氷ノ山D(1509.8m)  養父市・若桜町   25000図=「氷ノ山」


氷ノ山、岩上と湿原の貴重な植物群(2015定点観測 1日目)

湿原のツマトリソウ

1 氷ノ山定点観測2015

 氷ノ山では、1984年から自然の変化を追うために、定点での植生調査が行われている。私は、2003年以来の2度目の参加。
 これまでは真夏に行われることが多かったが、今年は6月の開催。初夏に咲く植物を新たに見られるかもしれないという期待があった。

 1日目は、大段ヶ平から山頂に登り、岩上の「第4定点」と湿原の「第5定点」の調査。2日目は、殿下コースを登り、ブナ林の「第1定点」と「第2定点」、そして「ミズナラ巨木の森」へというのが、今回の予定である。

2 大段ヶ平から山頂を経て第4定点へ

 大段ヶ平登山口に着いたのが、9時30分。いきなり、氷ノ山の大きな山体が目に飛び込んできた。樹林の中に神大ヒュッテ。樹林帯の上には、ササ原が大きく広がっている。稜線上で千本杉の樹影が空と画し、その左に三角屋根の山頂小屋が光っていた。
 あたり一帯には、うす雲を透いて明るい光が降り注ぎ、近くの藪からウグイスのさえずりが聞こえた。

大段ヶ平から氷ノ山を望む

 1日目の参加者は4名。登山口の道標には、山頂まで2.8kmの表示。氷ノ山山頂まで最も短時間で登れるコースである。
 登山道に入ると、ミズナラ林が広がり、林床にチシマザサが生えていた。ササの根元には、タニギキョウが小さな花を開き、そのとなりにミヤマカタバミが葉を広げている。

ミズナラの森

 薄暗く湿ったところには、ギンリョウソウが立っていた。松岡さんが、カメラを地面すれすれにして撮っていた。「中を撮るのが難しくてねぇ。」
 私も下から撮ってみると、花の中の柱頭の先が青い輪になっていた。

ギンリョウソウ

  ナナカマドにウワミズザクラ・・・。今日はいくらでも植物の名前を教えてもらえる。橋本さんに言われたように、ミズメの葉をもむとサロメチールのにおいがした。
 登山道の両側にブナとミズナラが立っていた。「この2つ、よー向かい合って生えとんやねぇ。」と宇那木さん。ブナもミズナラも樹肌が明るく、葉の緑との対照が鮮やかだ。ホトトギスの声が、森の中によく響いていた。
 目の前を小さなチョウがさっと飛んた。「ヒメキマダラヒカゲ。これくらいの標高によくいるチョウだ。」と、松岡さんに教えてもらった。
 タムシバの木があった。カタバミの種類が、ヒョウノセンカタバミに変わった。ミヤマカタバミに比べると、葉に丸みがある。
 植物を見ながら歩いていると、いつの間にか急な上り坂になっていた。エゾノヨツバムグラに、ヒロバスゲ・・・。ヒゴクサとヒメシラスゲの見分け方を教えてもらった。カヤツリグサ科の植物は、よく似たものが多い。ユキザサが咲いていた。

ヒメシラスゲ ヒゴクサ

 木々が途切れて明るくなったところに、大屋町避難小屋が建っていた。小屋の周りは明るく開け、ヒメジョオン、セイヨウタンポポ、ハナニガナ・・・。ここは、町と同じ植物だと思っていると、松岡さんが兵庫では貴重なグレーンスゲを見つけた。

グレーンスゲ

 ヒロハスゲ、シノブカグマ、ヒメモチ。シダ植物やカヤツリグサ科の植物がどんどんでてくる。今度は、カッコウの声が森に響いた。
 ブナの巨木にツタウルシがからんでいた。かぶれては大変と、すばやく通り抜ける。
 トウゲシバ、ミノボロスゲ、ヤマテキリスゲ・・・まだまだでてくる。

 やがて神大ヒュッテについた。ここは、東尾根との合流点。いくつかのパーティが、軒下や横の広場で休んでいた。
 私たちも、ブナの木の下でリュックを下してひと休み。ブナには、ミヤマノキシノブが付いていた。

神大ヒュッテ

 神大ヒュッテからしばらくは、急な木の根道。登山道に表れたブナの根を踏んで登る。
 ヒロハテンナンショウは葉が一枚で、仏炎苞が葉より低い。近くにはホソバテンナンショウも。ナナカマドが、白くて小さな葉を散らしていた。

ヒロハテンナンショウ ホソバテンナンショウ

 千本杉に入った。林床にヒョウノセンカタバミが咲いていた。初めて見る白い花だった。ナルコユリが花をつけていた。
 ブナに実が付いていた。実を採って殻をむくと、やせた堅果が2つ出てきた。10月頃には大きく熟して、野生動物の食物となるだろう。

ヒョウノセンカタバミ

 古千本に入ると、ツクバネソウが咲いていた。
 シナノキは、黄緑色の小さなつぼみをつけている。そのうしろに長いホオが垂れていて、それを見た橋本さんが「かわいい。」と言った。

ツクバネソウ シナノキ

 湿ったところには、登山道の上に木道が敷かれていた。木道の下に一輪のツマトリソウを見つけた。清楚な白い花。葉がほんのりと赤みがかっていた。
 登山道脇にマイヅルソウとニョイスミレの群落。そこを過ぎると、氷ノ山山頂に達した。

ツマトリソウ マイヅルソウ

  梅雨の合間の好天気。週末だけあって、多くの登山者が山頂で憩っていた。陣鉢山や扇ノ山が、近くに見えた。どこかで、「こんな季節に、雪が見れるとは思わなかった。」という声がした。どこに雪がと気になったが、一行は、ひと時も休まずに、反対側へ下りはじめた。

 ブン回しコースの急斜面。大きな石が並べられた登山道を、右へ左へ曲がりながら下っていった。
 ヒロハテンナンショウの脱出口を教えてもらった。仏炎苞の下に穴があればそこが脱出口で、花粉をまとった昆虫がそこから出ていく。脱出口があれば雄花である。
 登山道が何回目かに稜線に戻ったところで、チシマザサの中にもぐり込んだ。稜線上に登山道があったのはずっと昔のことで、道はもうほとんど消えていた。リュックサックに射した調査用の杭が、ササにつかえてなかなか前に進めない。

3 岩上「第4定点」

 それでも何とか大きな岩の上に出た。「第4定点」である。
 岩の頂上部は、アカミノイヌツゲとホツツジに覆われていた。そこに、オオバスノキやダイセンキャラボクが混じっている。ヤマツツジの赤い花が、よく目立った。

 ここで、遅めの昼食とした。目の前が、大きく切れ落ちている。はるか下に登山道を見下ろすことができて、人が行ったり来たりしているのが見える。ときどき、下から岩上の私たちを見つける人がいて、驚いたり手を振ってきたりした。

岩上での調査風景(第4定点)

 お腹も大きくなって、さあ調査開始。しかし、調査エリアがなかなか見つからない。松岡さんが北面の岩を垂直に下って、ようやくその下のテラス上に三角形の形をした調査エリアを見つけた。
 ここに、ロープを張って調査エリアを区切り、その中の植生を調査する。以前の写真と見比べながら木々の間にロープを通していった。
 その写真を誰かに渡そうとしたとき、手から離れて風に飛ばされた。写真はしばらくひらひらと私たちの頭上を舞って、どこかへ飛んで行ってしまった。笑ってしまうような飛び方だったが、あとは記憶をたよりにロープを張った。
 松岡さんが一番下。橋本さんがその上。その上に私。岩の上には、宇那木さんが座って記録していった。

 岩上という特異な環境だけあって、大きな樹木は生えていない。30cmより大きな植物とそれ以下の植物に分けて、種類とその被度を記録した。
 30cm以上では、アカミノイヌツゲとホツツジが多い。ツツジは、日本海型のユキグニミツバツツジ。シモツケが、小さな茶色の実を付けていた。
 30cm以下では、カンサイスゲやナガミイワスゲなどのカヤツリグサ科の植物、ハリガネワラビなどのシダ植物が多かった。

オオバスノキの実 シモツケ

  コケモモが可愛い花をつけていた。オオイワカガミは、花期が終わっていたが、一つだけ花を残していた。岩の割れ目に、イワキンバイがつぼみをつけていた。

 この稜線上に飛びだした大きな岩は風衝地となっていて、この日も絶えず風が吹きつけてきた。レンズの向こうの植物は風に揺れ、なかなかシャッターが押せなかった。
 このような環境であるからこそ、ここに希少な植物が残っていると考えられる。

コケモモ

 「第4定点」をあとにして、石畳を登って再び山頂をめざした。クジュウスゲにオオバショリマ。まだまだ、植物調査の手をゆるめない。コバノイシカグマは、葉脈の織りなす模様が繊細で美しかった。

オオバショリマ コバノイシカグマ

4 湿原「第5定点」

 再び山頂を越して、「第5定点」へ下った。ここは、チシマザサの斜面の下に広がる兵庫でもっとも高所の湿原である。湿原は、ぐるりとネット(防鹿網)で囲まれていた。
 このネットは、ニホンジカの食害から守るため、「南但馬の自然を考える会」や「兵庫森林管理署」が設置したもので、積雪による破損を防ぐために下げられていたのが、毎春雪が解けると引上げられている。

湿原での調査風景

 湿原にそっと足を踏み入れて、調査エリアにロープを張り、出現植物とその被度を記録していった。
 ヤチスゲが赤褐色の鱗片をつけた小穂を垂れていた。アブラガヤは、まだ小さな葉を出したばかり。それよりさらに低くて細い葉はミヤマイヌノハナヒゲ。
 ツマトリソウとマイヅルソウが、白い花を緑の湿原の中に点々と散らしていた。

ヤチスゲ アブラガヤとミヤマイヌノハナヒゲ

 あたりを見回すと、湿原はホツツジやオオバスノキやアカミノイヌツゲに取り囲まれていた。マメツゲやノリウツギも侵入してきている。
 そんな周辺を歩いてみると、トウゲシバやヤマドリゼンマイやバイケイソウ。モウセンゴケのそばに、アカモノが咲いていた。

ホツツジ オオバスノキ

 この湿原に生息するヤチスゲ、アカモノ、ツマトリソウなどは、北海道や日本アルプスで見られる北方性植物。氷期のレリックとして生き残っていると考えられ、西日本ではここでしか見られない。
 私たちは、奇跡ともいえるこの植物群を、湿原やその周囲の環境を保全することによって守っていかなければならない。

モウセンゴケとアカモノ

5 その日の夜

 登山者の増加と共にふえてきたミノボロスゲの群生する登山道を下り、大段ヶ平に下ったのが午後6時前だった。
 夜、原田さんが合流し、橋本さんの実家で勉強会。氷ノ山の昔の写真をたくさん見せてもらった。
 ビールの酔いも気持ちよく、昼間の疲れもいい具合で、話を聞きながらついうとうとと眠ってしまった。

山行日:2015年6月13日

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