風の歌、雲の躍り
「ほんとは、そのときにガウを帰すべきだったんだ」
とぼとぼと街に戻りながら、子供たちは話を続けた。マッシュは、ひとかかえほどの宝箱を担いで無言で歩いていた。
「でも、ガウに引き揚げてもらうのが一番だし、早いし、それで……」
「おれ、ロープを探して部屋中をあさっていたときに、3時の鐘を聞いたんだ。ガウがいたところからだと聞こえなかったみたいで、ガウ、まだ3時になってないかって何回も訊いたんだ。でも、黙ってた」
ガウは自分のストールに金貨を包み、それをロープに結んで引き揚げさせた。何度も何度も。
最後に空っぽの宝箱を引き揚げさせ、子供たちが金貨を宝箱に移している間に狭い壁を伝って昇ってきた。
そして。宝箱を引きずって玄関口に運び、子供たちだけ外に出て狂喜していたときにマッシュが現れたのだ。
マッシュは子供たちとともに町長の家に行き、事の次第を説明して宝箱を引き渡したところで、感激した町長の制止も聞かずに街を後にした。
恥ずかしかった。
自分では駄目だ。そう思った。
飛空挺はもう行ってしまったが、早ければ明日の今ごろ戻ってくる。それまで飛空挺が停泊していた丘で頭を冷やしていようと思った。
「ガウ殿はどうしたでござる?」
突然声をかけられ、マッシュは驚いて声がした樹に目を凝らした。暮れなずむ夕陽を顔半分に受けて、カイエンが木陰で胡座をかいていた。
「残ってくれたのか……」
ほっとしながら、どこかでそれを知っていた自分に気づく。エドガーかカイエンがきっと自分たちを待ってくれていると。こんなにうれしかったのは一年ぶりに
「エドガー殿が残ると申されたのだが、拙者が残ることにしたでござるよ」
「助かったよ……」
マッシュはそう言って、街に向かう道すがら事の次第をカイエンに説明した。
「マッシュ殿は本当に次男坊でござるな」
全てを聞き終わり、街の手前でカイエンはそう言って微笑みかけた。
「え?」
「ガウ殿がどこにいるかわかっていたのに、そこに行かなかったでござろう。誰かがきっと丘に残っている、それを期待して戻って来たのではござらぬか?」
「……そうらしい」
マッシュは素直にそれを認めた。何かあると、ガウはできるだけ自然が多く残っている場所に行く。この街の場合、それは一箇所しかない。
「長男だとそうはいかないでござる。頼るべき相手がいないでござるからな。それで自分で解決する術を模索するのでござるよ。同じようなことがあっても、エドガー殿なら迷わず川原に行っていたはずでござる」
「………」
「誰かを頼ることは決して悪いことではないでござるよ。また、頼られるほうもそれでより自信をつけるものでござる」
カイエンはそう言って風のような笑みを向けた。
「ただ、自分で果たすべき責任は、他の誰にも肩代わりできないものではござらぬか? まず、マッシュ殿が行きなされ。拙者はあとから行くでござるよ」
「……わかった」
そこまで言われて、一緒に来てくれとは言えない。
街に入ってすぐのところで二人は別れ、マッシュは川原に、カイエンはのんびりとした足取りで目抜き通りに向かった。
露店をいくつか覗いてから川原に行くつもりだったが、街中に出たとたん、カイエンは人々にもみくちゃにされた。
どうやら宝探しに自分も一枚噛んでいたと思われているらしい。それは違うと繰り返しながらどうにか人の群れから離れ、ふうと一息ついたところで、流れ者らしい男がカイエンの前に立ちはだかった。
男はアウインと名乗った。出身はモブリズで、ガウを知っていると。帽子、コート、ブーツを赤でそろえ、艶やかな長い髪を無造作に束ねている。どことなくロックと同じにおいのする、隙のない男だった。
「俺はほんの今しがたこの街に着いたばかりだが、驚いたよ。あのガウが街の英雄になっているんだからな」
「ガウ殿にはその器がないと言われるでござるか?」
二人は街の隅に佇み、カイエンは挑むような視線をアウインに向けた。
軽い笑いがそれに応える。
「誰もそんなこと言っちゃいない。あいつが獣ヶ原から出たことが信じられなくてな」
そう言ってアウインもまた挑むような視線をカイエンに投げた。
「俺も、あいつを外にだそうと思ったことはあるが、あいつにはあそこが一番似合っている。街はあいつを殺すだけだ」
「そうでござろうな」
ゆっくりと頷いたカイエンに、アウインは目をむいて食ってかかってきた。
「それがわかっていて、なんだってあいつを獣ヶ原から連れだしたんだ! あいつ、川原で『風の歌』を吹いていたんだぞ!」
「風の歌? なんでござるか、それは」
「それも知らないのか」
見下したような視線が返る。
「あいつが寂しいときや悲しいときに吹く口笛だよ。あまり悲しすぎるとそれすら吹けなくなるけどな」
「ガウ殿の口笛でござるか。拙者たちは一度も聞いたことがないでござるよ。よく、ぴょんぴょん飛び跳ねているのは見るでござるが」
そう言うと、アウインは黙ってしまった。
「……そいつは『雲の躍り』だ」
しばらくして、ようやく口を開く。
「あいつはうれしいことがあるとやたらと跳び跳ねる」
カイエンは、ほう、と感心したように目を細めた。
「アウイン殿はガウ殿のことをよく知っておられる」
「嫌味か」
低く呟いてカイエンをじろりと睥睨 する。だが、その瞳に敵意はない。
「どうやら俺が心配するまでもなかったようだな。あいつは俺と世界にでることを拒んだが、あんたらとは一緒についてきた。あんたの仲間、ガキどもが見つけた金貨を、一枚ももらわずにさっさと街からでていったそうだな。ガウのやつ、人を見る目がありやがる」
「タイミングの問題でござろう。拙者たちがガウ殿に会ったのは1年と少し前でござった。獣ヶ原がちょうどガウ殿には狭くなっていた頃ではないですかな」
アウインは苦笑のようなものを浮かべた。
「まあ、な。俺があいつを誘ったのは5年前だ。……5年、か。ガウももう14だ、世間を知るほど自分を省みるようになる。俺が言うまでもないことだろうが、あいつはあれで頭がいいし感受性も強い。自分がどんなふうに産まれてどんなふうに獣ヶ原に捨てられたのか……もう知っているのか?」
「――実の父親と会ったでござるよ」
「そうか……」
アウインは完敗した、というように目を閉じた。
「あいつのためにと思って必死になって親を探して……見つけたと思ったらあんな奴じゃないか。俺にはどうしても会わせることができなかった、あんなのが親父だなんて誰だっていやだろうと思ってな」
「ガウ殿は、親父殿が生きていてうれしいと言っていたでござる」
アウインが目を開ける、カイエンは穏やかな顔をしていた。
「うれしい、か。あいつらしい……俺にはとてもじゃないが言えやしねえ。馬鹿野郎と怒鳴って2、3発ぶん殴ってる」
「それなら、マッシュ殿がやろうとしたでござるよ」
「マッシュ?」
「宝箱を運んだ男でござる。そのマッシュ殿をとめたのがガウ殿でござった」
「とめたのか……」
そう呟くと、アウインは目抜き通りに向かって歩きかけた。
「引き止めたりして悪かったな。あんたみたいな奴がガウの仲間なら安心して任せられる。あいつのこと、頼んだぜ」
よほど川原で声をかけて、そのまま獣ヶ原まで連れて行ってやろうと思った。けれども、ガウが誰かを待っていることがわかってその一歩を踏みだすことができないでいた。
どうやらその判断は正しかったらしい。
「拙者たちが責任を持つでござる。アウイン殿も達者ですごせられよ」
カイエンが言うと、アウインは振り返らず軽く手を挙げてそのまま立ち去って行った。
カイエンは、自分がガウと一人息子を重ねていたことを知っている。息子、シュンはガウよりも幼くおとなしい男の子だった。
一度、ガウに訊かれたことがある。
カイエンはガウを見て誰を見ているのか、と。
そのときに初めて気づいた。ケフカの卑劣な手にかかり、母親とともにその短い生涯を終えた息子への想いを、そのままガウに注いでいた自分に。
ガウは幼くも弱くもない。息子の代わりとしてではなくガウ自身を見守り、その成長に責任を持たなければならない。
カイエンは、アウインを見送りながらその思いを新たにしていた。
マッシュが川原に着いたとき、壮麗とさえいえる夕焼けが西の空を染めあげていた。辺りは昏い朱色に塗り替えられ、一日の名残をかろうじてとどめている。
さわさわとススキがそよぎ、川が静かに流れていく中で、よく通る口笛が聞こえた。単調で、だがそれゆえ物悲しい曲だった。
ガウはススキが途切れた土手の手前に屈みこみ、目の前の小さな土山を見つめていた。
しばらくして朱色の空に紫が加わる。それでもマッシュは声をかけることができなかった。
ガウもとっくにマッシュのことに気づいている。それでも振り向きもしない。
――自分で果たすべき責任は、他の誰にも肩代わりできないものではござらぬか?――
カイエンのこの言葉を思いださなければ、マッシュはカイエンがくるまでずっとそこに突っ立っていたかもしれない。
「ガウ?」
どうしても近づくことができず、やや離れたところで声をかけると、ガウは口笛を止めただけで振り向こうとはしなかった。
「悪かった。理由はお前の友達から聞いたよ。何も聞かずにいきなり殴ったりしてすまなかった」
そう言って頭を下げる。
ずっとそうしていたが、ガウは振り向かないし何も言わない。
「もう少ししたらカイエンが来るから。明日の夕方になれば、みんなも戻ってくる。きっとリルムもストラゴスも一緒だ。そうしたら、また旅を続けてくれないか?」
顔をあげると、くしゃくしゃのストールが風に揺れているのが見えた。汚れがところどころ落ちている。そのストールや髪が濡れているように見えるのは、気のせいだろうか?
「ガウ、お前、ひょっとして川に落ちたのか?」
たとえ落ちてもガウなら溺れることはない。案の定ガウは首を横に振り、ようやく口を開いてくれた。
「落ちてない、飛びこんだ。イヌの声がして探したら、誰かが箱にいれたイヌを川に流してた」
「………」
「すぐに助けようとした。でも箱はみるみる沈んで、イヌは溺れて……」
そこで言葉を切り、おもむろにこちらを振り返る。まっすぐで意志の強い眼差がマッシュに向けられる。
そのガウ越しに見える小さな土山の上には、小石がひとつふたつ積んであった。
「ガウ、間にあわなかった。イヌは産まれたばかりの赤ん坊だった」
「でも、それはお前のせいじゃない、ガウ。捨てた奴が……」
マッシュははっとして口を閉ざした。そんなマッシュから視線をそらすように、ガウは土山に向き直った。
「獣も、自分のでなければ子供だって見殺しにする。自分の子供を他の獣に育てさせるやつもいる。でも、こんなふうに命を捨てるの、ニンゲンだけ。自分の子供を捨てるの、ニンゲンだけ」
「ガウ……」
「ガウ、知らなかった。ニンゲンの赤ん坊、すごく無力。そのガウを、オヤジは捨てた。ニンゲンのいない獣ヶ原に」
やっぱり知ってしまったか。マッシュはきつく眼を閉じた。
今までは、自分の意志で動けるくらいの大きさで獣ヶ原に置き去りにされ、そこで一人生き抜いてきたと思っていたのだ、ガウは。
「オヤジに会ったとき、ガウ、それ、知らなかった。オヤジがガウを死なせるつもりだったなんて、知らなかった」
眼を開けるとまたガウがこちらを見ていた。
涙はなかったが、泣いているように見えた。
「でも、マッシュはそれ、知っていた。それでガウのかわりに怒ってくれた。……たぶん、ガウ、知っていてもオヤジを殴れなかった。殴りたくても殴れなかった」
ガウはすっくと立ちあがりると、深く――とても深く頭を下げた。
「だから、ありがとう、マッシュ」
「――ガウ」
それ以上、何も言えなかった。
突然訪れたこんなにも酷い事実をその小さな胸で全て受け入れ、さらに、理不尽に自分を殴ったマッシュに、ガウは深々と頭を下げている。
マッシュは胸の底からこみあげてくるものを押し殺しながら駆け寄り、きつくガウを抱きしめた。
「お礼を言うのは俺のほうだ、ガウ」
「マッシュ、いたい」
そう言うガウの声も少し震えている。それでもマッシュは力をゆるめなかった。
しばらくそうしていると、ガウがマッシュの鼓動を耳元で聞きながら、ぽつりと呟いた。
「……マッシュ、ガウのアニキみたいだ」
「お前の、兄貴?」
「ガウにもアニキ、いる。ガウといっしょに獣ヶ原にきた。ぬいぐるみだけど、それがニンゲンになったら、きっとマッシュみたいになる」
「ぬいぐるみ、か」
ようやくガウを解放し、マッシュは渇きかけのガウの頭をぐしゃぐしゃっとなでた。何故か、ぬいぐるみと言われただけなのに、色あせた焦げ茶色のテディ・ベアを連想する。
「うん、熊の。きれいなリボンつけてる、ガウのいちばんのたからもの。ちゃんと名前だってある」
「へえ……」
なんて名前だ? と聞くつもりだったが、その言葉はふいに漂ってきたおいしそうな匂いに負けて喉からでることはなかった。
「仲直りはしたようでござるな」
「カイエン!」
いつの間にかカイエンが立っていた。手には紙袋があり、そこからニクマンのほのかな匂いがする。
「そういえば、腹へったな……」
マッシュとガウは同時に呟き、それに同意するように、腹の虫もまた同時に鳴った。
3人は土手沿いに歩きながらほかほかのニクマンを頬張った。が、それで足りるような3人ではない。
「街に行けばきっとご馳走が食べられるでござるよ。ガウ殿とマッシュ殿は英雄でござるからな」
「ごちそう? えいゆうっておいしいのか? 腹いっぱいくえるか?」
「もちろんでござる」
「がうー! ご・ち・そう〜ごちそう〜・えいゆう〜で・はらいっぱい♪」
ガウがめちゃくちゃな節で歌いながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「はっはあ! やったぜ、ご馳走ゲット!」
マッシュまでも一緒になってステップを踏みだした。
それは見なれた光景だった。けれど、そういえばマッシュはガウがこんなふうに飛び跳ねたときだけステップを踏むし、ガウがひとりで『雲の躍り』を躍っているところは見たことがない気がする。
……幸福な風景とは、それと意識しなければ決して気づくことのない何気なさにまぎれている。
カイエンは今さらながらそんなことを思った。
強大な力を手にしたケフカを斃すには、今まで以上の苦闘を経験しなければならないだろう。だからこそ、こんなありふれた時間が貴重なものになる。
カイエンが、これからもあたたかい目で二人を見守ろうと思ったときに、高く跳びあがったガウがカイエンめがけ落ちてき、肩車よろしく着地した。
「わっ、たったっ、ガウ殿、重いでござるよ」
「おいおい、ガウ、カイエンももう年なんだからさ、あんまり無茶させるなよ」
その一言で、カイエンの改まった思いなど消し飛んでしまう。
「……なんですと、マッシュ殿。拙者が年だと申されるのか」
「としとし、カイエンはとし〜♪」
調子に乗ったガウがカイエンの頭の上で歌いだす。
「ガウ殿!」
「ほらみろ、俺の倍も生きていれば充分年だろう」
勝ち誇ったようなマッシュに、カイエンも負けじと返す。
「そういえば、マッシュ殿もガウ殿の倍は生きていたのでござるな。マッシュ殿もお年でござったか」
「誰が年だ! 俺はまだ28だぞ!」
「としとし、マッシュもとし〜♪」
ガウは器用にマッシュの肩に飛び移ると、今度はその頭上で歌いだした。
「年じゃねえっての!」
「なら追いついてみなされ!」
そう言うなり、カイエンは全力で走りだした。
「って、ガウを肩車したままじゃペナルティありすぎじゃないか! 待てカイエン!」
おい、と叫ぶ声がしだいに小さくなり、騒がしい3人がいなくなって、ようやく川原に静寂の夜が訪れた。
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−終−