黒 尾 山 (1024.7m)           一宮町・山崎町     25000図=「安積」

乗越から信仰の山、黒尾山へ

黒尾山(一宮町三林より望む) 黒尾山山頂より北を眺める

 山頂を後にして、シキミの香の匂う中央稜を下った。狭いながらも、明瞭な伐り開きが真っ直ぐ下へ続いている。小さくてあられのように丸い雪が、ぱらぱらと降ってきた。
 雪の深さは、30cmほど。時々、スノーシューの金属が、雪の下の岩を引っかける。落ちた木の枝や枯れたササの茎が、スノーシューに引っかかる。電柱を撤去した跡の丸い中空の金属が、埋もれたまま地表に口を開けている。雪がもっと深ければと思いながら、つまづき落ちるようにして、標高差500mの急斜面を下りていった。

 中央稜から谷に下り、谷沿いの林道を下った。行きよりも長く感じる帰りの道を歩き終えて、車の横で登山靴をほどいていた。すると、先ほどからこちらを見ていたおばあさんが寄って来た。「たいへんやったなあ。ひっさ、きてないなあと心配しよった。」と、話しかけてくる。もう一人、近くの家から女の人が出てきた。冬は雪が積もって大変だから、春になったらまた来たらいいと、何回も誘われた。
 山のふもとの小さな村の暖かい土地柄に触れて、ほのぼのとした気持ちで家路についた。

 1000mを越す山としては、兵庫県で最南端に位置する黒尾山。山の要所に、不動明王、虚空蔵菩薩、行者像が祀られる古くからの信仰の山である。『播磨鑑』には、「山の高さ麓より五十丁 山の形富士山に似たり」とある。土地の人は、「くろうさん」と、「ろ」にアクセントを置いて、この山を呼んでいる。
 その朝、ふもとからこの黒尾山を見上げた。山からの水を集めた流れによって開かれた谷の奥に、黒尾山は雪をまとって高くそびえていた。

不動滝

 乗取の集落のはずれに車を止め、谷の林道を上っていった。登山者記帳所のある二股から、不動滝へのコースをとった。道は狭くなり、長く続いていたスギ林から自然林に変わった。
 雪を載せた谷底の岩塊の上方に、「不動滝」が見えた。黒く光る岩盤の中央を水が薄く広がって滑り落ちている。流れの左右には、氷柱(つらら)が並んで垂れ下がっている。水の飛沫がその氷柱にかかり、氷柱はさらに大きく伸びようとしている。滝の下には、不動明王の古い石仏が祀られ、手折られた新しいシキミの枝が供えられていた。
 日が射したかと思うと、また暗くなって雪がちらつくといった天気であったが、ちょうどこのとき射しこんだ光が滝の上部を照らし、水の流れや氷柱をまばゆく輝かせた。

 滝の左を巻き上がり、しばらくその沢を遡った。やがて、道は左へ折れて斜面をトラバース気味に南へ向かった。西には、揖保川を隔てて暁晴山が大きく対峙している。道の両側にはササが増え、雪の上には幾頭かの鹿の足跡が続いている。鹿の足跡がつくるシングル・トラックは、スノーシューには少々狭すぎた。やがて、急な斜面を上って、中央稜に出た。

虚空蔵尊

 そこから中央稜を少し上ると、大きな岩が特異な形で重なっていた。突き出した岩のひさしの下には祠があって、その中には虚空蔵菩薩が安置されていた。しばらくここで休んだ。いつの間にか、あたりにブナやイヌシデやモミが混じるようになっていた。

 虚空蔵菩薩から山頂をめざした、途中の道標にしたがって行者尊へ立ち寄ることにした。中央稜を離れて、山頂直下の斜面を横に進むと、目の前に褐色の大きな岩壁が広がった。屏風のように垂直に立つ岩壁の下には、太い氷の柱が幾本か落ちていた。上を見上げると、長さ5,6mのツララが何本も下に向かって尖っていた。その岩壁の下ほどのくぼんだ所に、古色に満ちた行者像が立ち、ここにも新しいシキミが供えられていた。

 
行者尊から、ほとんど真っ直ぐに急登すると、黒尾山の山頂に達した。

 山頂は、北風が強かった。空全体に雲が厚く垂れ込めているが、南の
視程はすぐれていた。重なる山並みのずっと向こうに、瀬戸内海に浮かぶ男鹿島の姿が見えた。
 北の空は暗かったが、ところどころに雲の隙間もあった。その雲の隙間から射しこんだ光が、雲の下の湿った空気をレースのカーテンのように銀白に輝かせていた。揺れ動く雲のカーテンの間から、阿舎利山、一山、東山と、近くの山が順に姿を見せては、また隠れていった。

山行日:2003年2月2日

山 歩 き の 記 録

行き:一宮町乗取猪防護柵扉前(Ca.250m)〜林道(実線路)〜二股(黒尾山登山者記帳所、Ca.470m)〜右コース〜口滝〜不動滝〜中央稜(東尾根)〜虚空蔵尊〜行者尊〜黒尾山山頂
帰り:黒尾山山頂〜虚空蔵尊〜中央稜〜「黒尾の名水」取水場〜二股(黒尾山登山者記帳)〜林道(実線路)〜一宮町乗取猪防護柵扉前

二股の分岐

 一宮町乗取から、黒尾山中央稜(東尾根)のとり付き点である二股へ林道が伸びている。林道の入口には、猪防護柵扉があって、車でここを通るには近くの民家の錠保管ボックスから鍵を取ってくる必要がある。車を扉の前に止め、ここから歩くことにした。

 地形図に実線路で記された林道を進むと、1時間程度で二股に着く。ここには、ちょっとした広場が作られていて、「黒尾山登山口」の標識や登山コースの案内板、登山者記帳所が設けられている。ここよりコースは、右コース(破線路 不動滝経由)、中央コース(中央稜)、左コース(破線路)に分かれている。

 橋を渡って、右コースを進んだ。すぐに「口滝」、そのまま沢を遡ると「不動滝」である。道は、不動滝を左に巻き、しばらく沢沿いに歩いた後、左に折れて中央稜を目指していた。
 中央コースと合流して稜線を少し上ると「虚空蔵尊」。ここで、左コースが合流してきている。虚空蔵尊から、そのまま稜線を上り詰めると山頂であるが、途中で中央稜から左にそれて「行者尊」に立ち寄った。行者尊から、そのまま上に登っていくと山頂のすぐ手前で中央コースと再び合流した。

 帰りは、中央稜を下った。中央稜をほとんど下りきった所で、中央稜から離れ、南へ斜面を横切るように下ると左コースの広い道に合流した。合流地点のすぐ上には、「黒尾の名水」取水場が新しく設けられていた。

   ■山頂の岩石■ 流紋岩質凝灰岩 (白亜紀 生野層群中部累層)

 黒尾山には、白亜紀後期の生野層群中部累層が分布している(兵庫県 1996)。

 山頂のすぐ下の行者像のある岩壁は、褐色に風化した流紋岩質凝灰岩でできている。石英・長石の結晶片や、チャートなどの異質岩片を多く含んでいる。岩壁には、水平方向に割れ目が発達している。

 登山者記帳所のある二股や口滝付近には、青色を帯びた暗灰色の安山岩が分布している。緑色を帯びた3〜5mm
程度の斜長石の斑晶が、斑状に多く含まれているのが特徴である。不動滝付近の安山岩には、この斑状の斜長石があまり含まれていない。

 虚空蔵菩薩が祀られた岩石は、細粒の花崗閃緑岩でできている。この岩石の分布は、虚空蔵菩薩周辺に限られている。

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