第三章 それぞれの過去 「教皇様…あなたも人が悪いわね」 ガングラーズ司令室に向う総司令官カーラン・ラムサスは、名前さえも知らぬ軍の部下達が明らかに動揺を隠せないでいるのを目の当たりにする。 バルトロメイはどれほどの間、王座に座っていたのであろう? しんと静まりかえった謁見の間。その静けさと大理石の床がやけに冷たさを感じた。 「裏切り者!!」 「ふぅ」 ニサン大聖堂の二階正面廊下から見える、宙に浮いている片翼の天使像は互いを求め合い手を差し延べている。 夜が明けようとしている。月が白くなってきた。冷え切った空気がヒュウガの頬を撫で、漆黒の長い髪を揺らした。
−1−
−2−
「私は…ただ、
「そのわりには…楽しんでいるようね…あんな手の込んだ事をするとは」
「私の中の……何か。きっと遥か遠い昔に空洞を埋め切れなかった何かが、そうさせるのかもしれない」
空間の中で響くその声は、単に修復プログラムの手足として動いているだけではない、明らかに兵器としての補体であるシステムとは異なる、別の意志を持つ者である。
「システムの修復は、殆ど成し遂げた。あとは封印された、アニマと……
「フフッ…あともう少しよ。復活を遂げたら、
黄金色の地平線に砂煙が舞い上がる。黒檀のようなヒュウガの束ねた髪が微かに揺れた。その髪の揺れが次第に激しくなり、目前に潜砂艦ユグドラシルが浮上する。
「陛下、ご無事でしたか!」
シグルドに何かあったかのように慌てて引き上げたカールを見ていただけに、ヒュウガは主の無事に安堵した。
「…うん」
だが、その返事はバルトロメイらしからぬ、消沈したものでもあった。
「ガングラーズは?」
バルトロメイは、ヒュウガがたった一人でこの地に立っているのを訝しげに思う。
「総司令官直々に現われましたが……ミァンに先を超されました」
「ミァン……?」
バルトロメイは更に片目を細める。
「エカテリーナ帝国、謎の幹部です。教皇の右腕とも噂される…」
ヒュウガの思慮深い瞳がわずかにゆれる。
「そいつは、確かニサンで会ったな…」
「ガングラーズはミァンと共に引き上げました。小隊とはいえ、ガングラーズとアヴェ、更にキスレブの軍隊にここの方々を怯えあがらせてしまったようです。我がアヴェ軍も早急に引き上げました」
ヒュウガは何に於いても冷静的確な判断を下すのに、バルトロメイは全面信頼をおいている。そしてヒュウガはあえて、バルトロメイにシグルドの事を問わない。何故なら彼との戦いで何かあったのだと、主の様子から悟ったからである。バルトロメイの今は、
「陛下、一先ず孤児院の方にお話を伺いましょう」
バルトロメイはキスレブ管轄下にある孤児院に足を踏み入れたのは初めてである。謎に包まれたキスレブは、あまり豊かな国でない事が伺えた。古ぼけた館内はもう何年も改装されていないようである。
「院長がお待ちでございます」
初老の女に導かれ、バルトロメイとヒュウガは院長室へと通される。
「お待ちしておりました、バルトロメイ様、ヒュウガ様」
挨拶を述べた院長は驚く程幼い容姿の持ち主である。
「この…おチビさん…が院長?!」
バルトロメイは案内された老女に尋ねる。返答に困った老女を院長は部屋から下がらせた。
「順を追ってお話したいと思いますので、どうぞお掛け下さい」
院長はその外見とは見違えるほど落ち着き払った言葉で話す。
バルトロメイとヒュウガは促されるまま、質素なソファに腰を下ろした。
「私はマリアと言います。
確かに…貴方達より随分と幼いですが、決しておチビさんではありません」
「わ、わるかったよ。ゴメン……。で、一体どういう事なんだ?」
罰の悪いバルトロメイは早々に話題を変える。
「ビリー様がここにいらした頃の先の院長様は、私共の方で預からせて頂いております。その変わりに、私がここの院長代理として数日前から勤めております」
ビリーよりも幼い少女であるマリアは、何とも大人びた口調で話す。
「私共はビリー様の事で、必ずやガングラーズがここを訪れるであろうと思っておりました」
「私達よりも一歩早く、ここを訪れたエカテリーナ帝国の人物とはお会いになったのですか?」
ヒュウガの問いにマリアはこくりと頷く。
「あの
「情報をイメージで引き出せたと、そう言ってましたが、彼女は」
「はい。あの
「恐らくそれは、ドライブの影響でしょうね。いえ、ミァンはそうではないかもしれませんが」
エカテリーナから出奔する以前のヒュウガは、ドライブが齎す効果や影響を詳しく知っていた。
「先の院長様と私共の方で、ビリー様の身の振り方に関して少々の取引をしておりました」
「ビリーの身の振り方?!」
それまでマリアとヒュウガのやり取りに、まるで蚊帳の外と言わんばかりのバルトロメイが口を挟む。
「はい…ですが、今はこれ以上申し上げられません。あなた方もガングラーズや彼女に情報を読まれてしまう危険性があります」
「どういう事なんだよ、さっぱりわかんねぇぜ」
バルトロメイは不満を露にする。
「ビリー様の件で先の院長様から全ての情報をエカテリーナに引き出されるのは危険です。私なら、多少なりとも訓練しましたので、全ての情報を誘導される事は御座いません…。けれども、あの
マリアは二人にわからぬほど小さな溜息を洩らす。幼い少女の顔は聡明で瞳は自信に満ちていた。繊細で傷つきやすく、しかし完璧さを求め訓練し続けてきた彼女は、ミァンに情報が漏れた事を悔いて止まないようである。
「彼女はその情報を
ヒュウガはバルトロメイには見えない、マリアの心情を手に取るように解っていた。
「……はい」
少女はこのさり気ない気遣いの大人に、彼女自身の張詰めた緊張が多少緩和される。
「それで…彼女に引き出された情報とは?」
「バベルタワー……」
マリアが言うそれは、バルトロメイとヒュウガには初めて耳にする言葉である。
「バベルタワー?! 何だよ、それ!」
バルトロメイは初めて聞く言葉とマリアとヒュウガの会話に更なる混乱にあった。
「この地……が、失ってしまった歴史の頃よりも遥か昔にあった……バベルタワーだと聞きます」
「ま、待てよッ!!
バルトロメイはソファから立ちあがった。
バルトロメイを見上げたマリアの純粋な瞳が慄く。
「陛下!」
ヒュウガに諌められたバルトロメイは「すまない」と言って、再びソファーに腰を下ろすが、その心は平穏ではなかった。
「あ…あの……。バルトロメイ様のおっしゃる通りです。恐らくは…いえ、確実に今のエカテリーナも知らない国。申し訳御座いません。これ以上、今の段階では詳しい事はお話できません」
マリアの切実な懇願にバルトロメイはようやく落ちつきを取り戻した。
「悪かったよ…。少なくともマリア、お前の国は俺達の見方なんだな」
「はい。今暫くお待ち下さい……。然るべき時…もう間近だとは思いますが、その時がくれば、私共の女王にお目にかかることができるでしょう。そして女王から全ての事が明らかに語られると」
−3−
温かみのない無機質な廊下。部下達の視線は痛みさえ覚える。
司令室、そこには地上での作戦が終えると必ず待機しているであろう副司令官、シグルドの姿はなかった。
「閣下…こちらへ……」 カールは部下に促されるまま司令室を後にする。向う先は久しくその扉を開けていなかった医療施設。
扉が開く機械的な音がやけに重く聞える。
「閣下……」
カールは入るなり扉に背を向けているドミニアの鋭い声に踏み出した足が止まる。
「慰めのお言葉なら……要りません……」
俯くドミニアの低く確かな声。
「私達はガングラーズの軍人です。常に覚悟はできておりました!」
白く大きな布で覆われたドミニア目前の台にカールは視線を移す。カールはある意味残忍なやり方で地上人を殺めてきた。だが、近しい部下や仲間を失う哀しみ(それは彼にとって恐怖でもある)だけは、どれだけ時を刻んでも彼の中では受け入れる事が出来なかった。だが軍最高司令官として部下を失う事態は避られぬ。しかしカールは自身と、総司令官との間で生じる葛藤を常に涼しげな金の瞳で隠してきた。
「……惜しい人材を失ってしまった事を悔やむ」
カールはそう言って踵を返した。
「閣下!」
カールを呼び止めるドミニアの声に彼は振り返らず彼女の言葉を待つ。
「副司令官の……責任ではありません……」
「わかった……」
そう告げるとカールは早々に部屋を後にする。
シグルドの居場所はわかっていた。帝国で唯一の人工森である。カールが森へ着いた時には既に月は西へと傾きかけていた。
蒼白い月の雫がシグルドの銀の髪に降り注いでいる。前方にある小さな湖を眺めるシグルドは背後にカールの気配を感じた。
微風が湖面を揺らし、きらきらと月光を跳ね返す。カールは朧気にそれを眺める。どれほどの沈黙が続いたかは二人にはわからない。だが、暫く経ってシグルドの方から重く閉ざされた口を開いた。
「俺はまた……唯一の同胞を失ってしまった」
シグルドの声は
「俺を庇って……ケルビナは……」
カールは何も言うべき言葉が見つからなかった。カールは常にシグルドの不安定な精神状態に出きる限り手を差し延べてはいたが、今度ばかりは彼自身にも何かが崩れそうであった。ミァンとヒュウガが話していた事。カールはガングラーズの総司令官でありながら、何も知らず、何も知らされず、上層部の言いなりに碧玉やジェサイアの行方を追っていたのである。それはカールにとって、あまりにもの屈辱であった。
再び二人の間に沈黙が流れる。変わらず月光はやや重たげに彼等に降り注いでいる。
「ドミニアとケルビナは父の家令であった者の遺児。
俺が探し当てた、ノルンでの唯一の生き残りだった」
シグルドは崩壊した故国ノルンへ何度も訪れていた。アヴェによる虐殺を逃れ、生き延びた僅かな同胞を探し求めるために。そして幼いドミニアとケルビナを奇跡的に見つけ出し、シグルドの第二の故郷エカテリーナへ連れ、これまで大事に二人を側に置いていたのであった。
「俺は……一つ、そして、また一つ……ファテイマ家によってかけがえのない者を奪われる……」
シグルドの声が乱れる。カールはシグルドの瞳が目前の湖面のように揺れ動いているのを見た。シグルドのそんな瞳を見るのは久しい。だがカールにはそれが耐えられなかった。
「シグルド……今後、バルトロメイに接触するな…。それと…暫く休め」
カールは言葉を選ぶ余裕もなかった。
「いや……俺も少しの休息が必要なようだ」
と付け加えたカールにようやくシグルドは、彼の覇気のない声に気付いた。
「カール……?」
カールはゆっくりとシグルドの隣に腰を下ろした。両膝に肘を置き、組み合わせた手の甲に顎を置いて湖面を眺めるカールの姿は、少年のようにも見えた。
「ミァンが、ジェサイアの行方に関する何らかの情報を得たようだ」
「わかったのか?」
「いや……。ジェサイアが現在いる場所のキーワードとなる場所……バベルタワー」
「バベルタワー?」
もちろんシグルドも聞いた事のない地名である。
「我々エカテリーナも、地上人も聞いた事のない名……。だが、俺はきっと……その地名を知っている筈なのだ!」
カールは片方の掌に眉間に皺を寄せた額を預け、自信喪失のような吐息を吐いた。
「カール?」
シグルドもまたカールのこんな姿を見るのは滅多にない事であった。
「俺は時間がある限り、あの小さな部屋に篭って、僅か600年の歴史が詰まっているコンピューターと向き合っている。だがシグルド……俺は…何も思い出せぬ」
失われた歴史の頃より600年、いやそれ以上生き続けているかもしれないカールだがそれまでの軌跡は何一つ記憶にない。何もない誰もいない荒野でミァンと出会い、エカテリーナ帝国へ誘われた。
「一刻も早く俺の記憶を取り戻さなければ……」
いつになくシグルドの前で焦燥の色が隠しきれないカール。
「俺の記憶を取り戻せば……シグルド、お前の哀しみが消える。そして俺の苦しみも……」
「どういう事だ…カール」
シグルドのそれに応えないカールは変わりに、ようやく彼に向き直る。頭上に降りるプラチナの光が金の瞳に彩りを与える。
「俺が…俺自身の記憶を取り戻すまで……離れないでくれ……」
カールはシグルドの月光を跳ね返す彫像のような褐色の肌、高い位置にある頬骨に掌でそっとなぞった。
「俺には……お前が……」
「カール、何を言っているのだ…。俺が何処へ行くと言うのだ?!」
シグルドは頬の上にあったカールの手を取り、力強く握り締める。
「俺は何処へも行かない」
カールはシグルド見つめる隻眼から目をそらすと、握られているその手をそっと彼に返して立った。
ケルビナを失ったのは自分の責任だと呵責して心乱しているシグルドを、少しでも鎮まらせることができればと思っていたのだが今のカールは、自身が取り乱している事に気付き、そんな自分に恥じた。
何故そんな事を言ったのだろう?
−裏切り者―
その声とシグルドの姿が時折目の前を過る。
記憶の
過去の断片的な記憶と重なるシグルド。更にカールは混乱しそうであったが、辛うじてそれらを振り払った。
「ノルンに…ケルビナを還してやれ…」
先ほどとは打って変わってカールの声は、シグルドの顔にかかる後れ毛を流す穏やかな風に似ていた。それと同時にシグルドの背後でカールが遠ざかる足音が湖面を揺らす音に消えて行く。
一人残されたシグルドは微風に葉と葉が擦れ合う音に耳を傾げる。あらゆる言葉や思考、夢の中の映像、記憶の声、そして現実の自身の声、カールの声。それらが彼の中で混沌と渦巻く。今のシグルドはそれらを無理に閉め出そうとはせずに委ねていた。
カールの言うように碧玉のキーを解けば…失われた過去を取り戻せば、悲しみや苦しみは消えるのだろうか……。
−4−
だがバルトロメイは王座を立とうとしない。
人を殺めてしまった事に、例えそれがシグルドの部下であろうと、バルトロメイはその事を呵責する。
ガングラーズに両親を無残に殺害されたバルトロメイはシグルド達を恨むのは当然の事だが、その悔恨の対象はあくまでも、ガングラーズ総司令官と副司令官の二人である。例えガングラーズの軍人であろうと、彼らの部下であろうと、バルトロメイは対象の二人以外への恨みはなかった。
それ故に今日、過ちとはいえバルトロメイが放った鞭の追加攻撃にて>一人の女性を死に至らしめたのである。
バルトロメイは天空を見上げ大きく頭を振った。
何故戦わねばならぬのか?
その答えは碧玉を守る為だけの戦い。それは即ち、世界をも守る事にもなる。ただ、そう教えられてきた。だから碧玉を奪おうとするシグルド達と戦わなければならない。
だが、シグルドは一体何の為に戦っているのだろうか? バルトロメイはふとそんな疑問に触れてみた。
バルトロメイから見るシグルドはあまりにも冷徹な男であった。
幼少の頃に見た、父王に鞭で拷問を与えたシグルドの鬼のように残忍な表情を今でもバルトロメイは忘れない。
そして再びバルトロメイの碧玉の秘密を奪いにやってくるシグルド。彼とは何度か戦った。彼の鞭の捌きは見事なもので、バルトロメイはその攻撃を防ぐのがやっとであった。親の仇に打ち負かされるわけにはいかない。バルトロメイはそう強く思い、血の滲むような訓練を重ね、彼の捌きもシグルドが恐れる程に上達したのであった。
だがその技術が災いとなったのだ。
「ちきしょう!」
バルトロメイは右手の拳で自身の股を叩きつけた。
「何故なんだ!」
冷たい大理石に鋭い声が跳ね返った。
何故シグルドは、俺と戦う? それはまるで俺の父や俺自身に恨みでもあるかのように…!
バルトロメイは何度も
ようやく謁見の間を後にした時には、廊下の月光が微かに足元を照らしていた。それは月が天空の頂点当たりまで傾いたのを表している。テラスヘ行って見ると城に囲まれている真正面の広場の噴水に蒼い月明かりが惜しみなく降り注いでいた。
バルトロメイはこのテラスから眺める夜の風景をとても好んでいた。しんと鎮まった城内、眼下の石畳は静を吸収し、蒼い光を跳ね返している。小さな泉は月を映して蒼白い光を揺らしていた。
だが、それら見なれた光景に今宵のバルトロメイは、噎せ返るような痛みが激しく胸を突いた。
―シグ―
その痛みがバルトロメイの呼吸を狭くする。その変化に彼は気付かなかった、知らない言葉を息と共に吐き出すように呟いていた。
今はこれ以上ここにはいたくなかったバルトロメイは廊下へ戻った。
シグルド達によって乱暴に返されたビリーは、一時的にファティマ城へ連れられた。バルトロメイは彼の様子を伺いに行こうとしたのだが、訪れるにはあまりにも月が傾きすぎていた。
踵を返して私室へと向う足をまた別の部屋へと向けた。向った先はメイソン卿ご自慢のバーカウンターのある部屋だ。
キンと冷やしてある極上の白ワインを思い浮かべ喉を鳴らしながら、ドアを開けようとしたバルトロメイはその手を止めた。
「……もう一つの碧玉!?」
重い扉が声を遮ったが、微かにメイソンの声が聞えてきたのであった。
バルトロメイは辺りを見回して、誰もいないのを確認するとメイソンに気付かれぬよう音を立てずに扉を僅か開けて中を見た。
その狭い視界からヒュウガの姿が見える。
「ガングラーズにいた頃から独自で調べてはいましたが、まだその確証を得てはおりません」
「しかし…何故に……あの者が…だが…」
メイソンは左手を額に当て頭を左右に振り、深い溜息を洩らす。
「まだ、決まった訳ではございません。ですから、陛下にはお知らせしない方が…と」
ヒュウガは言葉を選んでいるようでもあった。
「そうですな、リクドウ殿……。しかし…」
メイソンは続けるのをやめた。
バルトロメイは小さな溜息をついてドアに背を向けた。
尤も彼等の会話にバルトロメイの困惑はあった筈である。しかし、腹心の会話について深く考えるのを無意識に退いた。本能がそうしたのである。これ以上何かを深く考える事に耐え難くなったバルトロメイの今の心情がそうさせたのかもしれない。
バルトロメイは僅かに開けたドアをそのままにして、廊下へ足を踏み出した。
「また行って来ます」
背後でヒュウガの声がそう言った気がした。
まるで昨日の出来事が全て夢だっとのではないかと思える程に視界がぼんやりとしていた。
殆ど眠れなかったバルトロメイは、側近に起こされる普段の時刻よりもかなり早く起きてしまった。
気だるい動きでガウンを夜具に重ねるとベッドから足を下ろして、スリッパを履いた。レースのカーテンを両手で払い、ベッドの外へ出ると燭台の蝋燭が殆ど消えかけた淡い光を重たげに放っているのをぼんやりと眺めた。
バルトロメイは肩にかかった長い金の髪に手櫛を入れてかきあげる。腰まで僅かに届かない金糸はバサッと音をたてて彼の背中を波打った。
女官達がバルトロメイの支度をしてくれる時間まで、まだ少しあった。だがバルトロメイは寝起きのまま、夜具にガウンを羽織っただけの姿で寝室を後にした。
昨夜見た銀の月は淡い蒼の大空に透き通る白さで弱々しげに浮かんでいた。あと僅かで荘厳なオレンジの光を放つ陽に支配されてしまう。その二つの光が入れ替わるまさにその時をバルトロメイはぼんやりと廊下から眺めていたのであった。
だがその美しさにたいして気にも止めず、ビリーが休んでいる部屋へと足を運んだ。
ノックをすると見なれた薬師が顔を出す。
「陛下……」
あまりにも早い時間であったのと、バルトロメイが事もあろうに寝起きのままの姿で現われたのにも関わらず、驚きもせず穏やかな表情を出した。
「ビリーは?」
「既にお目覚めで御座います」
バルトロメイの予想通りであった。
中へ入るときちんとした聖職者の衣装を身に纏い椅子に座っているビリーの姿があった。
「おはようございます、陛下」
ビリーは即座に腰をあげると礼儀正しく挨拶を述べた。
「もう平気なのか?」
バルトロメイはビリーの回復の早さに些か驚いていた。
「いつまでも、こちらでお世話になる訳にはいけませんから。陽が高くなる前には出発いたします。何から何までご親切にお世話になりました」
相変わらずビリーの口調は冷めたものであった。>言葉こそ丁寧ではあるが、他人が見ると本心から感謝の言葉を述べているように聞えない。
「病み上がりで悪いが、2、3尋ねたい事がある」
バルトロメイはビリーに座るよう促しながら、自身も近くの椅子に腰を下ろした。
「僕の答えられる範囲でしたら、何なりと」
ビリーはバルトロメイに向けた空色の瞳を動かさずに言った。
「お前の親父はジェサイア=ハーコートだな?」
「……そうです」
ビリーは呟くように答える。
「バベルタワーを知ってるか?」
「聞いた事もありません」
「お前の親父が現在いる場所の手がかりになるキーワードらしい」
バルトロメイのその言葉に微動だにしなかったビリーの瞳が微かに揺れた。
「そのジェサイアは俺と同じ、ファティマ家と同じような共通の秘密、つまり秘宝を握っているらしい、知ってるか?」
ビリーはうんざりとした瞳をバルトロメイに向けた後、その視線を逸らし、普段の冷静さを乱した。
「知らないよ! どうしてガングラーズも君も同じ事を聞くんだよ!!」
ビリーの豹変にバルトロメイは驚きと困惑の表情を浮かべた。
「すまない……病み上がりなのに…悪かった…。だが、お前…親父さんの事心配じゃないのか?」
ビリーは口を閉ざした。
「俺がガキの頃、城を奴らに襲撃されて…親父は無残にもシグルド達に殺されてしまったが…俺はお前の親父さんに助けられたんだ。それ以来、彼の行方がわからない。俺にとっても心配なんだ」
バルトロメイはまるで赤子を諭すような軟らかく低い声で言った。だがビリーの一点の曇りもない瞳はバルトロメイにまるで憎悪を叩きつけるように戻ってきた。
「僕にはあの人がどうなろうと知りません。あの人は!」
ビリーの激昂した声が止まると彼は激しい感情を飲み込んだ。
「あの人は、僕と病気の母さんを置いて、あなた方を助けに行ったのです。そして二度と戻って来なかった」
いつものように冷めた声で話すビリーは、バルトロメイから再び視線を外すと静かに俯いた。
「母さんは…あの人が出て行くのを優しい笑顔で見送っていたのです。もう二度と会えない、死がそこに迫っていたのに」
バルトロメイはビリーに近付くと彼の華奢な肩に手を置いた。ビリーはびくっと肩を強張らせ傷ついた瞳を向けた。
バルトロメイはビリーに言いたい事があったが、今は何から話していいのかまとまらない。ビリーはあまりにも何も知らされていない哀れな孤児だった。今のバルトロメイの言葉では固く閉ざされたビリーの心を開いてやる事はできない。
「悪かった……。ソフィが心配しているみたいだ。ユグドラを手配してあるから気をつけて帰ってくれ」
バルトロメイはドアへと向った。
「ありがとうございます」
抑揚のないビリーの声を背後に聞くと部屋を後にした。そして再び寝室に戻るとベッドのカーテンを払いのけ、幼い子のようにどさっとうつ伏せに体を投げた。
暫くしていつもの時刻に支度の女官達が訪れない事に気付いたバルトロメイは、月に2回程の休暇の日だと気付く。早急に女官を呼び、出掛ける準備が整うと誰にも行き先を告げずに専用のバギーを黄金の砂へと走らせた。
−5−
カールの声は静寂の暗闇を引き裂いた。
ばさっと音を荒立ててシーツを投げ、上半身を起こした隣のカールに、はっと瞼を開けるミァン。
陶器のように白い肌と、象牙色の髪が月明かりに反射して、蒼白く映るカール。
その月光の前に露となている胸板には、微かな玉雫が浮かんでいた。その様子からして彼が
「貴方の中の遠い記憶が、失われた過去を取り戻そうと、何度も断片的な夢を見せ続けているのね」
ミァンはシーツを上半身に包んで身を起こし、カールの骨ばった肩にそっと触れた。
ゆっくりと瞼を開いたカールの金の瞳は、青紫色をした美しき子悪魔の瞳を捉えた。
「ヒュウガと君は何を知っている?」
カールは静かに、しかし激怒した声をミァンに向けた。
ミァンの薄い唇の端は僅かに上部に動いただけで、彼女の濃い紫の瞳は相変わらず何も映していなかった。
「ジェサイアは碧玉とどういう関係にあるのだ?!」
吐息も荒く放つカールの言葉に何の感情も示さず、彼の肩を抱き冷たく金の瞳を見上げるミァンである。
「バルトロメイの片目が消失したが、その碧玉が他にも存在するとはどういうことなんだ! また何故にヒュウガがそれを知っているのだ?」
「カール、そう矢継ぎ早に質問をされても困るわ。それに、今はまだ、何も言えないのよ」
ミァンの紫の瞳は冷笑したように見えた。
「全ては、教皇様の仰せのままに。ガングラーズ総司令官としての、カーラン=ラムサスは言われたままに役目を果たすまでよ」
「ふんっ! お前と教皇の、物言わぬ手足となれ…と言う事か……」
カールは自身の肩に置かれたミァンの華奢な両手を払い除けた。
「カール!」
突然、ミァンはいつになく鋭い声で隣人を呼んだ。
「あなたは、あなた自身の失われた過去を取り戻す事。全てを取り戻せば、ジェサイアの行方や碧玉の秘密が明らかになるわ。それらの情報が全て、我々を救う
「俺はその
カールは激しい焔が消えぬ怒りの心情とは裏腹に、彼の発した声は至って穏やかであるのに、自身でも驚く。
「カール。全てがそうだとは限らないのよ。あなたの役割は…他にもあるわ。これは私個人の意見だけれども…。シグルドを繋ぎ止めておくことね」
イグニス大陸の南に位置したアヴェは、広大な土地その殆どが砂漠地帯である。乾いた黄金の砂地に、奇跡の賜物とも言い伝えられてきた透き通るようなオアシス。砂漠には珍しく、僅かな泉が存在していたのが、アヴェの東方にある辺境の地ノルンであった。
今では『失われた遺跡』と言われているノルン。バルトロメイは初めてこの地を訪れたのであった。
伝承の泉は枯れ果て、白い石の古風めいた建物は、殆どが崩れていた。誰も住んでいる気配がなく、瓦礫の町と化していた。
その昔、バルトロメイが生まれるよりもずっと以前、亡き父はこの地を好んで、休暇毎に訪れていた時があったと聞く。
早くに父を亡くしたバルトロメイは、彼の事を多くは知らない。断片的な幼い記憶と、メイソン卿から聞いた父。その父が好んで訪れていた場所だからなのか、バルトロメイはこの地に何かしら心を動かされた。
メイソン卿はバルトロメイに気を使って、殆ど話してはくれなかったが、バルトロメイが生まれるよりもずっと以前、前后がいたと聞いた。ここの首長の妹だと。
父は若かりし頃、その
先に見えた宮殿らしき小さな城も荒れ果てていた。そしてその裏の丘も、荒削りな地肌を剥き出しにしていた。
父がここを訪れていた頃は、この丘から見えるあの小さな宮殿がさぞ美しかったであろうと、バルトロメイは物憂げに廃墟となったこの地を眺めていた。
小さな町が一望できるこの丘には、死者を葬ったとみられる弔いの小さな木がいくつも植え込まれていた。
バルトロメイはすっかり枯れ果てた大木の向こうに二つの影を見た。地面に跪き、ある一つの木に黙祷を捧げている。その二人がシグルドとドミニアであるのを確認すると、二人のその姿に、バルトロメイは胸を抉られるような痛みが込上げてきた。あの木の下に眠るのは自身の手にかけて殺めてしまった、シグルドの腹心の部下ケルビナであるのを知った。
バルトロメイは二人に気付かれぬうちに、この場を去らねばと思う一方で、鮮血と共に崩れ落ちたケルビナの哀れな姿が浮かび上がり、体を動かせなかった。
「バルトロメイッ! 貴様!!」
ドミニアの声が乾いた空気を切り裂いた。だが剣を抜こうとした手を上官に止められる。
「下がっていなさい」
シグルドは徐に立ち上がると、とても穏やかな声でそう呟いた。
「副司令官!!」
もどかしさに声を荒げるドミニア。
「我々の失われた故郷で、この者と戦うのは、恐らく故人も望んでいないでしょう」
「故郷?」
木偶の坊のように突っ立っていたバルトロメイは、ようやく何かを呟いたという様であった。
「それに、この者は貴重な碧玉を持つ者で、私達の個人的な恨みだけで殺る訳にはいかん」
上官の諭すような言葉に、ドミニアは息を呑んで剣から手を離した。
「だがドミニア、時を待て。いつの日か妹の仇を討てる時が来よう。今はその時ではない、私達はガングラーズの軍人だ」
「解りました。仰せのままに」
「何も殺めるだけが仇を討つ事ではない」
シグルドは隻眼を細め、整った薄い口端をあげて冷たく微笑んだ。
「生かしながら苦しめるという手もあろう」
あまりにも冷淡に言い放ったシグルドの声色が、恐ろしくも美麗であった。
バルトロメイは背中に戦慄が走る。だが彼等に恨まれても仕方がない事をしてしまったのである。彼は二人の前にあまりにも弱々しい姿を曝け出していた。
「故郷……ここが、故郷なのか?」
「そうですよ、バルトロメイ陛下。私とドミニア、そしてケルビナは唯一の生き残り、この地、ノルンの民だったのです」
ガングラーズの幹部である彼等が、イグニス大陸の出身だったことに驚くバルトロメイは、シグルドとは対極にある碧玉を見開いた。
「この地がまだ美しかった頃、あなたのお父上は夏城とし、よくこちらへお出でになられたそうです。そして私の伯母上と恋仲になり、後にアヴェの后として迎えられたそうですよ」
「伯母上!? じゃぁ、お前は!」
「ええ、伯母上の兄である、首長の家の者です」
バルトロメイの母が父の元へ輿入れするよりも以前、父には前后がいたのを聞いた事があった。ガングラーズ軍の侵略により失ったと言う。いや実際には、ある時忽然とその姿が消えてしまったとも。そう聞かされていた。
シグルドの出生を知り驚きと共に、いくつかの疑問が浮かび上がった。
「だが、何でお前がエカテリーナにいるんだよ」
バルトロメイの率直な質問に、シグルドは軽く首を左右に振った。
「ふっ……あなたは、本当に何も知らない」
シグルドは瓦礫の廃墟を見渡した。長身の背中では銀の髪が乾いた風に流され靡いている。褐色の肌に蒼の隻眼。どことなく神秘めいた彼の姿は気品があった。バルトロメイは大国アヴェの王でありながら、自分にはない彼のその悠然たる姿に複雑な思いを重ねていた。同じ大陸に生まれながら、何故に憎みあわなければならないのか、と。
「廃墟となった地。だがノルンはイグニス大陸で何処よりも美しかった」
シグルドは再びバルトロメイに視線を戻した。先程とは違った同じ蒼の瞳は激昂していた。
「この美しきノルンを瓦礫の地にしたのは、あなたのお父上だ!」
バルトロメイの予期しなかった、シグルドの言葉。それは無防備な彼の心へ直球に投げつけられた。
バルトロメイは
バルトロメイの困惑を浮かべた傷心の瞳と、シグルドの悔恨を露にした瞳は交差した。
乾いた風が銀と金の長い髪を波打ち、荘厳な太陽は黄金の海原へゆっくりと沈んで行った。
−6−
小さな溜息をついたヒュウガは、漆石のような黒く光沢のある長い髪をかきあげた。
見渡す限り瓦礫の山である小さな町、ノルン。ヒュウガはもう何度もこの地を訪れていた。ガングラーズを出奔した十数年前からである。
彼は単独で碧玉について色々と調べ、僅かな情報を握っていた。
元ファティマ王家に仕えていたリクドウ公爵、
ヒュウガの祖父は優れた能力を持っていた故に、エカテリーナに拉致され、その能力を帝国の為に使わされていた。その祖父から幼少時代より、断片的にファティマ王家の事、碧玉を護る事等を受継がされたヒュウガであった。
エカテリーナでは、エーテル及びドライブ研究施設の研究員として進むべきであったが、ヒュウガは帝室特設外務庁、通称ガングラーズの養成学校へと進んだ。
天才的な知能と武術を持っていたヒュウガは、驚く程の早さで上層部まで己の力で出世した。そしてそれは、彼にとって当初の目的に限り無く近付いていたのである。
ガングラーズ上層部も知り得ない真の目的。エカテリーナ帝国が躍起になって探そうとしている碧玉の秘密。それは地上にあり、リクドウ家が代々使えていたファティマ王家にあった。その謎を追及し、それを護るという使命のみがヒュウガに与えられたものであった。
12年前ヒュウガはガングラーズでも知り得ない、極秘の碧玉を盗み出し、エカテリーナを後にした。
事実その盗み出した碧玉と、主バルトロメイの碧玉で、エカテリーナの最高権力者カレルレンと謎の存在であるミァンが、最も得たい秘宝の解除が可能な筈である。
しかし彼等は未だにその謎を解明できず、焦燥している。
ヒュウガの方でも何としても、この謎を解かなければならなかった。碧玉を護りきるためにも。
そんな中で
ミァンはヒュウガに言った。
それこそが、ヒュウガがずっと調べていた事であった。ガングラーズ上層部、嘗てのヒュウガの友人、今では総司令官と副司令官の地位についた彼等にも知らされていない碧玉について。盗み出した碧玉のについての謎。彼の仮定の中では漠然とした答えはあった。だが、その確証がない。そして未だに答えを見つける事はできないが、きっとこの地ノルンには、その仮定を覆せる真実を見つける事が出きると信じていたのである。
「おや、こんな所に瑞々しい花が?」
元はそこそこ立派な家であったであろう、今では見る影もない瓦礫の麓に、枯れた地には珍しい生花が活けられていた。
「ふむ…」
ヒュウガは顎に手をあて、思考に更ける姿をとった。
「この生花は、宮殿跡の瓦礫にも見たものだ。成る程、気長に待つとしましょうか」
そう呟いたヒュウガは先に続く道を進み、宮殿跡の方へと向かった。
シグルドの自身に向ける悔恨の瞳。父が彼の何もかもを壊したと言う。バルトロメイは混迷する。だが彼もまたシグルドに無残にも父を殺されたのだ。
シグルドの憎悪する隻眼と、自身の憎悪する対極の隻眼が交差した。
「違う! 俺は親父を亡くした時は、まだ幼く親父の事を完全に理解してはいなかったけど、それでも、俺は親父を信じる。親父は何よりもイグニスの平和を願っていた王だった! いかなる理由であれ、この地を滅ぼすような事はしない!!」
バルトロメイは抑えきれぬ程の怒りが込上げてきた。
「お前の家族愛も尊重するが、我々一族の絆はそんなものではない。このノルンの枯れ果てた地とともに、私達唯一の生き残りの心は、憎悪と虚空しかなくなってしまったのだ」
シグルドの蒼い瞳があまりにも乾いていた。それは憎悪を超えた冷たい心。それを見たバルトロメイは言葉を失う。
何かが間違っている。バルトロメイは本能的にそう悟る。だが、何が違うのだ? 自問自答を繰り返し、結局何も言葉にできなかった。
「これ以上、お前と話していても無駄だ。次に会った時には容赦しない。まだ終わらない、お前にも私達と同じ苦しみを与えてやろう。」
シグルドの言葉に冷たい空虚な感情しか見られなくなった。
「陛下、このような所に一人歩きとは珍しい」
「ヒュウガ!」
丘に現われたヒュウガは、すぐに主とシグルド達との緊迫した空気を読み取った。
「また、会いましたね、シグルド」
「ヒュウガか。お前とこんな所で会うとはな」
「奇遇ではありませんが」
ヒュウガの妙な答えにシグルドは眉を微かひそめた。
「ヒュウガ? 何故お前がここに」
バルトロメイは怪訝な瞳を投げかけた。
「陛下、非常に興味深い、もう一つの碧玉が存在するかもしれぬという噂をたよりに、この地で調べ事をしておりました」
「もう一つの碧玉?」
シグルドの隻眼が見開く。
「ヒュウガ? どういう事なんだ!」
バルトロメイはヒュウガに問い質すが、彼は何も映さぬ表情で頷いただけであった。
「副指令」
ドミニアは微かに心が揺れた上官シグルドを気遣う。
「ノルンでは、ドミニア殿のように白磁のような髪は珍しくはないものの、シグルド、あなたの銀の髪はとても珍しいです。それに蒼の瞳はこの地では稀少なのではないでしょうか?」
ヒュウガの言葉にシグルドは、険悪な表情をつくった。
「ヒュウガ、お前の言っている事はよく解らん。ガングラーズを裏切って、愚かな者に加担したが故に、お前の優れた知力が失われたのか?」
「愚かな者…ですか。本来のあなたは、そんな事を口に出すような方とはおもえませんね。あなたは、あまりにもの憎悪に支配され大事な何かを見ようとは出来ないようですね」
バルトロメイは二人のやり取りに、たくさんの疑問を抱いたが、あえてここでは口を閉ざした。自分の知らない世界が二人にはあるのに違いないと思った。
「俺が何を見ようとしているのだ? ヒュウガ」
「私にも解りません。確証はないですから。ただ、感じるのですよ。あなたは先走った悔恨の念に惑わされ、真実を見極めようとしていないのではないかと。そしてその真相を知るのを恐れているかのようです。だから、未だにドライブに頼ってしまうのですよ」
「知った口を利くな? だがお前が何を言おうとしているのかは、相変わらず解らぬな」
「ただ、私は旧友として、あなたが傷付かぬようにと思っただけですよ」
シグルドは微かに口端をあげて笑った。
「旧友か…。裏切り者のお前に、まだ友と思われるのは嬉しいが、俺が何に傷付くのかがよく解らん。ヒュウガ、お前が俺達を裏切った以上、今では敵同士だ」
「そうですね、残念ですが。
しかし敵同士ながら、あなたを排除する事だけは避けたい」
「それは俺も同じだ」
バルトロメイは二人の会話に口出しはできなかった。
「帰りましょう、陛下」
「ヒュウガ。シグルドはお前の旧友のようだが、俺は今の状況だと、こいつと戦わなければいけない。それに従ってくれるのか?」
いつになく自信のなバルトロメイであった。
「もちろん、そのつもりです。ですが、出来ればシグルドとあなたの、そして私との戦いは避けたいと、そう思っただけですが、双方都合よくいかないようですね。陛下、とにかく今日は帰りましょう」
「あぁ」
バルトロメイは丘を降りるヒュウガに後を付いて行く。振り帰ればシグルドはケルビナを葬った地へ黙祷していた。
砂を含んだ乾いた風がシグルドの銀の長い髪を靡かせている。その色にどことなく懐かしさを感じるバルトロメイであった。
−7−
それは誰が見ても美しくまた羨ましくもあり、心が穏やかになる姿でもあった。
「無事だったのですね。アヴェより帰って来られてから、一度も姿を見せて下さらなかったから……」
ソフィアはいつになく声が震えていた。
「心配いたしました」
「僕のことを?」
そしてビリーはこの上なく冷たい口調で、真正面の像から視線を外す事なく答える。
「ニサン…大教母様からの有り難いお言葉ですね」
ビリーは更に皮肉っぽい口調で付け足す。
「そんな」
ソフィアは驚きと困惑を露にした声で問いかけた。
「アヴェの王が僕の安否を気遣うから、心配してくれるの?」
ビリーは何とも冷酷な空色の瞳をソフィアに向ける。
「どういう意味なの?」
ソフィアは夫であるビリーに恐れ慄く。
「君は…。君はアヴェの王を……彼を慕っているから、僕にそんな言葉をかけるんだろ?」
ビリーの言葉にソフィアのアメジスト色の瞳は傷付いた。返す言葉を失ったソフィアは哀しく揺れる瞳を床に落とした。
ビリーの視界に入ったソフィアの落胆した姿に、自分は何てことを言ったんだろうと後悔はしたが、あまりにも彼にとって心揺るがされた彼女の言動に動揺を隠せなかった。
「ビリー」
ソフィアは消え入るような声でビリーの名を呟いた。
「どうして君はそんなに優しいんだよ! 優しくされると胸が痛い。そうやって優しくしてくれて……。でも、いつか僕を置き去りにしてしまうんだ! そんな孤独はもう嫌だ! 置き去りにするくらいなら、誰も僕に優しくなんかしないでくれよ!!」
「!!」
初めて激しい感情をぶつけたビリーにソフィアは驚きを隠せなかった。初めて幼き夫、ビリーの心を垣間見たのである。
ソフィアは何も言わずにビリーの手を握った。微かにビリーの握られた手は硬直したが、ゆっくりとソフィアの手の中でその緊張をほぐしていった。
片翼の天使。ソフィアはそのどことなく不安定な像を眺めながら、ゆっくりと自身の心に向き直った。
「私、きっとあなたの事を置き去りになんかしないわ」
そう言ったソフィアは真っ直ぐにビリーに瞳を向けた。彼女に向き直ったビリーの一点の曇りもない空色の瞳は微かに揺れた。
「……」
エカテリーナに戻るなりシグルドは、ガングラーズ総司令官が篭る部屋へと足を向けた。カールは総司令官としての任務以外の時間の殆どを、
シグルドがその個室を訪れると、相変わらず600年の歴史が詰ったコンピューターと睨めっこのカールの後姿が目に入った。
「戻ったか」
カールは振り向かずに言う。だがそれに答えないシグルド。暫くしてカールは戸口を振り返る。そこに見た沈黙のシグルドの姿。真っ直ぐに向けられたトパーズブルーの隻眼は、混沌の色そのものであった。
「シグルド?!」
「ヒュウガと…」
シグルドはそこで言葉を切った。ケルビナの遺体を弔う為にノルンへ向かう前に、今後バルトロメイとは接触するなと言われたばかりであった。偶然とはいえ、彼と会った事を口に出したくはないが今はそんな些細な事より、これまた偶然にヒュウガとそこで会い、彼の口から聞いた事を聞かなければならない、その理由の方が今の彼にとっては重要である。
「ヒュウガと!?」
カールは少々声を荒げた。続けてシグルドは静かに返した。
「あぁ…いや、偶然、バルトロメイと会った。そして彼とは別で行動をしていたらしいヒュウガとも会った」
何か大事な話をシグルドはしようとしている。カールは瞬時に彼を理解した。個室とはいえ、この部屋にはカールの助手が二人両脇に控え、コンピュータに向かっていた。
「今日はここまでにしよう。シグルド、たまには寄っていかないか?」
シグルドは僅かに首を傾げた。その仕種が彼の“Yes”である。
「すぐ帰る。先に行って待っていてくれ」
そう言ったカールはシグルドにキーを投げた。受け取ったシグルドはゆっくりと部屋を後にした。
カールは家に着くなり、まっすぐにリビングへと向かった。扉を開けると果たして人工の光は灯されていなかった。視界に入った真正面の大きな窓からは、ぼんやりとした月光が差し込んでいる。それを存分に浴びている真下ソファーに体を預けているシグルドの姿を目にした。
「ここは、相変わらず落ちつくな」
そう言ったシグルドは、白と茶の斑な鹿毛のソファーに寝そべり、両腕を後頭部へと回していた。高い詰め襟を閉じている金具を外し、僅かに肌蹴ている胸元からは褐色の肌と鎖骨が見える彼の姿は、通常ならば
軟らかい鹿の短い毛に馴染む、シグルドの長いプラチナの髪は淡く黄色い光に照らされ、テラスからの美風に微かに揺れ動き、煌々と耀いていた。
カールにはシグルドの何気ないその姿に、ある特殊な感情を抱いたようだが、無表情な仮面にそれを隠して、対面のソファーに座った。
クリスタルの低いテーブルには、濃紅の液体が注がれている高価なワイングラスと、対極にあるのは同じく高価なワイングラスに注がれた透明な水。その間には無造作に並べられたブルーチーズと、小さなチョコレートの粒が白い皿の上にあった。
カールは好みのワインが注がれているグラスを持ち上げ、口に含んだ。
「一滴も飲めないくせに、俺好みのワインを知っているのは、おまえだけだな」
口のなかに広がる渋味を楽しみながカールは続ける。
「ノルンで、ヒュウガと……」
カールも詰め襟をきっちりと留めている金具に手をかける。チャリッと小さな乾いた音を立て、それははずされた。
「バルトロメイに会ったというんだな、シグルド?」
カールに問われたシグルドは、いつになく即座に首を縦に振った。
「お前に会うなと言われたが、偶然に奴らが姿を現した」
シグルドの率直な答えを訝しげに思ったカールは、象牙色の髪と同じ色の眉をひそめた。そしてシグルドは次に続く言葉を言いたがらない。
「何だ?」
カールはシグルドを急かす。
シグルドは体を起こしてソファーに座り直すと、カールの金の瞳を覗き込んだ。
「カール、お前は知っていたのか? もう一つの碧玉を」
「ヒュウガに聞いたのか?」
カールは表情を変えずに即座に応えた。
だがシグルドは眉間に皺を寄せ、僅かに嫌悪を示した瞳をカールに向けた。
「何故言わなかった?」
シグルドの問いにカールは答えなかった。
ミァンが何かを隠している。何も知らない自分達はミァンと教皇の手足となって踊らされているだけである。その事に怒りと屈辱が涌き上がっていたカールだったが、今またシグルドがノルンでその情報を耳にしたという事実に、更なる屈辱が舞い上がり、同時に不安がカールの胸の内を覆った。
裏切り者のヒュウガですら何かを掴んでいる。だのにガングラーズ総司令官である自身と副司令官であるシグルドは何も知らされていない。
ヒュウガは碧玉を盗み出し、独自で調査を続けている。そして彼はシグルドの故郷であるノルンにいた。
それは――。
カールは無言のまま自身に向けられているトパーズブルーの隻眼に、金の髪が眩しい強い自我を持った地上アヴェの少年王、バルトロメイの瞳の色と重ねた。
「カール」
カールの沈黙が堪らなくシグルドを不安にさせる。
命あるもののように感じさせない陶器のような白い肌、シグルドから逸らさぬ月明かりを浴びて淡く耀く金の瞳、それらはまるで人形のように永遠に動くことのないようにも見えた。
−裏切り者−
という言葉と
カールはそれらで押し潰されそうになる。彼の険しい表情が急にまるで子供のように悲しいものへと変化した。
「お前は
額に宛がった両手に顔を埋めるカール。
「カール」
シグルドは夜のしじまに消え入りそうな程の声で彼の名を呼んだ。そしておもむろに立ち上がると、カールの隣へ腰を下ろした。
シグルドはもう一度カールの名を呼ぼうとしたが、顔を上げた彼の瞳を見た時その口は閉ざされた。
金の瞳は湖面に映された月光のように揺れている。孤児となった幼い子のように傷付いた瞳。シグルドを見上げたその顔は、まるで天使像のように美しい。
シグルドは長い銀の髪を生え際から右手でかきあげた。髪の間を抜けてきた指が一瞬、行き場を失ったかのように宙で止まる。
しかし次の瞬間、その細く長い指はカールの白い肌、形の整った顎へと持って行かれた。ゆっくりとカールの顔を照らしている月光が翳って行く。
シグルドはカールの軟らかい象牙色の髪を掬い、カールはシグルドの背中に広がる長い絹糸のような銀の髪を掴んだ。
二人は優しい風と共に夜のしじまに溶け込んだ。
朝靄の中に浮かぶ瓦礫の宮殿は神秘的である。褐色の肌に白の民族衣装を纏った神々しい人々が行き交う、嘗てこの小さな宮殿を出入りしていたであろうノルンの民の姿を想像するヒュウガであった。
ヒュウガは瓦礫の山に凭れ白い月を眺めた。月はゆっくりと白さをなくし青い空へと溶け込んでいく。
濃い霧の中から現れたヒトは両手一杯にリリーを抱えていた。褐色の肌に白の木綿が映える。ゆったりとしたドレープが腰骨から下に広がっている。剥き出しの臍から腰辺りのくびれが何とも美しい。漆黒の束ねられた髪が、その対極の白いリリーや衣装にかかり一層輝きを増していた。ヒュウガの若い母親と言っても良いくらいの年齢の女性だが、若い女性にはない不思議な魅力を持っていた。
「あなた一人でずっと亡き人たちを弔っていたのですね?」
「貴方は?」
手にしていた花束を瓦礫に置いた女は立ち上がり、怪訝な黒い瞳をヒュウガに向けた。
「アヴェ王に仕えているリクドウと申します」
「アヴェ王……ですか」
女は黒い瞳を輝かせた。ヒュウガの思った通り、アヴェ王と聞いて彼女は嫌悪する事はなかった。
「先代は本当にシャリーマ様を愛しておられた。私はシャリーマ様の乳母でした。懐かしいファティマ城。今でもはっきりと覚えております。お嬢様は陛下に愛されとても幸せな日々を過ごしておられました」
女は突然口を閉ざし、ゆっくりとリリーへと視線を向けた。
「シャリーマ様が大好きだった花です。せめて私が生きている間は…。もう誰もここを訪れる者はいないでしょうから」
純白の可憐なリリー。ヒュウガにはこの花を愛したという美しい女性の面影が嘗ての親友と重なった。
「何ですって! 若様が生きておいでなのですか!!」
「ええ。ですが……。お差し支えなければ、あなたのお話も伺いたいのですが」
「まだ、エカテリーナと戦える準備は完全ではありませんが、あの男にかけた記憶のリミットがそろそろ解除されつつあります。ジェサイア殿、あなたのご子息も危険です。当初の計画よりも早まってしまいましたが、これ以上彼らを地上に置いておくのは危険でしょう。彼らを、このシェバトへ案内してください」
月が白くなり始めた。夜が明けようとしている。
寂寥たるリビングには規則正しい小さな寝息だけが響く。
対面のソファーにはシグルドがかけてやった毛布に包まったカールが浅い眠りに就いていた。時折、眉間に皺を寄せながら小さな吐息をつく。
陶器のように白い肌、額にかかった淡い象牙色の髪が、テラスから吹き抜ける微風に揺れる。髪と同じ色の長い睫が美しい。整った鼻筋、白に近い桜色の薄い唇。
シグルドはカールの寝顔をぼんやりと眺めていた。ガングラーズ総司令官として常に冷たい仮面で自身を隠しているカール。
思えばシグルドは久しぶりにカールの素顔を見た。
家族も同胞も一瞬にして失い、孤児となった少年シグルドはカールによって保護され、エカテリーナの彼の自宅に連れてこられた。子供の扱いに慣れず、仏頂面を崩す事無くそれでも尚、傷ついた少年の心を癒そうとしたカール。次第にシグルドはそんなカールに心を開き始めた。
ある時、シグルドはエーテル能力値と、エカテリーナ上層部で最も重要な研究材料との反応値が非常に高かったため人体実験、被検体としてカールの元から連れ去られた。
連日の過酷な実験と精神コントロールの為、強力なドライブが多量に投与された。ドライブの影響で人格を亡くしつつあったシグルドは、それでも何度も脱走を試みる。何度も失敗をしては罰として更に過酷な試練を与えられた。
三年後に廃人同然となったシグルドはようやく脱走に成功した。だが行くあてもなかった彼の足は自然と、見覚えのある第一級市民層の閑静な住宅街にある、カーラン=ラムサス宅へと向かった。
廃棄寸前のボロボロになった少年にカールは、穢れを流すシャワーと温かい毛布を与え、数日後シグルドを連れ戻しに来た職員から彼を匿った。
それから数ヵ月後、逃亡者の被験体であったシグルドはエカテリーナ上層院の意図により、ガングラーズの幹部養成施設に正式に入寮を認められた。
それまでの僅かの期間ではあったが、カールとシグルドは生活を共にし、互いに欠けているものを自然に補い合おうとし、互いに心を開き始めていた。
幹部養成施設を異例の速さで主席卒業したシグルドは、総司令官近衛隊として再びカールの前に姿をあらわした。まだ少年ではあったが、何時の間にかカールの背を越し、逞しい体躯となったシグルド。
一方カールは陶器のように滑らかな白い肌に、いくつかのくっきりとした皺が刻まれている他、何年経っても変わらぬ容姿をしていた。そして光の加減によって鮮やかな色彩を放つキャッツアイは、いつまでも傷ついた少年の瞳を失う事はなかった。
あれから十数年経った今でも、カールの金の瞳は変わらなかった。どことなく混沌とした瞳、それは愛に飢えた少年のものであった。
「もう一つの碧玉、か。お前の俺に見せる、虹彩にも
シグルドは低い声で呟いた。そしてゆっくりと重たげな、長いプラチナの髪を片手でかきあげ、小さな吐息をはいた。
「すまない、カール。お前の方がよっぽど、辛いことを抱えているようだな。俺はお前にずっと甘えていたようだ」
シグルドはポケットから掌一杯の白い小さなタブレットを取り出した。ぎゅっと握った後、透明な液体が注がれているワイングラスの上で掌を開いた。
ぱらぱらと落ちた白い小さな粒は、透明な水を乳白色に染めていく。
「俺の精神と肉体を支配していたドライブ……」
シグルドは水面から恐ろしくゆっくりと縦に波打つように沈んでいくドライブを眺めた。
「う…」
カールは小さな声を発した。いつもの悪夢が始まったのかと懸念したシグルドは彼の名を呼ぼうと開きかけた口を閉じた。
「バベル…タワー。天に…」
突然カールは閉じていた目蓋を開いた。
「カール?」
ぼんやりとしたカールの視界に、トパーズブルーの瞳があった。
「シグルド。俺は眠っていたのか?」
起き上がったカールは額にかかった後れ毛を払いのけた。
「あぁ。時折うなされていたようだが」
「そうか、それよりシグルド、少しだが思い出したぞ」
「バベルタワーか?」
「そうだ」
カールは興奮したように声を荒げ、頭を振った。
「いや、まだ完全に思い出したわけではないが。天空に浮かぶ城、シェバトだ」
「シェバト?」
「バベルタワーの先にシェバトがある」
そう言ったカールはテーブルに視線を落とし、シグルドの前にあるワイングラスが目にとまった。濁った水の底に溜まった白いタブレット。
「シグルド!」
「カール。心配ばかりかけてすまなかった」
そう言ったシグルドの隻眼とカールの金の瞳が絡んだ。
「心配はしておらん」
ぶっきらぼうに言ったカールは早々に踵を返し、バスルームへと向かった。
「相変わらずだな」
リビングに一人残されたシグルドはそう呟いた。
記憶を取り戻しつつあるカールは以前のような自信も戻りつつあった。無愛想な表情やぶっきらぼうな口調のカール、シグルドはそんなぎこちない態度の彼が気に入っていた。
シグルドはソファーから立ち上がり服装を整えた。何度か手櫛を入れて髪も整えると、カールの空のグラスと濁った水が入った自身のグラスを手にダイニングへと向かった。
最大限に捻った蛇口からの激しい流水がシンクに流れ、シグルドはゆっくりとグラスを傾けた。濁った水が勢い良く排水溝へと流れる。グラスの底には溶けきれなかったタブレットがこびり付いていた。
「こんな所にいたのか?」
シグルドは肩を叩かれて、ようやくカールがいたのに気付いた。どうやら激しい流水の音で彼がいたのに気付かなかったようだ。
振り返ると、そこにはガングラーズ総司令官であるカールがいた。衣服を整え、頬にかかっていた象牙色の髪を櫛で耳の後ろへと綺麗に流し寝かしつけ、凛とした姿の彼が立っていた。
「行くぞシグルド、地上へ。バベルタワーが見つかるかもしれん」
カールとシグルドは朝靄の中、地上へ向かう準備にガングラーズ本部へと急いだ。
何度も繰り返す美しい、だが時には残忍ともとれる主旋律。それは小さなフーガ。
果たして彼らは真実と向き合い、そして戦い、新たな章を奏でることができるのだろうか?
それぞれの過去へ決別は、ようやく始まった。