「!? イェーガーが……」
甲板の上のスプモーニは、爆沈していくイェーガーを肉眼で目撃した。
「ヨシノ君……君の戦いも終ったのだな…」
そう呟きながらもスプモーニは、前方のベリーニに銃を向けたまま、注意を怠らない。
「………ウウウッ」
対するベリーニは、イライラで唇をかみ締める。怪我らしい怪我は殆どない。だが。
「ウオオオ!」
ベリーニの掌に魔力が集まる。しかしその瞬間、
ダゥンッ
スプモーニの弾丸は正確に、その魔力の固まりを打ち抜いた。四散する魔力。
ベリーニは巻き添えを喰わないように飛び下がるのがやっとであり、魔法を撃つこともできない。
「畜生!!」
こんなやり取りが、もうずっと続いていた。スプモーニの早撃ちは、ベリーニに魔法を使う暇を与えないのだ。しかし、スプモーニから仕掛ける攻撃も、ベリーニの魔力によって阻まれている。
「……だが、それでいい。機械兵もいなくなったのなら、私はコイツを足止め出来ていれば十分だ。」
落ち着いているスプモーニに比べ、ベリーニはそうではない。彼の狙いは、あくまでポロムとパロムであり、スプモーニとの戦いは、只の前哨戦に過ぎなかった筈なのだ。それが、こうまで梃子摺らされるとは、計算外だった。その苛立ちが、彼から冷静さを奪っていた。それが結果として、スプモーニに有利に働いていた。
睨み合う間、スプモーニは片手を背の後ろにし、こっそり、銃のカートリッジを取り替える。ベリーニは、相手には弾切れが起こるということにすら、気付いていない。
『こうして、暫らく抑えていれば、いずれ魔力も尽きるだろう。その時こそ、狙い目だな。』
そのスプモーニの判断は的確であった。しかし、彼にも計算外の事態が起ころうとしていた。
ゴオオオオオオオオオオォォォッ…
轟音を唸らせ、エスタールに迫るハイシップ。
「何!?」
「この感じ…ティツィだ!」
ベリーニが嬉しそうに声を上げる前に、スプモーニは黒いハイシップに向けて銃を撃つ。
「何度も特攻させられてたまるか!」
適格な射撃と、更にエスタールからの機銃も喰らい、あっという間に炎上するハイシップ。
「あと少し……!?」
「させないよォ!」
雷撃を放つベリーニ。しかし、スプモーニはそれを間一髪でかわしながら、更にハイシップを撃つ。
四機全てのエンジンをやられ、制御を失ったその艇は、エスタールの上空で爆発した。
「ああぁ!」
思わず悲鳴に近い叫びを上げるベリーニだったが、それは直ぐに安堵の笑みへと変わる。
爆炎の中に、人影を確認したからだ。それは、既に赤銅色の巨人へと姿を変えたティツィアーノ。
「なに!? あの爆発で…」
ヒュォォォォォォォォォ………ズガッ!!
驚くスプモーニを尻目に、上空から降ってきたティツィアーノは、ベリーニの傍らへと着地した。
「ティツィ!!」 見上げるベリーニに応えるように、巨人は両腕を高々と振り上げ、咆哮する。
「ガアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「!」 そのプレッシャーに危険を感じたスプモーニは、先手必勝とばかりに弾丸を放つ、が。
キィンッ
金属音が響き、弾丸はティツィアーノの赤い皮膚によって弾かれた。
「……この間潜入してきた、鋼鉄の身体を持つ敵っていうのはコイツか……」
銃が効かないティツィアーノの能力は、スプモーニとはかなり相性が悪い。どうするか?
しかし、その思考は中断される。ティツィアーノが猛然と突進してきたからだ。
「! デカブツの割に!」
その動きは速く、あっという間にスプモーニとの間を詰める。
「ガゥア!」
「く!?」
振り下ろされる強烈な拳。だが、それは甲板にめり込んだだけだ。
スプモーニは飛び下がってかわしながら、続け様に拳銃を放つ。
キィンッ キィンッ
「やはり効果無しかッ ならG.J.で…!?」
「ファイラ!」
ベリーニの繰り出した火球が迫る。
「チィッ」
間一髪、転がって難を逃れたが、立ち上がったところへティツィアーノの拳。
ズガッ!
鈍い音と共に後方に弾き飛ばされるスプモーニだが、両足を踏ん張って堪え、体勢を立て直した。そして、手にした拳銃を捨てる。その砲身はひん曲がっている。咄嗟に相手の拳に振り下ろし、盾にしたのだ。
「ぐッ…」
だが、ダメージはある。腹部を押さえながら、間合いを取る。
「ハッハハハ、いいザマだねぇ!」
ベリーニは嘲るように笑いながら、そしてティツィアーノは構えを取りながら、ジリジリと向かってくる。
「さすがに二人相手は、分が悪いか…」
だがスプモーニは、まだ絶望してはいなかった。
背から新たな二丁の拳銃を取り出し、スプモーニは身構える。
「これでも'戦神の目'、舐めてもらっては困る!まだまだこれからだ!!」
ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…ン…
押し殺したような重低の機械音が響く扉の前で、今、二人の美しくも屈強な戦士が対峙していた。
扉に向かって、エルクス=オウン。
それに対し、扉を守って立つのは、クラーレット=フロート。
「まさか、メインエンジンの護衛がたった一人だとは思わなかったぞ。」
エルクスは、ここに到達するまでに既に血塗られたサーベルを、かまえながら言った。
「貴様など、私一人で十分だということさ。」
シミターを両の手にし、クラーレットは余裕の笑みを浮かべた。
だが実際には、余裕など持てる相手では無かった。
クラーレットが一人でいたのも、これ以上艦員の犠牲を出さない為。元々のメインエンジンの護衛がそれに従ったのは、自分達では足手纏いにしかならないと悟ったからだ。それ程に、ここに来るまでのエルクスの闘いぶりは、凄まじかった。
「まるで、私が此処へ来る事を解っていたような口ぶりだな。」
「解っていたさ。そして、お前なら到達できるだろうということも。」
双方の全身に、闘いの気が張り巡らされる。
「フフ、国の復讐の為、私を殺すか?」
「………。」
無言のクラーレットを前に、先にエルクスが動く。
その刃は、最早、一筋の閃のようにしか見えない程の速さ。
が、クラーレットは紙一重でそれをかわし、技を繰り出す。
「ラ・ターシュ!」
「くっ!」
エルクスはなんとかサーベルで受け止めるが、その技のキレに、以前刃を交えたクラーレットとは別人のような威力を感じた。
「復讐など、もうどうでもいい。今はただ、アイツの守ったこの船を、私も守りたいだけだ!」
その緋の瞳が更に紅く燃える。
二人は一瞬の鍔迫り合いの後、お互いに間合いを取った。
「フ、なるほどな。前以上の気迫というわけか。だが…」
途端、エルクスの目つきが変る。
「それならば私も同じ事! 否、私の思いは誰よりも勝る!!」
溢れ出す闘気は、彼女も前より遥かに力強くなっていることを、クラーレットに感じさせた。
「いくぞ! G.J.スノウ!!」
サーベルの束に埋め込まれた青い宝石が輝く。その真の能力はクラーレットにとって、まだ未知のG.J.だ。前回エルクスは、退却の時にしか使わなかった。
「氷雪乱舞(ブリザード・ダンス)!!」
空気中の水分が凍って粒となり、吹雪となってクラーレットを襲う。
「くぅッ」
それは視界を眩ますだけでなく、強烈な冷気となって体力を徐々に奪っていく。
「もらった!!」
吹雪で動きを止めたクラーレットに、エルクスのサーベルが迫る。そして…
「!?」
貫いた、ハズだった。だが、クラーレットの身体は霞みのように消える。
「…フェンリルの幻影か!」
「サン・ジョセフ!!」
二刀のシミターの輝きが、確実に敵を捉える。
しかしエルクスの身体も、クラーレットと同じく蜃気楼のように揺らいで消えた。
「な、に?」
すぐさま背後に気配を感じ、飛び離れる。
吹雪が止んで、視界が良好になると、二人は始めと同じく対峙していた。
「分身の術、真似させてもらったよ。」
エルクスは薄く笑った。
「氷で幻像を作ったのか…」
「そういうことだな。だが、私の能力は君のように、ただ幻を作るだけではない!」
叫んだエルクスがサーベルを振ると、氷の散弾が飛び出した。
「氷塊散弾(アイス・ショット)!!」
通常ではかわしきるのは不可能であろう速度と距離、しかしクラーレットの反射神経はこれまでにない程、研ぎ澄まされて、散弾の悉くをかわした。いや、少量はその身に受けながらも、前進してくる。
「何!?」
「うおぁぁぁぁぁッ!!」
吼えた。そして、剣。
力強いその一撃は、エルクスの胸部アーマーを叩き割った。
「ぐぅッ おのれ!」
一瞬たじろぐものの、エルクスも負けていない。すぐさまサーベルを繰り出す。
カキィン!
剣と剣のぶつかり合い。しかし両者とも引かず、そのまま剣の打ち合いとなる。
「これだけ接近すればG.J.も使えまい!」
攻撃力の高いG.J.を持つエルクスを相手にするには、離れれば不利となる。
そう読んだクラーレットは、このまま決着をつけてしまうつもりで更に気合いを込めた。
「……そうかな?」
エルクスは、右手のサーベルで二刀のシミターを受けながら、左手を掲げる。その手の中に、氷の結晶が集まっていく。それは瞬時に、鋭利な氷の刃となった。
「な!?」
「氷極刃(アイス・ブレイド)。」
振り下ろされた氷の剣。不意をついたその一撃は、クラーレットのシミターの束に直撃し、破壊した。
「しまった!」
クラーレットは後方へと下がるしかなかった。
「甘く見たな! セントラ軍最強の戦士と謳われているは、キールでも、ホーセズでも、魔導戦士どもでもない!この、私だ!!」
エルクスのそれがハッタリではない事を、クラーレットは肌で感じていた。
『確かに、強い…』
サーベルと氷の剣の二刀流でかまえるその姿は、微塵の隙もない完全無欠の戦士に思えた。
「……だが、退くわけにはいかない!」
クラーレットは、一刀だけとなったシミターを両手で握り締める。
「その心意気は良し。だが、実力差は圧倒的だぞ?」
「例え刺し違えてでもッ!」
瞬間、クラーレットはエルクス目掛け飛び出していた。
「む!?」
エルクスに迫るその姿が、二人、三人と徐々に増えていく。
「フェンリルの多重使用か!」
それは、使用者にとって並大抵の消耗ではすまない。この一回が限度。
『勝負をかけてきたな。』
エルクスは自分を囲むように増えていくクラーレットを目で追いながら、身構える。
そして、その数が10人にも達したその時。
『くらえっ!』
10人のクラーレットが一斉に斬りかかる。360度からの攻撃。本物を見極めない限り、回避することは不可能。…だが。
カシィィィィィィィン!
「え…」
クラーレットの刃は、エルクスの眼前で'見えない壁'に阻まれた。
「惜しかったな。」
それは、エルクスを覆う氷の壁。壁は、クラーレットの攻撃を受け止める程の強度はなく、直ぐに砕けてしまうが、その僅かな時間は、エルクスに攻撃の隙を与えるには十分だった。本物さえ見極められれば、いいのだ。
バキィィィンッ …ザシュッ!
氷の剣はクラーレットのシミターを凍結させ砕き、サーベルはクラーレットの左肩を切り裂いた。
「ぐあっ!」
肩から鮮血が流れる。
瞬間に身を捩っていなければ、致命傷になる一撃だった。
「どうやら、これまでのようだな。」
エルクスは、非情に剣を向ける。
左肩を押さえながらもエルクスを睨めつけるクラーレットだが、疲労と痛みでその表情が歪む。
『……ここまでか……』
武器も無くし、G.J.を使う力も、もう残っていない。クラーレットは死を覚悟した。
『それをなんとかするのがヒーローってもんだろ?』
「!!」
クラーレットは、自分が無意識に、腰に差した棍…『夢幻』を掴んでいるのに気が付いた。
「そうだったな、最後まで悪足掻きするのが、お前流だったな。」
クラーレットは小さく笑った。死の際に、妙に安らかな自分の心持ちが不思議だった。
そして、二本の棍を、手にする。
そんなクラーレットを、エルクスは無感動に眺める。
「今更そんな重そうな棍棒などを出してきても、お得意の三日月刀ほど速くは振れまい? 無意味な行為だと思うが。」
「そうかもしれない……だが、私は最後まで諦めないと、誓った!この船を守る為に!」
クラーレットの気迫を感じ、エルクスも構えを取った。
「ならば、今度こそ決着をつけてやろう!」
先に動いたのは、エルクス。
瞬間、クラーレットの両手の棍が真っ二つに割れ、中から刃が現れた。
「な!?」
「斬撃棍『刃金(はがね)』!!」
『夢幻』最後のモードチェンジは二刀の剣。この形態は、常にガフと供に戦ってきたクラーレットしか知らない。
「小賢しい!」
「負けられないッ、アイツが――――」
交錯する二人。閃光を走らせる刃。―そして。
二人はお互いを駆け抜け、背を向けた状態で、立ち尽くす。が、その静寂は永くは続かなかった。
「…………あッ……うう……」
額から血を流し、クラーレットは膝をついた。『夢幻』は、左手にしかない。そのまま、空いた右手を地に着いてしまう。
対するエルクスは、立ち尽くしたまま驚嘆の表情となった。
「……我が、氷極刃でも壊せないとはな……この、剣は………」
そう言って掴んだ『刃金』は、エルクスの右胸に突き立っていた。流れゆく大量の血は、みるみる内に、床を鮮血に染め上げていく。
「……フフ、動力部を目の前に、して……ここ、までか………ぐはッ」
エルクス=オウン少佐は、ゆっくりと倒れていく。狭くなっていく視界。
「………嗚呼、アドニス様………」
自らの作り出した紅い池に沈みながら、エルクスは最期にアドニスの笑顔を想い起こそうとしたが、急速に薄れていく意識が、それを許さなかった――。
クラーレットには、振り返る力も残っていなかったが、この場にはもう敵が居ない事は分かっていた。
「………ごめん、来るなって言われてたのに…………でも、もう、疲れちゃった………」
遂には地に伏してしまったクラーレットだったが、左手の剣は、しっかりと掴み、離さなかった。
額からとめどなく流れる血で、目の前が緋色になる。
「………迎えておくれよ……今度は…ちゃんと……言うから………」
'彼'は、仕方なさそうに、微笑んだようだった。