平石鉱山の遺構と鉱物 (神河町)

 神河町川上の東の山腹に、長さ約80mにも及ぶ石垣が残されています。これが、平石鉱山跡です。

 平石鉱山は、大正期に稼行していることはわかっていますが、開山や閉山の時期など詳しいことはほとんど記録に残されていません。しかし、かつての繁栄は、石垣の遺構として今へと伝えられているのです。

 今回、川上から平石鉱山跡を訪ね、石垣の位置や規模、産出する鉱物などを調べました。
 
平石鉱山跡(標高770m地点の二段の石垣)


1.平石鉱山への道 map1

 長谷から砥峰高原方面へ進み、川上に入って福田寺の前を右に折れます。集落を過ぎ、道が大きく曲がって広くなったところに車を止めて歩き始めます。
 防獣ゲートを抜けコンクリート舗装の道を登っていくと、黒滝があります。ここまでも、道に転がる石から黄鉄鉱などを見つけることができます。
 黒滝からは、土の作業道を進みます。コケやチドメグサにおおわれた歩きやすい道です。
 
平石鉱山跡への作業道

 作業道の終点から、急な斜面に細い道が斜めについています。三度大きく折れて登っていくと、道の上に石垣が現れます。これが平石鉱山跡です。

2.平石鉱山の石垣遺構 map2

 標高770m、はじめに現れたこの石垣が、一番規模の大きな石垣で二段からなっています。この石垣は、急な斜面に張り付くように北西ー南東の方向へ水平に築かれています。

平石鉱山跡の石垣を見上げる

 一段目の石垣は、長さ78m。両端が崩れかけているので、実際にはもう少し長かったようです。石垣の高さは、一番高いところで3m20cm。これも下が土でおおわれているので、実際にはもっと高かったと思われます。
 石垣の上には、奥行き2m余りの平坦面が長く続いています。ここには、トロッコのレールが敷かれていました。このトロッコで、排石をひとつ北の谷に運んでいたと考えられます。
 二段目の石垣は、長さ47m。高さは1〜1.5m。中ほどに切れ目があって、そこに石垣の上に登る道が斜めにつけられています。石垣の上には、奥行き5mほどの平坦面が広がっています。選鉱や精錬などの作業場だったと思われますが、ほとんど何も残されていません。ただ一つ、58×24cmの厚い鉄製の容器が横たわっていました。
 この平坦面のうしろは、高さ5mほどの急な斜面で一部に石垣が組まれています。この斜面の上に、細い道が南東へ延びています。これは、掘り出した鉱石を作業所まで運ぶソリ道だったと思われます。

標高770mの二段の石垣
一段目の石垣の上はトロッコ道
二段目の石垣は途中が切れ、斜めに通路がつくられている

 一段目のトロッコ道は、北西端で石垣が途切れたあとも北へと続いています。この道が谷に達したところで、そこから下へ排石(ズリ)が広がっていました。
 この排石捨場は、現在地表に現れているところより広かったようです。スギを植林するために、排石の上に土を入れたことがあると地元の人に聞きました。

廃石捨場(ズリ)

 二段目のソリ道が南東で沢にぶつかったところにも、高い石垣が築かれています。沢の脇が大きくえぐれ、周辺では掘り出した鉱石のかけらを見つけることができます。このあたりに坑口があったと思われますが、今は埋まっていて確認できませんでした。
 
 ここで道は途絶えますが、ここから沢に沿って登っていくとまだ石垣が点在していました。
 標高796m地点に、二番目に大きな石垣があります。長さ36m、石垣の上の平坦面は奥行きが5mほどあります。この面の中ほどが少し凹んでいて、水がたまっていました。この平坦面の奥にも石垣が築かれていますが、一部は壊れています。
 
標高796m地点の石垣

3.手水鉢と平石鉱山の歴史

 さらに沢に沿って登っていくと、沢から少し左に離れたところに、こんもりと組まれた石垣が見えます。その石垣に近づいていくと、道跡がかすかに残っています。この道跡を進むと、二段の石段があってその先が下から見えた石垣の上です(標高830m)。
 
 石垣の長さは約10m、その上には奥行き4m50cmの平坦面がつくられています。この面の北側は、石垣によってL字型に囲まれています。
 ここには、花崗岩製の手水鉢がひとつ残されています。正面に「奉納」、側面に「大正七年五月一日(二日?)」の日付と「鉱主」の下に三名の名が刻まれています。平石鉱山の歴史を伝える貴重な遺物です。
 手水鉢がここに残されていることや、周囲が石垣に囲まれていること、石段が設けられていることなどを考えると、ここに山神社が祀られていたことが推測されます。
 この手水鉢によって、平石鉱山は大正期に稼行していたことがわかります。

 『埴岡の里 おおかわち(大河内町教育委員会 1996)』には、次のように記されています。

「鉱山独自で山神を祀るということは、石垣の規模と併せて、いかに鉱山の開発に期待が大きかったかを物語っているように思われる。」

 また、同資料には次のような記述があります。

「鉱脈の方向は、北から10度〜50度東に走り、傾斜は70度〜80度北西である。鉱脈の幅は100cm、品位は銅1〜2%である。現在確認できる谷ぎわの坑口には、木製のレールが幅50cmで敷かれおり、ソリのようなもので搬出していたのではないかと推定される。鉱石は現地で焼かれ、径50cmの土管を接なぎ山腹にはわせ、煙道としていたため付近一帯は丸裸であったということである。鉱山跡には、手選された鉱石が約1トン放置されている。」

残された手水鉢
 
 この上にも、標高870m、890m、940mの沢に沿った地点に小規模な石垣が築かれています。石垣の近くには、砕かれた岩石も見られますので試掘程度の坑口があったのかもしれません。

4.平石鉱山の地質と鉱物

 平石鉱山に分布しているのは、白亜紀後期の安山岩や安山岩質の火砕岩です。暗灰色の細粒の岩石で、一部は花崗岩マグマの貫入によってホルンフェルス化しています。

坑口と推定される地点近くの沢の露頭
 
 
平石鉱山の母岩(標本横108mm)
ホルンフェルス化した安山岩質火砕岩

(写真左の露頭で採集)

 平石鉱山の鉱床は、熱水鉱脈鉱床です。熱水鉱脈鉱床とは、地下で生じた高温の熱水が岩石の割れ目を通過するときに温度が下がり、さまざまな鉱物ができた鉱床です。

今回、平石鉱山跡で以下の鉱物を採集しました。

   鉱石鉱物(採掘・選鉱・精錬の対象となる有用な鉱物)
   二次鉱物(地表水や地下からの熱水液によって、酸化や分解などの変質を受けてできた鉱物)
   脈石鉱物(役に立たない鉱物)

 黄銅鉱 (Chalcopyrite) CuFeS2
  結晶の形を示さず塊状で産している(実体顕微鏡下で、三角式結晶が確認できたものもある)。黄銅色。表面は虹色の錆びが生じていることが多い。金属光沢。
 
 黄鉄鉱 (Pyrite) FeS2
  立方体の自形結晶を示すものが多い。条線が発達している。淡黄金色。金属光沢。
 
 閃亜鉛鉱 (Sphalerite) ZnS
  正四面体の結晶形が見られる。劈開が発達。黒色のものが多いが、透明感のある濃赤褐色の部分も見られる。金属光沢〜樹脂光沢。
 
 硫砒鉄鉱 (Arsenopyrite) FeAsS
  断面が菱形の短柱状、あるいは塊状で産している。結晶面に条線が見られる。鋼灰色。金属光沢。
 
 孔雀石 (Malachite) Cu2CO3(OH)2
  被膜状で産することが多いが、一部で繊維状結晶が放射状や同心円状で集まっているものも見られる。ガラス光沢。
 
 珪孔雀石 (Crysocolla) (Cu,Al)2H2Si2O5(OH,O)4・nH2O
  被膜状で産している。青色。ガラス光沢。
 
 電気石(Shorl) Na(Mg,Fe)3Al6(BO3)Si6O18(OH)4
  ズリの中にたくさん見られる。針状結晶が放射状に集合している。重なっているところは黒く見えるが、取り出してみると濃赤褐色で透明。ガラス光沢。

 石英 (Quartz) SiO2
  空隙に晶出しているものは、六角柱状の自形結晶(水晶)。白色、あるいは無色透明。ガラス光沢。
 
 方解石 (Calcite) CaCO3
  劈開片が塊状に集合した方解石脈、あるいは閃亜鉛鉱や黄銅鉱の間隙に産出。白色。ガラス光沢。
 
 石膏 (Gypsum) CaSO4・2H2O
  閃亜鉛鉱の間隙に、塊状・繊維状・板状に産出。塊状あるいは繊維状の結晶は白色。板状の結晶は無色透明。
 
 絹雲母(Sericite) KAl2(AlSi3)O10(OH)2
  微細な鱗片状の白雲母。閃亜鉛鉱の結晶の間隙に産している。

閃亜鉛鉱と黄銅鉱の鉱石(横3.7mm)
白色は石膏と絹雲母
  
閃亜鉛鉱(横20mm)
劈開面が樹脂光沢で光っている 白色は石膏
  
黄銅鉱(横12mm)
結晶形を示さず塊状 虹色の錆びが生じている
 
黄銅鉱(横7mm)
珍しい三角式結晶(中央虹色) 白色は方解石
 
黄鉄鉱(横12mm)
結晶面に条線が発達している 金属光沢
 
硫砒鉄鉱(横7mm)
鋼灰色で金属光沢 三角形や台形の結晶面が見える 
孔雀石(緑色)と珪孔雀石(青色)(横18mm)
孔雀石は被膜状(一部は放射状や同心円状)
珪孔雀石は被膜状 一部でガラス光沢

不明種(横15mm)
青色でガラス光沢
ラング石 あるいは ポスンジャク石などの可能性がある
珪孔雀石(横20mm)
薄緑色でぶどう状 真珠光沢

 
電気石(横20mm)
針状結晶が放射状に集合している 一つひとつの結晶は、濃赤褐色で透明
 
電気石と石英(横18mm)
空隙にできた結晶 電気石の針状結晶に小さな石英(水晶)がついている
 
方解石(横20mm)
方解石脈として産出 粗粒の劈開片が集合している
 
 

※山歩きは、「長大な石垣が残る鉱山跡から稜線へ」を参考にして下さい。


■岩石地質■ 白亜紀後期 峰山層中の熱水鉱脈鉱床
■ 場 所 ■ 神河町川上
■探訪日時■ 2022年8月29日