プラチナの神

 

 その昔、ガキの頃だった俺にも一つの希望(ゆめ)があった。

 窮地に陥った幼少の俺を、銀のギアが助けに来てくれるという、夢だ。

 俺の想像のギア。それはとても美しいギアだ。

天使のような羽根を持つスマートな機体はプラチナ色に耀いていた。

 

 

 考える余裕もないというのは、ある意味救われているのかもな。

 久し振りだった、シグの奴とあんなに頬を近づけたのは。

俺とシグの隻眼に反応して解除されるロック。

ファティマ王家の純粋な血を受け継いでいる者が持つ碧玉だ。

「という訳だ……若……若っ!」

 シグの声で現実に戻される。

「聞いているのですか、若!」

「あぁ…」

 いつになく力のない俺の返事。

「若!? どうしたのです?」

 心配そうな蒼い瞳を向けるシグ。

 俺は気を取り直す。

「これが最後だ。今度という今度はシャーカーンの野郎を地獄へ導いてやるぜ!!」

「私は暫くここにいて王都からの追加情報を待ちます」

「事態が完全に掴めていない以上、私もここに残ってマルーさん達をお守りした方がいいでしょう」

 ったく、先生は肝心な時に一緒に行かねぇんだよな。戦力になるのによ!

「じゃぁ、俺と…フェイと…」

 俺は皆を見回す。

「僕が行ってあげるよ!」

 霊廟へ行く時と同じだ。

ビリーが申し出てくれた。

小生意気で少々むかつくガキだけど、案外こいつは俺に協力を惜しまない奴だ。

だから俺もこいつと一緒にパーティを組むのは楽だった。

「よし! 決まりだ。シグ、先生、後は頼んだぜ!」

 俺は颯爽と踵を翻してドアへと向かった。

ドアを開けようとしたその時、俺の背後でシグの声がした。

「お気をつけて…若……」

 いつも俺を送り出してくれる時のシグの声だ。俺の安否を気遣うシグの。

 俺の頭は混乱していた。そして自身の気持ちにも整理がつかない。

しかし今、この今はそんな事を考えている暇などない。

「シグ……シャーカーンの野郎を倒して、王都を奪還したら、

お前に聞きたい事と、話しておきたい事がある。覚悟しとけよ」

 俺は言い放つと扉を開け、急ぎ足で仮アジトを後にした。

 

 シグの情報通り西に大きな洞窟があった。

入口付近の残党、エートン改を倒して俺達は先へ進んだ。

「これが……ゲート発生器!?」

「あの野郎……アヴェの王座に座りながら、こいつも動かしてたのか!」

 ますます胸糞悪い野郎だぜ! 俺の怒りは静かに動き出した。

「その通り。貴様らがソラリスへのゲートの存在を知っていたとは、なかなか興味深いな」

 果たしてシャーカーンは不気味なギアで現れた。

「我々『教会』の者はゲート(これ)が何であるかも知らされずに、ただ管理していた。

だが我々『教会』もソラリスから独立する為に動いていてね。

力が必要だったのだよ。その為にファティマの王座も必要と考えてね」

「バルト!!」

 ビリーも元『教会』のエートンだった。

その“嘘で固められた教会”の事実に彼なりに克服し始めていたところだ。

『教会』も許し難かったが、こんな野郎のせいで、

マルーや俺の両親が無残に殺されてしまった事に無念でならない。

「残念ながら、君が今搭乗している、ギア・バーラーの入手はできなかったがね」

「お前のような、下賎な奴に、このアンドヴァリに触れさせてたまるかって!! 

お前の手なんかに渡っちまったら、初代ファティマ王や親父達に顔向けできなくなるぜ!」

「粋がいいのだけは認めよう。そのギアもろとも、お前を地獄へ葬ってやるわ」

 シャーカーンのギアはゲートからエネルギーを注入しようとした。

「俺はファティマの血を引いてるんだ。

初代ファティマ王が築いた平和な国、戦争のない国…親父の遺言も果たさなきゃいけねぇ。

こんなところで貴様なんかに殺られるわけにはいかねぇんだよ!!」

――うぬは、力が欲しくないか?

「ちっ! またあいつかよ!」

 グラーフが降りてきた。

また訳のわかんねぇことを、うだうだ述べやがって、

シャーカーンの野郎に力を与えているらしい。

 くそっ! 奴のせいで不利な戦いになるじゃねぇか!!

「おい、フェイ、ビリー気を抜くなよ」

「お前もな、バルト」

 吐き気が催すほどの不気味なシャーカーンのギアは時々攻撃してこない時があった。

 ゲートに繋がっている機体はそこからエネルギーを吸収していたのだ。

俺達は浅はかだった。吸収中に攻撃を繰り返した。

「っつー!!」

 フェイの叫び。

カウンターで大量のHPが奪われた様子。

「バルト…悪い…僕、ダメだよ…」

 ビリーが弱音を吐く。

「大丈夫だ。もう少しだ」

 シャーカーンの刻印パンチと、イグニスストームは俺達に苦戦させた。

「だって、フレーム回復させる燃料さえもうないよ」

 ビリーが言った刹那、彼のレンマーツォは大きな音を発てて崩れ落ちる。

「くそっ! ビリー大丈夫か?」

「ごめん…バルト。撲は大丈夫だけど…」

 コクピットのビリーは無事なようだ。

 ヴェルトールとレンマーツォに比べて、さすが、伝説のギア・バーラー。

フレームのHPと燃料は格段に上だ。

しかし、ビリーのレンマーツォが倒れた今、頼れるのはフェイだけだ。

 らしくねぇ、俺の弱気が見え始めた。

「ちっきしょう!! 俺はここでくたばれねぇーんだよ! ビリーもう少し我慢してろよ」

 俺は隣のヴェルトールを見る。

無言のフェイは必死で戦っているが、彼も限界がそこに見えてきた。

エネルギーとフレームのHPはあと僅かだ。

「小僧よ、限界か? さんざんこのわしを馬鹿にしおって!! 

ふん、ファティマの王座を取り戻すのは無理なようだな? ふぁっふぁっふぁっ!」

 シャーカーンの不適な笑いが響く。

 俺は言い返す言葉が見つからない。

「すまない…バルト」

 フェイの低い声。

 俺は千切れんばかりに下唇を噛んだ。

「くそっ! お前になんか殺られて、たまるか!! 例えこの身が滅びようとも、

俺は親父の遺言を果たさなければならない、使命があるんだよっ!!」

 フェイのヴェルトールが音をたてて地面に倒れた。

 しかしその時、絶望の崖っ淵にいた俺の瞳に閃光が走った。

 銀の光。

 俺は自身の眼を疑う。

子供の頃、夢に描いていた俺の伝説のギア。

プラチナのギアだ。

 俺は自嘲した。ついに幻覚を見たか!? 

 俺が窮地に立ったとき、きっと助けに来てくれると信じていた、幻のギア。

「残念だがシャーカーンよ、私は命に換えてもバルトロメイ王子の家を取り戻す!」

 ん? 聞きなれた声……。

 俺はゆっくりと絶望の淵から現実に引き戻される。まさか!!

「シグ!!」

「助けに来るのが遅くなって申し訳ございません。

若、ここで終る訳にはいきません。若と私、メイソン卿、

そして私たちを支えてきてくれたユグドラ人々の夢を断念するわけにはいかないのです! 

若しっかり! 陛下の無念の仇。

そして陛下から受け継がれた、若の背負った使命を果たさなければなりません」

 シグ……! 俺の隻眼は濡れた。泣かせやがって!!

「俺の幻想のギアは存在していたんだな!!」

「若の前に姿を現したのは、二度目です。私の神(ギア)…ヴァルキリアです」

 俺は感涙した。

美しい俺の描いた幻想のギアが、今まさに俺の目の前に。

そしてそのギアの操縦者は、シグだったのだ!!

「よし、シグ! お前の腕を得と堪能させてもらうぜ! 派手にやろう!!」

「はい、若…何分、ギアに乗るのは久しく

私の腕が鈍っていないことを祈ります…フェイ君大丈夫ですか?」

「面目ない……」

 コクピットのフェイも無傷のようだ。

 シグの奴…かっこつけやがってよ。力が漲ってきたぜ!

「よっしゃぁーー! いくぜ、シグ!!」

 俺は再びアンドヴァリを動かす。

 俺の記憶通り、銀のギアの武器はウィップ。

俺のより少し長いその武器は華麗に天を舞う。

 俺と同じ動き。俺と同じ技。そうか! そうだった。

俺は全てシグに教わったのだった。

「若っ!!」

「うぁっ!!」

 ヴァルキリアに気を取られていた俺はシャーカーンの刻印をまともに受けてしまう。

「くそっ!」

 ガタンッ! 大きな音をたてた。

が、しかしその刹那もう一つの音が入ってくる。

「シグっ!!」

 アンドヴァリの左の翼、そしてヴァルキリアの右の翼は、

ヴェルトールの足元に重なり合う。赤と銀の翼。

「てめぇーー!! もう許さねぇ!!」

 高笑いのシャーカーン。しかしヤツも後僅かだ。

「若! さぁ、行きますよ!!」

「あぁ…」

 “ダブルツインスネーク”

 俺とシグのリハーサルなしの舞台は見事なものだった。

 二本のウィップがシャーカーン頭上で舞い散る。何度も美しい弧を描いた。

「ば、ばかな!! このわしが!」

 シャーカーンの冷笑は止まった。

「お前が12年前、余計な欲をかかなきゃ、マルーは家族を失わなくても

……厳しい砂漠暮らしをしなくても済んだんだ!!」

「そして、若もです」

 シグの声は微かに揺れていた。

「お前は、幼い若に…!! 私はお前をこの手で地獄へやることが出来て……」

「……シグ!!」

「王座に生まれた甘ったれが何を!!」

 シャーカーンの最後の断末魔だ。

「そんなもんが欲しけりゃくれてやらぁ! 

王者ってのはなあ、一番重い荷物を背負い込む割に合わない商売なんだよ! 

そんな事も知らねぇのか、この三下が!!」

「うぁぁぁぁぁぁーーー!」

 永遠に地獄の火炎で焼かれつづけるだろう。

イグニスゲートと共にシャーカーンは炎上した。

 

 シャーカーンの広場…

いや、エドバルトW世の広場は隙間のないほど埋め尽くされていた。

アヴェの心優しい民達だ。

俺は12年目にして晴れてこの国の民の前に姿を現す事が出来た。

思えば長い道のりであった。

爺やシグ、そしてフェイ達の協力があってこそだった。

 親父…俺はやっと遺言が果たせるぜ! 長く待たせたな。

「若…どうなされた…?」

 俺の緊張を解してくれた大きなシグの手が肩に触れた。

 俺は頷き、一呼吸してゆっくりとバルコニーへと向かう。静まり返る広場。

「アヴェ国民諸君、私は第18代アヴェ国王エドバルト4世の息子、

バルトロメイ・ファティマ、第19代国王である」

「先生…バルトのヤツ…変だぞ、どうしたんだ? なんか賢くねぇか?」

 フェイの声が聞こえた。くそっ! ちゃかすんじゃねぇ! 

これでも必死で舌噛みながらセリフを覚えたんだっ!!

「えーっと…長年王都を離れ国民諸君には苦労をかけた事をまずは謝罪したい…」

 俺はらしくねぇ口調で言葉を羅列した。

「……力を合わせてアヴェの復興を成し遂げよう」

 歓声が湧き起こる。俺はシグの片方のトパーズブルーを見る。

「国民諸君に……もう一つ重大な知らせがある。

誰よりもアヴェの平和を願ったエドバルトW世の遺志によって宣言する。

第19代アヴェ国王、バルトロメイ・ファティマの命により……

本日をもって王制を廃し、アヴェ全土を共和国家とする!」

「若……」

 シグの声。

「これは一体……」

 爺…。

 俺は背後の二人へと向き直るのに時間を要した。

いや本当はそれほど時間などかかっていないのだろう。

 ゆっくりと二人の瞳を確かめる。次の俺の言葉を待っている。

「これが、俺が親父から受けた遺言だ。

二人とも、俺の王位の為に長年頑張ってくれたのに、ゴメンな……

俺はもう主でもなんでもない。お前達は自由だぜ」

「なにをおっしゃる!」

 爺の目頭に光るものが見えた。既に俺はシグの眼を見れない。

「甘いな…」

 シグ?

「外の歓声が聞こえないか? 

民衆が新しい当主に選ぶのは君だ。今まで以上に忙しくなるぞ」

「シグ……」

「頭の切れる補佐が必要なんじゃないのか?」

 この野郎! しかし俺の底では笑いが止まらなかった。

「雇ってやってもいいぜ!」

 

 高い天井…。天蓋からは白いレースのカーテン。

 俺の寝室だった。俺が6歳まで寝ていた筈のベッドだ。

こんなに天井の高い寝床で寝るのはきっと12年振りなんだろうな。

 親父の遺言を果たせた。最初は不安だった、爺やシグの事を思うと。

しかし、爺もシグも何ら変わりなく俺の側にいてくれる。

 それでいい…。そう、今まで通りだ。

艦長の俺。執事の爺。そして副長のシグ。

 俺は寝返りを打つ。

 シグの……俺と同じ色をした隻眼。

――ああっ! 俺にはファティマの碧玉が一つっきゃねえ!――

――落ち着いて、若!――

――無事な方の目を光に翳して! もう片方は私がやります!――

「碧玉……」

 忘れ去ろうとすればする程、俺の脳裏に鮮明に浮かぶ。

 もういいじゃねぇか…今まで通りで……。

「くそっ! 何だって、秘宝を使うハメに…! 

ロックを解除しなければ…今まで通りだったのに」

 俺はうつ伏せになり、ふかふかのシルクの枕を濡らさぬよう、細心の注意を払う。

「親父のバカヤロウ!! 俺に遺言を託しやがって……

最初から言ってくれれば……くぅっ」

 

 爺の部屋を後にした。

恐ろしく閑静な空間だ。

本来なら俺は城(ここ)で、親父やお袋の愛情の元に静かに暮らしていたのだろう。

爺やシグにも愛されて…王子として、何も知ることもなく。

それも悪かねぇ人生だったかもな…とふと過ぎる。

 廊下は蒼い光が照らしていた。

外に目をやると、黄金の砂が煌いていた。

俺はこの果てしない…そう子供の頃、

世界中がこの黄金の砂で埋め尽くされていると信じていた頃からきっと、

“ここ”が好きだったんだろうな…。

 夢のギアに出逢ったのも、ここだったのだろう。

 その先のバルコニーにシグの姿を見つける。

白銀の髪が蒼白い光を帯びて輝いている。

「やっぱ…ここからの眺めが最高だな」

「若?」

 訝しげなシグの瞳。

「いや、ほら、砂漠だよ…俺らしくもねぇ、綺麗だなと思ってさ、

ついつい見とれていたらよ…なんか寝られなくてさ」

 俺は頭を掻いた。

「私も…そうです…ここからの美しいこの地を眺めるのは……

私にとっても12年振です。

……私の第二の故郷です…ファティマ城は」

 第二の故郷……か……。

 風が俺の髪を撫でた。

「なぁシグ……お前の母さんってどんな人だった?」

 シグの顔が俺の方へ向けられる。

「……貴方と同じ…まだ私が小さい頃に亡くしましたが、何か?」

「想い出す事って、あるか? どんな人だった?」

「……そうですね…母は優しい人でした」

 俺から逸らしたシグの長い睫が瞬時、月の光を帯びた。

「生まれた時に医者から短命だと知らされていたそうです。

ずっとそれを恐れて生きていました。

そのせいで、好きな相手ができた時も…

死に別れる怖さに自分から身を引いたそうです」

 シグの横顔を見ていると、その母(ひと)の美麗が浮かんだ。

俺は複雑な気持ちだ。

「お前の……親父さんは?」

 俺の強靭な筈の心が痛みを覚えた。

「私が生まれた事は知らないはずです。けど、知らないなりに、実の……」

 シグはそこで言葉を切った。

俺の脳裏に浮かんだ親父の姿。きっとシグの眼にも同じ顔が浮かんでいるのであろう。

「実の息子のようによくしてもらいました」

 シグは2、3度瞬きをする。

「何故、親父さんに、言ってやらなかったんだ? 自分は息子だって」

「……母が隠したかったのなら、そうしておきたかったのです」

 砂漠の夜の風は冷たい。銀の髪が流される。

 砂が眼に入ったようだ。

「親父の遺言には続きがあるんだ……。

お前が得た物は、兄と分かち合いなさい。

お前と兄が得たものは、すべての民と分かち合いなさい……ってさ」

「!」

 シグの表情は見なくても解かっていた。俺は自嘲気味に唇の端を上げる。

「ずっと、何の事なんだか不思議だった。

それを言っておきたくってさ………おやすみ!」

 

 城ってのは何て広いんだ。

俺は全力で廊下を走り、階段を駆け上って寝室のドアを開いた。

 大きなベッドに体を投げ、うつ伏せになる。

砂が眼に入った割には、溢れるものを抑えれない。

シルクの枕がうっすらと濡れてしまった。

 16歳だった、ある日。

シグにたった一度だけ抱かれた日……。

あの日以来、俺とシグは変わらず、艦長と副長だ。

それ以上もそれ以下でもない。

俺はあの日から自問自答を繰り返してきた。

俺とシグは一体何なんだ? 

シグは俺の事をどう想っているんだ? 俺はシグの事を……!!

その答えが……馬鹿みたいだぜ! シグが兄貴だったなんてよ!!

「若……」

 ドアの外でシグの声がした。いつも聞きなれた声。

大好きな声……。

しかし今は聞きたくない声でもあった。俺は返事をしなかった。

 暫くして足音が廊下から遠ざかっていった。

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