トリストラム
ゲルマン名ではトリスタンであるこの騎士は、円卓には一応加わっているが、アーサーには直接忠誠を誓わず、その主君であるマルク王を介していた。アーサーはコーンウォルとトリストラムを長い間目の中に入った塵として扱い、マルクの使者を迎える時は常に不快の表情を隠さなかった。事実アーサーの征服がゴートの僭帝ルキウスを破り、スコットの国、氷の島、エリンの島とフランス、イタリアまで跨り、東ローマの帝から西ローマの執政官の位を与えられた時も、コーンウォル、ブルターニュ(トリストラム自身の領土)とリオネスだけは半独立のままだったのである。

原因は彼の作った法規に起因していた。(人間が作った馬鹿げた法律の中では比較的ましなものの一つだが、)彼の作った騎士道の規範によればいかなる国土もその代表である騎士が一騎打ちを所望した場合、拒否できず、適当な代表を送らなければならないと言う事であった。アーサーはこの法を利用して領内の武勇を誇り、キムリックの伝統に従う領主の全てを倒し、忠誠を誓わせた。そして法に従わない「蛮族」には、(古のローマの伝統からすればこちらの方が蛮族なのだが)軍隊を送り込んだ。

マルクにはどちらの手も使えなかった。トリストラムは知勇兼備の家令であり、言論をもってアーサーの軍勢を封じ、槍をもってエリンのマロースやムーアのパロミティーズ、ランスロットの攻撃を防いだ。トリストラムは結局最後までこの叔父を見放せなかった。

彼は外見からすれば女性のように優美で、とても彼がランスロットと同格の騎士とは信じられなかったに違いない。彼は私の良い友人だったし、私以上の文人であり、諸芸の達人であった。イゾルデは、ギネヴィアが太陽の女神の末裔なら、月の女神の血を引く美しさを持っていた。

彼はいつも私に古の力が全て死なない限り、アーサーの事業は成功しないだろうと予言していた。私は其の事を言うならば、対立する要素を持たない理想境と言うものが無ければならない、と反論した。「神々」の時代から戦いの無い時代など無かった。トリストラムはこの点では典型的なウェールズ人、「奴隷の民」であった。

マルクはアーサーと異なり、イゾルデを愛していた。しかしこの柔和で気弱な王は甥に対して何ら積極的な行動を取り得ず、自縄自縛に陥っていた。私には彼等の愛の帰結がその当初から明瞭に見えていた。二人の目の中に現世を軽んじ、愛を至高の永遠にしようとする炎が燃えていた。彼等は古ゲールの恋人達のように生き、命を燃やし尽くして死んでいった。

「ガーウェイン卿の物語」に戻る