「木の雄牛」
The Wooden Bull


- Martin Laurie筆



第二期のダラ・ハッパ、セアード及びカルマニアのペローリア地方三部策は、南方の「ワームの友邦帝国(EWF)」に対抗する形で、支配階層の血縁関係で成り立っていたが、ダラ・ハッパ皇帝サレニシュSareneshの三人の皇子たちの血が三大国で薄くなり、EWFの脅威が内部分裂で弱まるに従い、「平和の三世代」に続く「戦争の三世代」でそれぞれの勢力の独立傾向が強まった。1085年ごろから1095年まで続いたカルマニア軍のアルコス包囲は、その対立の一局面とも言える。
〈カルマニアは大王ハランHaranの治世(太陽暦1082-1120)、ダラ・ハッパは皇帝クマルダシュKumardashと皇帝コルヴィラマーカKhorviramakaの治世。)

なお、ギリシアの「トロイア戦争」の結末とは異なることに注意。



  孤立の日々のアルコスの緑の王、クルガントゥスの日誌より抜粋



 カルマニア人の襲撃はふたたび失敗に終わった。ついには長い一日ののちに、市壁で防衛していた戦士たちは警戒を解いた。まるまる五千人のカルマニア軍と同盟軍が、最後の「緑の壁」の寸法を測ろうとする空しい努力で貪り食われていた。

 統治権を頂く私の兄弟、「赤の王」ウリブスは「鞭打ちの門」の上の防壁を乗り越えたカルマニアの大戦士championたちを皆殺しにした。「壁」は軟弱な彼らの魂を貪り食らい、ウリブスのメイスはその残骸を打ち砕いた。
 
 その夜、私はひどい疲れを感じていた。我々を滅ぼそうとするカルマニア人たちの決心は我々の都の壁と同じくらい打ち砕くことのできないものに思えた。私は断続的に眠りに落ち、シャーガーシュ神がそばにおられる安らぎすら私の心配を和らげることはなかった。

 ウリブスが私を起こして、いつも通りの朝のカルマニア軍に対する観察を行うと、奇妙な光景が我々の目に入ってきた。彼らが去った!彼らの全軍が姿を消していた。彼らの塹壕は放棄され、彼らの進軍する陣は何マイルも遠くに見ることができた。我々は勝利の黄金の光に歓喜した。「鞭打ちの門」の近くのあるものが私の注意を引いた。巨大な木製の雄牛が門の外側に立っていた。それは我々の聖獣のひとつに良く似た姿に作られていた。この異教の彫像は五人の男に相当する背丈であった。それは車輪が付けられていて、太陽のもとに輝く金と鋼鉄で飾られていた。

「ウリブス!」私は叫んだ。「あの牛を手に入れよう!」

「なんでだ?」ウリブスはうなった。「私は奴らのものなどなにも欲しくない!」

「これはシャーガーシュ神への彼らの捧げ物だ。彼らのシャーガーシュ神の死と再生の輪廻に加わりたいという願いがこめられている。これは我々の「万物の神」をなだめようとする彼らの奇妙な、異邦のやり方なのだ!」私はこのような贈り物というヴィジョンによって心を暖められて、恍惚としていた。シャーガーシュ神が私の考えに喜んでおられることを感じ取っていた。

 ウリブスは私ほどはシャーガーシュの再生の輪について学んではいなかったので、ものの再生を見るよりも、むしろその破壊に関心を払っていた。「ふん!カルマニア人どもが「雷鳴轟く者」に関心などもつものか!私はシャーガーシュ神の神力を示すために「天の槍」であれを壊してしまおうと思う。そうすれば奴らも「破壊神の偉大なる封殺の地」を奪おうなどとする試みに対して、奴らがどれだけ容赦を請わなければならないか学ぶだろうさ!」

「どうか兄弟、この件に関しては私の言うことを聞いてくれ。そうすることが正しいのだと感じているのだ。シャーガーシュ神が今、私のなかに入られて私にそう考えるようお導きになったのだ。」

 ウリブスは顔をしかめたが、私が正しいことを言っていると分かっていた。シャーガーシュ神の鼓動がこの日、我々全員の中に轟いていた。なぜなら神はいまだに前日の捧げ物で興奮なさっていたからだ。
「いいだろう、牛はお前のものだ!しかし都の中にいれるのはお前の配下の者たちを使えよ。私はお前の考えていることに加わらない!蛮族どもを追撃するのに必要な召集を行わなければならないからな!」

 そのため、都の中に運び込む、骨の折れる仕事を引き受けたのは私の配下の「十一者」たちだった。彼らはゆっくりとこの巨大な雄牛の彫像を「鞭打ちの門」から都の奥深くまで引き入れた。

 この行進のあいだずっと、道の周りではアルコスの民が我らの戦利品に歓呼の声をあげていた。私は行進の先頭に立ち、シャーガーシュ神の喜びと共にあって手を振り大声で笑っていた。

 最後に我々は「第五の門」、「大いなる封殺の寺院」まで達した。

 雄牛は中に運ばれ、我々はその周りにシャーガーシュ神への捧げものを積み上げた。

 我々は松明の火で念入りに準備を仕上げた。儀式がより騒々しく、強烈なものになるに従い、民はドラムの音に合わせて踊り回った。この恍惚の狂乱の絶頂に達して、私は燃えさしを高く投げあげて、それがカーブを描いて雄牛の上に落ちるのを見た。我々自身のよく油をしみ込ませたのたくる奴隷どもや、壊れた武器や、包囲下の軍糧のわずかな残りからなる供儀も牛の肩に投げかけられた。

 刹那、沈黙が儀式に振りかかり、我々は炎が「浄化する者」をたたえるために空まで燃え上がるところを見た。その沈黙の中で、私は牛の内部から悲鳴を聞いたような気がした。浄化の炎が広がるに従って上がる苦痛と恐怖の叫喚であった。シャーガーシュ神は雄牛を凄まじい勢いで貪った!

 私は周りを見回して、他の者もその叫びを耳にしたことを知った。その瞬間、神の天啓が私に振りかかった。「アルコス人たちよ!打ち負かされた我らの敵の霊が「貪り食らう者」の炎の中で悲鳴を上げた!神は彼らですら「封殺の地」のなかに封じなされる!シャーガーシュ神は我らの勝利に喜びを示されて彼らの悲鳴を我らにお聞かせなさったのだ!」私が群集に話すあいだに、雄牛は崩れ落ちて炎の中に消えた。最後にはその頭だけが残り、敗北のうちに空を眺めるだけになり、アルコスの民の歓喜の踊りのしめくくりを行った。


ダラ・ハッパの都市世界:アルコスの翻訳記事集成へ


宝物庫へ戻る