その夜エドガーはバルトのギアを観察したいと思いギアドックへと向かう。そこには何体ものギアが置いてあったがバルトの赤いギアはひときわ目立っていた。だがこんな夜更けの時刻に人の気配が…。近付いて見るとシグルドであった。
「陛下どうなされましたか?」
 シグルドはエドガーに気付くと一礼する。
「バルトのギアに興味があって見てみたいと思ってね。それより君もどうしたのだ? 明日の出立は早いぞ。眠れないのか?」
「はっ…」シグルドらしからぬ不安な表情を醸し出す。
「……実は…実はこうしている間にも若がまた12年前のようにシャーカーンによって拷問を受けているのではないかと思うと、いても立ってもいられません」
 シグルドは只ならぬ様子で取り乱していた。
「……それは一体どういう事だ?」
 エドガーの思考が暗くなる。
「シャーカーンは国王と王妃、そして若のお従妹のマルグレーテ様のご両親…つまりフィガロ家ものを葬ってフィガロを略奪しました。
しかし、何故、若とマルグレーテ様を殺さなかったか…。シャーカーンは当時4歳のマルグレーテ様を6歳になる頃に他国へ売り飛ばそうと企てておりました。それゆえにマルグレーテ様は殆ど無傷で若とは別に丁寧に特別の扱いで監禁されておりました。しかし、一方、若は……」
 シグルドの声は怒りに震え出す。
「若は鞭の使い手でございますが、しかし自身の背中には鞭によって受けた無数の傷跡があるのです。シャーカーンはいわゆる性的変質者です。僅か6歳にしかならぬ若に欲望のままに鞭をあて、少年の悲鳴によって快楽を得ていたのです!!  ………お二人を救出し、ここへ連れてきた時、若は酷く心身共に傷ついておられました。堅く口を閉ざして一言も話しては下さいませんでした。無理もございません。まだ年端もいかない子供が両親を一度に殺害されてしまったのですからね。
しかし私は若が体に受けた傷にはずっと疑問を持っておりました。そして毎夜若は悪夢に魘されていたのです。我々は根気強く若の体と心の傷を癒そうと努力して参りました。
 そしてここへ来てから既に半年が過ぎようとした頃、初めて若が監禁されていた頃の事を断片的に話してくださいました。
 シャーカーンによる拷問はどれほど若の心と体を傷つけた事でしょう? 我々は若のトラウマを克服する為に逆手を取って鞭を指南しました。そしてそれは成功しました。そんな事を体験したにも関わらず、若は明るく素直な青年に育ってくれたのです。
それが今またシャーカーンがあの時と同じように若に鞭を当てているのではないかと思うと……!」
 シグルドのトパーズブルーの瞳はほんの少し憂いを帯びていた。
 エドガーには衝撃以上の話であった。
「陛下と殿下のように濃い血の繋がりではございませんが、異母兄弟でもたった一人の私のかけがえのない弟なのです」
「シグルド……」
 エドガーは自分より少し背丈の高いシグルドの肩に手を当て力を入れて頷く。
「異母兄弟だろうが、双子だろうが同じフィガロの血が流れている事に何ら変わりは無いよ。私には君の気持ちが痛いほどわかる。もしも私が君と同じ立場なら、命にかえても弟を守りたいと思う。君もきっとそうだろう?」
「陛下っ!」
「おっと弟も同じように兄貴の事を思っていることを忘れないでくれよ、シグルド」
 エドガーの背後からマッシュが現われる。
「すまない、立ち聞きは趣味じゃなかったが、俺もギアに興味があって眠れなかったのさ」
「そうだ。バルトも今同じ気持ちで自身に起きた事に堪えている。万が一自分が果たせなくとも兄であるシグルドが無事に意志を継いでくれるであろうと。
だからシグルド、逸る気持ちは解る。しかしここはバルトの為にも慎重に行動せねばならない。私達は万が一の最悪の事態は計算に入れていないからね。明日には君もバルトも無事に再会できる。
明日の作戦は失敗を許されない。その為には冷静な判断と休息が必要だよ。さぁ、明朝に備えてほんの少し休もう」
 エドガーの手がシグルドの肩から離れる。
「陛下! 殿下!」
 シグルドは首をうな垂れたまま二人に敬礼した。


 夜明けと共にアジトを後にする。まだ蒼白い月が果てしなく続く砂漠を照らしていた。
 エドガーはこの明け方の砂漠が好きだった。砂の色がまるで砂金のように優しい風と共に流れている。何年いや、何十年、何百年経ってもこの砂漠は変わらない。
 到着した頃にはすっかり夜も明け、朝日がフィガロ城を照らしていた。


 エドガーとシグルドはサウスフィガロへの洞窟へ向かい、地下から潜入する。
 マッシュは東の塔へと裏から潜入した。メイソンは民衆がここを訪れる時刻まで待機。
 だが、意外にも早く民衆が訪れ始めていた。
 謀反者による公開処刑の噂が流れ、そしてそれと同時にその謀反者とは罠にかけられたフィガロ王家の生き残りだという情報に早くも、いても立ってもいられない民衆たちは南から続々と押しかけて来た。
 予想外の民衆の大群が押し寄せている為に東の塔は警備隊の数が増えていた。
 銃口を広場に向けて待機している兵士、20人ほどはいたであろうか。ここから対になっている西の塔にも10人ほどはいた。中央で連隊長らしき人物が指揮をとり、西の塔にも合図を送っている。
 20人…そして向こうは10人…。マッシュは一挙にこれらの兵士を抑えなければいけない。
(くそっ、兄貴、何が警備が手薄になっているだぁー?)と心の中で呟くマッシュ。
 だが、先日城門で意外に反シャーカーン派の兵士がいたことを思い出す。
(よしっ、とにかく連隊長を抑えれば何とかなるかもなっ!)
「君達!」
 マッシュは無防備にも飛び出す。
(ん? 何か俺の言葉と違うな…ま、いいかっ)
 一斉に銃口がマッシュを捉える。だがそんな事で怯む彼ではない。いざと言うときはこれらの銃口くらい一瞬で避ける術もある。
「まぁ、俺を不信者と思うのは構わないが、銃を放つ前に俺の話を聞いてくれてもいいんじゃないか?」
と余裕のマッシュ。
「これからあの広場で処刑されようとしているヤツが誰なのか知っているのか?」
「謀反者だっ。貴様逆らうなら撃つぞ」
 連隊長は引き金に指を添える。
「謀反者はあの、シャーカーンだろ! みんな目を覚ませよっ! 謀反人に仕立て上げられて処刑されようとしているのは、フィガロ家の正当な跡取りである、バルトロメイ王太子殿下なんだぞ」
 マッシュのその言葉と同時に兵士達はざわめき始める。
(よぉーーしっ! 俺も満更でないな。兄貴のようにスマートに説得できるかもなっ)
「シャーカーンの悪政には民衆もうんざりしているようだな。元々フィガロは秩序と平和を齎す国なんだっ! それを代々受継いできたはず。どうなんだっ? シャーカーンの政治はそれを受継いでいるのかい?」
 一人、二人と兵士達の銃口は地面へと下げられる。
 様子がおかしいと不信に思う西の塔の兵士ですら、手出しはしてこない。
「何を出鱈目なことを! 撃て! 不信人物が進入している、撃て!」
 連隊長は背後の静寂に恐る恐る部下達を振り帰る。
「くっ!! 弱虫目っ!! この俺一人でもお前の相手になるわっ!」
「おっと、そう来るのかいっ! ならば相手してやってもいいが、後悔するぜっ!」
 マッシュがキメのセリフを言い終わらぬうちに連隊長は引き金を引いた。
 だがその動きよりも早くマッシュの体は宙に舞い、「爆裂拳」の態勢を取る。
 連隊長は何が起こったのか気付かないうちに呆気なく倒れた。
「弱っちぃなぁ。そう言えばココへ来てから俺はまだ「爆裂拳」しか使ってないな…ギアだか何だか知らないけど、そんなモンに頼っているから弱いんだよ」


 処刑台には十字に吊るされたバルト。そしてその前に立つ銃を持つ処刑執行人。その周りを囲む大勢の民衆。
 シャーカーンはバルコニーに立ちそれらを確かめる。
 だが、バルコニーに立つシャーカーンの姿を捉えた民衆達から怒涛の如く沸き起こる罵詈雑言。
「謀反人はお前だーーっ!」
「シャーカーンを殺せっ!」
と叫ぶ民衆の声が次第に合唱となる。
「シャーカーンを殺せ、殺せ、殺せ!」
「フィガロを返せ、返せ、返せ!」
「なっ! 反逆する者達、構わず撃て、撃ち殺してしまえっ!」
 動揺するシャーカーンは側近に命じる。
 側近はシャーカーンの命令に東の塔へ合図を送ろうとしたが…。
「!!」
 どうやらシャーカーンも塔の警備兵の異変に気付く。
「そこまでだな、シャーカーン!」
 シグルドと、エドガーは姿を現した。
「くっ! お前らっ!!」
「動くと撃つぞ」エドガーはオートボウガンをシャーカンに向けて構えている。
 処刑台の執行人の頭にはメイソンの銃口が押し当てられている様子。
 全ての絶望的な状況を捉えたシャーカーンはわなわなとその場に崩れ落ちる。
「お前のように平和や秩序を乱す者にこのフィガロは任せておけぬ!」
「なっ……」
 シャーカーンはエドガーの顔をまじまじと確かめる。そして蒼白する。
「ま、まさかっ! あ、あの肖像画の……」
「そのまさかだ。私はバルトロメイの先祖にあたるエドガーだ。お前の悪政を見届けていた私の肖像画が私をここ(未来)へ導いたのかもしれんな。フィガロは私達に返してもらうぞ」
「やいやいっ! 俺のご先祖様にご対面して驚愕しただろう! 本来ならお前のような下賎なヤツに俺のご先祖様がお言葉を掛ける事はないんだっ!」
 解放されたバルトが憎きシャーカーンの前に立った。
「若、今こそ、亡き陛下と亡き王妃…若の父上と母上の仇を!」
 シグルドは自分の鞭をバルトの手に持たせる。
「くそっ!」
 エドガーとシグルドに取り押さえられ身動きの取れぬシャーカーンは観念する。
 だがしかし、バルトの鞭を持った右手は下におろしたままだ。
「若…?」
 バルトの脳裏にフラッシュバックする幼少の頃の記憶。
 背中に当たる鞭の音。
 歯を食いしばって堪えながらも時折悲鳴を上げてしまう自身の声。
 苦しむ少年を前に残忍に笑うシャーカーン。
「…………き…ない」
「バルト!?」
「出来ない! 俺にはコイツを鞭で打つ事は…出来ない!」
 バルトの鞭を持つ手に力が入る。
「若……」
 シグルドはバルトの気持ちを察したようだ。
「俺はお前が憎いさっ。親父もお袋も、皆殺されて! それだけに止まらずに小さかった俺をおもちゃにしやがってよっ! くそっ!! 
だがよっ! この鞭は…俺の手はただ憎しみだけでお前を打つほど汚れてないんだよっ! 
シャーカーン、正々堂々とギアで勝負だ!! 今度こそお前を奈落の底へ葬りさってやるぜ!」
「バルト!」
 エドガーはこの若者の中の男意気に心を打たれる。
「この私にチャンスを与えるとは、余裕だな、小僧…いいのか? 奈落の底へ落ちるのは貴様だ!」
 シャーカーンは余裕の表情を見せる。


 シャーカーンの広場は一瞬にしてバトリング場と化した。
 民衆の歓声が湧き起こる。
 バルトの赤いギアは素早くシャーカーン搭乗の薄紫色の不気味なギアに鞭を一振り。
 シャーカーンのギアはほんの少し仰け反るが態勢を整え待機。
 バルトのギアは更に鞭を一振りずつ攻撃する。
 沈黙を保つシャーカーンのギア。
(おかしいな、抵抗してこないってのは妙に不気味だぜ)
「ツインスネーク!」
 赤いギアの持つ鞭は華麗に大空を舞い、シャーカーンのギアに連続で振り下ろされる! 
 シャーカーンのギアは衝撃で数メートル先へと吹っ飛ばされた。
「へっ、参ったかシャーカーン!」
 態勢を整えたシャーカーンは「ふっ、なかなかやるな、小僧! ではこれはどうかな?」
と言うと初めて攻撃をしかけてきた。
 ブィーーーーンと音を発すると同時に眩しい閃光が瞬く。
「なっ!!」
「何だ、シグルドあの技は…」
 バルコニーから二人のギア戦を興奮状態で眺めていたエドガーは驚愕する。
「はっ、あれはエーテル攻撃なるものでございます。つまり魔法攻撃のようなものです」
「魔法…? 我々の時代にケフカを封印してから、この世から邪悪な魔法は消え去ったはずだったのだが…」
「確かにそうでございました。が、あれはいわゆる人工的に開発されたものでして、陛下の時代の本来の魔法とは違ったものでございます……あっ、若っ!!」
 シグルドの視線の向こうには…。
 バルトのギアが大ダメージを受けているところにシャーカーンのギアは容赦なく連続攻撃を繰り返す。
 刻印パンチ。
 赤いギアは数メートル先へと転がる。
「くっ、くそっ! エネルギーを貯めてやがったんだなっ」
「ふっ、小僧、私にチャンスを与えたのが間違いだったようだな」
とシャーカーン。
(くそっ、俺はここでコイツに負けるわけにはいけないんだよっ! だが予想以上に強ぇーな! ダメだっ…意識が………いしきが…遠のく)
「!?」
(何だ?……シグ、シグの声が聞こえる…)
「若、若っ! しっかり! 若っ!! フィガロの……父上の屈辱を!」
(……シグっ…。お、俺らの親父の……そうだっ! フィガロのためにも! エドガー達が命をかけて守った世界の為にも、俺はここで負けるわけにはいかねぇ!!)
 シャーカーンが更に留めの一撃を食らわそうとしたその瞬間、沈黙していた赤いギアは態勢を整え立ち上がり、その一撃をかわす。
 燃料とフレームのHPもあと僅かだ。
(くそっ! 最後の賭けだな。きっとあのハゲ頭のクソ爺のギアもチャージが必要だろう)
 バルトはそう読んで一回チャージをする。
「よしっ!」
 バルトの読み通り、ギアはハイパーモードへと突入!
「ソウルエンド!」
 目にも止まらぬ高速で鞭は連続、シャーカーンのギアに振り下ろされた。
 大ダメージを受けるシャーカーンのギア。更に容赦なく、繰り返すバルトの赤いギア。
 ガガガガガーンッ。
 激しい音と共に崩れ落ちるシャーカーン。
「はぁ、はぁ、やったか!」
 暫くしてシャーカーンのギアは静かに炎上した。
「バルトロメイ殿下、ばんざーい!!」
 バルトがコクピットで呼吸を整えると最初に耳にした民衆の声。我等がフィガロの声!
 次にバルトの目に入ったのは、バルコニーに立つ、エドガーとシグルドであった。
(有難よ、エドガー、そしてシグ! 俺はこの手で、やっとフィガロを取り戻す事ができたぜっ!)


 シャーカーンの広場、いや、明日からはバルトロメイの広場となる…を見渡せるバルコニーとは反対側のバルコニーに立つバルトの姿を捉えたエドガーは彼の隣へと立った。
 バルコニーから見えるのは果てしなく終わりのない砂漠。
 蒼白い色の月が黒い砂漠を照らす。その光を受けてキラキラと輝く流砂。静かな風が広大な砂漠を波打つ。
「12年振りなんだ、ここからの夜の砂漠を眺めるのは」
 6歳でシャーカーンにこのフィガロを奪われ、本来ならバルトの城、バルコニーであった筈なのだが、彼は12年振りにようやくここへ立ったのである。
「ここにいた頃はガキだったがよ、俺はここからの眺めが特に好きだった。月に照らされたこの砂地…何処よりも美しいよな?」
 バルトの問いにエドガーは声に出さずに頷く。
「私もここからの眺めが本当に好きだ。特に夜は昼と違った別の美しさを見せてくれる。
公式の舞踏会が嫌いな私とマッシュはいつもこのバルコニーへと逃れてきて、この…変わらぬ砂漠を眺め、ひとときの平和を感じていたものだ。
そう、こうして何の因果か、未来へ来てしまったが、ここからの眺めが私達の時代のものと、変わらない…。
この変わらぬ砂漠と同じくフィガロの意志も受継がれているのかな…と思わせてくれたよ、バルト」
 穏やかに告げるエドガーは夜の美しい砂漠に自然に溶け込んでいる、まるで一つの“絵”のようにバルトの目には映った。
「俺…不安なんだよ」
 エドガーはバルトの明日の戴冠式を前に緊張しているのだと思う。
「俺、あのハゲ頭のクソ爺のおかげでフィガロ城を追われる身となってから、フィガロの素晴らしさに気付いたんだと思う…。
親父が命にかえてもフィガロの意志を受継いでいたことを。そして更にエドガーとマッシュに出会って…。俺の親父がお前らの意志を何代にも渡って受継いでいた事をつくづく感じたよ」
 バルトは夜の砂漠の地を見ながら語り始めた。
「…それは私も同じだった。父上の、フィガロを…いや、世界を平和に導こうとしていた意志」
「うん、本当に何代経てもそのフィガロの意志は純粋に受継がれていたんだな。だがよー、エドガー、俺は不安なんだよ。今まで当たり前のように受継がれていたフィガロの意志かもしれねぇがよ…果たして、俺なんかがそんな重大な血を子孫に残せるかどうかがよ……。
つまり、俺なんかがこの美しく、尊い意志を持つフィガロ国の国王になれるのか…ってな」
 バルトの不安な気持ちにエドガーは自身の戴冠式前夜の頃に重ねる。
「ある時シグが俺の異母兄だとわかった時に、シグの方がフィガロ国王に相応しいんじゃねぇか…って思って、本当は今でもそう思っている」
「さぁ、それはどうかな? それはシグルドには微塵も考え付かない事だと思うよ。
バルト…君は生まれ持って、フィガロを継がなければならない運命なんだ…いや宿命とでも言おうか?」
「???」バルトは怪訝そうな表情である。
「例えば、私とマッシュ。私とマッシュは君とシグルドとは違って、生まれた時からどちらが王太子にも成り得る条件を兼ね備えていた。父上も敢えて私が辛うじて兄だからという理由だけで安易に私を王太子にとは決してきめなかった。
それは父上がいずれ、フィガロを当主として背負っていかなければいけない方と、そしてその当主を支えるべき重要な方との器を見定めていたんだと思うよ。
だが父上はわかっておられた。私達は生まれた時に、王となるべく存在であるにも関わらず、既に生まれた時に二人(兄弟)の運命(さだめ)は決まっていたのかもしれない…と…。うむ、難しいな…」
「!?!?」既にバルトの頭脳は混乱し始めているようである。
「マッシュは生まれた時から非常に病弱であった。それに比べて私は非常に丈夫だった。そのスタートラインが既に運命を決めていたのかもしれない。
双子…本来は兄も弟もない存在なのに、些細な体の違いで私達は歳を重ねる毎に大きな開きを生じることに。
愛情の問題ではなくフィガロという一国の主としての立場の父上は丈夫な方の私を後継者に…と思うのが当然のことだろう。そして、幼心にも私とマッシュは充分理解していた、自分の運命に。
私がフィガロと継ぎ、マッシュが私を補佐してくれることを。果たして私達はそうなった。父上が御崩御後、形式的に後継者を賭けで決めたが、なんとなくわかっていたのだよ、自分達の立場を。私はフィガロを継がなければいけない運命、マッシュは自由を手にするが、やはり私の補佐として影ながらフィガロを守ってくれる運命…」
「そうか、つまり俺とシグでいえば…。シグは俺よりも随分早く生まれた兄貴、親父にとっては最初の息子だったが、哀しくも諸事情によって、正式の国王と王妃の間に生まれなかった。
そして11年後にフィガロの国王と王妃との間に生まれた俺は正当な王太子として生まれた。そのシグと俺との境遇が既に自身の運命を受け入れるべき環境だったと言うわけか?」
「そうだな。君を命に変えても補佐しなければという、自身の生まれ持っての運命と立場の元にシグルドは生きているんだよ。
だから君は君で生まれ持って定められた立場…フィガロ国王に就かねばいけないのだ」
 バルトに説明しながら、すでにエドガーは自身に言い聞かせているようであった。
 エドガーとバルトの同じ色の蒼い瞳は交差する。
「…バルト…君と同じ立場、フィガロの国王にならなければいけなかった私は痛いほど君の気持ちはわかるつもりだ」
 エドガーは優しく流れる月光に照らされた夜の砂漠に目を落とす。そして戴冠式の前夜、この同じバルコニーに立って、バルトと同じ不安な気持ちに押し潰されそうになったことを今でも鮮明に思い出せた。
「私も君と同じ、戴冠式の前夜、ここに立ってこの砂漠を見ながら、とてつもない不安を感じた。私も怖かったのだよ。君より一つ下、17歳だったな。まだ大人にもなりきっていない私なんかが、偉大な父上の残したフィガロを果たして父上のように立派に継げるのか…! 父上の意志を継げるのか…! 
私には出来ない…出来ないよ!! ってここに立ち、心の中で叫んでいたよ。その当時唯一の支えであった、マッシュは側にいなかったからね。彼は彼なりに自身の立ち場の元に修行に出てしまってね。
 そして何時間も自問自答を繰り返した。けれどあの砂漠の終わり…地平線に黄金色の陽が昇り始めた時、その希望に満ちる光を見た時に意を決したのかもしれない。
 今の今まで定められた運命から逃れる事が出来れば…と思っていたが、その私を最も苦しめた運命を受け入れようと決心がついたんだ」
「エドガー!」
 エドガーはバルトへと視線を移し、彼のブロンドヘアーにそっと右手を下ろす。
「君にはシグルドがいる。影ながら、命にかえても君を守ろうとするシグルドが。私にとってのマッシュと同じ…。
だから、あの地平線に陽が昇ると同時に君はフィガロ国王として意を決する事ができる。私は私とマッシュがそうしたように、君とシグルドが立派にこの国を受継いでくれると見たよ」


 フィガロ国民達はバルトロメイの広場に溢れんばかりに押し寄せていた。
 礼拝堂での戴冠式を済まし、仰々しい正装をしてバルトロメイ広場を見渡すバルコニーに立つバルト。
凡そ似合わぬ装いであったが、自然に彼の生まれ持った王者たる気品が時間と共に馴染ませた。
「シグ、エドガーとマッシュは?」
「陛下と殿下は夜明けと共に私へ、若と共に力を合わせてフィガロを頼むと告げにこられて、フィガロ城からお姿を消されました」
「そうか……。シグ、俺をしっかり支えてくれよなっ。俺はまだまだ危なっかしい国王だからよ。だがよ、俺はお前と二人でこの国を築いていきたいんだ」
「若……!」


「俺とお前はある意味欠陥だな。二人で一つの国を支えているようなものだからな」
「バルトとシグルドと同じなのかもしれねぇーな」
「片方の翼しか持たぬ天使はお互いを補佐しあって、羽ばたく…。レネー、俺はお前がいての俺だからな」
「俺も兄貴がいての俺だからな」
 月光に照らされた夜の砂漠…未来でバルトと立った同じ場所に立つエドガーとマッシュ。
 何年経っても変わらぬ美しい砂漠。それと同じく、フィガロの意志は時が経ても受継がれていくのであった。

THE END

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FF6の目次へ
ゼノギアスの目次へ

〜あとがき〜

いやぁ、ついつい、エドガー&マッシュそして、ゼノギアスのバルト&シグルドの
2兄弟の夢の共演をさせたくて、ちょいと無理のある(汗)
設定(バルトとシグルドがファティマではなく、フィガロの人になってます)で
一気に書き上げたものです。ゼノのゲスト出演(陛下達)の逆バージョンですね。
2000.3.1 ルイマリー・ヨゼフィーネ・ダイム