金と義と家族と……


第1章 〜ある男たちの出会い〜


「マッシュ、後は自分で何とかしろ!」
マッシュ・レネ・フィガロは兄のこの言葉を最後に、レテ川を下流へ流れていった。辿り着いたのは何も無いだたっ広い草原。
「畜生、どこだよここ!?」
彼は地団駄を踏んだ。それはそうであろう。いきなり生身で川に放り出された上に、こんな所へ流れ着いた。怒るなという方が無理な話である。
「どうしようか・・・・。おい、そこのアンタ。オレ、ナルシェに生きてえんだけどよ、道教えてくれねぇか?」
マッシュは、草原の中にポツリと立つ一軒家の庭に、全身黒ずくめの奇妙な男を見つけた。もうすぐ初夏を迎えようかというのに、全身黒ずくめなのである。しかも、自分からは返事をしようともしない。
「聞いてんのかよ、オイ!」
マッシュに肩を掴まれ、男は物憂そうに振り返った。
「ナルシェに行くには、ドマ領を抜けなくてはならない。が、今は帝国が陣を張ってる。」
「何、帝国が?」
「金次第でドマまで案内してやってもいい。」
そう言って、男はまた俯いた。
「ナ、ナメンなよ!あ、足下見やがって!」
マッシュは礼も言わず、一人で歩き始めた。が、
「帝国陣地は堅いぜ?何しろケフカにレオ将軍も来てる。」
歩みを止め、振り返った。
「分かったよ、もう!いくらだよ?」
「いくら持ってる?」
「え〜と・・・・3500だな。」
「よし、3000でいいだろう。」
男はその金でチョコボの行商人から手裏剣を10枚買った。
「オレはマッシュだ。お前は?」
「・・・シャドウ。そう呼べ。」
道中、歩きながらモンスターを片付けていくうち、マッシュは、この男がただ者では無い事に気が付いた。
4時間ほどで、二人はドマ領にある帝国陣地に近づいた。



さて、彼らがドマ領を目指していた頃、ドマ城では大変な事が起こっていた。
「城門を開けよ!我々は帝国である!」
隊長格の男が城内へ呼び掛けるが、応答は無い。
「隊長、どうしましょう?」
「構わん。城壁を乗り越えろ!」
隊長の指示で、兵士は一斉に城壁を登り始めた。この事はすぐに城内にも伝わり、ドマ親衛騎士団の間には、絶望が走った。
「これまでか・・・・。」
副団長のその溜め息で、そこにいた者全員がへたり込んだ。
「待たれよ。」
その時、1人の男が国王の間から現れ、へたり込む戦士たちの中心に立った。
「団長!」
騎士団の団長である。年の頃は50歳といったところだろうか。立派な髭をたくわえ、長い日本刀を携えていた。
「諦めるにはまだ早い。敵の隊長を討ち取り、退散させるでござる。」
男は、腕利きの兵士2人を連れ、勢いよく城門を開けた。
「拙者はドマの戦士カイエンである!いざ、尋常に勝負!!」
日本刀を御し、敵の隊長に突撃した。
「小癪なっ!」
敵も隊長である以上、意地がある。カイエンも、国を賭けて戦っている以上、負けられない。双方、気持ちのぶつかり合いである。腕などは、それほど意味を成さない。勝ちを呼び込むのは、そう、気持ちの強さだけである。
「ぬううりゃぁっ!」
カイエンの一刀が、敵隊長の左肩を斬り落とした。
「ぐああっ!」
堪らず転げ回る。その横で、斬り落とされた左腕がまるで独立した生き物のようにピクピク脈動していた。
「お主の負けでござる。諦めて兵を引け。」
カイエンが降参を促すと、男は残った右腕で、滅茶苦茶に斧を振り回し始めた。このまま軍に戻っても死刑は免れない。いや、下手をすると残った家族にまで、危害が及ぶ。討ち死にならば、そんなことにはならない。
「こ、故郷には家族がいるんだ・・・・。負けられねぇんだよ!」
「仕方ない・・・・御免!」
右腕を斬り落とし、返す刀で心臓を一突き。とどめであった。
「拙者も、義のため、家族のために負けられぬのでござる・・・・。すまぬ・・・・。」
「うああっ!た、隊長がやられたあっ!全員退却!!」
周囲の帝国兵は、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
「よし、このまま篭城するでござる。」
再び、ドマ城の門は固く閉ざされた。
(すまぬ・・・・。)
カイエンは何度も心の中で繰り返した。



帝国陣地には、シャドウの言った通りケフカとレオが来ていた。ケフカとレオ、しばしばその正反対な性格ゆえに衝突することが多いが、強さはほぼ互角。双方ガストラからの信頼は厚い。但し一般の兵士からの人気という点では、レオが圧倒的に上回っている。このレオ、あまりに悲劇的な最期を迎えるが、それはここでは余談。さて、この日もまたこの2人の意見は食い違いを見せることとなる。
「川に毒を流せ!そうすりゃ一気にカタがつくさ。」
「早まるな、ケフカ!敵とて人間なんだぞ。それを忘れるな。」
「うるさい。ガストラ皇帝は皆殺しにしろとおっしゃったんだ。」
「それは分かっている。ただ他にも方法があるだろう、と言ってるんだ。」
「そんなのあるもんか!あまり手間取っていたら、皇帝の怒りを買うだけだ。」
「お話中、申し訳ございません!レオ将軍に本国より帰還命令が出ております。」
「そうか、分かった。いいか、ケフカ。くれぐれも早まるんじゃないぞ。」
レオは帰還命令を伝えてくれた兵士に労いの言葉をかけ、チョコボを駆り足早に陣地を去った。
「いい子ぶりやがって、ふん。構わん、毒を用意しろ。」
「しかし、レオ将軍は・・・・。」
「うるさーい!今この陣地で一番偉いのはこのボクだ!」
命令された兵士はしぶしぶといった体で、テントへ消えていった。
「レオか・・・・。なかなか見上げたヤツだ。それより、ケフカを止めねぇと。」
「行くのか。はぁ、契約外だな・・・・。」
彼らは、ケフカをこっそり尾行したが、すんでの所で逃がした。
「くそっ!見失った!!」
「もう諦めろ。それよりさっさとナルシェへ向かうぞ。」
一方、彼らの手より逃れたケフカは川に猛毒を流した。
「ヒッヒッヒ・・・・。何百もの悲鳴が奏でるオーケストラ、さぞ素敵だろう。ヒッヒッヒ・・・・。」
ドマ領の生命線とも言えるドマ川は、みるみる紫色に染まった。この川は、ドマ領全てを貫くように流れている。結果は、見えていた・・・・。



「動きが無いですな、カイエン殿。」
城の守備兵は呼び掛けるようにカイエンに話し掛けるが、彼はてんで上の空である。
「カイエン殿、どうなされた?」
「え?な、何でござるか?」
「・・・・まださっきの帝国の隊長のことを気になされているのか?」
図星だった。カイエンの頭からは、先ほどの帝国軍隊長の死に様が頭にこびりついて離れない。
(家族がいる、か・・・・。)
カイエンは空を見上げた。見事なまでに晴れ渡った空に、初夏の雲が一筋、二筋とたなびいている。彼にも家族はいる。妻と息子が1人。彼はその息子を目に入れても痛くないほどに、可愛がっていた。それを恥ずかしいなどと思ったりしたことは無い。むしろ、誇りにすら思っている。しかし、あの帝国軍隊長にもそういった子供がいたのかも知れない。そのことを考えると、また彼の胸は締め付けられるのである。
「カイエン殿、少し堀を見て下され。」
そんなカイエンの思考を遮るように、横の守備兵は再び声をかけた。
「水の色が・・・・。」
おかしいのである。どう考えても普段の水の色ではない。
「む?・・・・いかん!あれは毒でござる!」
「だとすると陛下が・・・・。」
守備兵が言うか言わないかのうちに、彼は駆け出していた。国王の間へは、階段を下ってすぐ。一気に駆け込んだ。
「陛下っ!」
「誰だ・・・・?その声は・・・・カイエンか?そこに・・・・いるのだな・・・・?」
「しっかりして下され!カイエンはここにおります!!」
「もはや、目が見えぬ・・・・。カイエンよ、お主には・・・・本当に世話になった。私の、父の代よりこの国に使えてくれた恩、本当に感謝するぞ。・・・・もう、私はダメだ。お主の・・・・家族の所へ・・・・行ってやれ。」
「陛下っ!」
「行くのだ、カイエンよ・・・・。これは命令だ・・・・。」
カイエンは国王の間を飛び出し、夢中で駆け出した。その目からは、熱いものがポロポロとこぼれ落ちていた。
「ミナ!」
彼が私室に戻ると、妻は変わり果てた姿となっていた。余談だが、騎士団関係者で城内に私室を許可されているのはカイエンだけであり、彼はここに妻と1人息子を住まわせていた。
「しっかりしろ、ミナ!」
反応は無い。
「シュン!」
ベッドに息子が寝ているように思い、布団を剥いでみたが、そこには息子の姿は無かった。あったものは、変わり果てた死骸1つ・・・・。
「シュン!」
こちらも反応は無い。全てが、終わっていた。
「・・・・許さん。」
彼の中で何かが弾けた。
「許さんぞ、帝国め!」
三度駆け出した。今度は目から熱いものはこぼれない。あるのは、ただ狂気のみ。



「何だ、アイツ。」
マッシュは奇妙な男を見つけた。風体からして、どう見ても帝国の兵士ではない。しきりに、何かを探し回っているようであった。
すると突然、目の前にいた帝国兵と戦い始めた。
「あっ!お、おいシャドウ、助太刀するぞ!」
「またか・・・・。はぁ、妙な依頼主に雇われたものだ・・・・。」
数分後、事は済んだ。
「かたじけないでござる。」
「いいってことよ、気にすんな。それより、ナルシェへ行きたいんだけどよ・・・・。」
「ナ・・・・ルシェでござるか。少し、キツイでござるな。獣が原を抜け、港町ニケアに出ねば・・・・。」
「そうか、ありがとよ。」
カイエンは、マッシュの軽さに面食らった。獣が原といえば、古今東西のあらゆる獣が闊歩する魔の草原。生きて抜けた者はいない。
「ま、待つでござる!獣が原のことは知っておられるのか!?」
「知ってるさ。でもオレはどうやってもナルシェに行かなきゃダメなんだ。」
「一体、ナルシェに何があるというのでござるか?」
「兄貴との約束だ。んでもって、帝国をブッ潰す!」
カイエンは、この男の豪放さに目を見張った。そして同時に、この男に自分と同じような匂いを感じ取った。
「よろしい。では拙者も御供し申す。先程の助太刀の義、返さねば武士の恥でござる。」
「本当か?そりゃあ助かる。え〜と、オレはマッシュで、こっちはシャドウだ。」
「拙者はドマ国の戦士、カイエンにござる。」
二人は固い握手を交わした。しかし、今私が書かんとしているのはそこではない。この場にいるもう一人の男との出会いである。
「シャドウ殿、よろしくでござる。」
カイエンは握手を求めたが、シャドウは軽く黙礼しただけである。この二人の関係は、ここから始まる。

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