4 リユニオン


 ザックスの最大の敵は、モンスターでも追手でもジェノバ細胞でもない。沈黙である。
「……そしたらその女の子とバッタリ会っちゃってさ、忘れてたなんて言えないから、あとで言い訳すんの大変だったんだ。まあ、あのころは村からでてきたばかりだったし、なんにでもふたつ返事で飛びついてたから、そういうの結構あったな」
 どうにかニブルエリアを抜けて、コスモエリアの、乾いた風が吹き荒ぶ岩だらけの平地まで来ていた。そこももう少しで抜け、明日にはゴンガガエリアに着く。その道中、ザックスは連れの手を引きながらとにかく喋り続けていた。内容はさまざまだったが、どうしてか必ず女の子のが絡んでくる。
「お前もさ、ひねくれててもいいけど女の子には愛想よくしろよ。顔は悪くないんだからソルジャーじゃなくても……いや、ソルジャーなんだから、ちょっとやさしくすれば絶対モテるぞ〜」
「う……ああ」
「かたく考えなくていいんだ。女の子となら何人知りあったってソンはないって」
「あぁ……うぅ……」
「そうだな、お前みたいにひねくれてるやつは、ちゃんとお前のことわかって、さりげなく気遣ってくれる積極的な女の子がぴったりだな」
「………」
「ん〜、そんな女の子を知らなくもないけど、だめだめ。お前にはもったいない。他をあたってくれ」
「……………」
「お前だってまだ十六だろ? まだまだこれから……あ、いや、あれから何年経ってるんだ?」
 ザックスはちょっとだけ止まって、また歩きだした。
「あんな穴ぐらんなかで貴重な時間をつぶしたって思うと、なんか腹立ってくるよな。その間にどんな女の子と知りあえてたかわからないってのに」
 ぼやいていたとき、背後から車の音が近づいてくる。
 ザックスはぱっとクラウドの手を放して道の真ん中で手を振りまわした。小型のバンが急ブレーキを踏んでその手前で止まり、運転席から威勢のいい声が飛んでくる。
「ばっかやろ、あぶねえじゃねえか!」
「悪いけどゴンガガ村まで乗せてってくれないか」
「……なんだ、神羅のやつじゃねえか」
 まったく悪びれないザックスをじろじろと眺め、男は吐き捨てるように言った。
「はん、冗談じゃねえ。いつまでも神羅の特権があると思うなよ。よりによってゴンガガたあ、どのツラさげて言ってやがる」
「……ゴンガガで何かあったのか」
 このときばかりはさすがのザックスも青ざめた。素早く窓枠にしがみつき、運転手を凝視する。
「何かだと、神羅のくせにふざけんじゃねえ! それとももう神羅お得意の隠蔽工作かよ。え、ソルジャーさんよ」
 制服や、その最大の特徴である魔晄を帯びた瞳を持つ者が、ソルジャーだと知る者はそう多くない。こんな辺鄙へんぴ)なところではなおさらだ。神羅の人間か、なんらかの形で直接神羅に関わった者かどちらかだ。
 男はザックスを振り切って車を走らせようとしたが、彼のあとを追って道の真ん中を歩いていたクラウドにぎょっとしてブレーキを踏んだ。
「な、なんだよこいつ。まさか魔晄炉を調べててそうなったんじゃねえだろうな? 魔晄をずっと浴びてると気がふれるってけどよ」
「魔晄炉? まさかあそこの魔晄炉が事故ったのか?」
「なに言ってやがるんだ。ニブルヘイム、コレル、ゴンガガ……一年おきじゃねえか。次は海底魔晄炉かコンドルフォートかってもっぱらの噂だぜ」
 ニブルヘイムに始まって、一年おきにすでに二度――あの日から最低二年は経っていたのか。
「事故の規模は? 被害は村まで及んだのか?」
「……なんだよ、あんちゃんたち本当に知らねえのか?」
 ザックスと、彼のところまで来たクラウドを交互に眺め、男はうさんくさげに呟いた。
「ちょっとあってな。神羅を憎んでるんなら乗せてくれ。俺たちは、その神羅から逃げてる最中なんだ」
 男はザックスの言葉を信用したというよりも、クラウドに対して後のドアを顎でしゃくった。
「チャーター料は払ってもらうぜ、こいつはタクシーじゃねえんだからな」
 車に後部座席はなく、ひと抱えもあるものから、ごく小さなものまで大小さまざまな木箱が積まれていた。二人は適当な木箱に座り、地面のくぼみにあわせてダイレクトに揺られることになった。
「ゴンガガに親でもいるのか」
 男がぶっきらぼうに尋ねてくる。
「ああ。おれの故郷だ」
「なら、これを読め」
 そう言って男はダッシュボードから古い新聞を取り出した。
「半年前のだが、事故の様子と被害者の名前が全部載ってる。オレの妹がそこに嫁に行っててな、それに名前が載ってなくて、あんまりうれしくてとっといたのよ」
 ザックスはあまりの緊張に脱走以来初めて発作の前兆を感じながら、おそるおそる新聞を広げた。
 事故の規模はかなり大きかった。魔晄炉は再建不可能なほど破損し、村も三分の一が消えた。被害者の中にはザックスが知る懐かしい人の名前が何人も載っていたが、両親の名前は……なかった。
「……ない。よかった」
 ふっと緊張が抜けていく。発作の前兆も消えて、それにかわるように疲れがどっと押し寄せてきた。逃げている間も疲れ知らずになった身体をいいことに、かなりの強行軍できていた。その無理がでてきたのだろう。
「そうかそうか。よかったな」
 男は肩越しに新聞を受け取り、さっきとは打って変わってやさしく相槌をうった。
「このまま飛ばせば明日の朝には村に着くぜ。それまでゆっくり寝てろ」
 ザックスは眠気と懸命に戦いながら頭を振った。
「おっさんはどこまで行くんだ?」
「ああ、ゴンガガを抜けたところに武器商人の小屋があってな、そこに材料を届けに行くのよ」
「なら、そのままそこまで行ってくれ」
「って、帰んねえのか、おめえ」
「……ああ」
「なんでだよ! そりゃ半年経っちまってっがな、こーゆーのに今さらってのはねえんだ。おめえ、どんくらい親に会ってねえんだよ」
「え?……そういえば、おっさん、今年何年だ?」
「ああ? 何年って、そんな辺鄙なところにいたのか。さっき新聞で見なかったのかよ」
「……忘れた」
 男は呆れながらも教えてくれた。あの日から二年半の歳月が流れていた。漠然とそれくらい経っているかもしれないと思っていたが、いざその事実を突きつけられるとさすがにショックだった。
「……村をでて、七年か八年くらい、かな」
 自分で言ってその長さに驚く。短い手紙をだしてさえ四年は経ってしまった。
「そんなにかよ。おい、家出したとしたってもう時効だぜ。行ってやれよ。事故でまいってるところに息子が帰ってくりゃ、どんだけ励みになるかわかりゃしねえぞ」
「……帰るのはいいけど、神羅のやつが村にいるとやっかいだ」
 コレルで、ゴンガガで。どうりで追手が手緩てぬる)いわけだ。こちらの追跡に割くだけの人員がいないのだ。だが、神羅とてばかではない。もしタークスまで駆りだされているとしたら両親の命も危ない。
「あんちゃんたち、ホントに追われてたのか」
 それに答える前に、ザックスは深い眠りに落ちていた。



「……結局こんなところまで送ってもらって悪かったな、おっさん」
 ザックスはそびえたつジュノンを見あげてから、軽く頭をさげた。
「いいってことよ。こっちだって仕入れのついでだったし、あんちゃんがいなけりゃ今頃モンスターの腹んなかだったんだからさ」
「あれくらい……」
 言いながら軽く肩をすくめる。ちょっとばかり複雑だった。バンを襲ったのは、普通の人間なら一人ではとうてい太刀打ちできないような――セフィロスが相手をしてどうにか撃退できるようなモンスター――キマイラだった。それが、あっさりと勝ててしまったのだ。
「弟の具合もずいぶんよくなったみてえじゃねえか」
 男は少し離れたところに立つクラウドを顎でしゃくった。彼は相変わらず心ここにあらずといった感じだったが、喋ることこそないもののこちらの言うことを理解しており、気が向けば応えるまでになっていた。
「お、おとうと!?」
「みたいなもんじゃねえのか? 血がつながってるちゃ言わねえけど、なんてーか雰囲気とかクセとかそっくりだぜ」
「そうか?」
 神羅にいたとき、二人で行動することもあったがこんなことを言われたのは初めてだ。
「ほらよ、よく一緒に暮らしてりゃ兄弟みてえに似てくるってーじゃねえか」
「そりゃ聞くけど」
 所在なげに頭をかく。
「そっちのあんちゃんが真似してるってカンジかな。よく見てるぜ。なあ、チョコボ頭のあんちゃんは、ハリネズミのあんちゃんが大好きなんだよな」
「ハリネズミ……」
 クラウドの「チョコボ頭」には受けたが、まさか自分がこう呼ばれるとは思わなかった。
 まるで小さな子供に話しかけるような男に、クラウドは男のほうを見ようとはしなかったが、軽く肩をすくめた。
「ほらほら、これこれ。かわいいじゃねえか。ちゃーんとあんちゃんの面倒もみるしな」
「……俺の?」
「おうよ。四、五日前か、覚えてねえと思うけど、あんちゃん、寝てたら急にうなされてな。チョコボ頭のあんちゃんがこう手をあてて、てっきりケアルかエスナをかけるかと思ったけど、なんてったかな……」
「……リユニオン、か?」
「ああ! そうそう、たしかそんなだった。俺の知らねえ魔法だったよ。さすがソルジャーだよな。あんちゃんすぐに静かになったぜ。よく効くんだな」
 四、五日前――そういえばそのころから急速にクラウドは快方に向かった。あの強烈な発作を抑え、クラウドに(自己ではなく)意志を与え、セフィロスを目覚めさせるという力……“リユニオン” 「なあ、リユニオンってなんだ、クラウド?」
 男と別れ、ジュノンエリアを横断しながらザックスは慎重に尋ねた。
 クラウドは答えるかわりにゆっくりと肩をすくめた。言われてみれば確かにこれは自分の癖で、クラウドはこんな仕種はしなかった。“俺はお前になりたかった”……その劣等感が自分の真似をさせているのか。そう思うとなんだか複雑だった。ジェノバの影響下にあってこのままクラウドが回復したとしても、果たして以前のクラウド・ストライフなのかどうか、ザックスには確信が持てなかった。
「またバンかトラックが通らないかな」
 ザックスは気を取り直して空を仰いだ。



 ジュノンエリアからミッドガルに行くにはふた通りある。ミスリルマインを抜けるか、無理を承知で山越えをして一気にミッドガルエリアにでるかだ。
 ミスリルマインを抜ければ近いが、抜けた先にある湿地帯にはミドガルズオルムが棲息している。今の自分なら倒せるかもしれないが、クラウドがいては不安が残る。ザックスは大事をとって山越えをすることに決めた。
「おい、どこ行くんだ、クラウド」
 山に分け入ろうとしたとき、クラウドがすっと方向を変えた。
「そっちはミスリルマインだぞ?」
 いくら止めてもクラウドは聞き入れず、どんどん歩いて洞窟の中に入ろうとする。
「ノ……バ」
 ザックスはぎょっとして立ち止まった。ジェノバと言ったのか? しかしあれはまだニブルヘイムに……いや、神羅や宝条があれを放っておくはずがないし、かといってこんなところに隠すはずもない。だが、ジェノバ細胞を持つ者同士が共鳴するというのなら、ここにジェノバの何かがあるのは確かだ。
 ザックスは答えを求めるために慎重にミスリルマインに足を踏み入れた。
「わっ!?」
 直後、視界が白い闇に落ちて全身が激しく震えた。何かが体内で強く脈打ち、檻である体から抜けだそうと躍起になって暴れまわっているような――皮膚だけを残して内蔵がすべて飛びだそうとしているような、痛みを伴う強烈な衝撃がザックスを急襲した。例の発作ではない。何かが呼び、自分の中の何かがそれに応えようとしているのだ。
 ――ジェノバ――リユニオン――メテオ――
  ――セフィロス――黒マテリア――
「だまれ!」
 声が岩にあたってこだま)する。そのとき、谺をかき消すような凄まじい叫び声が洞窟の出口から聞こえてきた。
 とたんに不快な呼び声が消える。
「クラウド、待て!」
 叫び声がしたとたん、今までの彼からは信じられないスピードで駆けていくクラウドを追って、ザックスも頭を押さえながら駆けだした。
 一気にミスリルマインを抜け、湿地帯にでる。
「……!」
 ザックスは、外に出たところでクラウドを捕まえながら息をのんだ。男が、たった一人で無謀にもミドガルズオルムと戦っていたからではない。黒いマントを着たその男をある男と見間違えたのだ。
 そんなはずはないのに、セフィロスかと思った。炎の中の、あの冷酷な緑色の目と流れるような銀の髪、そしてわずかに吊りあがった薄い唇が鮮烈に脳裏に甦る。
 その映像が伝わりでもしたようにクラウドがびくりとしてこちらを振り返る。一瞬その目が緑色に見えた気がしたが、ザックスはそんなことに構わず彼の腕を取るや一気に走りだした。
 黒マントの男は、戦っているというよりも、人間離れした俊敏さでミドガルズオルムの攻撃をうまくかわしながら湿地帯を抜けようとしていた。ザックスはそのどさくさにまぎれて湿地帯を渡った。彼とて人一人を見殺しにしたくはないが、男を助けているとクラウドまで手がまわらなくなる。二者択一なら選ぶ相手は決まっていた。
 男はもう少しというところでミドガルズオルムの攻撃を受け、弾き飛ばされたことで辛うじて湿地帯から抜けていた。
 →ザックスとクラウドもどうにか無事に草地にたどり着き、ザックスは息を切らしながら倒れている男をちらりと見た。死んではいないだろうが、あの素早さは異常だ。クラウドのつぶやきと、あの不快な幻覚がさらに不安をかきたてる。
 ザックスはためらいながらうつぶせている男に近づき、触れようとした「あの」セフィロスの母親。  再び炎に消えていくセフィロスが甦る。
 ザックスはためらいながらうつぶせている男に近づき、触れようとした。
 ぼんやりとその様子を見ていたクラウドの目に、徐々にはっきりとした意思が現われる。
 屈みこんだザックスは男の手を見て動きを止めた。手の甲に、大きなTのイレズミがあった。
「こいつは――!!」
 どくん、と全身を震わせる鼓動とともに、激しい耳鳴りが逃げ場を求めるようにがんがんと脳髄を叩く。視界が一気に赤くなる。記憶の彼方でそれよりも赤い紅蓮の炎を背にセフィロスが冷たく微笑んでいた。
「離れろザックス!」
 明瞭なクラウドの声に驚いて振り返る。そのとき黒マントの男がむくりと起きあがるのがわかった。
 ――リユニ……オン……
 背後の気配は、人間のものでもモンスターのものでもなかった。
 Tのイレズミのある手が伸びてザックスの肩をつかむ。とたんに、あの不快な衝撃を何倍にもしたような凄まじい衝撃が全身を貫いた。
「やめろ!」
 クラウドが、力任せにザックスを突き飛ばして男から引きはがす。半ば意識を失いかけていたザックスは、クラウドがバスターソードで男に斬りかかろうとしているのを見ながら、今の衝撃で自分が何を得たのかを悟った。初めてのリユニオンは、ザックスに、宝条さえこのときまだ知り得なかった知識をもたらしていた。この体に宿るものの正体を、自分が何故ミッドガルに向かっていたのかを、ナンバーを持つ者と自分たちが接触すれば何が起こるのかを――
 ジェノバはセトラなどではなく、個人が持つ優れた能力を自身に取りこみ、それを同胞に吸収させる、あるいは他の能力と交換することで成長する生物なのだ。その最終目的は本体との完全な再融合リユニオン)であり、それが成って初めてジェノバは完全に復活する。能力となりうるものならなんでもいい。戦闘能力は言うに及ばず、記憶でも意志でも肉体でも感情でも、容姿でも。その能力の吸収・交換のこともリユニオンというのだ。その方法は、ただジェノバ細胞を持つ者同士が触れあえばいい。
 一瞬の接触で、ザックスは男からジェノバに関する記憶を得た。男も、おそらく自分から何かを得ているだろう。次の相手は……
「逃げろ、クラウ……ド……」
 男は敏捷に剣をよけ、クラウドの腕をつかんだ。
 ザックスは、以前見たように、クラウドが声もなく糸の切れた人形のようにがっくりと膝を折るのを最後に見て、完全に意識を失った。




5 星に選ばれし者


「おい! おっさん! ミッドガルはまだか?」
 ザックスはトラックの荷台からがんがんと運転席の後を叩いた。
「うるさい! 乗せてやっただけでもありがたく思え!」
 運転席から怒鳴り声が返ってくる。確かにありがたく思わなくてはならない。男は湿地帯のそばで倒れていた「二人」を介抱し――といっても水を飲ませただけだが――こうしてミッドガルまで送ってくれているのだから。
 ボトルで無造作に水を流しこまれながら、ザックスは久しぶりに爽快な気分で目を覚ました。ものすごくやっかいな肩の荷が降りたような、まるで生まれ変わったような感じだった。神羅から逃げている自覚はあったが、あの炎の悪夢は遥かでそのあとの記憶もほとんどなかった。ジェノバによって意図的に封印されているのだ。ジェノバは、そうして強い意志を持つ宿主の意識を少しでも自身からそらし、まずは、先程のリユニオンで新たに得た“仲間”を宿主(ザックス)に侵食させようとしていた。
 ザックスは、自分がミッドガルに――敵の根城に向かっているのも、方々にあてがあるからだと本気で思っていた。
「あ、どの女の子も親といっしょに住んでるのか……」
 今頃そんなことに気づいてぽりぽりと頭をかく。そんな片手落ちなことをしてしまった自分に疑問をいだくこともない。クラウドもまたうまく答えられないながらも、少しばかり呆れて能天気な親友の話を聞いていた。ジェノバにとってクラウドは理想的な宿主だった。彼の精神力は弱いのではなく、劣等感や己への不信によって抑えつけられているだけなのだ。それなら多少の記憶操作でいくらでも補える。その前に、やはり新しい“仲間”を肉体に侵食させなければならないが。
「う〜ん。何をどうするにしてもとりあえず金だよな……。商売でもはじめるか。な、クラウド。俺にできる商売ってあると思うか?」
 そう聞いていながら返事を待たずに話の矛先をトラックの運ちゃんに向ける。が、せっかく運ちゃんが「若いんだからなんでも、、、、)やってみろ」とアドバイスしてくれても、ザックスはほとんど聞いていなかった。これはもう大きな独り言に近い。
「あ! そうだよな! 俺は他のやつらが持ってない知識や技術をたくさん持ってるんだよな! 俺、決めたぞ! 俺は『なんでも屋』をはじめる!」
 いったん決めれば突っ走るのが彼である。
「おい、俺はなんでも屋になるぜ」
 呆れる運ちゃんをよそに、ザックスはクラウドに話しかけた。
「面倒なこと、危険なこと、報酬しだいでなんでもやるんだ。こりゃ、もうかるぞ〜。な、クラウド。おまえはどうする?」
「だから……そうじゃなくて」
 運ちゃんが口を挟むが、ザックスは聞き流した。
「う……ぁぁあ……」
 クラウドは答えようとしたが、まともな言葉がでてこない。彼は初めての本格的なリユニオンで、自我を取り戻すかわりに体の自由を奪われていた。そんな彼にザックスは少しばかりやさしく言った。
「冗談だよ。おまえを放り出したりはしないよ」
 ザックスはそう言うとおもむろにクラウドの隣に座った。
「……トモダチ、だろ?」
 トモダチ。この言葉がどれくらいクラウドに力を与えたか彼は知らない。
 ザックスはクラウドに言い聞かせるように耳打ちした。
「なんでも屋だ、クラウド。俺たちはなんでも屋をやるんだ。わかるか、クラウド?」
 そう言って立ちあがり、いつかクラウドが全快する“明日”を思いながら大きく頷いた。



 男はカームの街に立ち寄った。ザックスも物資を補給するために、よく待ち合わせの目印にされる中央広場の魔晄エネルギータンクのところにクラウドを座らせて、アイテム屋に向かった。
「すぐ戻るからな」
 そう言い置いて駆け足で店に向かう。買うものは決まっていた。装備は買い替える必要がないし、マテリアになんぞ用はない。彼は魔法にほとんど興味がなく、初めに車に乗せてくれた男が餞別にとくれた雷と冷気のマテリアも、一応剣に装着しているがほとんど使ったことがなかった。目に見えない魔法に頼るよりも、薬なら薬と形があるものを使うほうが性にあっているのだ。
 戻る途中で離れたときのままのクラウドを認め、ほっとして速度をゆるめる。ちょうど街一番の塔の前にさしかかっていたザックスは、このてっぺんからならミッドガルが見えるかもしれないな、などとのんきに思ったりしていた。
 そのとき、カチリという撃鉄をあげる音がした。
 ザックスの反応はすばらしかったが、残念ながら射撃の腕はそうでもなかった。
 射った弾ははずれ、射たれた弾は右手をかすった。
 弾かれた銃――ピースメーカー――には目もくれあず、騒然とする中を屈みながらクラウドのもとに走る。
「伏せろ、クラウド!」
 追手は二人がミッドガルに向かっていると当たりをつけ、カームの街で待ち伏せしていたのだ。
 次に聞こえたのは送弾機がスライドする音、マシンガンだ。
「ばか! やめろ!」
 叫ぶと同時に銃声と悲鳴が交錯する。幸いクラウドは死角だったが、こわばった顔で惨状を凝視していた彼に、別方向から手榴弾が投げこまれた。ザックスは我が目を疑った。真っ昼間に街中でマシンガンを乱射するのも異常だが、手榴弾まで使うとは常軌を逸している。
「クラウド……!!」
 幸い爆発した位置はずれていたが、絶叫が他の悲鳴を圧倒して広場中に響き渡る。クラウドの断末魔のような叫び声だった。すぐに彼の身に何が起こったのか察して、ザックスは彼をかついで全速力――人間には決してだしえない速さ――でカームの街をあとにした。その途中でだしぬけに視界が赤く染まる。発作かと思ったが、違った。もっとタチの悪いものだ。凄まじい熱と地を這うようなうめき声、人間と家屋が焼ける異様なにおい、散乱した写真の中でうつぶせている女性。これは……
「クラウド……お前の記憶か?」
 充分逃げたところで彼を地面におろし、ザックスは愕然として、たいして暑くもないのにびっしょりと汗をかいているクラウドを見た。
「うぁ……あ……母さん……ティファ……」
「しっかりしろ!」
 叫び、肩を揺する。とたんに白い閃光とともに体がカッと熱くなり、ザックスは猛火のまっただなかにいた。彼自身が見たものとは違っていたが、その映像はあきらかにあの悪夢のものだった。
 彼は初めて訪れる家を奇妙な既視感に捉われながら逃げだし、そこで知らないはずなのに何故か見覚えのある数人の男たちに袋叩きにされ、次の瞬間には、彼らが、英雄と呼ばれた男に斬り殺されていくのを目の当たりにした。魔晄炉に着いたときちょうど斬りつけられていたはずの少女は、今回はすでに倒れて……。
 ……奪われたものも、奪った者も、どれも現実にあってはならない真実だった。
 セ、フィ、ロ、ス
 それは怒りと悲しみと絶望の呪咀の呟きであった。
 慟哭どうこく)するクラウドに腕を振りはらわれて、ザックスはようやく我に返った。たった今炎から逃れて来たようにクラウド同様全身に汗をかき、血液が激流のようにどくどくと音を立てて流れていくのを耳の奥で感じる。あの狂気の炎がクラウドにもたらしたものが、このとき初めて彼のものにもなった。尊敬していた男の裏切りが、目の前で自分のすべてのよりどころを奪われた衝撃が、これほど深く重いものだとは思わなかった。クラウドはこんな悪夢を何度も何度も繰り返し見続けていたのだ。
「やめろクラウド! もういい、もう終わったんだ」
 ザックスは、知らずに流していた涙をぬぐいもせずに叫んだ。ジェノバのせいとはいえ、あの悪夢を、あの地獄を遠いできごとのように捉えて能天気に振る舞っていた自分が恨めしい。
「セフィロ……ス……セフィ……ロ……」
 ザックスはうずくまるクラウドを見てぎょっとしてあとずさった。彼の身体が変わっていく……。髪が異常な速さで伸びながら色が抜けていき、身体つきにも変化が生じていた。
「クラウド! 自分を忘れるな、しっかりしろ!!」
 リユニオンとはその対象物から必要な能力を盗むことだが、宝条はそれにひとつの方向性を与えたのだ。取りこむのはセフィロスに関するものだけだと。ザックスとクラウドが失敗作に関わらず殺されなかったのは、セフィロスを直接知る貴重な人材だったからだ。その記憶は合成されたものよりもよりリアリティがある。湿地帯で会った男は自分から、そしてクラウドからセフィロスに関する記憶を得たのだ。ジェノバ細胞はすでに男をセフィロスに――いや、セフィロスのコピーに変えてしまっているかもしれない。だが、コピーをつくる方法はもうひとつある。自我を喪失するほど強く彼を憎めば――意識すればいいのだ。
 それが今、クラウドに起こっている。あの怒りを、悲しみを、絶望を忘れさせなければならない。だが、彼の目を通してそれを体験してしまったザックスには成す術もなかった。
 どうすればいい。何がクラウドの心を鎮められる? 故郷以外で。母親以外で。淡い想いを寄せていた少女以外で。全てを奪われた彼に。
 ザックスは苛立たしげにどんと地面を踏みつけた。
 ……それは、本当に偶然だった。足下の淡い黄色の花が目についたとき、ザックスは彼がよく知る少女のことを思いだしていた。花が似合う彼女こそ、正真正銘の古代種セトラ)……空からきた厄災ジェノバ)と戦い、それゆえ幾万もの生命を散らせながら唯一勝利を治めた種族の、最後の生き残り。
 もしかしたら、ザックスがあれほど宝条に好き勝手に実験させられながら自意識を保ち続けることができたのは、彼女との思い出がワクチンとなっていたからなのかもしれない。
 ――頼む、エアリス。クラウドを救ってやってくれ……。
 なんの確信もないまま彼女にすがっていた。祈るように目を閉じてクラウドの肩を抱く。ザックスは澄んだ緑色の瞳を持つ少女をイメージしながら、親友の名前を呼び続けた。
 どのくらいそうしていたのか、かすかな嗚咽にはっとして目を開ける。そこには、見慣れた金髪の親友がうなだれていた。安堵する前に、彼の涙を見て初めて、彼があれほど苦しんでいながら一度も泣いたことがなかったことに気づく。今、ようやくあの悪夢に遭遇する前のクラウドのこころが――感情が戻って来たのだ。
「いつまで……こんな想い……」
 そのクラウドの血を吐くようなつぶやきが、ザックスの胸にぐさりと突き刺さる。
 いつまで? 憎しみを忘れるまでか。悲しみが遠ざかるまでか。
「クラウド、もういいんだ。もう全部終わったんだよ」
 正気ゆえの苦悩……それがどんなものか充分承知で、年下の親友をいばらの道に押しやる己の非情を自覚する。ザックスは小さな子供に言い聞かせるように、肩を震わせる親友に語った。
「セフィロスは死んだ。もうお前を苦しめるものは何もない。だから安心していいんだ。あれを忘れろとは言わない。でも、もう思いだすな。セフィロスは死んだんだ。これで終わりにしろ、な?」
 クラウドは黙って耳を傾けている。彼が今何を考え感じているのか知るのが恐かった。
「いいか、俺たちはミッドガルでなんでも屋を始める。料金は高いけど依頼されたことはどんなことでも完璧にこなすんだ。俺たち(ソルジャーファースト)には当然で簡単なことだろ。けど、いいか。やるのはそれだけだぞ。他に何を見ても、聞いても、感じても、絶対に興味を持つな、取り乱すな。お前はひねくれてるわりにちょっとお節介なとこがあるけど、よけいな手だしは絶対にするんじゃないぞ。 ――わかったな」
 頭がこくりと下がる。うなずいたのか、うなだれただけなのかわからない。それでも、ザックスはむりやり笑いながらクラウドのチョコボ頭をくしゃくしゃとかきまわした。暗い気分も悲しい気持ちも嫌いだが、こんなふうに切ないのは、ただただやりきれない。
 気を取り直したザックスは、クラウドを支えて西に向かった。あと少しでミッドガルを見下ろす場所にでる。ひどく疲れていたが足は自然と早くなっていた。
「もう少しだぞ、クラウド」
 返事はなかった。喋れないからではない、自分に折りあいをつけようとしているのだ。あれだけの苦しみを克服するには、いくつか偽りがまぎれこむかもしれないが(自分がソルジャーファーストだと思いこんでいるように)、いつか必ず来る明日が全てを解決してくれるだろう。そのときこそクラウドはあの悪夢を克服し、本来の――いやもっとずっと成長した自分自身に戻ることができるのだ。
「……しょうがないな。クラウド、特別に彼女に会わせてやるよ」
 それは直感だった。彼女なら、セトラとしてでなく人間としてクラウドの力になれるだろう。
「特別、だからな」
 「思うこと」があって念を押し、めずらしく黙っていたザックスはもうひと言つけ加えた。
「……会うだけだぞ」
 それからいくらも行かないところで銃声がした。追手だ。疲れていたとしても気配にさえ気づかなかったとは、不覚だ。
 ザックスはクラウドをその場に残して走りだした。彼の前で血を見せてはならない。モンスターならいざ知らず、相手が人間ならなおさらだ。目の前での人の死は、クラウドにとってあの悪夢がよみがえるキーワードとなる。ザックスはあっさりと追手を蹴散らすと、クラウドのもとに急いだ。  戻ってきたザックスは、残したときのままぴくりとも動かないクラウドに不安を覚え、様子を見ようと屈みこんだ。
 ……送弾機の音は聞こえなかった。
 銃声と熱と血しぶきが五感を圧迫し、自分が弾き飛ばされたこともわからないまま、気がついたら目の前に小さな青い花があった。
 ――……結局、覚えなかったな……
 我が身に起こった現実をすぐには受け入れきれなくて、そんなどうでもいいことを考える。彼女がせっかく花の名前を教えてくれても、どうしても覚えていられなかった。
 ――そうだ。クラウドに会わせるんだっけ……こんなところで、ぶっ倒れてる場合……じゃ……
 人の気配がしたが、危機感はもうなかった。あるのはじわじわとこみあげてくる後悔と、散漫な思考、それだけだ。耳元で鳴ったはずの銃声はひどく遠く聞こえたが、至近距離によるマシンガンの集中放火の衝撃は凄まじく、ザックスはこのときすべての現実を受け入れた。
 足音が遠退き、止まる。ちょうどクラウドがいる辺りだ。こんな状態に陥っていながら、ザックスの全身は、銃を構えるわずかな気配を感じるために臨戦体制に入っていた。この一瞬だけ、まだこれだけのことができるジェノバ細胞の力に感謝した。
「こいつ、どうします?」
 かつてザックスやクラウドも着ていた制服の兵士が、義務的に指示を仰ぐ。
「ああ……うあぁぁぁ……」
 親友への銃撃はクラウドに激しい怒りとそれ以上の混乱をもたらした。現実にあってはならないことがまた起こってしまったのだ。だが、この混乱は先程のように彼を恐慌に陥れることはなかった。不思議なやさしい、小さな花のようなイメージがやわらげてくれていた。
「……これはダメだな。放っておけ」
 これはだめだ、、、、、、)
 この言葉が、彼が以前なりたい、、、、)と強く望んでいたものを思いださせる。
 追ってが去り、にわかに降りだした雨の中を這って行き、彼は自己の存在証明を握りしめた。そうしてソルジャーファーストたる証のバスターソードを天高く掲げ、眼下に広がるミッドガルをじっと見つめる。
 あそこに、行かなければならない。
 行って、そこですべきことがある……
「クラウド……」
 足下で声がした。血に染まった男が倒れている。名前は……?
 ザックスは不安そうに自分を見下ろす親友をかすかに認めた。彼の前で死んだりしたら、またあの悪夢が甦る。けれど……クラウドはそれに耐えなければならない。これから先ずっと、たった一人で。
「いいか……セフィロスは死んだんだ。だから、もう何も聞くな。思いだすな。興味を持つな……。他人にも、自分にもだ。いつか必ず“明日とき)”はくる……それまで、何があっても生き延びろ!」
「ザッ……ク……ス……?」
 悲しみを呼び起こしかけた彼に、黒髪の男はかすかに首を横に振った。
「俺のことも……忘れろ。悲しいことなんて何もない。お前は、ソルジャーファーストのクラウド・ストライフだ。それだけを、覚えていればいいんだ」
 彼は言葉の意味を理解する前にうなずいていた。
「覚エ……テル」
『よし……行け。クラウド、信じてるぞ……』
 彼はその言葉通りに立ちあがって一歩踏みだし、そのときにはもうそこに死体があったことすら忘れていた。それなのに、取り乱すまいとしながら、わけもわからずあとからあとから流れてくる涙をどうすることもできなかった。



 ―― こうして「彼」はミッドガルにたどり着いた。が、記憶の彼方に封じてしまった黒髪の男の言う通りに行動していても、ときおりどうしようもない虚無感が彼を襲った。そんな、精神的に非常に不安定だった彼に決定的な自我を与えたのが、永遠に失ってしまったと思いこんでいた少女との再会である。
 ちょうど虚無感にとらわれていたときに、悪夢の中で幾度も殺されたはずの彼女が目の前にいるのを認め、真実であったはずの現実に初めてひびが入った。とたんに、何が現実で何が悪夢だったのかわからなくなる。現実だったはずの悪夢がパズルのようにばらばらになり、ジェノバがティファの中の“クラウド”をコピーしたとき、それにあわせてパズルのピースが速やかに入れ換わった。
「あ、クラウド!」
その通り、、、、)俺はクラウドだ、、、、、、、)
 それは自分に言い聞かせるための言葉だった。このとき“元ソルジャーのクラウド・ストライフ”が誕生したのだ。
 そうして、彼はどことなく不思議な雰囲気を持つ花売りの女性と、運命の出会いをする。
「ねえ。何があったの?」
「気にするな……それより花なんて、、、、、、、、)めずらしいな、、、、、、)
 何故気になったのかわからなかった。今まで関心を示したこともないのに、よりによって“花”に“興味を持つ”なんて。このとき封印されていた記憶がほつれ初めたのだ。そして―――
「ねえ、クラウド。ボディガードも仕事のうち? 何でも屋さん、でしょ?」
「……そうだけどな」
「ここから連れ出して。家まで連れてって」
お引き受けしましょう、、、、、、、、、、)しかし、、、)安くはない、、、、、)安くはない」
 今までの無愛想さからは考えられない答えだ。彼女に“何か”を感じたクラウドは、彼女の「ソルジャーファーストの」青年に寄せる想いを取り入れると同時に、自分の中の同一の青年をコピーしていた。このときパズルは完成し、彼の偽りのキャラクターが確立される。
 セトラの最後の生き残りである特別な女性と出会ったとき、新たにクラウドに定められたことがあった。――星を、守ることである。
 さらに彼女を助けるために神羅ビルに侵入し、そこでジェノバの本体と遭遇したとき――自らの宿主を「人形」と言い切る、彼の内に潜むジェノバによって、無意識ながらTのイレズミのある“セフィロス”にそこまでの道を示してしまったとき――クラウドは星を傷つける者としても選ばれることになる。
ジェノバはリユニオンするものだ、、、、、、、、、、、、、、、)ジェノバはリユニオンして空からきた厄災となる、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、)。――もしお前が自覚するならば、、、、、、、、、、、、)……わたしを追ってくるがよい、、、、、、、、、、、、)
 クラウドがその通りにしてしまうことを、彼が本当の「彼」ではないことを知っていたのは、たった一人。
「わたし、あなたをさがしてる」
「………? 俺はここにいる」
 ――うんうん、、、、)わかってる、、、、、)……でも、、)
あなたに、、、、)……会いたい、、、、)
 その言葉の意味に気づく前に、クラウドは古代種の神殿で自分――ジェノバ――の役目を自覚する。それに従って黒マテリアをセフィロスに手渡したとき、初めて彼は自分自身に恐怖した。
「セフィロスのこと、わたしにまかせて。そして、クラウドは自分のこと考えて。――自分が壊れてしまわないように、ね?」
 エアリスが自分の役目を知ったのもこのときだった。自分が持っている白マテリアの意味を。白マテリアを自分が持っている意味を。それを使うべき場所を……



じゃ、、)わたし、、、)行くね、、、)全部終わったらまた、、、、、、、、、))

――終――
1998.02.24

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