「特集 段ケ峰&千町岩塊流」へ

イヌワシが守るか 段ケ峰の自然

風力発電施設建設予定地
(フトウガ峰から段ケ峰を望む)

 兵庫県の中央部、段ヶ峰を中心とする山域に、風力発電施設の建設が計画されている。
 計画によれば、尾根上に高さ100〜130m、直径70〜88mの風車22基が並ぶことになり、建設されれば国内最大級の風力発電施設になるという。

 最近の調査で、ここに絶滅危惧種であるイヌワシが飛来していることが分かり、近くにその巣があることも確認された。食物連鎖のトップにあるイヌワシがここに生存していることは、それだけ豊かな自然がここに残されているということを示している。
 このイヌワシが、つくられた風車に衝突する可能性があると心配されているのである。

 さて、この風車の立つ予定地を地形図上で見てみると、それは達磨ヶ峰・フトウガ峰・段ヶ峰・奥段ヶ峰と続く縦走コースに重なっている。
 このコースは、兵庫の山の中でも特に人気の高いコースであり、私も何度か歩いたことがある。
 山道を登り、樹林を抜けると、一気に視界が開ける。ゆるやかに続く高原のように広がった稜線を歩けば、そこに広がる雄大な光景に誰もが感嘆の声をあげる。標高1000m前後の高所に広がる笹原や、そこに自生するアセビの群落のつくり出す光景は、他では見られないものである。
 山頂付近からは、氷ノ山を始め暁晴山、笠形山、千ヶ峰など兵庫の名だたる山がぐるりと見渡せる。
 この山域を愛する人は多く、四季を通じて数多くの登山者がここを訪れている。

段ケ峰山頂付近の岩塊流
 では、この高原状の地形は、どのようにしてできたのであろうか。

 地質学でいう第四紀は今からおよそ170万年前から始まったが、この時代は氷河時代とも呼ばれ、地球の気温が低くなる氷期が繰り返し訪れた。氷期には、県内でも気温が今より7〜8℃低かったと考えられている。
 岩石の割れ目に入った水は、凍ると体積が大きくなって岩石を割る。今でも、冬の寒い朝に水道管内の水が凍って水道管が破裂することがあるが、これも同じ理由である。
 氷期には、このようなことがさかんに起こり、山頂部の岩石は割れ落ちて山上の低いところを埋めた。その結果として、このような起伏の少ないゆるやかな高原状の地形ができたのである。このような地形を「化石周氷河斜面」と呼んでいる。

 また、私たちは最近、段ヶ峰の山頂近くで大規模な「岩塊流」を調査した。
 これは、割れ落ちた岩石が、凍ったり融けたりしてゆるくなった表土の上を岩石自身の重みでずるずると移動し、山上の低いところに集まって筋のように連なったものである。
 段ヶ峰の「岩塊流」は、県内でも最大級のもので、コケに厚くおおわれた岩石が累々と重なっているその姿は圧巻である。

 この「化石周氷河斜面」や「岩塊流」のような地形は、氷河の周辺に見られることから「周氷河地形」と呼ばれているが、兵庫県でも氷期にそのような寒冷気候を反映した地形がつくられたことを示す貴重なものである。
 このような地形は、段ヶ峰の近くの峰山高原などでも見つかっていて、1998年に作成された「ひょうごの地形・地質・自然景観レッドデータ」のAランクに指定されている。Aランクとは、「規模的、質的にすぐれており貴重性の程度が最も高く、全国的価値に相当するもの」とされている。

 ここに風力発電施設をつくれば、立ち並ぶ巨大な風車やその建設に伴う林道(建設後も観光用などに利用されることが考えられる)によって、景観は一変してしまうに違いない。地形にも手が加えられることになる。
 道路が整備され、風車の観光を目的として、あるいは今より多くの人がここを訪れるかもしれない。しかし、そのとき、ここはもう山ではなくなってしまっている。

 このような大規模な開発によって壊された自然は元へは戻せない。このたび、県の環境影響評価審査会・風力発電所部会は、「イヌワシが絶滅したら取り返しがつかない。エネルギーはほかでも作れる」と中止の要請を決めたという。この決定を地元も業者も尊重し、今回の計画を撤回することを願っている。そして、私たちは、この山域を次世代にどのような形で残すのかを真剣に考えなければならない。

 “風の精”イヌワシが飛翔し、氷期の地形形成の歴史をそのまま残した段ヶ峰周辺の山々。私は、この地を兵庫の聖域だと思っている。

2006年4月30日

橋元正彦(日本岩石鉱物鉱床学会会員 HP「兵庫の山々 山頂の岩石」