がる上山高原や畑ガ平などの高原には、扇ノ山火山群の活動(120万年〜40万年前)によって噴出した溶岩が何枚も重なって分布している。ただし、扇ノ山の山頂にはその溶岩がなくて、基盤の照来層群小代累層(鮮新世)が分布している(兵庫県 1996)。

 今回は積雪のため岩石の観察はほとんどできなかった。
 
 ショウブ池付近で林道脇の斜面から崩れ落ちている岩石は、粘土鉱物化した斜長石の白い斑点の目立つ風化した安山岩であった。
 また、駐車した林道海上線の「桂の滝・シワガラの滝入口」付近で、輝石・長石の斑晶を含む玄武岩からなる柱状節理が見られた。
 

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