三の丸B(1464m)  宍粟市・養父市・若桜町  25000図=「戸倉峠」「氷ノ山」


氷ノ山、ブナの森とミズナラ巨木の森(2015定点観測2日目)

ミズナラ巨木の森へ

1 氷ノ山定点観測2日目

 氷ノ山定点観測2日目の朝を迎えた。近くのスーパーで、弁当と飲み物を買い込んで出発。昨日と同じように、車は大屋川に沿った横行渓谷を上った。

 今日の予定は、ブナの森「第1定点」と「第2定点」の植生調査。そして、「ミズナラ巨木の森」の調査である。昨日の調査を無事終えた余裕からか、車内から橋本さんがいろいろな植物を次々と見つける。
 道の上の急な草地にササユリが群生していた。小さな沢に架かる橋のたもとでは、ツルアジサイが満開に。
 緑の中に、マタタビの白い葉が目立つ。サワフタギの花を撮って車に戻ろうとすると、道の反対側にテツカエデ。地面には、ジュウモンジシダ。
 発見のあるたびに、みんなで車から降りて写真を撮って記録した。

ササユリ

2 殿下コースから「第1定点」へ

 結局、殿下コースを歩き始めたのが10時半。登山口からすぐのところに、ミズメの大きな木が立っていた。足元には、タニギキョウやオククルマムグラがひっそりと咲いていた。ツタウルシの巻きついた倒木をくぐった。
 今日はいきなりの急登。オオイタヤメイゲツやシナノキが濃い緑の葉をつけている。幹が隆々と脈打ったブナの大木が立っていた。ツツドリの鳴き声が遠くで聞こえた。

 道が緩やかになった。あたりはミズメの林。若いミズメの幹には、サクラのような皮目が入っている。そのみずみずしい樹肌が、森を明るく彩っていた。
 ウリハダカエデの幹も明るかった。ホオノキが大きく、枝先を見上げるとはるか上に白い花をつけていた。

登山道脇のブナ ミズメの中の登山道

 空に向かって真っ直ぐに伸びる木もあれば、何かの原因で複雑に幹が分かれたり曲がったりして年を重ねる木もある。スギとミズメが根元で合体しているようなものがあった。
 ミズメの根元がいくつかに分かれ、地上で絡み合ってゲートをつくっているのが「仙人門」。大人3人ぐらいがくぐれる大きなゲートの横に、子供用の小さなゲートも。「キリンのようだ。」と橋本さん。角度によっては、仙人門が大きなキリンに見えた。
 仙人門の前に並んで写真を撮っていると、向こうのナナカマドにアカゲラが止まった。

仙人門

 再び急になった道を登っていくと、ブナの林が突然とぎれた。あたり一帯は、チシマザサにおおわれていた。チクセツニンジンが足元で実をつけている。
 チシマザサの中を登っていくと、尾根の登山道に合流した。

 尾根道を北に登れば三の丸だが、私たちは南に下った。
登山道の脇に、見覚えのあるリョウブが立っていた。岩上に根を下ろし、根元から何本にも株分かれしたリョウブである。橋本さんによると、このリョウブは40年前からほとんど変わっていないという。
 しかし今回は、登山道に張り出した枝が何本か切られていた。その中の太い枝の断面には、数えてみると約50本の年輪があった。

岩上のリョウブ

 「第1定点」の入口を見つけて、その前でお昼の弁当に。あたりには、まだ小さなブナの実がたくさん落ちていた。

3 ブナの森「第1定点」

 「第1定点」は登山道から森の中へだいぶん入ったところ。人の影響をほとんど受けないブナの原生林である。チシマザサを分け、小さな谷を2つ越えると、調査エリアの角にたどり着いた。
 うっそうとしたブナの森にロープを張ってエリアを区切り、その中の植物を調査する。高木の種類と分布は前回までの調査で分かっているので、今回は主に林床の植物を調べた。
 落ち葉の中から、コミネカエデやオオカメノキの幼樹が顔を出している。タニギキョウも生えている。林床に10数種類の植物を記録することができた。

ブナの森(第1定点)

4 三の丸へ

 「第2定点」は林道沿いにあるが、そこまで下る前に三の丸に登ることにした。殿下コースの分岐を過ぎると、すぐに三の丸避難小屋。それからも、ずっとササの中を歩いた。
 途中に見晴らしのよいところがあった。チシマザサにおおわれた向こうの尾根が見える。原田さんが指差した方向に、茶色の地面が広がっているところがあった。そこが、ササ枯れの部分なのである。
 今回、三の丸に向かったのは、ササ枯れの状況を見るためであった。原田さんは、長年にわたってブナ林のササの生育の調査をしている。
 ササは、60年に一度全面開花し、そのあと一斉枯死すると言われている。前回の全面開花は1970年なので、次は2030年ということになる。しかし、それとは別に、部分的ではあるがササがこのように部分的に枯れてしまうことがあるのだ。

三ノ丸へ

 チシマザサの中から、ウグイスのさえずりが聞こえて、やがて三の丸にたどり着いた。
 三の丸は氷ノ山の一つのピークともいえるが、ここが播磨の最高地点。私たちは、丸太の組まれた展望台に上った。
 北には氷ノ山が緩やかに尾根を広げている。山頂に光るのは、とがった三角形の山頂小屋。その向こうには、扇ノ山がかすんで見えた。
 展望台の真下には、ダイセンキャラボク。そして、あたりは一面は、ずっとどこまでもチシマザサだった。私たちは、広いチシマザサの海にぽっかりと浮かんでいた。
 

三の丸展望台からの光景

5 ブナの森「第2定点」

 三の丸から下って車に戻り、「第2定点」に移動した。ここは、林道に面した調査エリアである。
 高木は、ブナ、オオカメノキ、ホオノキ、リョウブなど。林床には、シラネワラビ、シノブカグマ、ミヤマシグレなどのシダ植物が多い。樹冠が途切れて、陽の射し込むところにはブナの若樹が生えていた。ギャップ更新の現場である。
 ブナの年齢は、芽鱗痕(がりんこん)でわかると原田さんに教えてもらった。2歳の木で、葉がやっと3枚程度になる。
 樹高50cmほどの細くて小さなブナでも、20年かかっているという。ブナの成長は驚くほど遅い。幼いブナの幹の直径を、一本一本ノギスで測って記録した。

ブナの幼樹

 「第2定点」での調査を終えたとき、原田さんにオトシブミのゆりかご(揺籃)を2つ見せてもらった。ミズメの葉が、円筒形に巻かれている。その一つを広げてみると、驚くほど巧妙に、そしてていねいに巻かれていた。広げた葉の先には、黄色く小さな卵が1つついていた。
 卵を葉に巻くやり方なんて、親に教えてもらったわけでもないのになぜできるのだろう。生物のもつ能力は、本当に多様で不思議である。

オトシブミ2つ

6 ミズナラ巨木の森

 車でさらに南に下ったところが、本日の最終調査地点。橋本さんが昨年発見した、ミズナラ巨木の森だ。
 林道からもチシマザサの向こうに、数本の大きなミズナラが見えた。4人が一列になってササにもぐり、その方向をめざした。
 ミズナラの足元にたどりつくと、一本一本の根回りと目通りを測定した。大きなもので、根回り5m90cm。風格のある大きなミズナラであった。
 測り終えて目を上げると、さらに奥に大きなミズナラが見えた。林道からは見えなかった木である。これは、そこまで行かなければならない。ササを分けてそこまでたどった。

ミズナラの巨木 さらに向こうにミズナラの巨木が

 すると、その奥にまた大きなミズナラが見えた。ササが密生したところは歩きにくく、なかなか前に進めない。ササを分けて歩けないところは、ササを踏んで寝かせ、その上を進んだ。ハードな山歩きになった。ようやく、そのミズナラにたどり着いたと思ったら、またその奥に一段と大きなミズナラが見えるではないか。

 もうどこをどう歩いたのか、全くわからなくなった。しかし、私たちはその木へ向かった。
 そのミズナラは、根回り6m42cm、目通り5m46cm。地面から3mの高さあたりで幹が3本に分かれている。樹肌には縦に深い割れ目が何本も走り、苔むした樹皮がはがれかかっている。その木全体から、長い年月を重ねて生きてきた何か威厳のようなものが感じられた。

最後にたどりついたミズナラ

 このミズナラを測定して、ようやく車に戻ることにした。見通しのきかない深い森の中。コンパスをたよりに、東へ東へとササを分けて進んだ。
 真っ直ぐには歩けないので、どうしても方向が北に南に振れてしまう。何度も、方向を確認した。しかしなかなか、林道に着かない。
 「同じところをぐるぐるまわっている気がする。」と誰かが言った。私も不安になった。とにかくもう少し進んでみようと、気を取り直して歩きはじめたら、突然林道に飛び出した。

7 キハダの樹皮

 これで、2日間にわたる調査が終わった。記念に、橋本さんからキハダの樹皮をいただいた。キハダの樹皮はそのときの鮮やかな黄色に、今は渋みが加わって、私の本棚の隅に立っている。

山行日:2015年6月14日

「兵庫の山々 山頂の岩石」 TOP へ  登山記録へ