西雄岳(850m)〜三国岳(855.2m) (多可町・神河町・朝来市・丹波市) 25000図=「大名草」
冬枯れの縦走路、加美アルプスから三国岳を経て播州峠へ
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| 清水から加美アルプスを望む |
西雄岳から三国岳を遠望する |
初詣の準備の進む西宮神社。そこで、作業を始めた男性から、ハンターが入るかもしれないと笛を貸してもらった。今日は少し不安もある計画だったが、この親切のおかげでうまくいきそうな気がした。
朝から全天を雲がおおっていたが、歩き始めたときに正面に見える山稜に薄日が射した。薄日に浮かび上がった西雄岳から奥雄岳、そしてその背後の槍ヶ峰にかけての山域は尾根が切り立ち、斜面が崩れて岩盤が荒々しく露出している。ここは、地元の登山愛好家によって「加美アルプス」と名づけられ、三国岳から笠形山への縦走路の一部として登山道が整備されている。
宮前谷川に沿った杉林の中の舗装路を上っていった。「奥山地蔵尊」分岐の小さな広場にはもみじの落ち葉が降り積もり、石積みの祠の中に石仏が祀られていた。石仏を前に足を止めると、背後から沢の音が聞こえた。
標高400mあたりで舗装路は途切れ、そこから細い山道となった。その山道に入ると、すぐ渓に架かる鉄製の簡易な橋が現れた。関電の送電線保守道として架けられたもののようである。渓では清らかな水が岩盤を滑り落ちていた。橋を渡ると、その道は山の斜面を幾度か折れ曲がりながら尾根へ上っていた。
尾根につけられた小道を上った。尾根の右は自然林。アカマツの大きな木が並び、道は茶色に枯れたアカマツの落ち葉におおわれていた。
上っていくと、木々を透かして、谷の向こうに西雄岳・奥雄岳が見え始めた。山の斜面は岩が崩れて荒々しい。
突然その斜面の方向から、ピューという鹿が警戒声が聞こえ、ガレ場を下る激しい音がした。少し遅れて、猟犬の鳴き声。笛を吹いて先を急ぎ始めた私の背後で、銃声が何発か聞こえた。
最初の鉄塔あたりから岩尾根となり、鋭く切れ落ちたところにはくさりが固定されていた。やがて、縦走路の清水分岐(772m)に飛び出した。
ここから、縦走路を北へ向かった。今日2つ目の鉄塔をくぐり、コルを上り返す。道の横にはシャクナゲが多くなってきた。ミヤマシキミが朱色の実をつけている。
急斜面に根こそぎ倒れた木を何本も超えて、西雄岳の山頂に達した。そこは、シャクナゲ、アセビ、シキミが群れるように葉をつけていた。その中心のひときわ高くなった岩の上には、一本の老木が立っていた。枝も樹皮も落として芯だけになりながらもこの頂に立つその木の姿は、この山とここから見下ろす風景に風格を与えていた。
空は厚い雲に覆われていた。北にかすんで見える三国岳は、はるかに遠くに思えた。
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加美アルプス
西雄岳(左端)〜奥雄岳(右端) |
西雄岳山頂 |
岩尾根を東へ進んで奥雄岳へ。奥雄岳で方向を変えて北へと尾根を進む。ヒカゲノカズラが地面をおおっていた。張り出したアセビ、シキミ、ヒサカキなどの枝を分けるようにして、冬に湿った縦走路を歩いた。
越知と鳥羽を結ぶ峠道の通っていた最低コル(Ca.690m)を過ぎると、コナラが多くなっていた。コナラは、もうすっかり葉を落としていた。ネジキの幹をつかんで体を引っ張りあげながら急坂を登ると、「南岳」の山名プレートが立っていた。
ここから、新しい三角点の立つ「中岳」を越して一登りすると、ススキの穂の残る槍ヶ峰の山頂に達した。山頂のアセビの小さなつぼみは、外側だけが赤紫色に色づいていた。
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| ササの中に続く小径 |
槍ヶ峰山頂から、「東かま尾根」と名づけられた急角度の斜面を北東へ下った。木に結び付けられたロープが頼りだった。
ここを下ってしまうと、三国峠まで小さなピークが連続した。九つのそれぞれのピークには、「九ノ峰」から「一ノ峰」までの名がつけられていた。いくつかのピークには、「つばくろ(六ノ峰)」、「おてんしょう(八ノ峰)」などの愛称もついている。四ノ峰あたりから、地面はミヤコザサにおおわれ始めた。ミヤコザサには白い縁取りができていて美しかった。
三国峠からの上りはゆるやかだった。ミヤコザサの間に、よく踏み込まれた道がゆるくうねりながら続いていた。コナラやミズナラの落ち葉を踏みしめて歩く。
やがて、雑木林はヒノキ林に変り、道は木の根道となった。標高820mあたりには平地が広がり、そこには「御手洗池跡」の標識があった。
最後までゆるやかに続く登山道を上り切ると、三国岳の山頂に達した。広く開かれた山頂には、古いものから新しいものまで多くの登頂プレートが掛かっていた。
展望は、南東方向がすっきりと開けていた。正面には、杉原川を隔てて鳴尾山がシルエットになっていた。その右には、竜ヶ岳・篠ヶ峰・大井戸山がそれぞれ大きな山体を重ねている。それらの背後の山々は、もう薄くかすんでいた。
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| 三国岳山頂 |
三国岳山頂から望む鳴尾山 |
播州峠の電波塔が見えた
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三国岳から播州峠までが、ちょっとした冒険だった。
山頂から踏み跡をたどったが、すぐにススキの中に入り込んだ。ススキを分けて東へ進んだ。ススキが途切れると、雑木の急斜面が目の前に現れた。コンパスで方向を定め、落ち葉の斜面を滑るように下りた。うまい具合に、播磨と丹波の国境尾根に乗ることができた。
ここからも、コンパス・高度計を頼りに、現在地をマップに記しながら進んだ。地籍調査の赤い杭も目印になるが、この杭は国境からいくつも分枝しているので注意が必要だった。時々、木々の間から北に立つ粟鹿山が見えた。
トンネルを走る車の音が聞こえ始め、木々の先に電波塔が見えた。三国岳から1時間半ほどで、播州峠に下った。
播州峠にはチェーンが張られ、丹波側の道は落石と落ち葉で埋もれかけていた。峠のお地蔵さんも、祠だけを残してどこかに移されていた。
山行日:2006年12月24日