| 百丈岩(292.2m)と鎌倉峡 神戸市 25000図=「武田尾」「三田」 |
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西を振り返るとまだ青空が広がり、巻雲や巻積雲、巻雲の筋をぼんやりと残した巻層雲が、純白に輝いていた。
高さ、約60m。垂直に屹立する岩塔である。暗灰色の表面には、割れ目が細かに走り、はがれ落ちた部分にはうす黄褐色の岩肌が露出している。 走る雲の間隙から、ときどき日が差し込んでくる。早朝の逆光線は、百丈岩の頭頂に当たるだけで、岩塔の西面には当たらない。百丈岩は、朝日に浮かぶ鮮やかな緑を前に見て、暗く重厚にそびえ立っていた。 百丈岩頂上の手前の岩盤に立った。風が強い。吹き方は一定ではなく、ときどき急に強く吹く。四つんばいになって、岩盤の前に進み出た。百丈岩の頂上は、緑の樹海を背景に、岬の先端のようにとがって突き出ていた。風に吹き飛ばされそうで、その頂上にはそれ以上近づけなかった。 百丈岩頂上の少し先が最高点で、ここに四等三角点が埋まっていた。 百丈岩から続く岩壁の西端あたりに、固定された鎖が真下へ伸びていた。この鎖を利用して、岩壁を下りていくと、上から見えていた百丈岩休憩所(やまびこ売店)へ着いた。ここに腰を下ろしてしばらく休んでいると、クライマーやハイカーが次々とやって来た。 休憩所を出て、鎌倉茶屋の前を通り、竹林を進むと、船取川の渓谷に出た。鎌倉峡の始まりである。川の両岸は切り立ち、河床に重なった大小の岩の間を水が流れている。瀬音は涼しいが、水はやや汚れている。小さなトロや瀬が連続し、浸食地形である甌穴もいくつか見られる。岩は、白亜紀の溶結凝灰岩で、どれも青みがかっていた。 尾根での強風がうそのように、ここは穏やかである。谷に沿って、微風が岩間に吹いている。その微風にネムノキのピンクの花が揺れた。岩に落ちる木漏れ日もかすかに揺れていた。 川の流れは少しずつ緩くなり、両岸の斜面も開けてきた。それでも、ところどころに岩場が現れ、その岩場を固定された鎖やロープをたよりにして、へっつたり、小さく高巻いたりしながらこの渓谷を遡っていった。
やがて、渓谷を離れ、道を緩やかに辿っていくと、平田配水場に着いた。配水場の青い大きなタンクのすぐ横に、269.2m三角点(点名 東山I)が埋まり、その先の古墳跡と思われる横穴式石室の上に雨乞い地蔵尊が祀られていた。赤い前掛けの上の地蔵様の顔は、やさしく美しかった。 山行日:2002年7月14日
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JR道場駅から西へ武庫川を渡り、南へ折れて船坂川渡って進むと、再び船坂川と出会う。ここは、百丈岩・鎌倉峡と平田配水場・二郎駅の分岐となっていて、近畿自然歩道の標柱が立っている(百丈岩1.3km、二郎駅4.6km)。ここに車を止めて、南へ百丈岩をめざした。 送電線の下を通り、少し進むと「第二名神高速道路 この位置を通ります」と記された日本道路公団の標識が、2本やや離れて立っている。2本の標識のちょうど中間あたり(地形図162地点)に、赤いビニールテープが木の幹に巻かれていた。ここから、百丈岩頂上を目指して東へ進む(地形図破線路)。初め、道は明瞭でない。溝状の踏み跡を、腰をかがめながら上っていった。やがて、小さな尾根に出て道もはっきりとしてきた。黄色に風化した凝灰岩の尾根道を進むと、やがて岩稜の痩せ尾根となり百丈岩の頭頂に達した。292.2mの三角点は、その先のこの尾根の最高所に埋もれていた。 来た道を少し戻ると、百丈岩から続く岩壁の西端あたりに、固定された鎖が真下に伸びていた。この鎖を利用して、岩壁を下りることにする。3、4本の鎖が連なり、安全に下りることができた。この道が、百丈岩への一般コースとなっているようである。下りついた所は百丈岩休憩所になっていて、ここには缶ジュース自動販売機やトイレがある。 ここから、小さな橋を渡って鎌倉峡に向かう。鎌倉茶屋の前を通って竹林を進むと、船取川の峡谷、鎌倉峡に出た。初め、右岸を辿り、途中から左岸に渡って、この峡谷を遡っていく。岩場には、鎖やロープ、それに鉄筋の足場が設置され快適に歩くことができる。 西宮市との境界に達した地点で、船取川を離れ、境界線に沿って緩く上っていく。青石古墳を過ぎると、すぐに平田配水場に着いた。配水場のフェンスから、西へ小径を辿ると、269.2mの三角点(点名 東山I)に達した。そのすぐ先には、雨乞い地蔵尊が祀られていた。 平田配水場の下の三叉路には、近畿自然歩道の標柱が立っている(道場駅2.9km、二郎駅2.9km)。ここから、北へ近畿自然歩道を進んだ。途中、両側を豊かな林に囲まれた広くて気持ちのよい草の道を歩いた。2ヶ所の急な石段を下って、駐車した地点へ帰った。 |
| ■山頂の岩石■ 白亜紀 有馬層群玉瀬溶結凝灰岩層 流紋岩 地質岩石探訪『百丈岩、鎌倉峡の岩石』(準備中)をご覧下さい。 |