「ヴィンセント、起きてる?」
 ノックとともにドアを開け、エアリスがひょこっと顔を出す。
「ああ」
 ヴィンセントは、顔をあげようともせず素気なく答えた。
「あっ、銃の整備? マメね」
 夜も遅いというのに頓着せず、エアリスはすたすたと中に入ってきた。
 一行は、ゴンガガ村でばらばらに厄介になっていた。クラウドが、古代種の神殿でセフィロスに黒マテリアを渡して以来、気を失ったままなのだ。事の重大さはわかっている。だが誰も“裏切り者”であるクラウドを見捨てたりしなかった。かといって彼のために何をしたらいいのかわからず、ただ彼の目覚めの時を悶々と待ち続けている。
 ヴィンセントは、物置になっていた村長の家の2階に陣どっていた。彼とケット・シーが同室なのだが、ケット・シーは今クラウドの看病にいっていて留守だった。
 エアリスはヴィンセントの向かいの椅子に腰をおろし、テーブルいっぱいに置かれた数々の銃を見つめた。
「触っても、いい?」
「ああ。弾丸は抜いてある」
 遠慮がちに聞くエアリスに、やはりヴィンセントは素気なく返した。
 エアリスは、悩むことなく古い拳銃を手に取った。
「傷があるね、これ」
「ああ。昔のものだな。クラウドから渡されたときには、もうついていた」
「そっか。これ、カームの街で手に入れたんだよね、確か」
「……らしいな」
「ね、ヴィンセントは、カームの街に行ったこと、ある?」
「昔な。タークスだった頃、何度か足を運んだことがある」
「タークスの頃、か……。わたしもね、あるの。母さんと神羅から逃げたとき。わたしと、母さんと、空飛ぶおじさんの3人で」
「そうか」
「そうかって、それだけ?」
 のぞきこむように見つめるエアリスに、ヴィンセントはようやく作業をやめ、赤い瞳をあげた。
「他になんと言えばいいのだ」
「だって、“空飛ぶ”おじさんよ? 普通なら、なんだそれ? とか言いそうなのに」
「わたしにそういった反応を求めるのなら、もっと話題を選んでくれ」
「じゃ、話題かえるね。なんで黙ってるの?」
 エアリスは挑むように言った。
「……主語がないとわからないが」
「またそうやってとぼける! わかってるでしょ。あなただって気がついたとき、ほんとよかったって思ったんだから」
 ヴィンセントは、無視するようにまた作業を再開した。
「ほんと、強情! その強情さに言っておくけど、母さんが死んだのは自分のせいだなんて思わないで」
 怪訝そうに赤い眼をあげると、緑色の眼の凝視があった。
「母さんはあなたがいようといまいと、初めから一人でいくつもりだったのよ。そう言っていたもの」
「……なに?」
 エアリスはうっかり返事をしてしまったヴィンセントに、勝ち誇ったようにピースメーカーを突き出した。もちろんグリップを前にして。
「あなたには、ミッドガルまででいいって言っていたでしょ。でも、ミッドガルに着いてすぐに言ったの、ひとつあることをやったらすぐに別のところに行くって。そこで暮らしましょうって。どこって言っていたかは忘れちゃったけど」
「あること?」
 ヴィンセントは自ら正体を明かしてしまったことに気づかず、愛銃を受け取りながら淡々と尋ねた。
「誰かを連れてくるって言ってた。3人で暮らしましょうって」
 エアリスはそのあと「誰だったと思う?」と意地悪く言うつもりだったが、ヴィンセントはすぐに思い当たった。
「セフィロス……か」
 答えながら苦い後悔が胸を突く。問われて初めて気づいた。ともに神羅にいたのだ。科学者たちが二人を引きあわせないはずはない。どうしてあのとき、そのことに思い到らなかったのだろう。
 あのあと、ヴィンセントを目覚めさせる呼び声は一度もしなかった。5年前にセフィロスが狂気に陥り、ニブルヘイムを焼き払ったときさえも。彼は、もはや誰も求めてはいなかったのだ。イファルナはそうなることを最も恐れていたのだろう。
 エアリスは、小さく頷いて答えた。
「母さんは誰って言わなかったけど、たぶん、ね。あなたと行くと、ジェノバが共鳴しあうかもしれないって思ったんだと思う。そこに自分がいると、どうなるかわからないから。だから、あなたがいたって一人で行ったわ。それなのにあなたが悩むなんて……母さんの決断を冒涜ぼうとく)してるみたいに思えるの。ちょっとキツイ言い方だけど」
「冒涜?」
 ヴィンセントはようやく己の失言に気づいたが、そのことは無視して先を促した。
「母さんは自分で考えて、自分の意志で行動したの。それを忘れないで。そこにあなたが入る余地なんてないわ。あなた、自分がいれば母さんは死なずにすんだかもしれないって思ってるでしょ。そんなこと、ないから。それを言いたかったの。ヴィンセントだって、この旅の途中で、たとえ死んじゃうようなことがあったとしても、あなたを起こしたクラウドを恨んだりしないでしょ? わたしだってそう。自分の意志でここにいるんだし、これからだって自分の意志で行動するんだから。それとおんなじ」
「だが……」
 ヴィンセントは真摯な顔を向け、ためらいがちに呟いた。
「みんな、ね、そのときの自分に考えうる最善のことをしてるでしょ。それがどんな結果になっても、誰のせいでもないじゃない」
 エアリスは、そこでやわらかな笑みを浮かべた。
「母さんが死んじゃったのも、あなたのせいじゃないわ。だから、錘を外して」
「錘?」
 うん、と言って、エアリスはさらに微笑みを広げた。
「やっと、少しだけ光の中に出たんだもの。ほんとは、あなたを縛りつけるものなんて何もないと思う。何が罪かなんて、ほんとは誰にもわからないでしょ」
 ヴィンセントは、はっとしてエアリスを見つめた。なんだろう? 彼女の言葉はそれほど特別なものだとは思えないのに、どうしてか一言一言が心の中に染み込んでくる。その感覚がとても不思議だった。彼女の言葉通り、暗闇から光の中に出てきたような、さっと眼前が拓けたような、そんな感じだった。
「言いたかったのは、それだけ」
 エアリスは笑みを絶やさずに立ち上がると、ドアのほうに向かった。そのとき初めて、ヴィンセントは彼女が大きな袋を持っていることに気づいた。
「それは? エアリス」
「うん?」
 振り返った彼女は、やはり微笑んでいた。
「ああ、これ。クラウドのところに行くのに用意したの」
 ひとかかえ程の袋を持ち上げ、平然と言う。
「今晩はケット・シーが彼を看るのではなかったか?」
「うん、そうだけど。クラウドのこと、ちょっと別方面からみてみようかな、と思って」「別方面?」
「うん。クラウド、自分が誰だかわからなくて悩んでるの。……わたしにもわからないけど。クラウドのなか)にはたくさんの“クラウド”の断片があって――それが彼を傷つけてる。今はあんなこと(黒マテリアをセフィロスに渡したこと)しちゃったあとだし、傷つくことよりも、自分自身が恐くてすごく奥深いところにいるの。まずはそこから連れださないと、何も始まらない。わたしだけじゃない、ティファだって、もちろんみんなも絶対にクラウドを見捨てたりしないでしょ、だから、だいじょぶよって、何も恐くないって、言ってあげなきゃ」
 それは、母の遺言でもある。その意味に気づいたのはヴィンセントに再会してからだった。みんな同じくらい好きなはずなのに、その人の顔以外のものが見えるのは、クラウドとヴィンセント、そしてナナキだけだった。親しくなれば見えるわけではないことには気づいていたが、その違いがわからなかった。
 ――その人を支えて、力になってあげなさい――。
 イファルナは、セフィロスのことを言っていたのかもしれない。運命が必ず最後のセトラである自分と、ジェノバの申し子である彼とを引きあわせるに違いないと。
 だが、運搬船や、古代種の神殿で会ったセフィロスが、自分の知るセフィロスとはどうしても思えなかった。何も感じない、、、、、、)のだ。感情を完全に排してしまったかのように。いや、もとから持っていなかったかのように。
「人の心って、もろ)いけど、でもすごく広くて深くて――頑固なの。ジェノバにはそれがわからない。人の本質は、そうたやすく変わらないってこと」
 だから。おそらく、セフィロスはもうこの世にはいない。自分たちが追っているのは、彼の影にすぎない。エアリスはそう思っている。
「ジェノバは、人をそんなに変えようとするものなのか?」
 ヴィンセントはごく自然にエアリスの台詞を受け入れていた。クラウドにもジェノバが植えつけられているという確信はなかったが、そうだとしても不思議ではないと思っていた。
「……だって、ジェノバはジェノバとして生きてるんだもの。もちろん、ちゃんと意志も持ってる。生物に寄生するしかないから寄生してるけど、その宿主の意志を無くさないと、自分の思う通りに行動できないでしょ」
「そうだな」
 ヴィンセントの場合多少状況が異なるが、言っている意味はよくわかる。
「でも、寄生されたほうにだって意志があるんだもの。身体を明け渡してあげるほど、お人好しじゃない。クラウドがそれに負けそうなら、できるだけのことをして彼を守りたいの」
 それを聞いてヴィンセントが感じたことは、もしかしたら彼女の呼びかけがクラウドの目を覚まさせるのではないか、という予感だった。彼のところ、、、、、)に行って、セトラの能力を使うのではないかと。
 その予感は間違ってはいなかった。だが、エアリスが向かった場所は、クラウドの肉体からだ)が眠る宿屋ではなかった。
 次の日、ヴィンセントはエアリスが行方不明になっていることを知った。



 そして――今。
 ヴィンセントは、壁によりかかってうなだれているエアリスを前に沈黙していた。
 クラウドはエアリスが行方不明になった翌日に目覚め、彼の言葉からセフィロスが彼女を狙っていることを知った。
 一行はすぐさま彼女のあとを追った。――が。間にあわなかった。
 エアリスはクラウドの目の前で絶命した。即死だった。
 黒いとり)のように舞い降りてきた男が、彼女の命を奪い、そして去っていったのだ。
 それでも、貫かれた胸を染める鮮血がなければ、彼女は、まるで眠っているように見えた。
 ――何が罪かなんて、ほんとは誰にもわからないでしょ――
  エアリスは、自分を殺したセフィロスに対してもそう言うだろうか。
 ヴィンセントは、無力な己を痛感しながら震える手をかたく握りしめた。
――自分の意志で行動したんだから――
 それはわかっている。けれども、自分を責めずにはいられない。あの袋に入っていたのは、クラウドのための薬などではなく、旅に必要な最小限のものだったのだ。
 どうして一人でいかなければならなかったのかは、わからない。すぐ近くで、すぐに終わってすぐに帰ってこれるから、そう思ったからかもしれない。何が彼女をこんな北の地まで運んだのか(セトラの導きか……?)それもわからない。
 わかっていることは、覆しようもないのは、彼女の死。それだけだ。
 クラウドが強張った顔で彼女を抱きあげると、祈りの間から地上まで続いている長い長い階段を淡々と昇り、近くに広がる湖を前にようやく立ち止まった。
 報せを受けて集まった仲間たち全員が、沈痛な面持ちで見守る中で、クラウドは少しだけ彼女の穏やかな表情を見つめると、やがて湖に入っていき、そこに彼女を弔った。
 クラウドの手に残ったのは、彼女がしていたリボンだけになった。
 ヴィンセントは、そっと額のバンダナに触れた。
 誰も動かない。動こうとしない。誰かの嗚咽が聞こえるだけで、静謐せいひつ)な場を乱すものは何もなかった。
「ひとまず、昨日泊まった家に落ち着こう」
 しばらくして、クラウドがみんなに声をかける。だが、表情は虚ろだった。頷いたみんな――あのシドでさえそうだ。ヴィンセントは、ふと、「他人ひと)の死に慣れてしまった自分」を自覚した。こういうものは経験すれば平気になるというものではない。だが、中には慣れてしまう者もいるということを、ヴィンセントはこのとき初めて知った。
 が……だからといって、悲しまないわけではないのだ。泣かないからといって、平然と振る舞っているからといって、その心に悲しみがひそんでいないはずはない。
 ――エアリス。わたしには、君のようにクラウドを守ることはできない。だが、この先何があっても、決して彼を見捨てたりしない。
 ヴィンセントは、文字通り葬列のごとく、黙々とクラウドについていく仲間たちのあとに続きながら、一人誓いをたてていた。
 ――そして……イファルナ。あなたが守ろうとしたセフィロスは、あなたが恐れていた方法でしか、決着をつけられないところまできてしまった。わたしは彼に何ひとつできなかったが、もう決して傍観者になったりしない。自分の意志で行動し、結果彼を殺すことになるとしても……それをやり遂げる。
 ヴィンセントの脳裏に、セフィロスの生みの親の面影が一瞬去来した。
 だが、それでも彼の決意を覆すことはできなかった。
 このとき彼は過去と訣別し、現実に生きる道を選んだのだ。



 その後、一行は、セフィロスを追って極北の地へ向かうことになる。
 だが、実際セフィロスと対峙するには、まださらなる試練と時の流れが必要であった。

――終――
1999.09.19

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