比延(289m)  西脇市        25000図=「比延」


風土記の山の岩の山頂に眺望広がる


南から見る比延山

 西脇市の比延山は、標高わずか289mという低山であるが、整った山容で加古川の左岸にそびえている。
 ほとんど同じ高さの頂を並べた双耳峰であるが、南や北から見るとその二つの頂が重なって、きれいな富士型に見える。

 比延山は、風土記の山である。「播磨国風土記」の「比也山(ひややま)」に比定されている。
 播磨国風土記には、次のように記されている。

 応神天皇がこの山で狩りをしたとき、一頭の鹿が天皇の前に立ち比々(ひひ)と鳴いた。天皇は、これを聞いてすぐに部下の者に狩りを止めさせた。だから、山を比也山と名づけた。

 比延山は、また、中世の歴史の舞台にもなった。
 二つの頂の間には、比延山城の曲輪跡が残されている。登山口の案内板によると、比延山城初代は、赤松一族の本郷弥三郎頼兼。南北朝の時代、明徳の乱で戦功を上げ、ここに城を築き比延氏を名乗った。
 この頃の山城は、合戦のときに立てこもるための城で、普段は見張り番がいるだけだったという。比延山城は、文禄・慶長頃まで存続したと考えられている。

 城山公園のグランドを縦断し、南端まで行ったところに登山口があった。「頂上まで700m」の標識が立っている。
 雑木林の中に、一本の登山道が上っていた。コナラやアカマツの落葉の敷き積もったきれいな道。
 ヒサカキが、枝の下に黒紫色の小さな実を並べている。何本にも株の分かれた大きなソヨゴが立っていた。
 雲間から光が差し込み、木漏れ日が登山道を明るく照らした。
 

登山路

 ときどき、木々の間から山頂が見えた。間近に迫る尖った山頂は、標高以上の高さを感じさせた。
 「350m 中間点」の標識を過ぎると、登山道の傾斜が急になってきた。道の脇には、ロープが張られている。
 「100m 頂上まで」を越えると、道はますます急になって、直登コースとそれよりも左につけられた少しゆるいコースに分かれた。
 ウバメガシの林が現れた。直登コースの岩盤の上で振り返ると、加古川の流れと西脇の街が眼下に広がっていた。

山頂に近い急坂

 ロープを頼りに急坂を登ると、比延山の南峰に達した。標高289m、比延山ではここが一番高い。ここは、比延山城の南郭があったところで、「比延山城跡」の石柱が立っていた。
 ベンチの横に立つと、東がよく見えた。麓屑面(ろくせつめん)が両岸から迫る間を比延谷川が流れ、その谷にゴルフ場が広がっていた。

比延山南峰(比延山城南郭)

 城の曲輪の数を数えながら北へ向かった。南峰から尾根の曲輪を4段下がって、そこからゆるい坂を上り返すと、標高287.0mの三角点のある北峰に出た。ここには、比延山城の北郭があった。
 山頂には大きな岩が飛び出し、西側が大きな岩壁となっていた。

比延山北峰(比延山城北郭)

 北峰は、眺望が大きく開けていた。眼下に平野が広がり、その中を南北に流れる加古川が光っている。加古川の向こうには西脇の市街地が見えた。
 笠形山、飯森山、千ヶ峰、またに山、篠ヶ峰、手前の三角点山をはさんで、白山、妙見山・・・。播磨や丹波の高峰がぐるりと稜線を連ねていた。
 畑谷川の奥には、高山のピラミダルな姿。西光寺山が、近くに大きかった。

比延山北峰からの眺望
遠くに笠形山、飯森山、千ヶ峰

 山頂の岩石は流紋岩だった。流理構造や球顆など、流紋岩の特徴がよく見られて、ハンマーを持って岩盤を下ったり上ったりした。
 北峰にもウバメガシが多かった。ソヨゴ、アカマツ、ネズミサシ、ナツハゼがそれに混じっている。岩の間のネジキには、わずかに赤い葉が残っていた。ネジキは、小さな果実を上向きにつける。ぐにゃりと曲がった花柄がおもしろかった。

ネジキの葉と果実

 西から、冷たい風が吹き上げてきた。冬の暗い雲が西から押し寄せてくるが、手前で途切れていた。比延山の上に広がった水色の空から、弱い日差しがこの山頂に射し込んでいた。

 山頂のネジキの枝先を少し折って持って帰った。翌日、それをとんとんと白い紙の上でたたくと、5裂した果実の間から小さな柿の種のような種子がパラパラと落ちてきた。

山行日:2018年12月19日

城山公園登山口〜比延山南峰〜比延山北峰 (同じコースで下山)
 西麓の城山公園に駐車場がある。ここには、「比延山城跡」と「比延山城と黒田官兵衛」の説明板が立っている。
 駐車場からグランドを縦断すると、その南端に登山口がある。山頂まで700m。登山口から、よく整備された道が山頂まで続いた。

山頂の岩石 白亜紀後期 鴨川層  流紋岩
比延山北峰の流紋岩
 比延山北峰には、流紋岩が分布している。流理構造が明瞭で、山頂に飛び出した岩石はこの流理に沿って板状の割れ目が発達している。
 北峰西の大きな岩壁も流紋岩である。流理構造は明瞭であるが、割れ目がほとんどなく塊状である。

 流理が湾曲していたり、球顆を含んだところがあって、ここでの流紋岩の観察は楽しい。

詳しくは、『比延山の流紋岩』へ

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