DESIRE




初めて彼女を見たのは、そうだ。ロックがつれてきたときのことだ。
彼女は、外見に似合わず、男勝りな口調でそれでもやはり10代らしい幼さをのぞかせる、
私にとっては可愛い女性だった。
彼女の何もかもが綺麗に思えた。
早く言ってしまえば、私の好きなタイプにぴったりだったのだ。
だが…彼女の、素振りやロックを見るときのあの顔…。わかっていた。
彼女ははじめからロックに惚れてしまっていたと。そして、きっとロックも…。
わかっていても…私もまた、初めて見たときから彼女に…。
「ロックは、昔愛する人を失ったせいで、女性を守ることに異常なほど燃えるんだ。だから、君に気があるんじゃないかと勘違いしてはいけないよ。」
「私は、女である前に、一人の軍人だ!!それを忘れるな。」
私が何を言おうと、相手にもしてくれはしない。
それでもあんなにも綺麗な彼女のことを諦められるはずがない。
そう…きっと彼女は長いこと帝国軍で将軍などをやっていたために、男に対して、
恋愛感情の免疫がないのだ。だから、自分を助けてくれたロックに惚れてしまう。
ロックをあまり知りもしないのに。
ロックは…ティナにも、守るとか言ったそうだ。
ティナは、感情が欠如しているためか、何も感じなかったみたいだが…。
ティナに相手にされないからといって、次の美人が現れたら、
そっちに変えるなんて…虫が良すぎる!!
それに、私は知っているぞ!!ロックは昔の恋人…
レイチェルとかいう女性の遺体を、放置して復活させようとしている。
今、彼女と仲良くやっちゃってるのに、レイチェルがもし復活したら…
ロックはどうするつもりなんだ。
彼女が、そのとき今以上ロックに惚れていたら…きっと傷ついてしまう。


「エドガー、何を考えている?」
「あ、セリス…どうしたんだい?」
彼女はちょっと前から、私の部屋にいたらしい。
「どうしたとは、こっちのセリフだ。いくら呼んでも気づかないし。みんなでお茶にしようというのに、エドガーだけいないからみんな探しているぞ。まさか、自室にいたとはな。フィガロ城は広いから、みんな大変だろうな。さぁ、行こう。」
「…お茶なんて…こんな時に誰が言い出したんだい?」
そう…私たちは今からコーリンゲンヘ向かうのだ。
「ロックだ。まずリラックスしてから行こうと。あ、そうだ。カイエンはいないぞ。私がいるから不快だとか言って、ナルシェに留まってしまった。あの…なんて言ったかな…。ガウとかって野生児と一緒に。」
「ロックが…。言い出したのか?」
私は、なんだか不快な気分になった。
「そうだが?何か?」
「いや、今回は遠慮させてもらうよ、僕は。」
「なぜ?」
セリスが部屋のドアのところから、こちらに近づいてくる。
「そうだな…気が乗らないからとでも言っておこうか…。」
私はセリスから目をそらした。
「何かあったのか?」
「別にないよ。」
素っ気なく答えてしまう自分が歯痒い。
「それなら、行こう。みんなだいぶ探してるんだ。だから…」
「ロックのためか?セリス…。」
セリスの言葉を遮って、不意に口をついて出た。
「なっなにをバカなことを!!前にも言ったとおり私は…」
「女である前に、一人の軍人か?」
セリスは興奮して顔を赤らめている。
そんな表情にも可愛いと思えてしまう自分が、可笑しい。
「セリス、僕はね。最近のロックが嫌いなんだよ。」
セリスが目を丸くして驚いている。
「どうして?あんなに仲良く見えるのに!!ロックだって、エドガーはいい奴だって…。」
のどの奥から、苦笑に満ちた笑い声が出る。
「どうしてだと思う?」
セリスは解らないと言う表情をしている。
「でも…ロックが嫌いだからって、みんなとお茶も飲まないなんて…そんなのって、おかしいと思わないのか?そうだ…エドガーの好きな“レディー”もいるんだし。そうだ。それにマッシュだって一緒だ。」
ロックのほかにも男の名前が出て嫌気がさした。
「レディーって、君のことかい?」
セリスの顔が赤くなるのが解った。
多分…彼女の言ってるレディーとは、おおかたその辺にいるメイド達のことなんだろう。
セリスは一生懸命首を横に振っていた。
「ねぇ、エドガーお願い。みんなのとこに行こう。」
腹の奥からため息が出る。
「ロックのために…か。君も健気だね。」
「エドガー!!」
セリスが僕のマントを引っ張る。
危うく抱きしめてしまいそうになったが、マントからセリスを引き剥がした。
長く、見つめ合っていたと思う。見つめ合っていると思うのは、私だけだが…。
私は、部屋の出口の方に早足で向かった。
「エドガー!みんなのとこに行ってくれるの?」
背後から、さっきよりトーンの高いセリスの声が聞こえる。私は部屋のドアの鍵を閉めた。
「エドガー??」
「さっきも言ったとおり、僕はロックのとこに行く気はない。でも君があんまりねばるから、めんどくさいし…。鍵は、僕以外の人には開けられないようになってるんだ。つまりは、誰も部屋にはいって来れないということだな。」
セリスがおびえた表情を見せる。
「エドガー…どうしてそんなにまで?」
「そうだ、言い忘れていた。僕は、ロックに惚れている君のことも嫌いだよ。」
セリスは、眉をひそめている。どんな表情をしたって、可愛いし、綺麗だ。
きっと彼女は、私がそんな細かい表情の一つ一つにまで惹かれているとは気づきもしないのだろうな。
「わかった…。もう誘わないし、ここにはこない。だから、鍵を開けてくれ。私はロック達のところへ行くから。」
セリスは出口に向かっていった。それを、反射的に捕まえ抱きしめる。
「エドガー!!離せ!!」
「離したら、君はドアをぶち破ってでも出ていくだろう?」
セリスは力一杯抵抗しているようだが、やっぱり女だけあって力はそう強くない。
しばらく、そんなことをしていてセリスは力つきたのか、私に体を預けた。
「エドガー?とりあえず離してくれないか?」
私はセリスを抱き上げ、自分のベッドに座らせた。
セリスは、ぼんやり何かを考えているようだった。
私はセリスが逃げ出さないように、彼女の隣で、しっかり腰を捕まえていた。
「エドガー?なぜこんなことをする?」
思わず苦笑いが出る。
「君だって、軍人から女に変わりつつある。なぜなんて聞かなくても、ロックに惚れているからと解るけどね。」
「…そうかもしれない。エドガーはそれが気にくわないのか?私が自分で自分のことを一人の軍人といっておきながら、ロックの前で…女に変わっていることが。」
「君が女になってくれるのは喜ばしいことだよ。」
「じゃあ、なぜ??」
なんだかイライラしてきて、思わずセリスをベッドに押し倒してしまった。
「エドガー??」
「なぜなぜって聞いてばかりで、自分で考えようとはしないのか?僕だって聞きたい。ロックの何がそんなにいいのか。君は、君に会うまでのロックを知りもしないくせに!!!僕は知っているよ?ティナに命を懸けて守るって言ってみたり、死んでしまった昔の恋人を復活させようと、未だに遺体を放置していたり、ティナが相手にしてくれないからって、すぐ目の前の美人に狙いを変更したり!!!」
セリスは泣きそうな顔をしている。
「エドガー…友達のことをそんなに悪く言うもんじゃない。」
気が重くなった。私はすべて真実を話しているのに、きっとセリスは信じていないのだ。
自分が情けなくて、涙が出てきた。
「エドガー?この場合、泣きたいのはこっちのような気がするけど…どうしたの?」
「こんなことされてるのに、まだ相手の心配するなんて、余裕だね。そんなに自分の力に自信があるの?」
「違う!!力ではエドガーに勝てないことは、さっきので解ってる!心配して、当たり前でしょ?仲間なんだから。それに、みんなきっと心配してるよ。エドガーがいないと思ったら、セリスもいなくなってるって。」
「みんなじゃないだろ?ロックって言いたいんだろ?」
「エドガー!!!」
セリスは本当に怒ったみたいだった。
私はセリスから、身を起こすと自分だけ部屋の外に出て、鍵を閉めた。
「エドガー!!!ここ開けて!!エドガー!!?」
ドアを必死にたたいているようだが、私が自室にいることに誰も気づかなかったんだ。
セリスがここにいることだって誰も気づかない…。
私は、みんながいるだろう大広間に向かって歩いた。



「兄貴!!どこにいたんだ?ずいぶん探したよ。」
マッシュが豪快に駆けてくる。
「ちょっと書庫で、調べものをね。」
「でも、書庫に探しに行ったとき、いなかったぞ。なぁ、ロック。」
「ああ、確かにいなかったな。」
ロックが現れた。
「そうか?だったら入れ違ったか、角度が悪かったかのどっちかじゃないかな?」
「…兄貴。嘘ついてる?」
マッシュがじっと顔をのぞき込む。
「ついてないよ。」
「兄貴セリス見なかった?セリスも兄貴を捜してるんだ。見あたらなくて。」
「さぁ?見てないな。」
「兄貴?オレ兄貴の双子の弟だぞ。兄貴が嘘ついてるかどうかくらい解るんだ。」
「エドガー!!!セリスはエドガーの部屋に行ってみるとか言ってた!!いないだろうって止めたけど。エドガー、自室にいたんじゃないのか?セリスはおまえの部屋に行ったんじゃないのか??」
ロックに襟首を捕まれた。私よりもだいぶ背の小さいロックにすごまれても何ともないが…。
「兄貴…なんかやましいことでもあるのか?
セリスが兄貴のとこに行っただけのことで終わらなかったんだろ?セリスいないもんな。」
マッシュが真剣な顔をしてまっすぐ私を見る。
「ばれちゃったら仕方ないな。セリスは寝てるよ。僕の部屋で。」
いきなりロックの拳が顔に飛んできた。
「エドガー!!!セリスに何をした!!!!」
「そんなに興奮するな。少なくとも、セリスの嫌がることはしていないつもりだ。」
マッシュも眉をひそめて私を見ている。
「兄貴…セリスが本当に嫌がってないか…セリスに聞けば解ることだ。悪いけど、兄貴がどんなに嫌がっても、オレは無理矢理にでも兄貴の部屋にはいるよ。」
二人は、私の部屋に向かっていった。私も後ろからついていく。
「セリス??いるのか??」
ドアの向こうにいるだろうセリスにロックが呼びかける。
「ロック?エドガーじゃないの?」
セリスの声だ。
「兄貴、セリス起きてるぞ。」
「そうみたいだな。目を覚ましたんだろ。」
マッシュがドアをぶち破ろうとする。
「ストップ!!!そんなことしないでも、ちゃんと開けるから大丈夫だよ。」
私はドアの鍵を開け、悠々と中に入っていった。
「エドガー…」
セリスの不安に満ちた表情。
私の後ろにいる、怒気を含んだ二人の表情から、すべてを悟ったような感じだ。
「セリス!エドガーに何かされなかったか?」
ロックが、私の横を勢いよく駆けていく。
「え?何かって・・何を?」
セリスは微笑を浮かべ、とぼけているような様子だった。
「いや、何もされてないならいいんだ。」
ロックはセリスを抱きしめていた。マッシュはもういなくなっていた。
「ロック、私エドガーと話があるの。悪いけど、二人にして。」
ロックは一瞬すごい嫌そうな表情を浮かべたが、すぐに解ったと部屋から出ていった。


「エドガー…。なぜ私を閉じこめようと思ったの?すぐばれるのは周知の上でしょ?」
「理由なんかないよ。ただ何となく。」
私はセリスの隣に座った。
「しらばっくれないで。貴方はずっと真剣だったじゃない!」
「どうしてそんなことが解るの?」
「私は元帝国軍の将軍よ?相手の心情を察することくらいわけないわよ。」
「深くは察せないみたいだけどね。」
私はセリスの綺麗な金髪をなでた。
「一瞬でも…君を僕のものにしていたら…どうなるんだろうって。」
「どうって?」
「君が僕に惚れてくれるとかさ。あり得ないって解ったけど。」
セリスが顔を赤らめ目を伏せる。私はセリスを引き寄せた。セリスはもう抵抗しない。
「忘れよう?私も忘れるから。」
反感を覚える言葉だった。セリスは、僕が行ったことをすべて忘れたいというのだ。
ずっと行動に出すべきか出さぬべきか悩んできたっていうのに。
私はセリスを解放して、解ったと小さく頷いた。もっともそんな気は毛頭ないのだが。

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