藤 無 山 (1139m) 大屋町・一宮町 25000図=「戸倉峠」
播但国境、藤無山の春
カラフルなウェアーを着たスキーヤーの中を、リュックを背負い、ハンマーをぶら下げ、ひらひらの帽子をぐっと深くかぶり、スノーシューを履いて、怪しくも颯爽とゲレンデを上っていく……はずだった。しかし、スキー場に着いてみると、もう雪はほとんでない。リフトの整備をされている方に聞いてみると、2日前に地肌が見えたのでメインゲレンデのリフトを止めたと言う。雪の残る3号リフトだけは、今日もこれから稼働させるということだった。スノーシューをリュックにくくりつけたまま、草とコケと一冬冷凍保存されていた鹿のフンの現れたゲレンデの斜面を一人上っていった。
藤無山
播磨と但馬の国境に位置する藤無山。かつては山頂に達する道はなく、密生するヤブをこぎ分けて、国境尾根を進んだという。今は、大屋スキー場の上から、尾根づたいに登山道が開かれている。雪の残っているところが多かったが、黒い土も顔を出している。数日前にかなりの人数のパーティーが歩いたようで、多くの新しい足跡がその雪や黒土の上にくっきりと残っている。昨夜降った真っ白い雪が、薄く塩をまいたようにその足跡をおおっていた。雪が溶けたばかりのスギの木の根元には、ヒカゲノカズラが青々とした針金状の茎を伸ばしている。歩いていると、目の前のササの茎がパッと跳ね上がった。近寄ってみると、ササの下の雪に茎の跡が残っていた。これまで押さえつけていた雪が溶けたために、ササが跳ね立ったのである。
国境尾根上の982mのピークは、最高のヴュー・ポイントであった。前には、めざす藤無山がその手前の峰の背後に大きくそびえている。後ろを振り返れば、氷ノ山・鉢伏山・瀞川山が並んでいる。氷ノ山のすそ野は広く大きい。山頂から南に伸びるなだらかな稜線には、雪がまぶしく光っている。東には、緩く稜線を下げた後、ほとんど水平に見える大段ヶ平に続き、さらにずっと杉ヶ沢高原方面までその稜線を伸ばしている。白銀の輝く氷ノ山と鉢伏山の手前に広がる山々は、まだ冬枯れの木々とパッチ状に入ったスギ・ヒノキの緑や黄緑におおわれている。但馬の深く雄大な自然が目の前に広がっていた。
982mピークから望む氷ノ山と鉢伏山
ここにしばらく立ちつくしていると、時々ザザー、ザザーと音がした。溶けた雪が滑り落ちる音である。”ビュッ”と何かが鳴いたので、そちらへ目を移すと、三頭の鹿が白い尻を向けて笹原の中を跳びながら逃げていった。ウグイスがさえずる。もうだいぶんうまい。キツツキは、軽快に木を叩いている。ずっと上空からは、飛行機の飛ぶ低い音がかすかに聞こえてくる。ササの葉をそよそよと揺らして駆け上ってくる風は、ひんやりと冷たくて気持ちがよい。
山頂に近づくとブナの木が増えてきた。ブナの枝先の芽は、もうだいぶん膨らんでいる。辿り着いた山頂は、雪の中。三角点は、隠れて見えなかった。雪の中に顔を出す石に座った。枯れ木を素通りする確かな日差しにも、播但国境に座るこの山の春を感じた。
山行日:2001年3月27日
山 歩 き の 記 録
行き:大屋スキー場下〜ゲレンデ(1号リフトと2号リフトの間)〜スキー場上〜920m+ピーク〜890m+コル〜982mピーク〜1076mピーク〜藤無山山頂
帰り:行きと同じ
若杉(わかす)峠を越え、若杉に下る道から南に分かれると大屋スキー場がある。最近、ゲレンデの下に温泉がオープンしている。リフトの下の駐車場に車を止めさせてもらった。1号リフトと2号ペアリフトの間のメインゲレンデの草の上を、上っていった。なかなかきつい上りで、最後はつづらに歩いた。ゲレンデを登り切ると、谷をはさんで、枯れ木越しにめざす藤無山が現れた。振り返ると、氷ノ山・鉢伏山・蘇武岳・妙見山が見える。1号リフト終点から、明瞭な道が山の中に入り込んでいる。藤無山山頂に続く尾根道である。なだらかな上りを進み、その後の急な坂を上ると最初のピークに達する(地形図920m+のピーク)。ここから、少しの間は尾根を離れ、スギの植林地帯を南に下ると、890m+のコルに達する。
ヒカゲノカズラ 藤無山山頂
コルからは、雪の消えた急な斜面をぐんぐん上る。しだいに、あたりはササに覆われてくる。上ったところが、地形図982mピークである。ここからの見晴らしは最高である(道を少し離れ、南のササの中に立つとよい)。いったん下って上り返したとことが、1076mピーク。ここからは、氷ノ山・鉢伏山の左に、三川山・蘇武岳・妙見山が見える。目の前に大きく広がる但馬の雄大な自然に圧倒される。少し下って、最後の坂を上りきると山頂のすぐ北の大岩に達する。大岩は、大部分が雪に埋もれていた。冬枯れの疎林の中を、わずかに歩くと藤無山の山頂があった。小さな登頂記念のプレートが、山頂の木々にいくつも掛かっている。最近のものが多い。こんなプレートをひとつひとつ見るのも、また楽しい。
■山頂の岩石 白亜紀 生野層群 最上部層 安山岩
藤無山の山体は、舞鶴帯の中にある。1号リフトの終点には、この舞鶴帯に分布する夜久野岩類にあたる超塩基性岩の露頭があった。黒っぽい緑色の岩石で、蛇紋岩化がかなり進んでいる。
夜久野岩類の超塩基性岩
ゲレンデの上から尾根道に入ると、岩石はすぐに凝灰岩に変わる。夜久野岩類をおおっている、白亜紀生野層群の凝灰岩である。石英・長石・緑色に変化した有色鉱物の結晶片と火山礫を多く含む流紋岩質凝灰岩である。黒雲母も少量含まれている。基質は、褐色・ピンク色・緑灰色などである。溶結構造が、はっきりした部分もあった。
尾根上は、ずっとこの流紋岩質凝灰岩が露出していたが、山頂の岩石はこれとは異なる。黒色の緻密で硬い火山岩である。長さが2mm程度の長方形の斜長石の斑晶が多く含まれている安山岩(おそらく)である。小さな輝石の斑晶も、少量ながら認めることができた。