八幡山③ (775.3m)  神河町    25000図=「生野」


大歳神社から山頂下の岩塊流を訪ねて
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山頂に雲のかかる朝の八幡山

 神河町猪篠の西に、端正な形でそびえているのが八幡山である。登るのは19年ぶり。今回は、大歳神社から山頂へと向かった。

 生野街道の宿場町として栄えた猪篠の追上。大歳神社は、追上の人々の鎮守の社である。社殿の右脇に立つ石碑「大歳神社改築の記」には、播但連絡道路をつくるときに土地を売った利益で改築した経緯とともに、静かだったところが喧噪(けんそう)の地と化したのも時代の流れとする人々のあきらめも刻まれていた。

 拝殿で手を合わせた。ヤマモモにたくさんの実がなっていた。準備をしている間に山頂にかかっていた雲が消えていた。
 

登山口から望む八幡山

 播但連絡道路下の防獣ゲートを抜け、しばらく道路に沿って歩く。林道の入口に、八幡山への道を示す道標が立っていた。道標は、山頂まで要所にずっと続いていた。

 林道の入口は日当たりの良い草地で、ベニバナセンブリが咲いていた。写真を撮っていると、すぐうしろを何台もの車が走り抜けた。

ベニバナセンブリ

 林道は、沢の流れるところで大きくカーブしていた。マツカゼソウが風にあおられて、白い葉裏が上を向いている。崖の大きな露頭を見て進むと、林道の終点に達した。
 道標にしたがって、スギ林の下の登山道に入った。スギの落ち葉の上に、かすかな踏み跡が続いている。
 傾斜のゆるい谷に水が流れていた。そこを渡るとき、その上の冷やされた空気もいっしょに動いているのがわかった。
 沢に沿ってゆるく登っていく。地面がシダにおおわれていた。ところどころに大きなゼンマイが生えているが、あとはほとんどコバノイシカグマだった。コバノイシカグマは、シカが好んで食べない植物である。


 沢をわたる スギ林の下のコバノイシカグマの群落 

 道は徐々に沢をはなれ、隣りの谷との間の支尾根に出た。
 小さな白い花が咲いていた。ハエドクソウ・・・。細長い果実が下を向いて茎にぴたりとくっついているのがおもしろい。
 道の傾斜がしだいにきつくなってきた。水音がしなくなった両側の谷が左右からこの支尾根に寄ってきて、やがて一つになった。
 さらに傾斜は急になってきた。ほてった体を一歩ずつ引き上げる。樹上で、オオルリが澄んだ声で鳴いていた。
 見上げると、木々の間から空の白い雲が見えた。主尾根の稜線が近い。

ハエドクソウ  木々の向こうに空が見え、稜線が近い

 主尾根に達したところには、大きなイノシシのヌタ場があって水がたまっていた。
 主尾根もすぐに急坂となった。道がつづらに上っている。スギの落ち葉の間に、何種類かのスミレの葉が開いていた。白い小さなタツナミソウのなかまの花が咲いていた。
 標高が650mを越えてくると、自然林に入った。道には、緑を透かした木漏れ日が射し込んできた。
 尾根はしだいに岩がちになってきた。岩の上や間に、コケが厚くついている。マリモのように丸く集まって生えたコケが可愛かった。

 主尾根の自然林

 山頂が近づくと、傾斜がようやくゆるくなってきた。シダにおおわれた踏み跡を登っていく。タマゴダケが二つ並んでいた。

タマゴダケ

 白く小さな花びらが道に散っていた。そこを通ると、甘くて濃厚なにおいがした。見上げるとリョウブがうす緑色のつぼみを割って、5弁の白い花びらを開いていた。


 リョウブの花

 八幡山の山頂は、丸く開かれていた。三角点と山名プレート・・・。あたりには、角のとれた丸い岩がいくつも表れていた。
 西の暁晴山から東の白岩山にかけて広く分布する安山岩溶岩。白亜紀後期の大規模な火山活動によってつくられた。
 安山岩は、割れ目に沿って風化し、割れ目と割れ目の間にコアストーンとして硬い部分が残る。このコアストーンも、玉ねぎの皮をはぐように外から丸くはがれていく(玉ねぎ状風化)。風化して砂や泥になったところが水に洗い流されると、この丸くなったコアストーンが地表に表れる。
 地表に表れたコアストーンは、そこが斜面なら下へずり落ちていくが、尾根の上や頂上部なら左右どちらにも落ちることができないのでこのようにして残された。

山頂周辺の岩 八幡山山頂

 山頂には、アセビとナンキンハゼが繁茂していた。ナンキンハゼは、どこからやってきたのだろう。以前には生えていなかった。ナンキンハゼもまた、シカが好まない植物である。
 山頂を囲む木々の上に丸く青空が広がっていた。強い日差しに、雲の縁が白く輝いている。梅雨明けがすぐそこまできている。

 山頂からアセビを分けて西に動くと、眺望が開けた。北西に高星山から平石山、段ヶ峰からフトウガ峰への稜線がほとんど水平に長い線を引いていた。

 山頂近くから北西を望む

 そこから南に少し下ると、西側にイワヒメワラビにおおわれた傾斜のゆるい谷がある。その谷の中央に、大小の岩が連なっているのが見える。長さ23m、幅最大6.5mの小規模な岩塊流である(実測)。
 斜面に表れたコアストーンは、自分の重さでずり落ちて低いところに移動し岩塊流をつくる。このような作用は、凍結破砕がさかんになり、地面が凍ったり融けたりをくり返して「かゆ状」になる氷期に起こったと考えられる。
 八幡山の岩塊流は、規模は小さいが、岩の供給源やズリ動いた斜面が一望できる貴重な地形である。

八幡山山頂下の岩塊流

 山頂に戻り、来た道を下った。山頂の下に木々の途切れたところがあって、正面に白岩山が見えた。
 ずっと鳴いているウグイスの声に、クロツグミの声が重なった。

白岩山を中心とする山並み

 登ってきたコルまで下り、そこから北へと延びる尾根を進んだ。神河町と朝来市の境界尾根で、ずっと切り開きが続いた。
 地面にコンクリートの四角い枠が出ていた。丸い穴の開いたふたを持ち上げてみると、地籍図根三角点。やっぱりそうかと思った瞬間、中からトカゲが勢いよく飛び出してきてびっくりした。
 しばらく行くと同じものがもう一つあったが、今度はふたを開けなかった。

 予想以上にアップダウンが大きくて、ひとつひとつのピークを越えていくのに体力を失っていった。蝶や蛾が近くを飛び、蛇が足元をはったが、写真を撮るためにそれらを追うことはもうできなくなっていた。

 ヨーデルの森から子どもたちの歓声が上がってきた。風に乗って、牧場や動物園で嗅いだようななつかしい匂いも上がってくる。
 木々の間から、市川に架かる播但線の鉄橋が見えた。

 460.6m三角点(点名・藤ノ棚)の標石には、倒れたシロダモの枝葉がかぶさっていた。
 このピークを下ると、細い道が現れた。この道は、次の小さなピークを南に巻いていて、その先に丸太階段が現れた。
 階段は南へ下っていたが、もう一度境界尾根へ登り返して、自転車を置いた生野峠へと下った。
 

山行日:2023年7月16日

大歳神社~八幡山山頂(775.3m)~山頂下岩塊流~527mピーク~460.6m三角点(点名・藤ノ棚)~生野峠 map
 大歳神社から八幡山の山頂まで登山道が整備され、要所に道標が立てられている。
 下山で歩いた生野峠までの尾根も切り開かれていて、歩きやすかった。ゴール前のラストの下りには道はない。スギの下の急斜面をまっすぐに下った。

山頂の岩石 白亜紀後期 峰山層 単斜輝石安山岩
 八幡山の山頂付近には、単斜輝石安山岩が分布している。この安山岩は、西の暁晴山~東の白岩山まで広く分布する峰山層に属している。
 緑灰色の硬くて緻密な岩石で、斑晶として斜長石と単斜輝石がふくまれている。斜長石の斑晶は、岩石が風化するとよく目立つ。単斜輝石は、薄片を偏光顕微鏡で観察して確認した。岩石が緑色を帯びているのは、ふくまれている鉱物が緑泥石や緑簾石などに変質しているためである。
 野外では、風化によって表面からタマネギ状にはがれ落ちていく傾向が見られた。
 標高550mより低い所には、笠形山層の流紋岩質の溶結火山礫凝灰岩が分布している。また、460.6m三角点周辺には流紋岩が見られた。

単斜輝石安山岩
八幡山山頂付近(横23mm)
風化した単斜輝石安山岩
八幡山山頂東 標高600m(横23mm)

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