播但国境、藤無山の春
藤無山
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カラフルなウェアーを着たスキーヤーの中を、リュックを背負い、ハンマーをぶら下げ、ひらひらの帽子をぐっと深くかぶり、スノーシューを履いて、怪しくも颯爽とゲレンデを上っていく……はずだった。しかし、スキー場に着いてみると、もう雪はほとんでない。リフトの整備をされている方に聞いてみると、2日前に地肌が見えたのでメインゲレンデのリフトを止めたと言う。雪の残る3号リフトだけは、今日もこれから稼働させるということだった。スノーシューをリュックにくくりつけたまま、草とコケと一冬冷凍保存されていた鹿のフンの現れたゲレンデの斜面を一人上っていった。
播磨と但馬の国境に位置する藤無山。かつては山頂に達する道はなく、密生するヤブをこぎ分けて、国境尾根を進んだという。今は、大屋スキー場の上から、尾根づたいに登山道が開かれている。雪の残っているところが多かったが、黒い土も顔を出している。数日前にかなりの人数のパーティーが歩いたようで、多くの新しい足跡がその雪や黒土の上にくっきりと残っている。昨夜降った真っ白い雪が、薄く塩をまいたようにその足跡をおおっていた。雪が溶けたばかりのスギの木の根元には、ヒカゲノカズラが青々とした針金状の茎を伸ばしている。歩いていると、目の前のササの茎がパッと跳ね上がった。近寄ってみると、ササの下の雪に茎の跡が残っていた。これまで押さえつけていた雪が溶けたために、ササが跳ね立ったのである。
982mピークから望む氷ノ山と鉢伏山
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国境尾根上の982mのピークは、最高のヴュー・ポイントであった。前には、めざす藤無山がその手前の峰の背後に大きくそびえている。後ろを振り返れば、氷ノ山・鉢伏山・瀞川山が並んでいる。氷ノ山のすそ野は広く大きい。山頂から南に伸びるなだらかな稜線には、雪がまぶしく光っている。東には、緩く稜線を下げた後、ほとんど水平に見える大段ヶ平に続き、さらにずっと杉ヶ沢高原方面までその稜線を伸ばしている。白銀の輝く氷ノ山と鉢伏山の手前に広がる山々は、まだ冬枯れの木々とパッチ状に入ったスギ・ヒノキの緑や黄緑におおわれている。但馬の深く雄大な自然が目の前に広がっていた。
ここにしばらく立ちつくしていると、時々ザザー、ザザーと音がした。溶けた雪が滑り落ちる音である。”ビュッ”と何かが鳴いたので、そちらへ目を移すと、三頭の鹿が白い尻を向けて笹原の中を跳びながら逃げていった。ウグイスがさえずる。もうだいぶんうまい。キツツキは、軽快に木を叩いている。ずっと上空からは、飛行機の飛ぶ低い音がかすかに聞こえてくる。ササの葉をそよそよと揺らして駆け上ってくる風は、ひんやりと冷たくて気持ちがよい。
山頂に近づくとブナの木が増えてきた。ブナの枝先の芽は、もうだいぶん膨らんでいる。辿り着いた山頂は、雪の中。三角点は、隠れて見えなかった。雪の中に顔を出す石に座った。枯れ木を素通りする確かな日差しにも、播但国境に座るこの山の春を感じた。
山行日:2001年3月27日 |