永遠の明日

 


1 旅の途中で


 土砂降りがようやくやみだした頃、のろのろと夜が明け、雲を裂くように太陽が顔をだした。
 幸い明るくなる前に山に逃げこむことができたが、早朝の雨上りといえど季節が季節なので気温はすでに高い。そのため、水気を含んだ樹木のにおいがまるで熱帯雨林を歩いているように重くまとわりついてくる。おまけに地面がぬかるんでいてかなり歩きにくい。だからといって、見晴らしがよすぎてどこにも逃げ場のない平地を歩くわけにはいかなかった。
「大丈夫か、クラウド」  ザックスは一息入れようと、肩にかつぐように支えていた連れに声をかけた。返事は期待していないが、こちらの話を聞いているのは確かなので、なるべく話しかけるようにしている。クラウドを樹に寄りかからせるように座らせると、ザックスは剣をかついで辺りを調べだした。
「ちょっと待ってろよ。えーと、確かこの辺だったよな」
 鳥の声をBGMに雑草や石をかきわけて何やら探りだすと、あろうことか剣で地面を掘り始める。
「お! あったあった」
 掘りだしたのは背のうだった。ニブルヘイムに向かう途中でモンスターに襲われたとき、非常用食料や着替えが入った荷物を埋めておいたのだ。襲ってきたのは縄張りを荒らされたと思ったドラゴンで、こういう場合、疲れて油断している帰り道でもう一度襲われることが多い。以前それであやうく全滅させられそうになったことがある。セフィロスがいればそんな心配はいらないとわかっていたが、あえて背のうを埋めたのは、絶対に使わない余計な荷物をかつぐのが嫌なだけだったりする。初めてこの“配慮”が役立ったわけだ。
「これに着替えろよ」
 ソルジャーの制服を引っ張りだし、クラウドに放る。この服はクラスを問わず全天候型で、防水性、通気性ともに優れていて、ありがたいことに乾くのも早い。あのバケツをひっくり返したような集中豪雨の中でさえザックスの体はそれほど濡れていないが、一般兵の制服を着ているクラウドのほうはびしょ濡れだった。
「ちょっとにおうけど、ま、ぜいたくは言うな」
 何せかなり長い間地面に埋まっていたのだ。それは仕方ない。
 背のうの中をよく見たが、肩当てがひとつしかなかった。そういえば、かさばるからとわざとひとつしか入れなかったような気がする。が、まあ、だからといってどうということはないだろう。ザックスはさらに食料やタオル、小銭をだしたところでちらりとクラウドの様子をうかがった。彼は言われた通りに服を脱ごうとしていながら、ボタンに手をかけたところで手を滑らせ、もう一度ボタンに手をかけるという動作を何度も繰り返していた。
 ザックスは新しいタオルをクラウドの頭にひょいと放ると、なんの前触れもなくいきなりがっしゅがっしゅと金色の頭をひっかきまわした。それから、手早く制服を脱がせて身体をふいてやろうとする。タオル越しに肩をつかまれ、クラウドはぴくりと怯えたように顔をあげたが、魔晄を帯びた青い瞳は何も映してはいなかった。
 一目で精神になんらかの異状をきたしているとわかる彼といて、ザックスは一度も苛立ったり嫌気がさしたりしたことはない。まったく覚えていないが、ザックスもしばらくは彼と同じ状態だったという。それがここまで回復したのだ。クラウドも、少し前まではこちらの言葉を理解することもできなかったことを思えばたいした進歩だ。
 そう、彼は回復に向かっている。このままいけば数日後にはきっと正気を取り戻す。ザックスはそう思うことにしていた。何度己を失っても彼は必ず戻って来た。今回に限って少しばかり戻って来るのに時間がかかっているのは、魔晄に浸かりすぎたせいなのだと。さすがにこれは自他ともに楽観的だと認める彼でさえ、祈りに近い思いではあったが。
 ふと、クラウドの背中をふいていた手が止まる。胸の傷を見てもとくに思うことはなかったが、その真後の傷痕を見ると、あの長い刀が彼の体を貫いたことを改めて痛感する。
 わかっている――ジェノバ細胞の力がなければ、彼も、むろん自分も死んでいた。だが、そうして与えられた二度目の生がいったい何をもたらした? クラウドに、自分に。
 ――ニブルヘイムか。よく言ったもんだ。ほんとに“死者の国”だったな……。
 そう、すべては死者の国(ニブルヘイム)から始まったのだ。




2 悪夢の始まり


 セフィロスが自分のことを話さなかったのは、
何より、彼自身が自分のことをほとんど知らなかったからだろう。
わかっていたのは、もしかしたら母親の名前だけだったのかもしれない。
 ――母の名はジェノバ……
 二千年も前の化物。あれがどうして子供を生めたのかはわからないが、
おそらくあのマッド・サイエンティスト――宝条がなんらかの処置を施したのに違いない。
 セフィロスは裏切り者だと言った。
ともに戦場を駆け、あれほど信頼しあっていたはずの自分を。
ただ“人間”だというだけで。セトラでないというだけで。
 何故神羅はセフィロスにニブルヘイム行きを命じたのだろう。彼の生まれを知っていながら。
それとも神羅は「あのセフィロス」を望んでいたのか。
約束の地――流浪の民であるセトラが最後にたどり着くという楽土、おそらくは魔晄が豊富で天然のマテリアに満ちた土地――を手に入れるために?
だから、セフィロスを狂わせるためにあの地へ派遣したのか。自分たちにジェノバ細胞を注入したのか。
 ……そして、あの炎の狂気。
 自分の正体がなんであったにしろ、セフィロスは絶対にしてはいけないことをした。
あの時点で彼は戦友でもなんでもなくなり、ただの狂った殺戮者に変じた。
だが、どれほどの怒りを以てしてもあの男にかなうはずはなく――
次に目覚めたとき、別の悪夢が始まっていた。



“ここから逃げよう”  脱走防止も兼ねて入れられていた魔晄入りビーカーに、そう書いてきたのはクラウドだった。
 治療と実験を兼ねた手術直後はクラウドの意識もしっかりしていたが、体を動かすことはできなかった。
おそらくジェノバ細胞は彼を生かすことに専念して“本領”を発揮するに至っていなかったのだろう。
 逆に、もともとソルジャーになるにあたりジェノバ細胞を注入され、それが抗体になっていたザックスの回復力は凄まじかったが、その作用は意識のほうに及んでいた。失敗作とみなされ、早々に排棄されるはずだった彼を救ったのがクラウドだ。
ザックスはそのときのことを記憶していない。
漠然と憶えているのは、どこかで鳴いていた獣の声だけである。
 ザックスは春のゆるやかな目覚めのように少しずつ正気を取り戻し、自分が壁からのびた長い鎖つきの手枷につながれていることに気づいてクラウドに問いただした。
それによって親友が正気に戻ったことを知ったクラウドは、ここが神羅屋敷の地下にある秘密実験室であり、自分たちが得体の知れないモノ(ジェノバ細胞)の能力を知るための実験台にされていることなどをかいつまんで話した。
 そうして、二人で示しあわせてとりあえず体力回復までの保身と油断を誘うために、科学者が望む態度――無口で従順、正気なのかそうでないのか判然としない態度――をとり続けた。
 ザックスとしてはうまくやっているつもりだったが、ほんの数日であっさりと正気であることがばれてしまった。が、クラウドはうまく対処してどうやら宝条の意にかなう状態になったらしく、明日には彼にナンバーを施し、外に出すと言ってきた。
「明日か……」
 忌々しい検査が終り、科学者たちの足音が完全に消えるまで待ってから、クラウドがぼそりと呟く。
「あのイカレ野郎もそういうところはマメだからな。
ナンバーなんて囚人みたいでけったくそ悪いが、外に出られればこっちのもんだ」
 ザックスは薬品棚が所狭しと配置されている石の床にあぐらをかき、枷のない左手で針金を弄びながら不敵に笑った。
「久しぶりに太陽が拝めるな」
 そう言いながら、記憶の彼方となってしまった太陽とともに、それとセットになっている何人かの女の子の顔を思い出して表情をゆるめる。
「連中の意識は俺に集中するだろうから、うまくタイミングを見計らって枷をはずせよ」
 対するクラウドは真面目な顔のまま、ザックスに注意を促した。
「誰に言ってるんだよ。お前こそあのイカレ野郎を人質にとるの、ぬかるんじゃないぞ」
「お前こそ、誰に言ってるんだ」
 クラウドは手術台も兼ねたベッドからから)の注射器を取りだし、やはり不敵に笑った――
 それが、“まともな彼”と交わした最後の会話となった。



「こっちも失敗か。期待していたのだが」
 翌日、宝条は、クラウドを冷ややかに見下ろしてぼそりと言った。
「失敗……? 俺はだめですか、認めてもらえないですか」
 まるで媚びるように言う。クラウドの初めの変化が“これ”だったので、宝条でさえ、それがジェノバ細胞が彼の意識と融合してつくりだした擬似人格だとは気づかなかった。
もしも“これ”がずっとクラウドを支配していたら、初めての成功例となっていただろう。
「おい! 急にどうしたんだ、クラウド?」
 ザックスは手枷の鎖を激しく鳴らしながら叫んだ。
あまりに突然すぎて、クラウドの身にいったい何が起こったのかわからなかった。
どう見ても芝居ではない。が、本気だとしたら……
クラウドは体だけを残して遠くに行ってしまったというのか。
恐怖も憔悴も怒りも喜びもない、彼だけの世界に。
 ザックスの背筋に悪寒が走る。
 これがジェノバ細胞の力なのか。たった一晩で人一人をこうも変えてしまうのか。
 ……昨日の夜、そういえばクラウドはずいぶんと寝苦しそうだった。
いつになくしんとした夜で、ザックスもまた胸騒ぎがしてなかなか寝つけず、半分眠りながら何か嫌な夢を見続けていたような気がする。
今までと違っていたのはそれくらいで、新たにジェノバ細胞を注入されたわけでもない。それがどうして。
「お前を成功とするか……微妙だな」
 宝条はもうクラウド――いや、失敗作にはなんの興味も示していなかった。
ザックスを見やり、苦い口調とは裏腹にうっすらと不気味に微笑んでいる。
「この野郎! そうやって笑っていられるのも今のうちだぞ!」
 激昂するザックスに対し、宝条は意図的に冷静に振るまった。
「クックックッ。お前のようにジェノバ細胞が作用した例は初めてだ。その変化がどこまで続くか、実に興味ある」
「それ以上近づいてみろ、ずたずたにしてやる!」
 手枷の鎖がいっぱいに伸びる。表立った変化はないが、ジェノバ細胞の作用は既に全身に及び、ザックスの身体はモンスターに匹敵するさまざまな能力を秘めていた。
これまで抱いたこともない強烈な破壊衝動が、視界を血の色に染める。
「彼を選ぶのですか。俺じゃ、だめですか」
 クラウドにはなんの桎梏しっこく)もないが、宝条に敵意のかけらもいだいていない。宝条はちらりとクラウドを見てからザックスに視線を返し、ゆったりと言った。
「クックックッ。今度はお前に協力してもらおうか。お前が惚けていたとき、奴はお前のために実に素直に実験に協力してくれたのだからな。危険値の魔晄照射の実験台にも自分から進んでなってくれたし、凶暴すぎて誰も近づけなかったお前にジェノバを投与してくれもした。こいつを生かしておいてほしかったら、せいぜいお前も素直になることだ」
「きったねえ!」
 腹の底から憎しみが噴き出してくる。だが視界はもう普通に戻っていた。
 ――クラウドが、俺のために。
 宝条の言葉がザックスを“人間”に留めたのだ。



 この出来事がきっかけとなったのか、ザックスはときどき発作的に視界が赤く染まると同時に、猛烈な破壊衝動にかられるようになった。
 クラウドはといえばこうしろと言えばそれに従うが、自分から何かすることはなく、ぼんやりと座っているだけになった。ごくたまに、怒りが彼を正気に返すのか何か叫びながら暴れだすことがあったが、そのあとは嘘のようにまたおとなしくなるか、別人のようになって意味不明な言葉――“リユニオン”や“約束の地”といった――を呟くかだった。後者の変化はたいてい化学者たちが引き揚げたあとなので、そんな彼を見るのはザックスだけだったが。
 そんなある日、クラウドがまた暴れだした。
「もう嫌だ! これ以上俺をいじるな、俺に触るな!!」
 明確な言葉を叫んだのは、あれ以来初めてのことだった。だが、間が悪かったというべきか“おとなしい”クラウドの採血ということで、そのとき来ていたのは女化学者と守衛が一人だけだった。
「どうせだめだ、いくら魔晄を浴びせても、ジェノバ細胞を注入しても、俺は変わらない。ザックスのようにはなれやしないんだ!」
 叫びながら、駄々をこねる子供のようにサイドテーブルに置かれた注射器や、容器を載せたトレイを薙ぎ払う。女化学者が悲鳴をあげ、破片は彼の“ベッド”からだいぶ離れたザックスの脇まで飛んできた。
「おとなしくしろ!」
 腕ずくで取り押さえようとする守衛を、備品を床に払い落としながらよけ、クラウドは憎々しげに続けた。
「その制服ふく)、見てるだけで吐き気がする。俺の限界を象徴してる……」
「きさま!」
 銃を構えたとき、それを見越していたかのようなクラウドの回し蹴りがきれいにヒットして銃を弾き飛ばす。続けざまに鳩尾みぞおち)に二、三発叩きこまれ、守衛は力なく崩折れた。ソルジャーファーストのザックスさえ感心する見事さだ。
「何がたりないんだ、ザックス? 俺と、お前と……。お前は選ばれたのに、俺は選ばれなかった。ファーストになれなくても、ソルジャーにさえなれればそれでよかったんだ。俺はそんなに……だめな人間なのか?」
「何を言ってるんだ?」
 てっきりクラウドが正気に返ったと思ったザックスは、そのまま鍵を奪えと言おうとし、息をのんで親友を見た。正気だった頃も含めてこんなクラウドは初めて見る。こんな……切実でみじめな顔をした彼は。
「俺は絶対にソルジャーにならなきゃならないんだ。そう約束した。本物に会って、とうていセフィロスのようになるのは無理だってわかった。けど、せめてソルジャーに……俺は、ザックス、お前にすら及ばないのか?」
 神羅に入りソルジャーになる。そしてセフィロスのような英雄になる。これはザックスやクラウドくらいの年代の者なら、誰もが一度はいだく夢だ。事実、二人ともそれを実現させるために村を出ている。だが、夢を手にできるのは常にごく一部の人間だ。
「クラウド……」
 ザックスは単純に彼のことを親友だと思っていた。以前、クラウドは故郷の女の子にソルジャーになると大見得きって出てきたことを、でもだめだったと、なんでもないことのように言っていた。だが、実際は悩んでいたのだ。こんなにも。
 二人が初めて出会ったときザックスはソルジャーのセカンドだったが、さして間を置かずにファーストに昇進している。そのときも、そしてニブルヘイムに出立するときも、クラウドはまだ一般兵のままだった。彼はどんな想いで親友である自分の昇進に祝杯をあげてくれたのだろう。自分へのそんなくだらない劣等感が、無意識のものであったと思いたい。
「ファーストだっていうだけじゃない、お前は誰とでもすぐ仲良くなれて、セフィロスとすら普通に話せた。……俺は、お前になりたかった」
「何をばかなこと言ってるんだ」
 ザックスは、近くにいた女化学者に自分の剣を持って来るようにささやいてから返した。クラウドは、動転して逃げるように部屋をでる女化学者にも気づかず、ザックスを鋭く睨みつけた。
「ばかなこと? 俺にないもの、俺がほしかったものを全部持っているお前に何がわかる! お前が嫌な奴ならよかったんだ。そしたら親友になんかならなかった。こんなにみじめになることもなかったんだ!」
 その声には怒りと恨みしかなかったが、自分を真っ向から凝視する顔が悲しげに見えるのは、気のせいだろうか。
 ザックスは自由な左手を親友にさしのべた。底無し沼にはまる者を救うように。
「聞いてくれ、クラウド。お前がソルジャーになれなかったのは、お前がだめだからじゃない。ただ体がジェノバ細胞を受けつけられなかったからだ」
 もちろんザックスがそんなことを知っているはずはない。だが、クラウドは決して無能でも弱くもなかったし、他の適任者も失格おち)ていることから察して理由はそんなところだろう。要は体質か、あるいはクラウドの劣等感のようにジェノバ細胞につけこまれたりしない、強靭な精神力の有無か。
「そんなこと関係ない! ソルジャーになれなかった、それだけで充分だ。ティファに約束したのに、母さんにもそう言って一人残して村を出たのに……」
 ――まずい。
 それは直感だった。このままだとあの炎の悪夢を思いだす。こんな状態であのことを思いだしたりしたら、クラウドはもう二度と「戻って来られなく」なるかもしれない。
「そう、母さんを……ティファを……でもだめだった。だから母さんだけに会って、俺は――」
 見る間に顔がこわばっていく。瞳がザックスにではなく彼方に向けられる。
 女化学者が戻って来たとき、クラウドはひざまずいて絶叫していた。
 母親を助けに行ったとき彼女はすでに死んでいた。まわりに散らばっていたのは、幾枚かの写真。彼女は手にしたアルバムを守るように倒れていた。炎がみるみるすべてをのみこんでいって……呆然として燃え盛る家を出たとき、数人の村人に襲われた。知っているはずの顔ぶれが恐怖と怒りにゆがんで別人に見えた。抵抗などできるはずもない。拳や棒でめちゃくちゃに殴られるに任せ……やがて彼らはセフィロスを見つけてそちらに殺到していった。
 よせと言うつもりだった。早く逃げろと。俺が、殺すと。声よりも早く意識がなくなり……気がついたとき、誰も生きてはいなかった。
 そう、誰も。ティファさえ――約束を守ることもできずに。
 ザックスは女化学者から剣を受け取ると枷を外してもらい、頭を抱えてうずくまる親友に押しつけた。
「お前のだ! クラウド! なれたんだぜ、念願のソルジャー、それもファーストだ。こいつが証拠だ、わかるな?」
「死んだ……セフィロスが、火が、村を、母さんを……ティファ……を……」
「よせ! 思い出すな、「こっち」を見るんだ。ほら、これがソルジャーの剣だ。お前のものだ。な、クラウド」
 うめき続ける彼を見ているうちに、ぐっと胸の底から何かがこみあげてくる。所詮ザックスにはわからないのだ。彼は故郷を失ったわけでも、母親や心寄せる少女を目の前で殺されたわけでもない。
クラウドほどセフィロスに憧れ尊敬していたわけでもない。自分のしていることがいかにもその場しのぎで、言葉はひどく薄っぺらく思えた。それでもやめることはできない。彼を「ここ」に留めるためならどんな陳腐な芝居でもやってみせる。
「頼む……憎むなら俺を憎め。過去を見るな。こんな剣が役に立つんならいくらでもやる。だから、クラウド、俺を置いていくな!」
 お互いがいたからこの地獄を生きてこられた。いつか自由になってやるという望みを持つことができた。それが、一人になってしまったら。ナンバリングの日、目の前でクラウドが「行ってしまった」ことに気づいたとき、ザックスが感じたのはジェノバ細胞に対する脅威ではない。自分が一人きりになる恐怖感だった。
 ザックスは力なく座りこむクラウドの手を取り、剣の柄を握らせた。
「ほら。これがそうだ。ソルジャーの、ファーストの剣だ。お前のだぞ、クラウド」
「……け……ん……? ソルジャ……ファ……スト?」
 されるに任せていた手が柄を握りしめる。
「そうだ、お前の剣だ」
「俺の……剣」
 空ろな瞳が大剣に向けられる。クラウドは両手で改めて柄を握り直した。
「よしっ」
 ついうれしくなってクラウドの肩を叩く。そのとき背中に鋭い痛みが走った。振り返ると、いつの間にか意識を取り戻していた守衛が麻酔器の針を引き抜くところだった。
 ――そういえば、そうか。
 全身から力が抜けていくのを感じながら、ぼんやりと思う。
 ――逃げる絶好のチャンス……だったんだな。
 クラウドが剣を抱きしめて、不思議そうに崩折れる自分を見つめている。
 ――心配……するな。いつか、自由に………
 クラウドが理由もわからずためらいがちにザックスに手をさしのべたとき、彼はとうに意識を失っていた。

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