Swingroove Special Vol.3

Cool Breeze from Brazil

 

 今回は予告していた通り、ブラジル音楽をピック・アップしました。

 日本で、ブラジル音楽といえば、「サンバ」「ボサノーヴァ」の2つが有名で、特に「ボサノーヴァ」の人気は、本国をも凌ぐ感じがします。「ボサ・ノーヴァ」は、20世紀初頭にリオで生まれた、当時の新しいサンバである「サンバ・カンソーン」という、哀愁をおびたサンバが、都会の中で洗練され生まれたものです。

 そして、1950年代から60年代初期にかけてのブラジルの高度成長期に、マーケットを求めてブラジルに進出したアメリカの音楽(主にジャズ)と、サンバやサンバ・カンソーンなどの要素がフュージョンし、60年代に現在のボサ・ノーヴァの形が形成されたようです。

 ボサ・ノーヴァの父と言われる、アントニオ・カルロス・ジョビン(本国ではトム・ジョビンという呼称の方が有名)が、無名時代にはジャズピアノを演奏していたということからも、ボサノーヴァとジャズとの密接な関係を伺うことが出来ます。

   

  トム・ジョビン関係のCDを、3枚セレクトしました。

 左は、ヨーロッパ盤で67年から70年までのA&M〜CTI時代の曲からセレクトしたベスト盤。「イパネマの娘」「トリステ」「波」を始めとするジョビンの名曲をほぼ網羅。ジョビンのメロディーとクラウス・オガーマンのストリングスが織り成す格調高い芸術品。

 中央は1994年12月8日に死去したジョビンの遺作となった作品「アントニオ・ブラジレイロ」。(94年)。スティング、ロン・カーターら参加。孫娘マリア・ルイーザ・ジョビンも参加し家族的な雰囲気も感じる温かな1枚。

 右は、サンパウロで行われた「フリー・ジャズ・フェスティバル」(フリーとはブラジルで人気のタバコの銘柄)でのジョビンを中心にしたジャズセッションを収録したライブ盤。(1996年)ハービー・ハンコック、ジョー・ヘンダーソン、シャーリー・ホーン、ガル・コスタ、ロン・カーター、ハーヴィー・メイソン、パウロ・ジョビン、ゴンサロ・ルバルカバらが参加。ジョビンの参加は一部ながら、ジャズに先祖帰りしたジョビンのボサの名曲はクールでスウィンギー。ジャズとボサ・ノーヴァの関係が良く分かる1枚。

 

 ジョビンといえば、作詞家、ヴィニシウス・ジ・モラエスとの黄金のコラボレーションも見逃せません。「ウェイブ」「イパネマの娘」「おいしい水」など、ボサ・ノーヴァの名曲と言われる多くの曲はこのコンビから生まれています。

 左は、ヴィニシウスは作詞したブラジル音楽の名曲を、カエターノ・ヴェローソや、ジョビン、ガル・コスタ、ジョアン・ボスコ、といったスターがカヴァーした作品。ルミアール・レーベルの有名なソングブックシリーズのヴィニシウス版の3。このシリーズはジョビン、ドリヴァル・カイミ、ジャバン、マルコス・ヴァーリなどのシリーズも有ります。

  右は、名曲「イパネマの娘」が産まれるきっかけになったリオ・デジャネイロの浜辺のイパネマ通りにあるバール(カフェのようなもの)のペーパー・ナプキン。ジョビンと当時外交官でもあったヴィニシウスは、ここのバールで寛いでいた所、エロイーザという凄いいけてる女性が通りかかり、彼女にインスパイアされて出来たのが「イマネマの娘」なのです。Tもそこでビールとバタタフリッター(フライドポテトです)をいただきながら、現代のエロイーザを探しましたが、結果は…、でした。今では観光名所になってしまい情緒がありませんでした。

 

 ボサ・ノーヴァを作った人といえば、ジョビンと並んで、この人の存在も大きかった様です。

  ジョアン・ジルベルト。バイアの片田舎に産まれた彼は1950年代始めにリオへと上京したものの、ボサノーヴァのルーツともいえるスタイルで音楽活動を行っていたジョアンを理解するものは誰もいませんでした。しかし、50年代後半、同じようなストレスを感じていたジョビンと出会い、しだいに彼らの音楽スタイルが都会の若者を中心に支持されて、現在のボサノーヴァが形成されてゆきました。

 古い名盤は多いのですが、今回は枯れ山水の水墨画のようなコクと円熟味を感じさせる95年のライブ盤をレコメンド。「デサフィナード」「想いあふれて」「コルコバード」などのジョビンの名曲を中心に、「ボサ・ノーヴァ」の名人芸を余す事無く披露。

 

 その後ボサ・ノーヴァは、「ボサの女神」と言われたナラ・レオンやカルロス・リラ、ロベルト・メネスカールらを始めとする人達によって円熟を重ねられる訳ですが、彼らも参加して(勿論ナラは死去してますから、ジョイスがトリビュート・ソングを歌ってます。)97年に作られた「ボサ・ノヴァ誕生40周年記念オフィシャル・アルバム」をレコメンド。

  ロベルト・メネスカールが中心となって作られた「ボサノーヴァ」へのトリビュート・アルバム。ロベルトの他に、「サマーサンバ」の作者として知られるマルコス・ヴァーリ、カルロス・リラ、コーラスグループのオス・カリオス、ワンダー・サァ、それにジョビンといったベテランから、ジルベルト・ジル、イヴァン・リンス、ジョイス、レイラ・ピニェイロなどの、ボサ世代の次にあたるMPB世代(MPVについては次の項で説明します。)、それにジョイスの娘であるクララ・モレーノといったコンテンポラリーなアーティストまで、ボサ・ノーヴァ生誕以来3世代に渡る人達が参加しています。収録曲もこのために録音されたものばかりで、名曲有り、オリジナルも有りで充実です。特にここに参加しているほとんどの人が参加したボサ・ノーヴァ・オールスターズによる「ベンサォン・ボサノーヴァ」が素晴らしい。ボサノーヴァの良き伝統が今なお継承されていることが実感出来る1枚。

 ボサ・ノーヴァはリオ・デ・ジャネイロで作られましたが、60年代後半にジョアン・ジルベルトの故郷でもあるブラジル北部のバイーアで、新しい音楽ムーブメントが起こりました。「ボサ・ノーヴァ」や「サンバ」に飽き足らなかったジルベルト・ジルやカエターノ・ベローソらが中心に、伝統的なブラジル音楽とビートルズなどの欧米のロックと融合させるようになりました。このムーブメントは「トロピカリズモ」と呼ばれています。当時の軍政に対するプロテストをもこめた彼らの音楽は若者に絶大な支持を集め、ブラジル音楽の新しい流れをとなって行きました。そして、その流れがMPB(ムジカ・ポピュラール・ブラジレイロ、日本で例えれば、サンバやボサが歌謡曲、ニューミュージックがMPBといった感じでしょうか?)のミュージシャンの台頭へとつながっていったように思います。

 Swingroove流にMPB界の人気アーティストの作品をレコメンド。「何でこのアルバム?」「何でこの人が入ってないの?」などのご意見があろうかと思いますが、何せ「独断と偏見のページ」ですのでお許しを…。

Caetano Veloso "Caetano Veloso "(1986)

 トロピカリズモの立役者、カエターノ・ヴェローソ。彼の作品はすべて素晴らしくどれを聴いてもいいと思いますが、ボサ・ノーヴァとクールという要素を満たしてくれる作品としてこれをセレクトしました。オリジナルから、コール・ポーターのジャズ曲、それにマイケル・ジャクソンの「ビリー・ジーン」まで、弾き語りによって聴かせてくれます。カエターノのヴォーカルのクールで覚醒的な魅力に迫るにはぴったりでしょう。他にトロピカリズモの同士、ジルベルト・ジルとの共演盤や、NYの鬼才アート・リンゼイとのコラボレーションにより産まれた作品など聴かなければならない作品はまだまだ有ります。

 

Djavan "Esquinas" (1994)

 「サムライ」の大ヒットで知られるシンガーソングライター。これは94年にリリースされたベスト盤。ミナス州出身のジャバンの音楽の魅力は、ずばりメロディーです。ボサやサンバなどの伝統的な音楽の過剰に感じさせず、欧米のポップスやロックの要素を上手く取り込んだそのサウンドは、魅力的なものです。「サムライ」「エスキーナス」「アサイ」「カピム」など、1度はどこかで聴いたことがあるであろう、彼の名曲をまずはこのベスト盤で賞味してみてください。

 

 

Ivan Lins "Anjo de Min" (1995)

 クインシー・ジョーンスが彼の「ヴェラス」や「ラブ・ダンス」を取り上げたことによりアメリカや日本でイヴァン・リンスの名前が広まるようになりました。またパティ・オースティンのヒット曲「ジ・アイランド」は、イヴァン・リンスの「コメサー・ジ・ノーヴォ」という曲の英詞バージョンです。彼の音楽も上のジャバン同様、欧米の音楽、特にアメリカのジャズの影響を強く感じさせるものです。(彼はジャズピアニストとしても活動していました。)また「ラブ・ダンス」や「ヴェラス」に代表されるバラードの魅力は絶品で、このアルバムでも「アンジョー・ジ・ミン」という曲が素晴らしい。サンバ、ボサノーヴァ、ジャズ、ロックなどが絶妙にブレンドされたスムース&エモーショナルなサウンド。MPB入門者におすすめしたい名盤です。

Toquinho "Trinta Anos de Musica"(1994)

 トッキーニョといえば、日本では渡辺貞夫さんとの共演盤「メイド・イン・コラソン」で有名です。ブラジルでは30年以上に渡って活躍するアーティストで、ジャバンやイヴァン・リンスのように、アメリカでの活動か少ないため、日本での知名度はいまいちですが、彼の書く曲の魅力は彼らに勝るとも劣りません。トッキーニョは、ジョビンとのコラボレーション解消後のヴィニシウス・ジ・モラエスとのコンビで70年代には数多くの名曲を生み出しました。この作品は、トッキーニョの音楽活動30周年を記念して作られたアルバムで、かつての名曲がセルフ・カヴァーされています。ゲストも豪華で、ジルベルト・ジル、シコ・ブアルキ、「マシュ・ケ・ナーダ」の作者として知られるジョルジ・ベンジオールやカルテート・エン・シーなどが、ゲスト・ヴォーカルで祝福しています。気取りのない優しいそのサウンドは、着心地のいい生成りのシャツを思わせる気持ちの良さです。

Joyce "Astronauta"(1998)

 MPB界の代表的女性シンガーの一人、ジョイスの最新作。初期の彼女のサウンドは近年、レア・グルーヴとしてリバイバル・ヒットしています。この作品では、NYの録音でマルグリュー・ミラーやジョー・ロヴァーノといったジャズ系ミュージシャンと、ドリ・カイミ、ホメロ・ルバムボなどのブラジルのミュージシャンによるジャズ・ボッサとなっています。今は亡きブラジル音楽界のミューズ、エリス・レジーナのレパートリーの再演ということで、素直なサウンドなので、お洒落なジャジーなボッサを聴きたい方にお勧めしたい作品です。

 

Gal Costa "Aquele Frevo Axe"(1998)

 MPBを語る上で外せないのが、やはりガル・コスタでしょう。エリス・レジーナの没後は、ブラジル音楽界の女性アーティストのトップの地位を守り続けています。彼女をピック・アップする上で、どのアルバムをレコメンドしようかと迷いましたが、ここは潔く最新作をセレクト。この作品は、コンテンポラリー・ブラジリアン・ミュージックを代表するプロデューサー、セルソ・フォンセカを起用。もっとコンテンポラリーかと思いきや、意外にも、ボサノーヴァやサンバの影響を強く感じさせるものでしたが、要所要所では打ちこみなども取り入れ、セルソ・フォンセカらしいクールな演出もなせれてます。最新のMPBサウンドを気軽に味わえる1枚。新しすぎず、古すぎず、好盤です。

 

 ミルトン・ナシメントはどうした?、カエターノはあるのにジルベルト・ジルは無いの?エリス・レジーナは?、また、何でこのCDなの?、等など、ご意見は有ろうかと思いますが、今回はこれでおしまい。Tもセレクトには悩みましたが、正直に聴いて気持ち良いものを選んだ結果こうなりました。また皆さんのお好きなブラジル音楽をまた教えて下さい。

 最後にブラジル音楽に強く影響を受けたジャズ・フュージョンの作品や、ブラジルのジャズ・フュージョンの作品もいくつかレコメンド。いまさら「ゲッツ=ジルベルト」も無いので、比較的新しいものが中心です。

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