行 者 岳 (786m)      朝来町                      25000図=「但馬新井」 

静かな信仰の道と峻険の修験道

多々良木ダム湖畔より行者岳
(山頂が最奥にわずかに望める)
展望岩より多々良木ダム湖
(その先に青倉山と粟鹿山が見える)

 朝来町の行者岳は、古くから地元の信仰を集める岩屋観音を山の中腹に抱いている。また、その名の示すとおりの険しい修験の山でもある。
 観音川上流の岩屋観音山門より行者岳に登り、北の多々良木ダムへ下りるコースを歩いてみた。

岩屋観音への石畳 参道の石仏


 山門まで私を乗せてくれた車が山道を走り去ると、エンジン音の後にセミの鳴き声と渓の音が残った。

 山門には願掛け地蔵が祀られ、参詣者のための杖が並んでいる。山門をくぐり、その先の屋根のある木造の橋を渡った。
 参詣道には石畳が敷かれ、所々に石仏が立っている。何の細工もされていない自然石が2つ3つと積まれて祀られているものもある。古い石仏と前掛けに描かれたアリエル(リトル・マーメイド)とのミスマッチが、おもしろくて微笑ましかった。
 右手の渓では、赤褐色の岩盤の上を水が涼しげな音を立ててすべり落ちている。スギ・ヒノキの植林と雑木がときどき入れ替わった。古くて大きなトチノキが立っていた。

 短い石段を上ると、岩屋観音の小さな境内であった。傍らの鐘をつくと、あたりの山中にその音が長く静かに響いた。
 境内から長く急な石段を上った。石段の上には石垣が組まれ、その上に観音堂が背後の岩壁に寄りかかって建っていた。舞台造りのお堂の中に入り、三階の回廊に上がってみた。空気が動くと、どこからか線香のにおいが漂ってきた。鐘の音が、下からひとつ聞こえてきた。

 岩屋観音を後にして、沢沿いの道をさらに上っていった。道には石の組まれた箇所もあって、その石組みの古さがこの道の歴史を語っていた。道はやがて沢から離れ、斜面を横切るようにして尾根へと上っていった。道沿いのスギ林から、ヒグラシがゲッツ、ゲッと悲鳴音を立ててバタバタと転がり出てくる。手にとって軽く放り上げてやると、細いシッコを散らして飛んでいった。
 たどり着いた尾根には、イノシシの大きなヌタ場があった。尾根を北へ緩く上っていく。右手はコナラ、ソヨゴ、クリ、コシアブラなどの雑木。樹間を抜けて吹き上がる風は、北からの風で8月も近いというのに冷んやりとしている。アセビ、シキミが増えミズナラが混じり出し、最後の斜面を上り詰めて行者岳山頂に達した。

展望岩から望む大持山(左)ともっつい山(右)
中央やや左奥に三国岳
 山頂には反射板が立ち、せっかくの山の風情を損ねている。ヒグラシの鳴く山頂を後にして、その先の展望岩に向かった。
 尾根の分岐に立つ展望岩は、最高のビュー・ポイントであった。眼下の多々良木ダム湖は、複雑に入り組んだ形で、オレンジ色の岸の土に縁取られて、水を湛えている。緑の湖面は鈍く光り、周囲の森の緑とは色調を異ならせていた。左に朝来山、正面に青倉山と粟鹿山。右の大持山からもっつい山への稜線は緩くS字を描いている。この稜線は、ずっと奥に見える三国岳から曲がりくねりながらつながる中央分水界である。左右に大きく翼を広げたもっつい山の姿が印象的であった。

 展望岩から北東尾根を下る。いきなりの急坂には、ロープが張ってあった。下に見下ろす小ピークは、荒々しく露出した岩盤が絶壁をつくっている。北東尾根は、上った南尾根とは異なる険しい修験の道である。
 絶壁をつくる岩のピークを越えて下ると、クサリ場が連続する。2本目のクサリで切り立った大岩を右へ巻き下ると、急斜面にわずかな平坦地があって小さな祠が建っていた。かつて、ここには行者堂があった。背後の岩壁には大きな割れ目が走り、その割れ目の中をはしごが昇っている。丸太を組んでつくられたそのはしごを、ロープを頼りながら上った。湿ったカビのにおいが、岩の間から漂ってくる。割れ目の最上部には小さな祠があって、その中にさらに小さな法道仙人像が祀られていた。
 
 多々良木ダムまでは、まだまだ険しい道が続いていた。所々に無造作に立つ石仏に励まされながら、ダムの湖畔へ下りついた。冒険心をくすぐられた下山の道であった。

行者岳北東尾根の景観 行者堂跡の小さな祠

山行日:2003年7月26日

山 歩 き の 記 録

岩屋観音山門~岩屋観音~行者岳(786m)~展望岩~606m峰~行者堂跡~Ca.470mピーク~多々良木ダム湖~「あさご芸術の森美術館」駐車場

 上岩津から観音川に沿った道を遡る。車道は岩屋観音の山門まで続いている。この山門が行者岳の登山口で、「岩屋観音まで800m、行者岳まで2800m」の標識がある。山門から岩屋観音を経て行者岳まで、地形図破線路を上る。よく整備された道であった。
 行者岳山頂から少し北に進んだ北西尾根と北東尾根の分岐に展望岩がある(Ca.750m)。展望岩からは、北西尾根に続く破線路から別れ北東尾根を下りる。北東尾根は急峻な岩場が続き、クサリ場が行者堂跡まで2ヶ所、行者堂から1ヶ所ある。また、ロープが要所に張られていたり、一番下のクサリ場には新しい金属製の階段が設置されたりしている。
 Ca.470mピークからは進路を北にとり、最後は斜面を西に回りこむようにして多々良木ダム湖畔へ下りた。こちら側にも登山口の標識が立ち、十分な駐車スペースもあった。

   ■山頂の岩石■ 岩屋観音 流紋岩 (白亜紀 生野層群下部累層)
              
展望岩  火山礫凝灰岩 (白亜紀 生野層群最下部累層)


岩屋観音左の流紋岩の露頭
流理構造による縞模様が見える
 行者岳は、流紋岩あるいはデイサイト質の火山礫凝灰岩を主とする火砕岩から成っている。

 流紋岩は、岩屋観音までの沢の中の一部や岩屋観音背後の岩壁で見られる。斑晶として斜長石(白く変質)、カリ長石(淡褐色)、石英、黒雲母(緑色に変質いること多)が含まれている。厚さ1~2mm程度の無斑晶ガラス質の薄層の縞模様による流理構造が顕著である。この流理構造に沿って、割れやすくなっている。全体的に風化が進み、淡褐色~帯紫褐色を呈すことが多い。
 火山礫凝灰岩は、岩屋観音山門周辺、岩屋観音までの沢の中、行者岳山頂から北に広く見られる。全体的に風化が進み、珪化して緑色を呈す部分も多い。成層している部分があったり、頁岩や流紋岩の岩片を含んでいる部分もある。

 兵庫県(1996)によると、山頂より南には生野層群下部累層が、山頂より北には生野層群最下部累層が分布していることになっている。しかし、
岩相上あるいは構造上それが妥当なのか分からない。

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